選考NGをひっくり返す。元リクルート全社トップが挑む、人材業界の”本質的革命”

「他社エージェントで選考NGだった候補者が、私たちのサポートで内定へ」——。

株式会社Branding Career代表取締役CEOの佐地良太氏は、そう語ります。リクルートエージェント全社トップセールスの実績を持ち、17年間人材業界で多くの人と企業と向き合い支援をしてきた佐地氏が追い求める「働く喜びあふれる世界」。その根底には、大学時代に6年間考え続けた「人はなぜ生きるのか」という問いへの答えがありました。

荒波に飛び込む曽祖父と、教育ママ。相反する家系が生んだ”課題発見力”

1983年、名古屋に生まれた佐地氏。実家は3代続く自営業の家系です。

「父方の曽祖父が戦前にアメリカに渡って、ロサンゼルスでデパートを経営していたんですよ」

英語も喋れなかったはずなのに、何もないところから荒波に飛び込んだ曽祖父。そのベンチャースピリットは、確実に佐地氏に受け継がれています。

佐地氏は父親と祖父にそっくりだと言います。

「顔も性格も父方の血が濃いんですよ。占いでいくと『火』のタイプ。怒りのエネルギーが常に溢れている父方と、エスタブリッシュな教育ママの母方。この2つのハイブリッドでできています」

母方は着物屋を営む資産家の家系。お手伝いさんが3人いて、「自転車は危ないから乗っちゃダメ」と育てられた母親。マヨネーズも全部手作り、冷凍食品は一切食べさせない徹底した教育方針でした。

小学校時代、KUMONで3学年先まで終えていた佐地氏。学校が退屈で、見かねた母親が「このまま公立中学に進学すると、内申点が取れずいい高校にはいけないだろう」と私立の中高一貫校に進学させました。

この頃から、佐地氏の特殊能力が芽生えていました。「課題を見つける力」です。

「違和感に気づくのが得意なんです。契約書を見たとき、誤字を秒で見つけられます」

父親からは反面教師として感情コントロールの重要性を、母親からは義理人情を学びました。相反する要素を統合しながら、佐地氏は成長していきました。

モテるために大学に入った。でも、そもそも人はなぜ生きるのか?

慶應義塾大学に進学した佐地氏。実は大学選びの動機は「モテたい」というものでした。しかし、時間を共に過ごす男も女もみな慶応生なので、“慶応ボーイ”というブランド力で競合優位性を発揮できず、結果として全然モテなかった佐地氏は、根本的な問いに直面します。

佐地氏は当時を振り返ります。

「そもそも自分はなんで大学に入ったんだろう、人ってなんで生きるんだろうと考え始めて。『なぜ』が腹落ちしないと一歩も踏み出せないタイプだったんです」

自ら1回留年し、さらにもう1回留年。計6年間大学に通い、「人はなぜ生きるのか」という問いと向き合い続けました。4年半ほど引きこもって、ひたすら思考し続けたのです。

「人より圧倒的に思考してきた。その6年間が今に繋がっていると思います」

そして佐地氏は、ある結論に達しました。

「何故生きているかは分からないが、万人に等しく終わりが約束されていることだけは確か。人生とは、そのプロセスに何かしらの意味を見出す“旅”のようなものなんだな。で、あれば、その最後の瞬間に『いい旅だった』、毎日を『楽しかった』と言えるように生きたいと思った。」

この答えが、後のキャリア選択の軸となっていきます。

リーマンショックで99%が達成できない。自分だけが10クォーター達成できた理由

6年間の思考の末、佐地氏は「自分で自分の人生の手綱を握って生きていきたい」という結論に達しました。それは同時に自分の中で、「独立・起業でしか実現できないだろう」とも。しかしながら、大学6年間、ほぼ引きこもっていたので、「どんな事業を行う会社を興すのか」「そもそも独立できるだけの力があるのか?」というと答えは「No」でした。そこで、独立のための武者修行の場として選んだのがリクルートエージェントです。

