賃貸でも諦めない。業界の常識を破り「愛あふれる空間」を創り続ける30歳女性起業家の挑戦

「これってむしろ活かせるんじゃないかな、このミントグリーンって思って」——。

Amovair株式会社の中島優梨花代表取締役の言葉には、賃貸物件という制約の中で空間デザインを手がける5年間の経験で培われた深い洞察が込められています。「世界中を愛あふれた空間にする」をコンセプトに、原状回復が必要な賃貸物件での空間デザインに特化した事業を展開する中島氏。エンジニアから空間デザイナーへの転身、業界の常識を覆すアプローチ、そして社員年収1000万円という大胆なビジョンまで、人を幸せにすることで社会に価値を創造する起業家の在り方をお聞きしました。

IT業界から空間デザインへ。天職を見つけるまでの紆余曲折

「昔から、私は『自分の力で稼げる人になりたい』と強く思ってきました」

中島氏は自身の起業の原点を振り返ります。福岡で威厳のある九州男児の父と、陽気なマルチプレイヤーの母のもとに次女として生まれ、大学卒業を機に上京。経済学部出身でありながら、未経験でIT業界に飛び込みました。

「父のように時間とお金に余裕があって、自分で選択ができる人になれる道だと思ったんです」

当時はノマドワーカーという働き方が注目され始めた時期。中島氏は就職活動の軸を「自分の力で稼げるようになる仕事かどうか」に設定し、未経験でも採用してくれるIT企業を見つけて入社しました。

しかし、ネットワークエンジニアとして働き始めると、現実は厳しいものでした。

「新人研修の段階で私、全然向いてないなって気づき始めたんですよ」

中島氏は続けます。

「勉強自体は好きなタイプだったんですけど、その勉強は好きじゃなくて。やりたいって思えなかったんです」

サーバーやネットワークの知識、様々な検定試験。常に勉強と隣り合わせの3年間を過ごしながらも、心の奥では違和感を抱えていました。

転機が訪れたのは、エンジニア時代にオフィス移転時のネットワーク構築に携わっていたときのことです。中島氏は、ある瞬間を今でも鮮明に覚えています。

「私はネットワークエンジニアとして、工事中の現場でサーバールームに入って作業をしていました。その間、お客様が見ることができる表側のオフィスでは、どんどん内装が変わって綺麗になっていくんです。そこで働くスタッフの方たちが『ボロかったオフィスから、こんなおしゃれなオフィスでこれから通勤できるなんて、すごい嬉しい』って話されているのが聞こえてきて」

中島氏は振り返ります。

「私こっち側だな、やりたいのって、びびっと来たんです」

この直感には理由がありました。学生時代からものづくりが好きで、小さい頃は建築士になりたいと言っていた中島氏。中学・高校時代には自分の部屋が気に入らず、ペンキでピンクに塗り替えるDIYにも挑戦していました。

「脚立買って、ローラー買って、刷毛買って、養生するためのテープまで買って。全部自分で調べてやってたんです」

中島氏は振り返ります。

「本当に伏線回収した感じです。これが天職なんだなって働いて気づきました」

師匠との出会いが変えた「デザインの本質」

リノベーション会社でインテリアコーディネーターとして働き始めた中島氏でしたが、6か月でひとつの壁にぶつかりました。

「私がやりたいコーディネーターの仕事って、これじゃないなって分かったんです」

リノベーションでは床や壁までは決められても、その先の家具は顧客が自分で選ぶ。完璧な空間を作るには家具まで含めたトータルデザインが必要だと感じた中島氏は、そうした会社を探しましたが見つかりませんでした。

「いろんなところから家具を集めて、一つの空間を作りたいのに、そういう会社がないんです」

そんな時、インスタグラムで運命的な出会いが待っていました。エステサロン向けに、まさに中島氏が理想とする空間デザインを手がけている人を発見したのです。

「この人が私のロールモデルだって思って、すぐDMを送りました。『私を弟子にしてください』って」

相手の方もちょうどアシスタントを探していたタイミング。ポートフォリオを持参してオフィスを訪れ、1年間のアシスタント期間が始まりました。

その師匠から学んだ最も重要なことは、デザインに対する考え方の根本でした。

「一つ一つ選んだものに対して理由をつけろって言われて。なぜこの空間でこの家具を選んだのか、なぜこの素材にしたのか、なぜこの色にしたのか」

中島氏は続けます。

「それに答えられなかったら詰めが甘いって怒られていました」

インテリア業界では家具のランクやブランド価値が重視されがちですが、師匠が教えてくれたのはそれとは異なる視点でした。

「家具1個を見るんじゃなくて、空間全体を見る。世界観をしっかりと作ることの大切さを学びました」

中島氏は語ります。

「いいものを選べば、おしゃれになるとは限らない。この考え方が今の私の中心になっています」

賃貸の制約を強みに変える。競合が参入しない理由

2021年6月、中島氏は「youroom.」ブランドで完全独立を果たしました。事業内容は賃貸物件での原状回復可能な空間デザインと施工。顧客の9割がマンションサロンのオーナーで、マツエク、ネイル、エステ、整体院などの需要に応えています。

