
創業70年、4代目が挑む地域密着の真髄——橘モータースが貫く「生涯顧客」という哲学
「お客様のためっていうのが、やっぱり一番ですね」——。
株式会社橘モータースの橘徹代表取締役は、穏やかな笑顔でそう語ります。茨城県常陸太田市で4代にわたって地域の人々のカーライフを支えてきた橘モータース。大きなコストをかけて開催する顧客感謝祭、Google口コミ110件超で評価4.8という圧倒的な信頼。大手ディーラーにはできない、町の車屋さんだからこそ実現できる「トータルカーライフサポート」に迫ります。
目次
野球少年が継いだ、70年続く町の車屋さん
「幼少期から、大人になったら車屋を継ぐものだと意識はしていました」
昭和63年生まれ、現在37歳の橘氏。小学3年生から大学まで14年間、野球一筋の青春時代を過ごしました。青山学院大学の準硬式野球部ではキャプテンも務めています。
しかし、大学卒業が近づいた頃、橘氏の心には葛藤がありました。
「いつか自分がやらないといけないのかな。でも、それを継ぐのが自分にとって本当にベストなのかな。そんな葛藤がありました」
その葛藤を乗り越えたきっかけは、「誰も歩めない道だからこそ」という前向きな気づきでした。
「親が喜んでくれる。それに、ずっとキャプテンをやっていたので、人をまとめて組織を作っていく経験は自分に向いているかもしれない。そう思いました」
継ぐと決めてからは、戦略的に動きました。
まず損害保険会社(旧日本興亜、現損保ジャパン)へ入社。車屋を回る自動車保険のルートセールスを担当しました。
その後、ダイハツのディーラーへ転職。今度は直接、お客様に車や保険を販売する経験を積みました。
「損保会社では、車屋さんに保険を売ってもらう仕事。ディーラーでは、自分が直接お客さんに売る仕事。売る側と売ってもらう側、両方を経験できてよかったです」
2つの営業から学んだことも違いました。
損保では「数字の作り方」を学びました。ディーラーでは「お客さんに喜んでもらう楽しさ」を知りました。
橘氏は嬉しそうに続けます。
「会社規模はどんどん小さくなりました。でも、お客様との距離感や、喜んでもらえてるなという実感は、逆にどんどん大きくなっています」
大手企業にいた頃は、お客様が遠かった。自分の仕事が世の中にどう貢献しているのか、見えにくかったと言います。
約9年前、茨城に戻りました。そして令和7年5月、4代目代表として正式に承継。
橘氏は静かに語ります。
「導かれるように、地元のお客さんのためにという方向に向かっている。そんな気がしています」
父が用意してくれた「自由にやらせる」承継戦略
令和7年5月。橘氏は70歳の父から代表を引き継ぎました。
この承継が驚くほどスムーズだった背景には、父親の深い配慮がありました。
「父が『70歳までには代替わりするぞ』って言ってました。あとは『お前のタイミングだから』と」
帰郷後の8年間。橘氏は実質的な意思決定権を持ちながら経営に関わってきました。
「社長ではなかったんですけど、意思決定は自由にやらせてもらってました。だから社長になって何が変わったかっていうと、あんまり変わってないんです」
この「自由にやらせる」スタイル。その背景には、父親自身の苦い経験がありました。
橘氏は静かに語ります。
「父は、祖父にやりたいことをやらせてもらえなかった。そういう経験があるから、自分の子供には自由にやらせてやりたい。そう思って、帰ってきた時からあんまり干渉してこなかったんです」
この承継のあり方は、多くの事業承継が直面する課題を回避する理想的なモデルと言えるでしょう。

「トータルカーライフサポート」とは何か——オールメーカー対応の強み
橘モータースの最大の特徴。それは、整備・販売・保険・事故対応をワンストップで提供する「トータルカーライフサポート」です。
「平たく言えば、町の車屋さんですね。母体は整備です。車検、オイル交換、タイヤ交換などをやっています」
大手ディーラーとの大きな違い。それは、オールメーカー対応であることです。