リクルートの中でも、なぜ人材紹介を選んだのか。佐地氏は当時を振り返ります。

「当時のリクルートのメディア事業は当時、どれも圧倒的No.1だったんですよ。例えば結婚といえばゼクシィ、といったイメージです。後々自分の壮大な勘違いだと気づくのですが、当時の私からすると“誰でも簡単に”売れそうだな、誰がやっても同じような価値提供になりそうだなと感じていました。もうちょっと自分の実力で勝負したかったんです」

人材紹介は人によって価値が変わる。また「人・物・金・情報」の中で、人だけは買えない。経営に必要な学びだと考えました。

2008年、社会人スタート。しかしリーマンショックが訪れます。営業成績の目標達成が極めて困難な状況下で、佐地氏は3年間で12クォーター(四半期)のうち10クォーターで目標を達成。最後は7クォーター連続達成という快挙を果たしました。

その秘訣の一つが大手航空会社のCA(客室乗務員)をホテル業界に紹介するスキームでした。

「当時、大手企業が大規模なリストラをする波がありました。そんな中でグループ会社で提供していた『別の企業への再就職支援』の仕組みを活かして、とりわけリストラが激しかった国内航空会社のCAさんに着目しました。『じゃあCAさんに合う業界は何だろう』と考えて、ホテル業界を開拓して紹介するスキームを自ら編み出しました」

他の人はこの仕組みに気づいていませんでした。佐地氏の「課題発見力」が発揮された瞬間です。

その後、超大手製造業を担当する部署に異動。リストラをしている大手SIerや、過去3年で1人も決まっていない大手重工業企業を担当することになり、一度は辞めようと思います。しかし「少しだけやりきった感じがないな」と感じていました。その違和感を追求していくと、「全社トップ表彰を受けていないこと」にたどり着きました。当時、「全社表彰は時の運」と考えていましたが「次に来る大当たり企業を予想すればいい」と発想を変え、最終的に大手自動車メーカーに目をつけました。

北米好調で需給ギャップがあると読み、RPO(採用代行)を受注。1年で3億円を売り上げ、全社トップセールスに輝きました。

佐地氏は自身の強みについてこう語ります。

「課題を見つけるのは昔から得意でした。でも新卒1年目のときに上司から言われたんです。『批評批判だけじゃビジネスマンじゃない』と。そこから『課題をどうクリアするか』という思考に変わりました」

そして30歳で「もうやり残したことはない」と、リクルートを退職しました。

『鬼滅の刃』が教えてくれた”天命”。コンフォートゾーンを捨て続けてきた理由

リクルート退職後、フリーランスとして人材紹介・保険・不動産を手がけた佐地氏。32歳で年収5,000万円を得ていました。しかし「成長を止めていいのか」という違和感を覚えます。

その後、成長を求めてスタートアップにjoin。年収は1/7に。しかし、自分の描いた成長曲線を描けず、最終的に自分の会社「Tanpan & Co.」を設立。

転機はコロナ禍で観た『鬼滅の刃』でした。煉獄さんの母親が幼い息子に語りかけるシーンが、佐地氏の心に深く刺さったのです。

「煉獄さんのお母さんが『なぜ強い人間は力を持って生まれるのか』と問うシーンがあって。力は天から授かったもので、自分のものじゃない。世の中のために使えという『ノブレス・オブリージュ』の思想です。そこで気づいたんです。私は、自分の才能を自分のためだけに使っているなと」

転職エージェントは、年間延べ2,000人の求職者にしか会えない。10年やっても2万人。転職エージェントは全国のセブン-イレブンより多い約3万社もあるのに、キャリアの悩みは減っていない。

佐地氏は自分の使命に気づきます。

「自分は明確にソリューションを持っている。でもタッチできる世界が狭すぎる。この能力を生かして、世の中のキャリアの悩みの総量を減らしたいと思ったんです」

ちょうど40歳のタイミング。ビジネス人生の折り返し。残りを「天命・使命」に使おうと決断しました。

目をつけたのが、上場していて成長角度が高く、ITエンジニアに強い株式会社 Branding Engineer(現社名:株式会社TWOSTONE&Sons)。「社会のために能力を使う」という自身の使命感と、目指す先が一致する会社への参画を決めました。

