兄の死が教えてくれた「本当の仕事」。理学療法士が医療的ケア児の世界に飛び込むまで

自己資金ゼロ・経営知識ゼロから50人組織へ。HABILIS(ハビリス)・池畑健太が語る、命を預かる経営の誠実さ

「この税金を使うに値することなのか、常に自分自身や働く人に問い続けられないと、公費を扱う仕事はやるべきではない」——。

横浜市都筑区を拠点に、医療的ケアが必要な子どもたちへの支援を展開する株式会社HABILIS代表取締役・池畑健太氏は、力強い口調でそう語ります。理学療法士としての臨床経験をもとに2012年に創業し、今では50名のスタッフを率いる経営者となった池畑氏。その歩みは、失敗と挫折の連続でした。それでも妥協を一切許さない経営を貫き続けてきたのには、深い理由がありました。兄の死という原体験、自己資金ゼロからの起業、事業の根本的なピボット——。一本の線でつながる人生の物語を、じっくりと紐解きます。

兄の事故が、人生の進路を決めた

池畑氏の人生を語るうえで、欠かせない存在がいます。2歳上のお兄さんです。

お兄さんは高校3年生の時、交通事故に遭い、障害を持つことになりました。池畑氏が高校1年生の時のことでした。事故後2年にわたって入院生活を送ったお兄さんが自宅に戻ってきたのは、池畑氏が高校3年生——まさに進路を考えるタイミングでした。

リハビリを受けながら少しずつ回復していくお兄さんの姿を間近で見てきた池畑氏は、「体を使う仕事をしたい」「自分の経験を生かせる仕事をしたい」という二つの思いが重なり、理学療法士の道を選びます。資格を取得して病院に就職した2006年頃、折しも社会保障費の抑制策が始まり、「リハビリは半年まで」といった制限が現場に課されるようになりました。患者さんのために働きたいのに、制度の壁に阻まれる。そんな悶々とした日々が続いていたといいます。

転機となったのは、就職6年目のことでした。

「兄が急に亡くなったんです」と、池畑氏は静かに言葉を選びながら振り返ります。

その出来事が、池畑氏の問いを呼び起こしました。「人生一度きりだな」「何のためにこの仕事に就いたんだろう」。悩んだ末に辿り着いた答えは、「だったら自分がやりたいようにやろう」というものでした。

お兄さんが亡くなったのは3月1日。池畑氏はその翌年の同じ日に会社を登記しました。命日と同じ日に、新たな命を吹き込む——。その決断に、言葉では言い表せない覚悟が宿っています。

「銀行の窓口が違います」——自己資金ゼロからの起業

創業にあたって池畑氏が直面したのは、「起業や経営を一切知らない」という現実でした。

会社を立ち上げるためにはお金が必要です。しかし当時の池畑氏は、融資の手続きすら知りませんでした。向かった先は、みなとみらいのランドマークタワー隣にある横浜銀行本社ビル。その一般預金窓口です。「ちょっとお金を借りたいんですが」と申し出ると、担当者に静かに告げられました。「窓口が違います」。

融資課に案内された池畑氏に、今度は「事業計画書は持っていますか?」と尋ねられます。答えは、「持っていないです」。池畑氏はそのやりとりを苦笑しながら振り返ります。

そこから税理士を紹介してもらい、一緒に事業計画書を作成して融資審査に挑みました。しかし自己資金はゼロ。それでも思いが伝わり、横浜銀行と政策金融公庫の共同融資で創業資金を調達することができました。

しかし、試練はここからでした。1,500万〜2,000万円ほどの資金が一気に口座に入ると、「なんか金持ちになった気がしちゃって」と池畑氏は笑います。余計なものを買ってしまい、創業からわずか3ヶ月で資金がほぼ底をつきました。そこからは、気合と根性で売り上げを積み上げていくしかありませんでした。

経営の教科書も読まず、マネジメントも学ばず、ただひたすら「やってみる」——。その原初体験が、今の池畑氏の「まずやってみる、ダメなら戻せばいい」という行動哲学の土台になっているようです。

朝5時〜深夜24時の孤軍奮闘。それでも続けられた理由

創業当初の苦労は、資金面だけではありませんでした。

スケルトンで場所を借り、内装工事をして、3人でスタートした会社。しかし開業からわずか1ヶ月で、2人が辞めてしまいました。一般募集で集まったスタッフとの温度差、マネジメントを全く学ばずに始めたことの影響が、すぐに現れた形でした。

