
「不安を打破する」―中卒とび職から起業家へ。建設業界の底上げを目指す男の覚悟|株式会社リステップ
「そのときは言葉にできなかったけど、すごくスーッと腑に落ちたんです」——。東日本大震災の避難所で目にした光景を振り返る浜路洋一郎氏の表情には、今もあの日の衝撃が刻まれています。衣食住のない人々の放心状態、建物や車に記された「×」のスプレーサイン。「とんでもないところに来てしまった」という戦慄が、やがて「職人さんが不安にならない会社を作ろう」という決意に変わりました。
株式会社リステップ代表取締役の浜路氏は、中卒からとび職の世界に飛び込み、20歳で二世帯住宅を建てるほどの成功を収めながらも、消費税増税による極貧や内部分裂の危機、そして労災事故という十字架を背負ってきました。その波乱に満ちた人生で培われたのは、「不安を打破する」という強い使命感と、建設業界全体の底上げという壮大なビジョンです。
中卒という選択―「答えが出るもの」が好きだった少年時代
「頭が悪かったわけじゃないんですけど、勉強にはあまり興味を持てなくて」。浜路氏は自身の学生時代をそう振り返ります。
中学校最後の成績表で優秀だったのが体育と数学でした。「答えが出るものが好きだったんです。難しい問題でも、いろんな方法を試していくと必ず答えが出る。その瞬間のスパッとした爽快感がたまらなかった」。一方で、暗記科目には全く興味が持てませんでした。
高校受験では2校受験。県立・取手一高に合格したものの、入学後は興味が持てず遅刻や早退を繰り返しました。机の落書きに残り単位数を書き込んでは、「これなら進級できる」と計算する日々。
ある日2時間目に登校すると、友人が駆け寄ってきました。「浜路、マジだって。授業変更あったよ」。見ると、苦手な社会科の授業が増えています。職員室で先生に確認すると、「それじゃ社会の単位が取れないね。残念だけど、来年の4月まで待ってもらうしかない」。事実上の留年通告でした。
家に帰って母親に報告すると、母の目から涙がこぼれました。「母さんにすごく悪いことをしたなって思いました」。半年で高校を中退した浜路氏は、社会人になる道を選びます。
しかし、16歳・中卒の求人はほとんどありません。転機は、求人誌「ガテン」との出会い。「ガテン系」という言葉の語源となったこの雑誌で、ついに「16歳」「仮設足場」という仕事を見つけました。バイクの免許を取得し、学校を辞めた10月から半年後、ようやく仕事にありついたのです。
とび職人として―20歳で家を建てた「成功者」の栄光と転落
「とび職は楽しかったですね。本当に」。浜路氏は目を輝かせます。運動神経が良く、頭の回転も速い。パパッと仕事を覚え、先輩にかわいがられました。
2年ほど経った頃、個人事業主へ移行。すると1年後、給料が20数万円から45万円へと急上昇。19歳で別の会社に移籍すると、月収60万円、70万円という収入に。「普通に生活してるだけで、勝手にお金が貯まっていくんですよ」。そして20歳、50坪の二世帯住宅を建てました。「同い年の友達はまだ大学生なのに、俺はもう家を建てた。完全に成功者気分でした」。
しかし、平成9年、消費税が3%から5%に。駆け込み需要の反動で仕事は激減し、月収は一気に20万円台に転落。家賃とトラックの支払いで手元にほとんど残りません。
「本当に、キャベツしか買えなかったんです」。スーパーで一番安い野菜を買う日々。料理ができない浜路氏は、ある日「ロールキャベツなら作れるかも」と思いつきます。トマトピューレとキャベツを買い、鍋に水とトマトピューレを入れ、そこにキャベツをそのままドボン。
煮えたキャベツを食べてみると——「ただのトマト味のお浸しじゃん」。肉も入っていない、巻いてもいない。「不味いんですよ。でも他に食べるものないから、それでも食べるしかなくて」。
やがて仕事は盛り返し、10人ほどを抱えるまでに。ところが、ある日突然、番頭が「浜路さんとは別れて、自分たちでやりたい」と。内部分裂でした。8人中6人が離反。「まさかですよ。本当にびっくりして。もう誰も信じられなくなりました」。
残ってくれた岩手出身の相棒と2人で再スタート。やがて4人、5人と増員しましたが、30代が近づくにつれ、体に異変が。ぎっくり腰を年に何度もやるようになったのです。
整骨院の先生から言われた言葉が突き刺さりました。「体は消耗品。一度壊すと戻らない。とび職は消耗が激しいから、メンテナンスをちゃんとしないと」。
