「誰かの無条件の味方でありたい」——教員志望からバーテンダーへ。30歳女性経営者が紡ぐ、感謝の循環

「学校の先生っていうのは、親以外の唯一の無条件の味方だから頼っていいんだよ」——。

中学の恩師から受け取ったこの言葉が、上田けい氏の人生を方向づけました。神田エリアでオーセンティックバー「CLOVER CLUB」を経営する上田氏は、教員志望からバーテンダーへと職業を変えながらも、一貫して「誰かの居場所になりたい」という想いを貫いています。そして今、バー経営と並行して子ども食堂を運営し、「感謝の循環」という独自の哲学で地域コミュニティづくりに挑戦しています。異なる二つの事業を貫く経営哲学とは何か。30歳の女性経営者が語る、人と人との繋がりの本質に迫ります。

中学の恩師との出会いが決めた「誰かの無条件の味方になる」人生

東京都葛飾区で生まれ育った上田氏。人生の転機は、中学3年生のときに訪れました。

「第一志望の高校に落ちちゃって。人生初の受験だったから、ショックすぎて学校に行けなくなっちゃったんです」

上田氏は少し表情を曇らせながら当時を振り返ります。滑り止めの私立高校への手続きすらできないほど落ち込んでいた上田氏を救ったのが、担任の先生でした。

「担任の先生がめちゃくちゃ家に電話してくれて、家にも来てくれました。友達づてにプリントを持ってきてくれたりもして。私立高校の手続きも、先生が全部やってくれたんです」

高校側からも「先生がやってくれなかったら無理だったよ」と言われたほど。そんな先生が、上田氏にこう語りかけました。

「『学校の先生っていうのは、親以外の唯一の無条件の味方だから頼っていいんだよ』って」

上田氏は目を輝かせます。

「それがすごく嬉しくて。自分も誰かの無条件の味方になりたいって思ったんです」

この経験が、上田氏のその後の人生を決めました。

教員志望からバーテンダーへ——変わらない「居場所づくり」への想い

大学では教員免許の取得を目指していた上田氏。しかし、アルバイト先で新たな世界と出会います。

「高校生のときからダイニングバーでバイトしてたんです。お客さんと喋るのが楽しくて」

アルバイト先をカジュアルなバーへ、そしてオーセンティックバーへと変えていく中で、上田氏は運命的な光景を目にします。

「カクテルを作っている姿が、宝石みたいにキラキラ輝いて見えたんです」

そのバーは女性マスターが経営する店でした。

「その方の接客や、スタッフへのおもてなしの心が、ものすごくかっこ良くて。自分でお店やりたいなと思ったんです」

教員志望からバーテンダーへ。大きな方向転換に見えますが、上田氏の中では一本の線で繋がっていました。

「人の話を聞くのが楽しかったんです。人の居場所になれるような感覚が嬉しくて」

上田氏は穏やかな表情で続けます。

「普通の会話だと気を使うじゃないですか。悩み事ばかり話したら『悪いな』って思うし、嬉しいことばかりだと『自慢話かな』って。私、結構気にしいなので」

でも、バーは違いました。

「バーテンダーって、お客さんが何にも気にしないで話せる相手なんです。本当に嬉しかったことも話していいし、『もう俺無理かも』みたいな弱音も言っていい。自分がその人の味方でいられる感覚があって」

