
2000万の借金を意地で引き受けた男が語る、”かっこいい”経営の本質——株式会社Review・藤本茂夫の流儀
「重大な決断をするとき、僕の中でいつもキーワードになるのが『かっこいいかどうか』なんです」——。
株式会社Reviewの代表取締役CEO・藤本茂夫氏は、少し照れくさそうな笑みを浮かべながら、そう切り出しました。東京での孤独な出稼ぎ、2000万円の借金継承、7ヶ月間の無給、そしてコロナの直撃。常人なら何度も折れていたはずの経営の分岐点を、藤本氏はそのシンプルな判断軸一つで乗り越えてきました。AIが急速に台頭するこの時代に、「AIを育てる側のデータ」を構築する唯一無二のプラットフォームを率いる経営者は、どんな哲学を胸に歩んできたのか。その足跡を辿ります。
スカイツリーを1人で見上げた夜——錦糸町の仕事部屋から始まった東京出稼ぎ
今日の取材場所は、東京・錦糸町のワンルームマンションの前です。藤本氏にとってここは、かつて単身で出稼ぎに暮らした部屋であり、後に2000万円の借金を引き受けると決断した電話をかけた「舞台」でもあります。その記憶を語るとき、藤本氏は少し照れたように苦笑いを浮かべました。
「夜になると、窓からスカイツリーがまんま全部見えるんですよ。彼女と見たらめちゃくちゃムードがあるのに、おっさん1人の仕事部屋になってて。ここを借りてる意味あるのかな、と思いながら(笑)」
月14万円という家賃を自腹で払い、「3ヶ月、思い切り営業してきます」と大阪の会社に告げて上京したのは、人材業に携わっていた時代のこと。部屋にはテーブルとニトリで買った布団しかなく、食事は吉野家とCoco壱番屋を交互に繰り返す日々でした。
当時はZoomどころかそういったICTコミュニケーションの文化も乏しく、大阪のメンバーの顔を見ることもできません。電話だけが外との接点で、新幹線で帰省する資金の余裕もない。そんな状況の中、藤本氏は自分にこう言い聞かせていました。
「売り上げを作らないと帰れない。やるしかなかったですね」
毎朝アポを取り続け、東京の街をひたすら歩き回った結果、藤本氏は着実に成果を積み上げていきます。意気揚々と大阪の状況を確認してみると——3ヶ月間、大阪の売り上げはゼロでした。思わず声が出たと言います。
「俺が1人でこれだけ作ってるのに、何やってんの?ってなりましたよ」
すると大阪からこう返ってきました。「大阪は藤本がいないと回らない」——その一言を受け、帰阪を決断。結局、東京での単身生活は9〜10ヶ月に及びました。
孤独の中でスカイツリーの光景を眺め続けたあの部屋が、後に藤本氏の経営人生を大きく変える決断の舞台となるとは、当時は知る由もなかったのです。
「2000万の借金、全部くれ」——”かっこいいかどうか”が重大な決断を変えた
そしてその錦糸町のマンションの部屋で、藤本氏の経営人生を大きく変えるある電話がかかってきます。
「3ヶ月、思い切り営業してきます」と告げて上京した、あの会社からの電話でした。前職の上司と共同で立ち上げたその採用会社が、設立から10ヶ月でキャッシュが底をついたのです。出資は半々で2000万円ほど。藤本氏は登記上の役員でも何でもなく、出資だけをしていた立場でした。しかもその間、給与は1円も受け取っていません。売り上げが出ていないのだから給料はもらえない——そう自分に言い聞かせていたからです。
代表から「会社を畳む」と告げられたとき、選択肢は二つありました。「わかった、手を引く」と言うか、それとも——。藤本氏は迷わず、こう切り出しました。
「2000万の累損を全部引き受けるから、株を全部くれ」
舞台は、あの錦糸町のマンション。当時の代表と電話をしながら「やります」と告げたその瞬間を、藤本氏は今も鮮明に覚えていると言います。なぜそんな決断ができたのか——振り返りながら、笑いとともにこう答えました。
「意地でしょうね。お客さんに営業マンとして顔を出せなくなるのが嫌だったというか。今考えたら絶対やめますけど(笑)」
その決断の裏にあったのが、「かっこいいかどうか」という判断軸でした。重大な選択を迫られるたびに、藤本氏の頭の中には必ずこの問いが浮かぶと言います。