「ディーラーはトヨタならトヨタだけ、日産なら日産だけ。1つのメーカーしか扱えません。でも当社なら、トヨタもホンダも日産も、どのメーカーでも扱えます。だから、ご家族それぞれが違うメーカーの車に乗っていても、全部うちで面倒を見られるんです」
この強みは、家族で複数台の車を持つ地方ならではの需要に応えるものです。
橘氏は自身のディーラー経験を振り返ります。
「ダイハツにいた時、保険を販売する際に『何かあった時にうちで事故対応できるのがメリットです』と言っても、その家族の他の車はどうするのか。違うディーラーに持っていってるなら、そっちで保険入った方がいい。そうなっちゃうんです」
「でも我々はオールメーカーです。だから、保険も全ての車をトータルで任せてくださいって言いやすいんです」
もう一つの特徴。それは「担当制」を敷いていないことです。
「担当が変わると、お客さんが離れていく。それがよくあります」
橘氏は続けます。
「私達は違います。車を売る時の担当がたまたまこの人だった。ただそれだけ。その後のアフターフォローは、みんなでお客さんを支えていく。そういう体制です」
顧客カルテには多くの情報を記録しています。
購入時の経緯。家族の車の情報。過去の整備記録。そして「今後あとどれくらいお車に乗りたいか」という意向まで。
これらを全社員で共有。誰が対応しても、同じように接客できる仕組みを作っています。
大きなコストをかける「お客様感謝祭」——利益をどう還元するか
橘モータースの「生涯顧客」という考え方。それを最も象徴するのが、毎年11月の「お客様感謝祭」です。
「一切売り込みはしません。来ていただいたら、楽しんでいただく。それだけです」
大きなコストをかけ、しかもその日は、営業を完全にストップします。
屋台、ストラックアウト、フリースロー、ダンスパフォーマンス、抽選会。昨年は約300組、1,000人近い来場者がありました。
橘氏は力を込めて言います。
「生み出された利益を何に使うか。社員さんに還元する。お客様に還元する。地域社会に還元する。そう決めています。感謝祭は、利益の一部をお客さんに還元してるんです」
「普通のディーラーでは、本部の承認が必要だったり、予算の枠があったりします。でも、小さい会社だからこそ、こういう思い切った意思決定ができるんです」
感謝祭以外にも工夫があります。
車検後には割引券を配布。定期的にDMを送付。継続的なコミュニケーションを大切にしています。
Google口コミ4.8の秘密——「親切・丁寧」を支える仕組み
橘モータースのGoogle口コミ。110件超で、評価は4.8です。
「多いキーワードが『親切』『丁寧』なんです。お客さんに、そういうお店だと思っていただけてる。それが嬉しいです」
この高評価を支えるのは、細やかな接客の仕組みです。
「お客さんの名前を呼ぶ」「深いお見送りをする」。こうした基本を徹底しています。
顧客の嗜好も記録。
「コーヒーを頼んだお客さん。次に来た時、『お飲み物は?』じゃなくて『コーヒーでまたよろしいですか?』って聞くんです」
橘氏は、大手との違いをこう表現します。
「大手の画一化されたサービスではない。1人1人に寄り添った、かゆいところに手が届くサービス。それを大事にしています」
ハード面での工夫もあります。
電話が鳴ると、顧客名が表示されるシステム。すぐに名前を呼んで応対できます。
車検後にはCSアンケートを送付。お褒めの言葉は、定例ミーティングで共有。対応した社員を称賛します。
「お客さんに喜んでいただいてる。それをみんなが実感する。すごい大事です」
年に1回の「事業方針説明会」。ここで年間MVPと優秀賞を表彰します。
「表彰した社員から『めちゃくちゃやる気が出ました』というメッセージをもらいます。賞金自体は数万円程度。でも大事なのはお金の額じゃない。会社が自分の頑張りを見てくれている、認めてくれている。それがモチベーションにつながるんだと思います」

曾祖父から受け継ぐ「お客様のため」の実例
橘モータースの歴史。それは昭和初期、曾祖父が鉄工所を開業したことから始まります。