「また誰かが辞めたら、俺が現場に出なきゃいけない。でも体はもう限界で」。人を信じられなくなり、体はボロボロ。そんな絶望的な不安を抱えながら、3年ほどが過ぎていきました。

東日本大震災―避難所で見た「絶望」が人生を変えた
2011年、東日本大震災。震災後、建物の修繕で仕事は爆増。使命感が芽生え、ほとんど休まず立ち入り禁止区域での作業にも駆け回りました。
そんな中、岩手出身の相棒が実家を心配していました。よく行く居酒屋で「顔だけ見に行こうよ」と2人で向かうことに。当日、居酒屋の人たちが大量の物資を持ってきてくれました。豆腐屋さんは熱々の厚揚げを。「揚げたてだから重ねられないね」と苦笑しながら、油の匂いが充満する車内で東北道を走りました。
気仙沼に着くと、車が訳の分からない方向を向き、建物や車に赤の缶スプレーされた「×」のマーク。捜索が完了したことを示す印です。「とんでもないところに来てしまった」。山の陰から自衛隊のヘリが超低空飛行で飛んでいく姿を見て、「涙が出そうでした」。
避難所では、花壇の縁に座って下を向く人々。話し声もほとんどない放心状態。建物の中はカビ臭い匂いと排泄物の匂いが混ざり、壁には「どこどこにいます」「誰々ちゃん」という張り紙が。
「家も家族も、全部なくなっちゃったんだって」。家族も、住むところも、仕事もない。「この人たち、明日からどう生きていくのか、想像すらできなかったんじゃないかな」。
その光景を目の当たりにしたとき、浜路氏の中で何かが弾けました。
「自分、なんて恵まれてるんだろうって。仕事もある、家族もいる、家もある。なのに『不安だ不安だ』って、何を悩んでたんだろうって。本当にバカみたいだなって」。
そして決意が生まれました。「職人さんが不安にならない会社を、俺が作ればいいんだって思ったんです」。言葉にはできなかったものの、すごくスーッと腑に落ちたといいます。
帰ってきてから2〜3ヶ月の間に準備を整え、7月29日、自身の誕生日にリステップを設立しました。
「微笑むリフォエム」―83歳のおじいちゃんが教えてくれたこと
創業から数年後、浜路氏はリフォーム事業を考え始めます。しかし大きな葛藤がありました。足場の仕事をくれている顧客の競合となる会社を作ることになるからです。「お前、それってライバルになるってことだろ。敵じゃないか」と言われました。
特に看板を出すときの葛藤は強かったものの、「隠れてやるより、堂々と看板出してやろう」と振り切ります。結果的に離れた顧客もいますが、「それはもう仕方ない。覚悟を決めたんです」。
ブランド名「リフォエム」には、忘れられないエピソードがあります。83歳のおじいちゃんの家をリフォームしたときのこと。顔を出しに行くと、目を輝かせながら話しかけてきました。
「社長、聞いてくれよ。もうこの歳だけどさ、今、毎日が本当に楽しみなんだ。外に出て、毎日変わっていく家を見てるのが楽しくて楽しくて。本当にありがとう」。
その言葉を聞いたとき、浜路氏の頭にある風景が浮かびました。
工事現場から20メートルほど離れた場所に立つおじいちゃん。手を後ろに組んで、じっと自分の家を見つめています。「今日は下塗りだから、明日にはこんな色になるんだな」。毎日少しずつ変わっていく我が家を、楽しそうに見守っている。
そのおじいちゃんの顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいました——。
「『微笑む』っていい言葉だなって思ったんです」。新築のときのわくわくを思い出してほしい。家を見てもらいたい。そんな想いから、「リフォーム」と「ほほ笑む」をくっつけて「リフォエム」という造語を作りました。
浜路氏はリフォームを「得と負の商売」で説明します。リフォームは本来「負を補うためのお金」。壊れたものを直す義務感。しかし「微笑む」に込めたのは、対価として「得」を得てほしいという願い。「昔を思い出して『あの時はこうだったね』って話したり。お金じゃない、心の豊かさを得てもらえる。そういうビジネスにしたかったんです」。
この考え方は「BtoF(Business to Fan)」につながります。想像を超える感動を与えれば、お客さんは誰かに伝えたくなる。「返報性の法則」です。「紹介率が上がるってことは、俺たちにスポットライトが当たってきたってことなんです」。紹介率50%超を目指しています。