3日で磨き上げて内定へ。求職者の100%を引き出すコンサルティング

現在、グループ会社の代表として佐地氏が率いる株式会社Branding Careerの人材紹介事業は、「求職者起点・両面型・特化型」という独自アプローチを取っています。

一般的なエージェントとの違いを佐地氏はこう説明します。

「基本的に両面型のエージェントは求人起点なんです。この求人に対して候補者を連れてくるという動き。でも僕らは求職者起点。その人に合わせた求人を持ってくるんです」

最大の強みは「人間力」を見抜くこと。佐地氏は人材業界の構造的な課題を指摘します。

「職務経歴書での書類選考はスキルで判断される。でも面接の合否は基本的に人物で決まる。本来は人物で評価されるべきなのに、効率が悪いからスキルでジャッジしてしまう。本来は人間力で判断してほしいんですよ」

佐地氏は週7件ほど面接対策を実施。「最初に会った時には『今の状態では絶対に内定が出ないな』という状況でも、ひとつずつ課題をほどき、『こういう風に伝えると、きっと面接官にも貴方の魅力が伝わりますよ』と、伴走トレーニングをしていくと、最終的には高確率で内定が出る」と言います。

秘訣はティーチングとコーチング、リーディングの使い分け。知らないことは教え、整理できていないことは問いかけで引き出す。

「企業が欲しい情報と、候補者が出そうとする情報にズレがあるんです。その交通整理をする。面接はゲームみたいなもので、ルールを知らないと勝てない。そのルールを教えてあげるんです」

これで転職活動期間中に候補者が成長するのです。

印象的なのが自身にも要因があり転職を繰り返していた友人のエピソード。一般的な転職エージェントであればまともに取り合ってくれないのは、本人が一番わかっていました。そこで、佐地氏は自身のFacebookで、彼のいいところも悪いところも含めて、友人×キャリアコンサルタントの立場から紹介したところ、約20名もの経営者から「会ってみたい!」と反応がありました。そして、最終的に、非常に相性の良かった企業から一社だけ内定が出て入社。

友人から後日「今、毎日会社にいくのがものすごく楽しい。ありがとう!」というメッセージが来て、この仕事の醍醐味や自分の使命を改めて嚙み締めました。

佐地氏はプロとしての自信をこう語ります。

「人材を見る目は、企業の方々よりも私たちの方が圧倒的にプロです。だから『この人はこういう観点で絶対に御社に合うから、黙って会ってみてください』と言える。会ったらトントン拍子で進むんです」

選考NGをひっくり返して内定が出る。それは企業との信頼残高があるからです。企業からも「本当に助かりました」と感謝され、また信頼関係が繋がっていく好循環が生まれています。

大手人材会社が目指す自動化の世界。私たちは「人間が人間を支援する」道を選ぶ

佐地氏が「2050年までにリクルートを超える」と宣言する背景には、業界の構造変化があります。

佐地氏はリクルートの変化をこう見ています。

「リクルートはもうほぼAI・ロボットの会社になってしまったという印象を持っています。肌感として、彼らが目指すのはボタンを押したら転職が完了する世界です」

しかし佐地氏は別の道を選びました。

「人間には葛藤がある。どう生きたいかとか、そういうことをAIに任せたくない部分がある。僕らはその領域にこだわり続けたい。」

人間が主体・主語で人間を支援する世界でのNo.1。なぜNo.1を目指すのか。佐地氏は明確に答えます。

「No.2以下はNo.1の背中を追う。でもNo.1は社会を見るんです。僕がやりたいのは、世の中からキャリアの悩みをなくして、働く喜びの総量を増やすこと」

リクルートエージェントで全社トップセールスだった佐地氏。だからこその自信があります。

「できると思っています。No.1の世界を知っていて、そこで圧倒的なNo.1だったので」

2050年という目標は「現実問題の最速値」。年間300人採用できれば10年で達成できるが、上場企業として利益を出しながら投資する制約の中、健全なペースでの現実的な目標なのです。