「重大な決断をするとき、僕の中でいつもキーワードになるのが『かっこいいかどうか』なんです。ヒーローアニメだったらどっちがかっこいいか、みたいな感覚で考えます。2000万の借金を抱えていても、僕を信じてついてきてくれたお客さんがいる。倒産させるのはかっこ悪い。NARUTOっぽい方を選ぶ、みたいな(笑)」
「かっこつける」こととはまったく違う、本質的なかっこよさ——そう強調しながら、逃げると「逃げ癖」がつく気がして、人生で逃げないようにしようと決めていると語る藤本氏の目は、真剣そのものでした。続けてこう付け加えます。
「振り返って逃げた方が良かったと思うことはありますよ(笑)。2000万の借金なんか抱えなくて良かったやん、みたいな。でも若かったなと思います」
苦笑いしながらも、その選択を後悔している様子はまったくありませんでした。

7ヶ月間の無給と、生涯で最も記憶に残る10万円
代表に就任したとき、会社の口座には50万円しか残っていませんでした。事務所の家賃も払えない状態で、まず安い物件への移転を決断。全社員を解雇しなければ自分の給与も出せない状況でしたが、そのことを正直にメンバーへ伝えると、こんな言葉が返ってきました。
「やれるだけやりましょう」
全員が声を揃えてそう言ってくれたと言います。藤本氏を含む3〜4人で、無給のまま働き続ける日々が始まりました。朝9時から夜10時まで、寝る以外はひたすら仕事に打ち込む——それが7ヶ月間続きました。
そして8ヶ月後、ようやく初めての給与として受け取ったのが10万円でした。サラリーマンとして会社から支払われる給料ではなく、ゼロから自分の手で作り上げた事業の最初の報酬として。その10万円について尋ねると、藤本氏は少し遠くを見るような表情で、静かにこう答えました。
「あの10万円は、過去の給料の中で一番記憶に残っています。あの感覚はすごくて。何とも言えない達成感というか、責任感というか」
その後も半年ほどは月10万〜15万円が続き、普通のサラリーマン並みの月給を得られるようになるまでには2〜3年かかりました。しかしその道のりこそが、後の藤本氏の経営哲学を形作る土台になったと言えるでしょう。
AIに”飲み込まれる”側から”育てる”側へ——YOROZU DATA誕生の軌跡
経営の立て直しが軌道に乗り始めたころ、事業の転換点が訪れます。以前からのお客様から、こんな相談を受けたことがきっかけでした。
「街を歩いていて、建物が建ったり壊されたり、空き家になったりする情報を集めると営業に使える。でも方法がない」
その言葉を聞いた藤本氏は、すぐにこう思ったと言います。「回るしかないでしょ」。まるでゼンリンのように、担当者が街を歩いてメモを取り入力するというアイデアが生まれかけたとき、現在のNo.2である奥野氏がこんな提案をしてくれました。
「趣味で”まち歩きアプリ”みたいなものを作っているんですが、これを使ったらいけるんじゃないですか」
調査員がどこを回っているかリアルタイムで把握でき、撮影した写真がすぐ地図に反映される。看板の文字情報も自動で読み取れる。テスト導入した最初のお客様——ケーブルテレビ会社——でROIが5倍になり、口コミで一気に関東・関西へ広がりました。
2016年の法人設立から、2018年にはデータ事業へ本格集中。「Googleより多いんじゃないか」というほどの調査員が街中に広がり、IVS(Infinity Ventures Summit)のLaunchPadへの登壇も果たし、60〜70社の投資会社から声がかかり、複数の投資会社から大型出資(藤本氏によると2億円規模)を受けて全国展開へ——そんな矢先、2020年のコロナ禍が直撃しました。
外に出ることが事業の根幹だったため、売り上げへの打撃は甚大でした。当時を振り返る藤本氏の表情が、静かに曇ります。
「出資いただいたお金が全部なくなってしまいましたね。スケールのためにいただいたのに、しのぐためだけに使うことになって、株主の方々にも申し訳なかった」
しかし、藤本氏はここでも「ピボット」という発想で立ち向かいます。アナログデータの収集・整理に強い自分たちのチームが、今できることは何か——そこで目を向けたのが、保健所や厚生局などの行政データでした。公開はされているが活用されていない情報を、使えるかたちに整備する仕組みを1〜2年かけて構築。2023年に完成し、2024年にはエンタープライズ向けパッケージの開発も始まりました。