バイクいじりが仕事になり、モータリゼーションに合わせて進化。2輪から3輪へ。そして4輪へ。
祖父について、橘氏は「商売上手じゃない職人気質の人だった」と振り返ります。
そして、こんなエピソードを教えてくれました。
「あるお客さんが来店しました。『他の店で、これは交換した方がいいと言われた』と部品を持ってきたんです。祖父が実際に見てみると、まだ十分使える状態でした。『これはまだ使えますよ。交換しなくて大丈夫です』。そう言って、お客さんを帰してしまったんです」
橘氏は笑いながらも、真剣な表情で続けます。
「そこで交換してあげれば、売上になったはずです。でも祖父は、自分がお客さんの立場だったらどう思うかを考えた。まだ使えるものを交換させられたら嫌ですよね。だから、正直に伝えたんです」
「父の代も同じでした。もし当社のミスでお客様にご迷惑をかけてしまったら、すぐに『費用は全部うちで負担します』と言って、無償で対応していました」
橘氏も、この哲学を実践しています。
「当社の不手際でご迷惑をかけた場合。目先の利益にとらわれずに、すぐに無償修理対応します」
70年続く企業の本質。橘氏はこう語ります。
「積み重ねた結果が利益なんです。目先の売り上げじゃない。お客さんの立場だったらどうして欲しいか。それを起点に意思決定する。背中を見て、そう感じてきました」
8年間の「地盤改良工事」——急がない事業承継の正解
帰郷後の8年間。橘氏は売上拡大よりも「働きやすい環境整備」に注力してきました。
「この8年間は、売上を追うよりも、社内の基盤を固めることに集中してきました。あと5年、10年ぐらいすれば、その基盤の上で、外に向けて事業を広げていける。そう考えています」
人事評価制度。予約システム。設備投資。
橘氏には明確な理由がありました。
「いきなり店舗を増やしたり、人を増やしたりすると、組織に無理が生じます。人事制度や設備が整って、みんなが働きやすい環境ができてから拡大すれば、組織が壊れにくくなります」
ただし、この8年間が順風満帆だったわけではありません。
橘氏は自身の失敗も率直に語ってくれました。
「戻ってきて驚きました。ディーラーのスタンダードと橘モータースのスタンダード。あまりにも乖離があった。『こんなこともできてないのか』って」
整備士に対するロープレの導入。ここでは反発もあったそうです。
「今思えば、ちょっとやらせすぎだったかな」
橘氏は苦笑いしながら振り返ります。
年上の職人たちとの向き合い方。これも試行錯誤の連続でした。
「私は整備の現場で働いた経験がありません。だから、整備士の方々がどれだけ大変な思いをしているか、十分に理解できていなかった。そんな立場で『こうした方がいい』と言っても、『現場を知らないくせに』と思われてしまう。そういうこともありました」
橘氏は、時間が解決した部分も大きいと認めます。
「うまくいったコツがあったというより、時間が解決してくれた面が大きいです。8年という時間の中で、当社のやり方に共感してくれる人が残り、合わない人は去っていきました。新しく入ってきた人たちは、最初から今の方針を理解して働いてくれています」
この「急がない勇気」。橘氏はこう総括します。
「これはオーナー企業だからこそできることです。上場企業なら、毎年の業績を求められます。でも私たちは、10年後、20年後のために今できることは何か。そう考えて、長期的な視点で投資の判断ができます」

地方で、小さく、強く——橘モータースが描く未来
今後のビジョン。橘氏はまず地域密着を強調します。
「まず大切なのは、今うちを利用してくださっているお客様に、もっと良いサービスを提供すること。サービスの質を高めていくことが何より重要です」
具体的には。事故対応のサービス品質向上。待ち時間の短縮。取扱商材の拡充を計画しています。
また、社員の働きやすさにも力を入れていく考えです。
「社員の自己実現の舞台として。一人一人がイキイキと働ける環境を整える。好業績と良好な人間関係を両立する。そんなクオリティカンパニーを目指します」
商圏については、現実的な見通しを持っています。