業界No.1になって、公教育を変える。「“働く”が趣味になる世界」へ

佐地氏のビジョンは人材紹介業界のNo.1にとどまりません。

佐地氏が見据える、その先の未来。

「究極的には中学校や高校の公教育に、僕らのキャリアコーチングを取り入れたい。将来どう生きるかというキャリア教育と、論理的思考力と行動力、PDCAの回し方を学ぶ。それが僕らの仕事術なんです」

学校ではこれを教えないから、大学を出ても仕事ができない人が量産されていると佐地氏は指摘します。業界No.1だったら、公教育に働きかけることもできる。

そして佐地氏が見据える、さらにその先の未来。

「25年後、働かなくてよくなっているかもしれない。でも労働は趣味として残ると思うんです。だって他にやることがなくないですか。そのとき人間力が低かったら、働き手として選ばれない。働きたくても働けない世界が来ます」

「働く喜びあふれる世界」というビジョンは、この「働くが趣味になる世界」を見据えているのです。

みんなが「今日も楽しかった」と言える。それが私の答えです

大学時代に6年間考え続けた「人はなぜ生きるのか」という問い。佐地氏の答えはこうでした。

佐地氏は自分の人生をこう振り返ります。

「毎日を楽しかったと言えるように生きたいと思った。社会人になってから95%ほどは、今日も楽しかったと思えるような生活を送れています」

この答えが、佐地氏のすべての行動の原点です。

佐地氏は自分の目指す世界をこう語ります。

「目的は、みんなが働くのが楽しくてハッピーな状態にすること。そのために業界No.1で社会と対峙する必要がある。挑戦権を得るために、まずは業界No.1を最速で目指します」

その先にあるのは、人間のポテンシャルを解放し、みんながそれぞれの強みを生かして、働くことに喜びを感じている世界です。

選考でNG回答をもらった人も、キャリアに悩んでいる人も、「向いている仕事」に就けば「今日も楽しかった」と言える。そのために、佐地氏の挑戦は続きます。

コントリからのメッセージ

佐地良太氏のお話を伺って、人材紹介業の本質的な価値を改めて考えさせられました。

表面的なスキルマッチングではなく、人間力を見抜き、求職者の可能性を引き出し、企業との信頼関係を駆使して「本来あるべきマッチング」を実現する。それは単なるビジネスではなく、一人ひとりの人生に深く関わる使命です。

「人はなぜ生きるのか」を6年間考え続け、「毎日を楽しかったと言えるように生きる」という答えにたどり着いた佐地氏。その答えを世の中の働くすべての人に広げようとする姿勢に、深い感銘を受けました。

転職エージェントに断られた方、書類選考や面接で何度も落ちている方、キャリアチェンジを諦めかけている方。佐地氏の言葉は「まだ可能性は終わっていない」というメッセージを届けています。

AIが台頭する時代だからこそ、人間にしかできない価値を追求する。働くことが「趣味」になる未来を見据えて、今から人間力を磨く。そんな佐地氏の視点は、働くすべての人にとって重要な示唆を与えてくれます。

「今日も楽しかった」と言える人が一人でも増えることを願って。佐地良太氏の挑戦は、これからも続いていきます。

プロフィール

株式会社Branding Career
代表取締役CEO
佐地良太(さじ・りょうた)

1983年5月28日生まれ、愛知県名古屋市出身。慶応義塾大学を卒業後、株式会社リクルートへ新卒入社。人事を経験したのちに、法人営業へ従事。全社TOPセールス表彰などの実績を多数挙げたのち、フリーランスとしての独立やスタートアップ子会社代表などの経験を経て、2017年に自身が代表となる「株式会社Tanpan&Co.」を設立。その後、人材事業の事業譲渡によりTWOSTONE&Sonsへジョイン。人材紹介事業の責任者を経て、2024年に株式会社Branding Careerの代表取締役CEOに就任。

ギャラリー

会社概要

設立2023年9月
資本金1,000万円
所在地東京都渋谷区渋谷2-22-3 渋谷東口ビル6F
従業員数40人
事業内容ITエンジニア特化型転職支援サービス「TechStars Agent」
セールス人材特化型転職支援サービス「SalesStars Agent」
HPhttps://branding-career.co.jp/


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