「エリア調査会社」から「データ会社」への変貌を遂げた際、PR TIMESに出したプレスリリースへの反響は想像以上でした。そして、「万(YOROZU)」のすべてのデータが集まるという意志を込めたデータプラットフォーム「YOROZU DATA(ヨロズデータ)」として、2026年1月に正式ローンチを果たしました。今後の戦略について尋ねると、藤本氏は言葉に力を込めてこう答えました。
「AIに使われるデータじゃなくて、AIがうちのデータを使わざるを得ないというポジションを作りたい。あと2〜3年でそのビッグデータを構築することが、今一番大事なことだと思っています」
「誰でもできるのに、誰もやらない」——人が参入障壁になる逆張りの経営
藤本氏のデータビジネスについて、こんな疑問を口にする人は少なくありません。「誰でもできるんじゃないか」という声です。その問いをぶつけると、藤本氏は少し愉快そうな表情でこう返しました。
「誰もやらないんですよ」
IT業界の企業は、人を使わず機械にやらせようとします。何百人、何千人を雇って管理することへの苦手意識が強い。しかし藤本氏の会社は、元々が人材会社です。大勢の人を動かすことは、強みであり文化でした。
かつて「Googleより多いんじゃないか」というほどの調査員が全国の街中に溢れていた時期がありました。その光景こそが、データの「リアルタイム性」という競合優位性の源泉でした。ゼンリンのデータは1年に1回の調査で、公開は翌年の夏ごろ。Googleも当時は地域によって数年単位の更新間隔があった中、Reviewの写真は撮影した瞬間に公開される完全リアルタイムでした。
参入障壁が「人を使う力」にある——この逆張りの発想は、AIが何でも自動化するとされる時代にこそ、より輝きを増しています。

給料がなくても人が離れない組織の秘密——「心という鎧」を持つ人と生きていく
創業から10年近く、役員が一人も辞めていない。これをスタートアップ関係者に話すと「見たことない」と言われると言います。なぜそんな組織ができあがったのか——尋ねると、藤本氏は照れくさそうに笑いながらこう打ち明けました。
「正直、自分でもよくわからないんですよ(笑)。何回も聞いているんですけど、『まあそんな感じで』という答えしか返ってこなくて。『藤本さんについていきたい』みたいな雰囲気も、誰も出さないんですよね」
離職率を下げる方法についてはお客さんに偉そうに語っているのに、と続けて自己ツッコミを入れながらこう笑います。
「特に何のテクニックもないんですよ。お客さんには『こうすれば離職率が下がります』と偉そうに言っているのに、自分には何もしていない(笑)」
ただ、一つ思い当たることがあると語ります。それが「かっこいいかどうか」という判断軸を徹底し続けていること。
藤本氏は人間観察が習慣になっていると言います。Zoom画面の顔色で心情を読む。メールのレスポンス速度や文章量の変化で、その人の状態を把握する。「考えている」というより、感性でわかってしまう感覚——15年の人材会社経験が培った能力です。気になるメンバーがいても、自ら直接動くことは8割ほどない。上司やメンバーに「あの子をフォローしてあげて」とアドバイスする形をとることで、組織として機能させると言います。
そして藤本氏が大切にする言葉が、「心という鎧」です。売り上げや規模よりも、人間としての根っこにあるものを見る——その哲学を、藤本氏はこう語ります。
「売り上げ100億を上げる人はすごい。特殊能力だと思うし、本当にすごい人たちだと思う。でも『だから偉いわけじゃない』と言える人が好きなんです。お金という鎧を着ているだけの人は、お金がなくなったら一瞬で人も離れる。心という鎧を持っている人は、多分一生の付き合いになるし、一生の財産です」
社員が「手術費100万円が手元にない」と言ったら、普通に出してあげる——そう話す藤本氏の言葉には、一切の誇張がありませんでした。人生における時間の使い方についても、藤本氏には揺るがない軸があります。