「安全安心であなたの未来を守ります」―たくちゃんの事故と経営理念
リステップの経営理念「安全安心であなたの未来を守ります」。この言葉には、浜路氏が背負い続ける十字架が刻まれています。
「たくちゃん」は、リステップ創業時からの仲間でした。浜路氏が会社を立ち上げる際、一緒に働いていた職人4人のうちの1人です。ただ、元の会社から引き抜く形になるため、筋を通すために一度たくちゃんを元の会社に戻しました。
しかし1年後、「やっぱり浜路さんの会社で働きたい」とたくちゃんが戻ってきます。元の会社にも報告し、了承を得て、再びリステップの仲間に。そして4年後——たくちゃんは労災事故で生死をさまよい、医師から脳死判定を告げられました。
「忙しさにかまけて、とんでもない事故を起こしてしまった。これは、僕の十字架です」。
今、たくちゃんは元気になっていますが、脳に障害を負っています。事故後、浜路氏は深く悩みました。「また事故が起きたらどうしようって。怖くて、職人たちを現場に送り出せなくなった」。その葛藤の中で「これは逃げちゃいけない。僕の使命なんだ」と気づき、経営理念を策定したのです。
この理念、実は一般的な「安心安全」という順序ではなく「安全安心」という順序」。「私たちが提供するのは『安全』。安全があって初めて、お客さんは安心できるんです」。だから、あえて順序を逆にしています。
この理念のもと、リステップの全ての事業が「安全」を軸に広がっています。
足場事業は安全な作業環境を提供する仕事。塗装やリフォームは、安全で安心な住空間を作る仕事。そしてハウスクリーニングは——これはたくちゃんのために始めた事業です。
事故の後遺症で、たくちゃんは高所での足場作業はできなくなりました。でも、掃除ならできる。「働ける場所を作ってあげたい」。その想いから、ハウスクリーニング事業を立ち上げたのです。塗装事業も、塗装一筋だった鈴木部長という仲間がいたからこそ始められました。
「社員を犠牲にして会社が成功しても、何の意味もない」。浜路氏の言葉には、一人ひとりの社員への深い愛情が滲んでいます。

凡事徹底―信頼を得るための「当たり前」の追求
「技術があるのは当たり前。それだけじゃ評価されないんです」。浜路氏は断言します。なぜ職人は評価されないのか。答えは「人間力」にあります。
信頼を得るために必要な要素は3つ。心構え、行動、学習。「この3つ、どれか1つでも欠けたら、その人は信頼できない」。
行動で言えば、即レスポンス。電話がかかってきたとき、メッセージ機能で「ただ今電話出られません」と伝える。「それだけで、相手は『ああ、この人は向こうにいるんだな』って安心できる。これ、すごく大事なんです」。反応しないと、かけた方は不安になります。
誠実さも同様。「あの人、ちょっと誠実さに欠けるよね」なんて思われたら、絶対に信用されません。
これらをまとめた言葉が「凡事徹底」。「当たり前のことを、特別熱心に、しかも徹底的にやり続ける。これです」。
挨拶にも忘れられないエピソードがあります。職人時代、埼玉のある現場で通行人にも挨拶していました。何年か後、その現場の隣に家を建てた人が「あの時の足場屋さん、すごく気持ちよかったから」という理由で、その工務店に依頼したという話が伝わってきました。
「5年も経ってから、そんな話が出てくるんですよ。すごくないですか」。その人は、挨拶に驚きながらも感激したのでしょう。
「人は第一印象で8割決まる」。身なりも大切です。無精髭を「面倒くさいから」と生やすのは、当たり前のことを怠っている証拠。お客さんは口には出さなくても、「なんか、ちょっと違和感あるな」って心のどこかで感じています。
「当たり前のことを、特別なレベルで、徹底的にやり続ける」。それが信頼の源泉であり、職人が輝くための第一歩なのです。
建設業の底上げへ―葛飾北斎の絵に込めた未来図
「足場屋さんなんて、結局値段だけでしょ。どうせ工事が終わったら無くなっちゃうんだし」。営業で建設会社を訪れたとき、「で、いくら?」と言われる。足場という仕事は、日陰に追いやられがちです。
建設業界全体も3K、4K、5Kと言われる世界。「若い人が入ってこないんですよ。このままじゃどんどん衰退していく。魅力がないんです、この業界に」。
しかし、震災の避難所で浜路氏が見たのは、衣食住がないことの絶望でした。「『住』を担ってる俺たちが評価されないって、おかしいだろうって思ったんです」。