その後も、警察から会社に連絡が入るスタッフがいたり、朝出勤するとロッカーがすっかり空になっていたり——信じられないようなことが日常のように起きたといいます。

池畑氏は朝5時から夜24時まで、日中は現場に出て、夜は経営の仕事をこなす生活を続けました。毎日のように「起業しなきゃよかった」と思っていたと、率直に打ち明けてくれます。役員報酬もろくに取れず、時間もない。決まった給料と休みがある会社員がひたすら羨ましかったといいます。

それでも投げ出さなかった理由を尋ねると、池畑氏は迷わず答えました。目の前に、実際に困っている方がいる。自分の都合で投げ出すことはできない——。立ち上げた身である以上、どんなことがあろうと、その人たちのために動き続けるしかなかったと言います。

苦しい時期のルーティンを聞くと、「とにかく寝ることです」と即答が返ってきました。布団に入ると必ず寝られる、人生で一度も眠れなかったことがない、と池畑氏は言います。脳を強制的にシャットアウトして翌朝リフレッシュする——体育会系の精神力と、「なんとかなる、最悪自分が最前線に立てばいい」という腹の据わり方が、この経営者を支えていました。

車椅子の親子との出会いが、事業を根本から変えた

創業から数年が経ち、在宅リハビリの環境が徐々に整ってきた頃のことです。ある日、一人のお母さんが2人の男の子——一人は車椅子に乗り、もう一人は車椅子に支えられながらなんとか歩いている子どもを連れて施設を訪ねてきました。

「『この子たちにリハビリをしてもらえますか?』と言われたんですが、当時は40歳以上が対象だったので、制度的にできないとお断りしたんです」。しかし、そのまま返すわけにもいかず、「なぜですか?」と話を聞いてみると、「障害を持っているお子さんのリハビリができる施設が圧倒的に少ない」という実態を知ることになります。

まずはボランティアで始め、2人のお子さんをリハビリしながら親御さんとの対話を重ねるうちに、さまざまな課題が見えてきました。「3店舗を集約してここに移転するタイミングで、子ども向けの事業をやっていこうと決めました」。事業転換を決断した池畑氏のもとに、「待ってましたとばかりに」利用希望者が集まってきたといいます。

その後、介護(40歳以上)の事業を辞め、医療的ケアが必要な子どもたちへの支援に経営資源を集中させました。「子どもは減り続けているんですが、今の医療が発達しているので、医療的ケアが必要なお子さんは10年前の2倍に増え続けています」。しかし、支援できる事業者は圧倒的に不足している。専門性が高すぎる、医療系資格者を全員揃えないと開設できない、リスクを背負ってまでやりたいという事業者が少ない——参入障壁の高さが、社会課題の深刻さをそのまま映し出しています。

採用基準は「人間性」。看護師100人応募で採用できたのは7人

現在、HABILISには理学療法士、看護師、保育士など、有資格者がそろった50名のスタッフが在籍しています。土日休み・夜勤なし・平均年収600万円という条件は業界では異例のレベルで、昨年は看護師だけで約100名の応募があったといいます。それでも採用できたのは5〜7名。その採用基準は明快です。

採用で最も重視するのは、まず人間性だと池畑氏はまっすぐ前を見つめて答えます。障害を持つお子さんは言葉を発せなかったり、感情表現が難しかったりすることも多い。そうした「声なき声」を受け取れる感受性は、人間力から生まれるといいます。また、ご家族が抱える悩みは複雑で、泥臭い部分も少なくない。それをきちんと受け止めるには、やはり人間力が欠かせないと言います。

「理念への共感なき採用はしない」という哲学も徹底しています。人はどこまでいっても自分中心になりがちで、そういった人を入社後に理念へ紐付けるのは難しい。最初から価値観が一致している人でないと無理だ、と池畑氏は断言します。

理念浸透の取り組みも独自です。朝の理念唱和に加え、月に一回「致知」という書籍の読書感想文を書いて人間力を高める取り組み、そして年に数回「何のためにこの会社で働くのか」「何のために生きるのか」を深掘りする研修を行っています。

理念が本当に浸透しているかどうかは、スタッフの行動で分かります。医療的ケアが必要なお子さんをディズニーランドに連れて行くイベントを企画したのも、「行きたいけど行けない」という声を拾ったスタッフ発案のアイデアです。兄弟も一緒に連れて行こう、という発想まで社員から生まれてきました。会社の価値観と近い価値観を持つ人は、お客さんの声をちゃんとピックアップできる。だからそういう意見を事業に取り入れても的外れにならない——池畑氏は嬉しそうに微笑みながら、「経営していてすごく楽です」と言います。