職業は変わっても、「誰かの無条件の味方になりたい」という想いは変わっていませんでした。

27歳での独立。女性バーテンダーが直面する「妊娠・出産」という壁

バーテンダーとして働く中で、上田氏はある問題に気づきます。

「同年代の女の子って意外といたんですけど、結構辞めてしまう子が多くて。やっぱり妊娠とか出産とかが、めちゃくちゃハードル高いんです」

ホテルのバー部門なら、アフタヌーンティーなど昼間の部署への異動も可能です。しかし、街場のバーではそうはいきません。

「元々、女性バーテンダーが妊娠、出産しても仕事が続けられる環境を作りたいと思っていました」

この想いを胸に、上田氏は27歳で独立を決意します。

最初は新宿での開業を目指していました。前職で新宿のバーに勤めていた上田氏は、その街に愛着がありました。

「物件探していたんですけど、小箱みたいなのって出ないんですよね。合同内覧会でみんな一斉に申し込んで、事業計画書書いてみたいな感じで。何件も落ちちゃって」

上田氏は当時の焦りを思い出すように語ります。

「私、1店舗目だったんです。他の人たちは何店舗か経営してる人で、『私選ばれるの難しいよな』って思って」

さらに、上田氏には明確なタイムリミットがありました。

「自分で店出してその後に出産したいっていう思いがあったので、あんまり時間をかけたくなかった。エリアにこだわって一生待つよりは、もういいと思って」

そして出会ったのが、神田エリアの物件でした。新宿とは全く異なるビジネス街。不安もありましたが、前に進むことを選びました。

開業後、上田氏は理想と現実のギャップに直面します。

「最初の構想では、ボトラーズのウイスキーをずらっと置くみたいなことがしたかったんです。でも、意外とボトラーズのウイスキーそんなに受けなかったんですよね」

前職の新宿のバーは、700種類以上のウイスキーを揃える、ウイスキーラバーが集まる店でした。上田氏自身もウイスキーが大好きで、レアなボトルを揃えることに情熱を注いでいました。

「でも、ビジネス街の人たちで、仕事帰りに珍しい超レアなウイスキーを飲みたいみたいな人って、そんなにいないんだなって」

上田氏は苦笑いしながら振り返ります。

「元々ボトルキープもそんなやる気なかったんですよ。でも結果的にボトルキープが一番受けてるよねみたいな感じで。町の特性に合わせながら進んでいくのが普通だと思うので」

理想と現実のギャップを受け入れ、柔軟に対応していく。経営者としての姿勢が、ここに表れています。

現在、CLOVER CLUBではウイスキー250種類以上を含む、300種類以上のお酒を取り扱っています。

若い女性たちが教えてくれた、孤独という社会課題

バーテンダーとして働く中で、上田氏は多くの人と出会いました。特に新宿時代、20代前半の女性たちとの出会いが、上田氏の人生観を大きく変えます。

「ガールズバーやキャバクラで働く女の子たちが、よく来てくれて。仲良くなると、不安定な姿が見えてきて、すごく心配になったんです」

上田氏は表情を曇らせます。

「家庭環境に恵まれなかった子が本当に多くて。摂食障害、リストカット、精神科通院…。共通するパターンがあったんです」

こうした経験から、上田氏はある共通点に気づきました。

「みんな、恋愛依存なんです。全然人を信じないのに、急にめちゃくちゃ信じる。距離感がおかしくて、四六時中一緒にいないと不安みたいな。強烈に愛情の証明を求めるんです」

関われば関わるほど依存される。上田氏自身も「どうしよう」と感じることがありました。

「正直、重かったです」

しかし、この経験が大きな気づきを与えました。

「もっと小さい頃から、地域のみんなで育ててもらえたらよかったのにって思ったんです」

町会活動との出会いが開いた、世代を超えた繋がりの扉

お店をオープンして3年後、上田氏に転機が訪れます。幼なじみのお父さん——小学生の時のソフトボールチームの監督——との再会でした。

「お店を出したので、小学生ぶりに会ったんです。そしたら『俺の先輩が近くにいるから紹介しとく』って」

その先輩が、地域の町会で活動する方でした。その方は頻繁に店に来てくれるようになり、様々な町会の活動に上田氏を誘いました。

「最初は『私が行っていいのかな』って戸惑って。変に思われたら嫌だなとか、気を使ったんですけど」

しかし、呼ばれたイベントすべてに顔を出しているうちに、変化が訪れました。

「最初は『誰だろうあの子』みたいな感じだったと思うんですけど、すごく仲間に入れてくれて」

地域の町会では、年間を通じて多彩な活動が行われています。新年会、餅つき大会、神田祭、流しそうめん大会、縁日、運動会、夜警…。

上田氏はこの地域活動に心を動かされました。

「めちゃくちゃ尊いって感じたんです。地域の人たちが、みんなが安全に暮らせるように、みんなが楽しく暮らせるように、一致団結して何かをやるっていうのが、ものすごく尊い行為に感じて」

上田氏は自身の子ども時代を振り返ります。

「私も小学生の頃、地域のソフトボールチームに入ってました。お父さんたちがコーチで、お母さんたちがみんなで応援して。自分の親以外の大人にも面倒見てもらってたんです」

上田氏の母親は仕事の帰りが遅かったため、よく母親の会社の人が面倒を見てくれたそうです。

「母の会社のおばちゃんが、よくご飯を作ってくれて。そのおばちゃんの家でご飯食べたり、泊まって宿題したり。今思えば、子ども食堂みたいなことをやってもらってたんですよね」