IT業界が革新的なものを作り、対価を得ているのは素晴らしい。「でも俺たちだって技術を持ってる。なのに、その技術に見合った対価をもらえてない」。職人だって、未来を描きたい。
浜路氏のビジョンは、一企業の成功ではありません。「うちに関わると、人間力が上がっていく。そんな会社にしたいんです」。そしてファンが増えれば仕事も増え、協力会社の職人も増える。「うちの社員が仕事の本質を伝えることで、協力会社の職人たちの人間力も技術も、どんどん上がっていく」。
「うちからの発信で、建設業界全体を底上げしたい。日本全国に広がったら最高ですよね」。夢物語に聞こえるかもしれませんが、「でも、誰かがやらなきゃいけないと思うんです」。
浜路氏は方針説明会で、社員に葛飾北斎の「富嶽百景」の一枚、足場が描かれた絵を見せました。「あの時代、とび職は脚光を浴びてたんですよ」。そこに刻んだ言葉が、リステップの本質を表しています。
「俺たちの姿勢を通じて、技術の価値を高め、建設業の底上げをする」
「この言葉に全部込められてる。これが俺たちのビジョンです」と、浜路氏は力強く語ります。
イメージしているのは、こだわりを持った職人たちが楽しそうにしている姿。「職人ってマニアックじゃないですか。そういう人たちにスポットライトが当たると、ニンマリするんですよ。『やっと気づいてくれましたね』って」。
全ての事業に思いが入っています。たくちゃんのため、鈴木部長のため、職人一人ひとりのため。「社員の犠牲の上に成功はない」という信念を貫きながら、浜路氏は建設業界全体の未来を見据えています。
「不安を打破する」という使命は、個人から組織へ、業界全体へと広がります。その先に見えるのは、江戸時代の職人のように、誇りを持って輝く現代の職人たちの姿です。

コントリからのメッセージ
中卒からとび職へ。20歳で家を建てる成功を収めながらも、極貧、内部分裂、労災事故という十字架を背負ってきた浜路洋一郎氏。しかし、その全ての経験が「不安を打破する」という強い使命感を生み出しました。
83歳のおじいちゃんの微笑みから生まれた「リフォエム」、たくちゃんの事故から生まれた「安全安心であなたの未来を守ります」という経営理念。一つひとつのエピソードに、人を大切にする想いが込められています。
そして何より印象的なのは、一企業の成功を超えた壮大なビジョン。建設業界全体の底上げ、職人にスポットライトを当てる——。それは「凡事徹底」という地道な実践の積み重ねによって実現可能な未来です。
「当たり前のことを特別熱心に、しかも徹底的にやり続ける」。挨拶、即レスポンス、身だしなみ。そんな小さな積み重ねが、5年後の仕事を生み、顧客をファンに変え、やがて業界全体を変えていく。
浜路氏の言葉には、経営者としての覚悟と、職人への深い愛情、そして社会を変えようとする熱い想いが溢れています。人を大切にし、当たり前のことを徹底し、業界全体の未来を考える。浜路洋一郎氏の挑戦は、まだ始まったばかりです。
プロフィール

株式会社リステップ
代表取締役
浜路洋一郎(はまじ・よういちろう)
1977年生まれ、茨城県取手市出身。中卒後、16歳でとび職人の道へ。20歳で二世帯住宅を建てるも、消費税増税による極貧、内部分裂、労災事故など数々の試練を経験。2011年、東日本大震災の避難所で目の当たりにした光景から「職人の不安を打破する会社を作る」と決意し、同年7月29日、自身の誕生日にリステップを創業。足場・塗装・リフォーム・ハウスクリーニング事業を展開。「安全安心であなたの未来を守ります」を経営理念に、凡事徹底と人間力を武器に、建設業界全体の底上げを目指す。
ギャラリー

























会社概要
| 設立 | 2014年1月6日 |
| 資本金 | 200万円 |
| 所在地 | 茨城県つくば市島名3411 |
| 従業員数 | 19人 |
| 事業内容 | 足場・塗装工事 建設資材レンタル・販売 抗菌防カビ製品製造施工 |
| HP | オフィシャルHP:https://ristep.net/ リフォエムHP:https://refoem.co.jp/ |
御社の想いも、
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自分の経営哲学を言葉にしたい
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