
事業承継は「いつか」ではなく「今」始めるべき理由
朝、会社に向かう足取りが重い日はありませんか。従業員の笑顔を見ると嬉しい反面、「自分が引退した後、この会社はどうなるのだろう」という不安がよぎる瞬間。多くの経営者が同じ想いを抱えているのではないでしょうか。
中小企業庁の調査によれば、2025年までに70歳を超える経営者は約245万人に達すると予測されています。そのうち約半数の127万人が後継者未定という深刻な状況です。「まだ元気だから大丈夫」と先延ばしにしていると、気づいたときには手遅れになってしまうかもしれません。
この記事では、事業承継の緊急性と、今日から始められる具体的なアクションをお伝えします。
目次
経営者の高齢化が止まらない現実
60歳以上の経営者が過半数を占める
中小企業の経営者年齢の分布を見ると、2000年から2015年にかけて経営者年齢のピークが徐々に高齢化してきました。2020年以降は平準化の傾向が見られるものの、60歳以上の経営者が全体の過半数を占めています。
特に注目すべきは、70歳以上の経営者の割合が2020年以降も高まり続けていること。経営者の平均引退年齢は67歳から70歳とされており、多くの企業が事業承継の準備期間に入っているといえるでしょう。
後継者不在率は改善傾向だが油断は禁物
後継者不在率は減少傾向にあり、60代以上の経営者においても後継者不足の解消が一定程度進んでいます。しかし、2023年時点でも54.5%の企業で後継者が不在となっており、依然として深刻な状況が続いています。
さらに憂慮すべきは、事業承継の見通しに関する調査において、後継者が決まっている「決定企業」がわずか12.5%にとどまり、「廃業予定企業」が52.6%に達しているという事実です。将来性のある企業でも、後継者問題だけで廃業を選択せざるを得ないケースが少なくありません。
実際、廃業予定企業の約半数は今後も事業の継続と成長が可能な状態にあると答えています。技術もノウハウもお客様もいるのに、後継者問題だけで廃業せざるを得ない。これは企業だけでなく、取引先や地域経済にとっても大きな損失といえます。
このまま放置すると日本経済に深刻な打撃
約22兆円のGDP損失と約650万人の雇用喪失
中小企業庁の試算によれば、現状を放置すると2025年までの累計で約650万人の雇用が失われ、約22兆円のGDPが消失する可能性があります。この試算は、2025年までに経営者が70歳を超える法人の31%、個人事業者の65%が廃業すると仮定したものです。
これは単なる数字の問題ではありません。650万人という数字の裏には、職を失う従業員とその家族の生活があります。22兆円という金額は、地域経済の衰退や技術・ノウハウの断絶を意味しているのです。
廃業の連鎖が地域を疲弊させる
一つの企業が廃業すると、その影響は取引先にも波及します。部品を供給していた企業が廃業すれば、それを使っていた企業も困難に直面します。サービスを提供していた企業がなくなれば、そのサービスを必要としていた地域の人々も不便を強いられることに。
廃業した企業の建物や工場が放置され、空き家となるケースも増加しています。これは景観の悪化や治安の悪化、防災上のリスクにもつながるでしょう。事業承継問題は、一企業の問題にとどまらず、地域全体の課題なのです。
なぜ事業承継の準備は進まないのか
「まだ大丈夫」という先延ばし心理
実態調査によると、60代以上の経営者の約半数が「まだ準備をしていない」「準備をする予定がない」「事業承継を考えていない」と答えています。70代や80代の経営者でも、準備が終わっていると回答した企業は半数以下でした。
「まだ元気だから」「もう少し様子を見てから」そんな想いで日々の業務に追われているうちに、時間だけが過ぎていく。多くの経営者が同じような状況に置かれているのではないでしょうか。
事業承継には5年から10年かかる
事業承継に要する期間として、3年以上を要すると回答した割合が半数を超えており、10年以上を要すると回答した割合も少なくありません。つまり、引退を考える年齢の10年前から準備を始めるべきということ。60歳なら今すぐ、65歳ならすでに遅れているかもしれません。
突然の病気や事故で、準備が整わないまま引退を余儀なくされるケースもあります。高齢の経営者が病気で倒れたことで経営を続けられなくなり、後継者を見つけることができずに廃業を選択した企業も少なくありません。円滑な事業承継のためには、早めに対策を講じておくことが重要です。
今日から始める事業承継の準備
最初の一歩は現状把握から
事業承継診断シートを使って、まずは現状をセルフチェックしてみましょう。中小企業庁が提供しているシートを活用すれば、自社の状況を客観的に把握できます。
後継者候補は誰なのか。親族内なのか、従業員なのか、それとも第三者なのか。株式や事業用資産の承継にどれくらいの税金がかかるのか。こうした点を明確にすることが、具体的な準備の第一歩になります。
事業承継・引継ぎ支援センターに無料相談
全国47都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターでは、無料で相談を受け付けています。国から委託を受けた公的機関ですので、安心して相談できるはずです。