「賃貸などの原状回復が必要な場所でも諦めない、おしゃれな空間を作る」

これが中島氏のコンセプトです。しかし、この分野に参入する競合は驚くほど少ないのが現状です。

「皆さん、やりたくないんだと思います」

中島氏は率直に分析します。

「原状回復ができる場所って、物件的にセンシティブで触りづらいんです。職人さんも基本的には0から1を作る方々なので、『ここは触らないでください、綺麗に保った状態でやってください』と言われても、今までの業界の常識とは全く違う」

従来の内装業界では、「何もないところからどんどんかんかん叩いて作っていく」のが当たり前。賃貸物件での施工は道具の使い方から養生の仕方まで、すべてが通常とは異なります。

「実際に自分たちも施工していて本当に思うんですけど、やり方が全く違うんです」

しかし、中島氏にとってこの困難は楽しみでもありました。

「私はそれが全然楽しいですね。元々この業界にいたわけじゃないから、いい意味で染まってないんです」

業界の常識に縛られない柔軟性こそが、中島氏の強みとなっています。

「型破りなやり方を柔軟にできているから楽しめているんだと思います」

お客様の「本当の願い」を汲み取るコミュニケーション術

中島氏のデザインアプローチで最も印象的なのが、顧客の表面的な要望の奥にある真のニーズを汲み取る力です。その象徴的なエピソードが、京都のマツエクサロンでの出来事でした。

「打ち合わせに行ったとき、一面の壁がミントグリーンの壁紙だったんです。お客さんは『この色、実は好きじゃないんですよね』って言われて」

通常であれば顧客の要望通り、別の色に変更するところです。しかし中島氏は違いました。

「私から見ると、このミントグリーンってむしろ活かせると思ったんです。お客様は色を変えたいとおっしゃっていましたが、あえてミントグリーンはそのままにして、この色に合わせた空間デザインを提案しました」

顧客は最初驚いていましたが、「優梨花さんがそれがいいって思うんだったら、おまかせしたいです」と信頼を寄せてくれました。

完成を見た顧客の反応は印象的でした。

「お客様が『あのときミントグリーンが嫌いって言いましたよね。実は隣の扉のデザインも本当は好きじゃなかったんです。でも優梨花さんにデザインしてもらったら、どちらも好きになりました』とおっしゃったんです」

中島氏は語ります。

「これが空間を変える力、空間によってお客さんの自信を変えた瞬間なんだなって分かりました」

この体験から生まれたのが、中島氏独自の哲学です。

「私たちがやっていることって、整形ではなくて、メイクアップアーティストみたいなもの。コンプレックスをいじってなくすのではなく、そのコンプレックスを活かすのが私たちの仕事」

表面的な要望と真のニーズの違いを見抜く力は、どのように培われたのでしょうか。

「結構会話しているときも、本当にこれを言いたいのかな、もっと何か言いたいことがあるんじゃないかな、でもそれが自分の中でうまく言葉にできないから躊躇しているのかなって見ています」

中島氏は常に顧客の言葉の奥にある想いを読み取ろうとしています。

「お客さんが自分で言語化できなかった部分をいかに汲み取って、それを空間に出すことができるかが腕の見せ所だと思っています」

父の死と家族の絆が導いた法人化のタイミング

今年1月23日、中島氏はAmovair株式会社を設立しました。法人化のタイミングを決めたのは、家族との関係性の変化でした。

実は取材の1〜2か月前に、中島氏は最愛の父を癌で亡くしています。口数少ない九州男児だった父は、中島氏の事業を陰ながら見守り続けてくれていました。

「父は全く口出ししないタイプで、『お前はすごい』『お前はよくやっとる』そういうことしか言わない人でした」

法人化のきっかけとなったのは、福岡への出張時に起きた出来事です。実家に滞在中、姉夫婦も含めて家族で集まっているとき、義理のお兄さんから意外な相談を受けました。

「『ゆりちゃんの仕事って、俺にもできるかな』って聞かれたんです。そういうことを話す人じゃなかったので、すごく嬉しかった」

義理のお兄さんは出張が多い職場環境で家族との時間が短く、夫婦関係にも影響が出ていました。環境を変えたいという想いから、中島氏の仕事に興味を持ったのです。

「それを聞いて『今だな』って思いました。いつかはって思っていた法人化のタイミングがついに来た」

この出来事は、中島氏にとって家族との関係を見直すきっかけにもなりました。

「それまでは私だけ結構離れていたんです。私があまり人に対して興味を持たないタイプで、家族に対しても同じだった」

しかし、義理のお兄さんが悩みを相談してくれたことで、家族とのコミュニケーションを大切にするようになりました。

「自分が変わったら周りが変わる。本当にそう感じました」

現在の会社は、2年間アシスタントとして支えてくれた山野井さんと義理のお兄さんが社員として参加し、中島氏の姉と姪っ子もアルバイトでサポートする、文字通りのファミリービジネスとなっています。