上田氏は目を輝かせます。

「親も愛してくれたし、学校の先生も大好きだったし、大人も大好き。みんな大好きみたいな感じで育ったんです」

多くの大人から愛され、見守られて育った上田氏。だからこそ、人を信じることができました。

「疑心暗鬼じゃないから、どんどんチャレンジできるんです。失敗もめちゃくちゃするけど、そうすると改善できるじゃないですか」

上田氏は力強く語ります。

「何も気にせずチャレンジできる性格になれたのは、いろんな人が愛してくれて、応援してくれたって思いながら育ってこられたから」

この町会活動との出会いが、上田氏に子ども食堂への道を開きました。

子ども食堂という名の「感謝の循環」装置

2025年9月13日、上田氏は初めての子ども食堂イベントを開催しました。場所は神田エリアの「錦町ブンカイサン」。30名以上のボランティアスタッフが集まり、20代から50代までの多世代が参加しました。

上田氏の子ども食堂は、一般的な子ども食堂とは大きく異なります。

「私のテーマは『感謝の循環』なんです」

上田氏はまっすぐ前を見つめて語ります。

「誰もが困ってしまうような立場になる可能性がある。だから、誰もが気軽に支援者になれるようにしたいんです」

仕組みはシンプルです。カレーは全員無料。500円のドリンクを購入すると、その利益が運営費になります。

「すごく気軽にチャリティができて、楽しみながら支援できるんです」

さらに工夫があります。食事をした人には、感謝のメッセージを書いてもらいます。

「『ありがとう』『ごちそうさまでした』『美味しかったよ』とか、メッセージを書いてもらうんです」

子どもたちの素直な言葉が並びます。「ありがとう」「カレー美味しかったです」。文字が書けない小さな子は、絵で想いを表現しています。

「これをSNSに載せていくんです。このありがとうは、ドリンクを買ってくれた人へのありがとう。『全部あなたへのありがとうだよ』って」

上田氏は嬉しそうに微笑みます。

「食べた人は応援される繋がりを感じて、感謝を伝える。ドリンクを買った人は応援する立場になって、ありがとうと言われる。そういう循環なんです」

イベント当日は、折り紙コーナーや、共立女子大学の学生による「ふわふわモール人形」作りのコーナーもありました。

「このふわふわモール人形は、震災などで何もできないとき、これを一緒に作ることで少しでも明るく楽しく過ごせるようにっていう想いで作られたものなんです」

上田氏は、この活動を「孤独に対する予防医療」と位置づけています。

「困ってから助けを求めるのは大変です。誰に言ったらいいかわからないし、そもそも助けを求められない人が困る」

だからこそ、日常的な繋がりが大切だと考えます。

「全部が練習の場なんです。人を応援する練習、感謝する練習、感謝される練習。そこで自分の存在価値を感じられたらいいなと思うんです」

SNS時代だからこそ、リアルな「おせっかい」が必要な理由

上田氏は、現代社会に対して強い危機感を持っています。

「私、SNSとかインターネットに対して、ちょっと批判的なところがあるんです」

上田氏は真剣な表情で語ります。

「SNSって無責任だなって思うんです。切り取りが人気だから切り取られてしまって、それでいろんな人が巻き込まれてしまう」

特に若い世代への影響を懸念しています。

「若い人は傷つきやすいじゃないですか。私も今は何か言われても気にしないけど、若いときは結構傷ついてました」

上田氏自身、10年近くこの仕事を続ける中で図太くなったと笑います。

「経験があるから、『意地悪を言ってへこんでる私を見たいんだな』って思えるけど、若いときは全然そんなこと気づかないから、傷ついちゃう」

さらに、SNSは極端な意見が伸びやすい構造になっていると指摘します。

「極端な意見の方が伸びやすいんですよね。広告をつけるために。政治家も極端なことだけを言う。本当に無責任な言論空間になってるなって」

しかし、実際の現場は違うと上田氏は強調します。

「『今の若い人、お酒飲まないよね』ってよく言われるけど、全然若い人来てるし、会社の飲み会もあるし。現実はそんなでもないんですよ」

一方で、ハラスメントへの過敏さも問題だと考えています。

「上司からしたら、飲みに部下を誘って、基本的にはご馳走してあげて、部下の悩みを聞いてあげる。それをするのがミッションじゃないですか。それをしようって思ってるのに、ハラスメントって言われたら、もうやだってなっちゃいますよね」