「車屋さんは、お客様が遠くから来ることは少ないんです。うちのお客様も、半径5キロ圏内の方が7〜8割。人口は減っていますが、このエリアでなら、今の1.5倍くらいまでは成長の余地があると思います」
次のステップとして可能性を見据えているのが、M&Aや2号店展開です。
「将来的には、後継者不足で困っている他の整備工場を引き継ぐような、そんな可能性もあるかもしれません。その時には、ここで大切にしてきた『お客様のため』という考え方を引き継いで、その店を任せられる社員。そんな人材が育ってくれたら嬉しいですね」
地方の事業承継問題が深刻化する中。技術はあっても後継者がいない整備工場は少なくありません。
橘モータースのモデルは、そうした課題への一つの解答になる可能性を秘めています。
橘氏の目指すゴールは明確です。
「ここが本当の意味で成功していけば。自動車整備工場としてのモデルにもなる。地方創生のモデルにもなる。後継者としてのモデルにもなっていける」
橘氏は力を込めて続けます。
「事業承継や地域密着の経営について、私の経験が誰かの参考になれば。ここに来れば、そういった話ができる。そんな会社を作っていきたいです」
コントリからのメッセージ
創業70年の橘モータース。4代目・橘徹氏が示しているのは、「規模ではなく、関係の質で勝負する」という、これからの時代の経営モデルです。
大きなコストをかけた顧客感謝祭、Google口コミ4.8という圧倒的な信頼、8年間かけた地盤改良工事。すべての根底にあるのは、曾祖父の代から受け継がれる「お客様のため」という揺るぎない軸でした。
印象的だったのは、「一見すると拡張してるようには見えないかもしれない」という率直さです。急成長を追わず、まず組織の質を磨く。この「急がない勇気」こそが、持続可能な成長の秘訣なのかもしれません。
事業承継においては、父親が8年間口を出さずに見守ったという事実も示唆に富んでいます。「承継は渡す側の覚悟で決まる」——この言葉は、多くの経営者に響くはずです。
地方の小さな会社でも、顧客一人ひとりの名前を呼び、コーヒーの好みを覚え、家族ぐるみで寄り添う。大手には真似できないこの強みを、橘モータースは70年間磨き続けてきました。
橘氏が目指す「クオリティカンパニー」は、売上高や従業員数では測れない、本当の意味での「良い会社」です。地方にいながら、小規模でありながら、確かな価値を生み出し続ける。橘モータースの挑戦は、日本中の中小企業経営者に希望を与えてくれるはずです。
プロフィール

株式会社橘モータース
代表取締役
橘 徹 – Toru Tachibana –
1988年(昭和63年)生まれ。青山学院大学卒業。大学まで14年間野球を続け、準硬式野球部ではキャプテンを務める。卒業後、損害保険会社(旧日本興亜)で自動車保険のルートセールス、ダイハツのディーラーで直販営業を経験。両方の立場から営業を学んだ後、約9年前に茨城県常陸太田市に帰郷。昭和初期創業の橘モータースで、人事評価制度や予約システムなど組織基盤の整備に注力。2025年5月、70歳の父から代表を引き継ぎ、4代目に就任。「お客様のため」という創業以来の理念を守りながら、オールメーカー対応や全社員での顧客サポート体制など、地域密着型の「トータルカーライフサポート」を推進している。
ギャラリー





























会社概要
| 設立 | 平成4年5月1日 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| 所在地 | 茨城県常陸太田市山下町1243-1 |
| 従業員数 | 20人 |
| 事業内容 | 自動車販売・車検・点検・一般整備・鈑金修理・自動車保険・レンタカー・ロードサービス |
| HP | https://www.tatibana-motors.com/ |
御社の想いも、
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