承認と褒める文化で築く理想的な組織運営

法人化により、中島氏の心境は大きく変化しました。

「ガラッと変わりすぎて、一回また生まれ変わらせてもらっている感じです」

個人事業主時代は自分の収入だけを考えていればよかったのが、今は社員2人の売上を担保しなければなりません。

「空間だけじゃなくて、経営の方もデザインしなきゃいけないんだなって実感しています」

そんな中、中島氏が特に大切にしているのが「承認と褒める文化」です。

「私は30年間、両親に承認され続けてきました」

中島氏は振り返ります。

「毎日『ゆりちゃん、かわいい子だね』『頑張ってるね』『遅くまで勉強して本当にすごい』って、理由もプラスして言ってくれていた」

大人になって気づいたのは、承認とは「ただ褒めている」のではなく、「相手を信頼していることの表れ」だということです。

「期待しているからこそ褒める。大人になってから褒められる機会がなくなるからこそ、この会社で褒める文化を作っていきたい」

実際に社員に対して「ありがとう」で終わらせるのではなく、「こういう形でこういうのが良かったから本当に感謝している」「こういうところが良くなったね」と具体的に褒めるようになると、翌日のモチベーションが全く違うことに気づきました。

「元々、相手の良いところを見つけるのが得意なんです。母から『悪いところではなく良いところを見るようにしなさい』って言われていたので」

この文化は社員だけでなく、中島氏自身にも向けられています。

「まず自分に自信を持って、愛と自信を持つことで相手にそれを与えることができる。自分を褒めるところからだと思っています」

将来的には、チーム全体で互いを承認し合う「発表タイム」の導入も検討しています。

「みんな心の中で『ありがとう』って思っていても、口に出すのは照れちゃう。だからこそ、それを伝え合える場を作りたい」

社員年収1000万円。大胆なビジョンに込めた想い

そして中島氏が掲げる最も大胆な目標が、社員年収1000万円の実現です。

「これはすごい大きな目標なんですけど、本気で実現させたいと思っています」

業界の常識から考えると、かなりチャレンジングな数字です。周囲からも「無理だろう」という声が聞こえてきますが、中島氏は確固たる信念を持っています。

「日本では稼ぐという行為に対して、あまりポジティブではない印象がある。でも、富は持っていないと他人に分け与えることができません」

中島氏は続けます。

「『自分のことだけで精一杯』ではなく、家族や周りの人に愛や恩を広げるために、まずは自分が稼げる体制を整えたい」

この考え方は、亡き父から学んだものでもあります。時間とお金に余裕があり、娘の夢をすべて叶えてくれた父のような存在になりたいという想いが根底にあります。

「うちの社員たちも、最初から年収1000万円を目標にしているわけではないと思います。ただ、これまでそこまで高い目標を持つ機会がなかっただけで、実際は十分にその可能性を持っているんです」

中島氏は語ります。

「だから私からまず発信していこうと思って、今年から触れ回っています」

この目標は単なる数字ではありません。社員一人ひとりが1000万円を稼ぐにふさわしい価値を提供できる人材に成長し、それによって会社全体の価値も向上させる。そんな好循環を描いています。

「結局、自分が法人化した理由は、自分が稼ぐためではなく、メンバーを幸せにするための方法だった。この会社はみんなの幸せと成長のための舞台だと思ってやっていこうと思います」

まとめ:制約を創造力に変える経営者の姿

「世界中を愛あふれた空間にする」——中島優梨花氏のこの壮大なビジョンは、決して夢物語ではありません。賃貸物件という制約の中で、顧客の真のニーズを汲み取り、素材を活かしたデザインで空間を変革する。その技術と哲学は、5年間の試行錯誤の中で確実に磨き上げられてきました。

エンジニアから空間デザイナーへの転身、業界の常識を覆すアプローチ、家族との絆を大切にする経営、そして社員年収1000万円という大胆なビジョン。すべてに共通するのは、「人を幸せにする」という一貫した想いです。

制約があるからこそ創造力が生まれ、困難があるからこそ成長がある。中島氏の歩みは、すべての経営者にとって、逆境を乗り越える勇気と、人を大切にする経営の本質を教えてくれます。

「お客様の愛を形にし、社員の成長を支援し、社会全体の繁栄につなげる」——中島氏の挑戦は始まったばかりです。きっと多くの読者が、この温かく力強い経営者に実際にお会いしてみたいと感じられることでしょう。

ギャラリー

プロフィール

Amovair株式会社
代表取締役
中島
優梨花

1995年生まれ、福岡県出身。経済学部卒業後、未経験でIT業界に入社し、ネットワークエンジニアとして3年間従事。その後リノベーション会社を経て、2021年6月に空間デザイン事業「youroom.」として独立。賃貸物件での原状回復可能な空間デザインに特化し、マンションサロンオーナーを中心に事業を展開。2025年1月にAmovair株式会社を設立し、「承認と褒める文化」を重視した組織運営と社員年収1000万円の実現を目標に掲げる。現在30歳。

会社概要

設立2025年1月23日
資本金100万円
所在地東京都品川区東大井3-20-30
従業員数5人
事業内容空間デザイン事業
イベント装飾事業
HPhttps://youroom-interior.com/

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