「基本的に、僕は死んだら無になると思っているんです。だとすると、この意識のままあと20年楽しめるとして、好きな人に囲まれて、好きな人のために生きること——それをビジネスを通じてどう実現するか。それが僕の軸になっています」
批判はイノベーションの証明——逆風をドラクエの経験値に変える思考法
新しいことをやろうとするとき、社内外から「何それ」「そんなことできるわけがない」という反応から始まることがほとんどだと藤本氏は言います。その逆風にどう向き合ってきたのか——問いかけると、藤本氏は落ち着いた口調でこう答えました。
「もうずっとそれなんです。でも慣れっこになって、むしろそういう反応がない方が不安ですね。『ちょっと違うかも』と言われたら、『OK、これはやらないといけない。これがイノベーションだ』という感覚になります」
以前は怒られるたびにへこんでいたと言います。しかしあるとき、目線の高い経営者たちとの交流を通じて考え方がパッと切り替わりました。「理解されないのは当たり前なんです。僕が初めてやることだから」と思えるようになってから、逆風の意味がまったく変わったと言います。その変化を語るとき、藤本氏の目が輝きました。
「ドラクエみたいなんですよ。経験値を上げて、武器を買い替えて、アイテムを試して。批判や指摘を、ただのブラッシュアップの手段として捉えられるようになってから、ものすごく楽しくなりました」
そして藤本氏は今、次のステージへと目を向けています。もうすぐ50代を迎えるにあたり、「監督」として次の経営者を育てることを意識し始めました。自分がプレイヤーであり続けることへの危機感を、藤本氏はこんな言葉で表現します。
「社内に大谷翔平や山本由伸を作らないといけない。僕が大谷翔平のままでいたら駄目だなと思っています。うちの会社からどんどん起業家が出てほしい。独立するにせよ、連携して事業を起こすにせよ、会社とか組織関係なく、一生の付き合いができる人を増やしていきたい」
3年後には海外展開も見据え、社員の半分が英語を話せる環境を活かした国際展開も動き始めています。AIに飲み込まれるのではなく、AIを育てる側として世界に出ていく——「YOROZU DATA(ヨロズデータ)」を旗印に、その第一歩は着実に踏み出されています。

コントリ編集部より
「かっこいいかどうか」。これほど感覚的でありながら、これほど本質的な経営哲学は、なかなか出会えるものではありません。2000万円の借金継承、7ヶ月間の無給、コロナによる事業消滅——どれ一つとっても経営者を打ちのめすに十分な試練を、藤本氏はそのシンプルな軸で乗り越えてきました。技術でも資金でも戦略でもなく、「心という鎧」を持つ人たちとの関係こそが、組織を10年守り続けた本当の理由なのだと、インタビューを通じて深く感じました。AIの時代に人を軸に据え、逆風をイノベーションの証明と捉え、監督として次世代を育てようとする藤本氏。その経営の哲学は、規模や業種を超えて、すべての経営者に届くメッセージを持っています。「会ってみたい」と思ったあなたへ——ぜひ、コントリを通じてご縁をつないでみてください。
プロフィール

株式会社Review
代表取締役CEO
藤本 茂夫(ふじもと しげお)
高校卒業後、人材業界に入り15年以上のキャリアを積む。2012年、前職の上司と採用支援会社を共同創業。経営危機に際し2000万円の累損を引き受け、自ら代表に就任。7ヶ月間の無給期間を経て事業を再建。2016年、株式会社Reviewを設立。人とITを融合したリアルタイムデータ収集モデルを構築し、データプロバイダーとして成長を牽引。2026年1月、データプラットフォーム「YOROZU DATA(ヨロズデータ)」を正式ローンチ。現在はグローバル展開を見据え、次世代の起業家育成にも注力している。
ギャラリー






会社概要
| 設立 | 2016年3月2日 |
| 資本金 | 11,262万円 |
| 所在地 | 大阪府大阪市中央区瓦町4-4-7 おおきに御堂筋瓦町ビル8F |
| 従業員数 | 20人 |
| 事業内容 | データプラットフォーム「YOROZU DATA」の運営・企画・開発 |
| HP | https://re-view.jp/ |