中小企業のM&A支援の実務に精通した専門家が秘密厳守で相談に応じてくれます。後継者育成のスケジュール確認や、後継者不在企業のM&A売却の可能性など、さまざまな内容を相談できるでしょう。
今月中に一度相談してみること。それだけで、漠然とした不安が具体的な課題に変わり、取るべきアクションが見えてくるはずです。
半年以内に後継者候補と意思確認
親族内承継を考えている場合、後継者候補と事業承継の意思確認を半年以内に行いましょう。「いつか言おう」と思っているうちに、本人には別の人生プランがあったということも少なくありません。
従業員承継を検討している場合も同様です。「自分には無理です」と言われることもあれば、「ぜひお任せください」と言ってもらえることもあります。早めに意思確認をすることで、次の手を考える時間が生まれるのです。
1年以内に専門家と税金の試算
税理士や会計士と相続税・贈与税の試算を1年以内に実施しましょう。事業承継には思いのほか税金がかかることがあります。事前に試算しておくことで、事業承継税制の活用や他の対策を検討する時間が確保できます。
事業承継税制の特例措置を活用すれば、贈与税や相続税の納税を猶予し、最終的には免除される可能性があります。ただし、特例承継計画の提出期限は2026年3月31日まで。貴重な時間を無駄にしないよう、早めの相談が重要です。
M&Aという新しい選択肢
第三者承継が増えている理由
親族や従業員に後継者がいない場合、M&Aという選択肢があります。かつてM&Aは「会社を売る」というネガティブなイメージがありましたが、今では「事業を次世代につなぐ」手段として前向きに捉えられるようになってきました。
後継者人材バンクという仕組みもあります。後継者不在の企業と、創業を目指す起業家を引き合わせ、創業と事業引継ぎを同時に支援する取り組みです。新しい経営者のもとで、会社が新たな成長を遂げることもあるでしょう。
M&Aのイメージは変わりつつある
中小企業におけるM&Aの件数は年々増加しており、2022年には4,304件と高い水準で推移しています。若手経営者を中心に、M&Aを企業成長の手段として前向きに捉える動きも広がっています。
「会社を売る」ではなく「会社を託す」と考えることが大切ではないでしょうか。従業員の雇用を守り、取引先との関係を維持し、地域への貢献を続けられる。そのためには、親族内承継だけでなく、第三者承継も真剣に検討する時代になっています。
事業承継を成功させるために
早期着手が最重要
事業承継で最も重要なのは、早期に着手することです。「引退予定年齢の10年前から準備が必要」というのは決して大げさではありません。
後継者の育成には時間がかかります。株式の承継や税金対策も一朝一夕にはできません。M&Aを検討する場合も、相手先を探し、交渉し、最終的に契約するまでには相当な時間が必要です。
具体的な行動計画を立てる
漠然と「事業承継を考えなければ」と思っているだけでは何も進みません。具体的な行動計画を立てましょう。
今月中に事業承継診断シートでセルフチェック。来月には事業承継・引継ぎ支援センターに相談予約。3カ月後には後継者候補と意思確認。半年後には税理士と税金の試算。このように、具体的な期限を設定することが重要です。
専門家のサポートを活用する
事業承継は専門的な知識が必要な分野です。一人で抱え込まず、専門家のサポートを積極的に活用しましょう。
税理士、会計士、弁護士、M&Aアドバイザーなど、それぞれの分野の専門家が力を貸してくれます。事業承継・引継ぎ支援センターでは、必要に応じて専門家を紹介してくれるでしょう。
専門家への相談費用は数十万円からと決して安くはありませんが、適切な対策を講じることで数千万円、場合によっては数億円の税金を節約できる可能性があります。長期的に見れば、十分に元が取れる投資といえるのではないでしょうか。
まとめ
事業承継は「いつか」ではなく「今」準備を始めるべき課題です。2025年までに70歳を超える経営者が約245万人、そのうち約半数が後継者未定という深刻な状況の中、早期の着手が何よりも重要になります。
今月中に事業承継診断シートでセルフチェックを行い、事業承継・引継ぎ支援センターに相談予約をすること。半年以内に後継者候補と意思確認をし、1年以内に税理士と税金の試算を実施すること。これらの具体的なアクションが、あなたの会社の未来を守る第一歩となるはずです。
親族内承継だけでなく、従業員承継やM&Aという選択肢も前向きに検討してください。大切なのは、築き上げてきた会社、従業員、取引先、そして地域への想いを次世代につなぐこと。その実現のために、今日から動き出しましょう。
きっと多くの経営者が、同じような不安を抱えながらも、一歩を踏み出せずにいるのではないでしょうか。でも、その一歩が未来を変える大きな力になります。あなたが築き上げてきたものの価値を、改めて見つめ直してみませんか。
【参考資料・相談窓口】
公的支援機関
事業承継税制
調査・統計データ
注記: 本記事で使用している統計データは、中小企業庁の公式資料に基づいています。245万人、127万人という数字は2019年時点の試算であり、650万人の雇用喪失、22兆円のGDP損失は、一定の前提条件(法人の31%、個人事業者の65%が廃業)に基づく試算です。最新の状況については、中小企業庁の公式サイトをご確認ください。