誠実さに勝るスキルはない。公費を扱う経営者の覚悟

「経営者として絶対に譲れないものは何ですか?」——この質問に対して、池畑氏はためらうことなく答えます。誠実さ、それ一択だと。

HABILISの事業は、公費(保険)を扱います。利用者が支払う費用の大部分は、国民が納めた税金でまかなわれています。子どもがお小遣いを貯めて買ったお菓子の消費税も、やはり税金の一部です。ハビリスの事業はその税金を原資として成り立っている——池畑氏はその事実を、経営の大前提として強く意識しています。公費を扱う以上、「自分たちは税金で動いている事業だ。その税金を使うに相応しいことを日々しているのか?」という認識を常に持ち続けられるかどうか。それが、この仕事をやるべきかどうかの判断基準だと言います。

不正が横行すれば制度が締め付けられ、業界全体が悪化していく。使えるから使うという基準で不必要な方も利用していたり…。その悪循環を目の当たりにしてきたからこそ、言葉には重みがあります。利用者の受け入れ判断においても同じです。公費が使えるからといって定員を埋めるために受け入れるのではなく、そのお子さんに本当に必要かどうかで判断すると池畑氏は言います。

他のエリアからの依頼を心苦しくお断りしなければならない場面もあります。それでも、理念を明確に掲げているからこそ軸が保てる。質を下げれば、言っていることと違うと感じた優秀な人材から辞めていく——その確信が、葛藤の場面でも池畑氏の背中を押してくれるといいます。

50歳で引退、その後は養護施設をつくる。これは夢じゃない、目標だ

インタビューの終盤、池畑氏は少し遠くを見るような眼差しで、自身のビジョンを語ってくれました。

50歳で会社を引退する——。今42歳の池畑氏にとって、それはあと8年先の話です。

その先に描いているのは、障害を持つお子さんや虐待を受けたお子さんのための養護施設を、自費で作ることです。自分ではコントロールできない事情で恵まれない環境に置かれた子どもたちは、社会が手助けしなければ不平等なままです。素晴らしい大人に囲まれて、すくすくと大きくなれる場所を作りたい——池畑氏はそう言います。

公費が主な財源の養護施設ではマンパワーも限られ、関わる大人の質も担保しにくい。だからこそ、自費で、自分の管理下で、本当の意味での質を実現したいと言います。50歳以降の目標が明確だからこそ、残り8年間でどうやって会社を成長させ、次の世代に譲っていくかというゴールも、すでに見えているといいます。

「これは夢じゃなくて、目標です」と、池畑氏は力強い口調で言います。それ以降にやることも決まっている。楽しみでしょうがない、と。

その言葉が示すように、池畑氏の経営は「今のため」ではなく、「8年後の先にある使命」から逆算されています。その確かなゴールが、日々の判断の軸を狂わせないのかもしれません。

コントリからのメッセージ

今回のインタビューを通じて感じたのは、池畑氏の「妥協しない」という姿勢が、自分を守るためではなく、目の前の命と向き合い続けるための覚悟から来ているということです。

兄の死という原体験が、どれほど苦しい局面でも経営の軸を保たせてきました。「理念への共感なき採用はしない」という哲学は、組織の質を守ると同時に、採用されたスタッフ自身が「本当に働きたかった場所」に出会えることにもつながっています。そして「誠実さに勝るスキルはない」という言葉は、福祉経営における倫理であると同時に、最も強力なビジネス戦略でもあります。

「やっぱり自分が大切にしている価値観をどれだけ通せるかということだと思いますし、そこに共感してくれる人をいかに仲間に入れられるか」——池畑氏のその言葉は、業種を超えてすべての経営者の胸に刺さります。使命と誠実さを持って経営を続ける池畑健太氏に、ぜひ一度会いにいってみてください。

プロフィール

株式会社HABILIS
代表取締役
池畑 健太(いけはた けんた)

1983年6月18日生まれ、奄美大島出身。横浜商業高校卒業後、理学療法士養成校に進学。資格取得後、臨床現場でキャリアを積む。2012年、2歳上の兄の死をきっかけに株式会社ハビリスを設立。在宅リハビリ事業を経て、2019年に医療的ケア児・重症心身障害児専門の放課後等デイサービスを開設。現在は横浜・千葉・藤沢に事業所を構え、50名のスタッフを率いる。座右の銘は「犠牲なき献身こそ真の奉仕」(ナイチンゲール)。趣味はトライアスロン。

ギャラリー

会社概要

設立2012年3月
資本金300万円
所在地神奈川県横浜市都筑区池辺町3369
従業員数45人
事業内容障がい児(者)支援事業(児童発達支援・放課後等デイサービス・保育所等訪問支援・居宅訪問型児童発達支援・通学支援事業・個別セラピー)、コンサルティング事業(新規立ち上げ支援・事業転換支援・社員教育)
HPhttps://habilis-co.jp/
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