上田氏は少し興奮気味に語ります。

「コスパが合わなすぎるじゃないですか。だから『もういいや』ってなっちゃう。そういういいものまでそがれてしまうんですよね」

上田氏が大切にするのは、リアルなコミュニケーションです。

「いろんな人と話していれば、いろんな人がいるってわかるじゃないですか。合わない人もいるってわかれば、そこまで気にならなくなると思うんです」

世代を超えた交流の重要性を強調します。

「話してみたら、全然普通にみんな楽しいんです。情報過多で怖がってるだけで。どこからハラスメントかとか、難しすぎて気を使いすぎてる」

上田氏は、町会活動や子ども食堂のようなリアルな場で、世代を超えた交流が生まれることの価値を信じています。

「世代を超えた交流は、どの年代にとってもいいことだと思います。相手の立場に立って考える、相手を思いやる、尊重する、感謝する。当たり前のことだけどすごく難しい。でも練習すれば誰でもできるようになる」

上田氏はまっすぐ前を見つめます。

「それができると仲間ができます。助けてくれる人ができます。応援してくれる人ができます。それが本当に大切で、幸せなことです」

「自分が関わった人が、少しでも幸せになるといい」——未来への展望

今後のビジョンについて尋ねると、上田氏は穏やかな表情で答えます。

「やっぱり目標は、女性バーテンダーが妊娠出産しても仕事を辞めずに正社員のままいられる環境を作ることです」

これは、27歳で独立を決意したときから持ち続けている想いです。

「いつ達成できるかわからないですけど」

しかし、その前に上田氏自身がやるべきことがあります。

「今30歳で、まず自分が出産したいっていうのが一番あるので」

自らがまず理想を体現することで、後に続く人の道を作りたい。そう考えています。

「年齢も年齢なので。直近の店舗展開は考えてないです。そこが落ち着いたら、やりたいことはいくらでもあるので」

一方、子ども食堂の活動は継続していく予定です。

「子ども食堂はこれからもずっと続けていきたい。地域にゆるい繋がり、優しいセーフティネット、感謝を伝える場を広げていければいいなって」

そして、上田氏は最後にこう語ります。

「自分が関わった人が、少しでも幸せになるといいなと思います」

この言葉には、すべてが込められています。中学の恩師から受け取った「無条件の味方」という言葉。バーテンダーとして多くの人の話を聞いてきた経験。家庭環境に恵まれなかった若い女性たちとの出会い。町会活動を通じて感じた地域の温かさ。そして子ども食堂で実践している「感謝の循環」。

「私も何倍にもして返します」

上田氏は笑顔でそう言いました。

コントリからのメッセージ

上田けい氏の物語は、一貫した想いが異なる事業を繋ぐ力を教えてくれます。

教員志望からバーテンダー、そして子ども食堂へ。一見バラバラに見える選択も、「誰かの無条件の味方になりたい」「居場所を作りたい」という想いで繋がっています。

特に印象的なのは、「感謝の循環」という設計思想です。支援する側とされる側を固定せず、誰もが感謝し、感謝される関係性を作る。500円のドリンク購入で支援者になれる仕組みは、「支援のハードルを下げる」という明確な意図があります。

また、SNS時代だからこそリアルな繋がりが重要だという指摘は、多くの経営者にとって示唆に富むでしょう。情報過多の時代に、face to faceのコミュニケーションの価値を再認識させてくれます。

30歳という若さで、バー経営と子ども食堂運営を両立させながら、自身の出産という目標も見据える上田氏。理想を掲げながら着実に歩を進める姿は、現代の経営者の一つのモデルです。

「自分が関わった人が少しでも幸せになるといい」——この言葉が、上田氏のすべてを物語っています。

読者の皆さんも、ご自身の原体験に立ち返り、一貫した想いを見つけてみてはいかがでしょうか。その想いを軸に、事業と人との繋がりを築いていく。それこそが、持続可能な経営の本質なのかもしれません。

プロフィール

CLOVER CLUB
代表
上田 けい

神田エリアのオーセンティックバー「CLOVER CLUB」経営者。東京都葛飾区出身、30歳。教員志望からバーテンダーへ転身し、27歳で独立。「誰かの無条件の味方でありたい」という想いのもと、お客様一人ひとりの居場所となるバーづくりを実践。300種類以上のお酒を取り揃え、特にウイスキーに注力。女性バーテンダーが長く働ける環境づくりを目指しながら、地域の子ども食堂運営にも携わり、「感謝の循環」を通じた地域コミュニティづくりに挑戦している。

ギャラリー

会社概要

設立2022年11月
所在地東京千代田区神田錦町3-16-11エルヴァージュ神田錦町
従業員数6人
事業内容オーセンティックバー「CLOVER CLUB」の運営
HPhttps://clover-club-jimbocho.com/


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