「母だから諦める」を覆す。2児の母が全国77店舗を育てた「諦めない経営」

「ピラティスをやりたいわけではないんです。私たちの目的は、心と身体の健康をサポートすること。ピラティスは、あくまでその手段なんです」——。

穏やかに、けれど一切の迷いなくそう言い切るのは、ESS株式会社 代表取締役の坪井里奈さんです。上智大学を卒業後、楽天株式会社などWEB業界でキャリアを積み、2021年にパーソナルマシンピラティス「YUZU」を創業。いまでは全国に約77店舗(2026年6月時点)を展開しながら、7歳と1歳、2児の母として子育てと経営を両立しています。

「子育てがあるから諦めるしかない」——そんな常識を、坪井さんはどう覆してきたのか。優先順位の決め方、人を“問い”で育てる組織づくり、そして「みんなで諦めない社会」への想いに迫ります。

本質を見て動く——社名「ESS」とブランド名「YUZU」に込めた軸

インタビューは、坪井さんが「一番好き」と話す下北沢店で行われました。最初に伺ったのは、社名とブランド名の由来。そこに、坪井さんの経営哲学が表れていました。

社名「ESS」は「エッセンシャル(Essential=本質)」の頭文字です。「本質を大事にしたい、という思いでつけました。自分への戒めの意味もあります」。この想いは、理念「本質を見て動く」にも受け継がれています。

ブランド名「YUZU」の由来は、植物の柚子(ゆず)。坪井さんは目を細めます。「私、花言葉が好きで。柚子の花言葉は『健康美』。これだ、と思いました」。目指すのはダイエットではなく、心と身体が整った状態です。「それが人として一番美しい。柚子の花言葉が、まさにそれだったんです」。

ロゴは柚子の花がモチーフで、白と黒だけで描かれた、見る角度で印象が変わるだまし絵のようなデザインです。「同じ一つのものでも、人によって見え方は違う。だからYUZUも、十人十色のインストラクターを揃えて、いろんな目線でお客様を支えたいんです」。線が内側へ向かう形には、「ピラティスを通じて自分自身と向き合ってほしい」という願いも込めたといいます。

勝算はゼロ、それでも「行こう」——楽天から、エステ独立への決断

YUZUにたどり着くまでの道のりは、決してまっすぐではありませんでした。

新卒で入社したのは楽天株式会社、楽天市場への出店営業でした。しかし大きな組織では担当が分かれ、思いを込めて契約したお客様もすぐ次の担当へ引き継がれます。「思いが伝わらないまま、お客様がぞんざいに扱われることもあって。契約を取るほど苦しくなって」。坪井さんは1年と経たずに退職します。

その後はアパレル通販で売上1位の店舗を「ウェブで抜く」目標を2年半で達成し、SNSマーケティングの広告代理店でディレクターとして働きました。転機は第一子の出産です。時短復帰が難しく管理部へ異動したものの、「やることがほとんどなくて。お給料をいただいているのに、日中はネットを見て過ごす状態が続いて。このままじゃダメだ、と」焦りを募らせます。

そんな頃、自分が通った小顔サロンで劇的な変化を体験します。「これだ、と思ったんです。私もやりたいし、同じ悩みの人に届けたい、って」。民間資格を取り「エステで独立します」と宣言。周囲は驚きましたが、決意は揺るぎませんでした。座右の銘は「迷ったら挑戦」です。勝算を問うと、軽やかに笑います。「正直、ありませんでした。でも『ないけど、行こう』って」。

サロンは爆発的な人気を集めますが、それは新たな壁にもなりました。「忙しくなりすぎて、赤ちゃんどころじゃない。これは違う、と思いました」。自分が動かなくても回る仕組みをつくるには、組織化しかない——。坪井さんは初めて法人を設立し、恵比寿にサロンを構えます。これが、経営者としての第一歩でした。

エステからYUZUへ——「全振り」でつかんだ経営者の軸

恵比寿のサロンと並行して、坪井さんはもう一つの種を育てていました。マシンピラティススタジオ「YUZU」です。専用のマシンを使い、身体に無理をかけずに整えるエクササイズ。きっかけは、自身の産後の不調でした。運動が大の苦手な坪井さんが、初めて「これなら無理なく続けられる」と感じたのがピラティスだったのです。その心地よさを、子育て中でも気兼ねなく通えるスタジオとして形にしました。1号店は、自宅近くの三軒茶屋です。

しばらくはエステとYUZUを並行しました。坪井さん自身はピラティスの資格を持たず、YUZUの現場には立てません。むしろ現場は専門知識を備えたインストラクターばかりで、「正直、スタッフのほうが私よりずっとレベルが高いんです」。だからこそ、あえてエステの現場に立ち続けました。「現場の感覚や、スタッフがお客様に向き合う気持ちを、忘れずにいたかったんです」。

区切りをつけたのは、第二子の妊娠でした。エステをたたみ、YUZUへ「全振り」します。「二足のわらじの頃は、正直、YUZUでもっとやりたいと思っていたことが、できていませんでした」。一つに絞ってからは、仕組みづくりとマネジメントに全時間を注げるように。「一人ひとりと向き合う時間も増えました。あの判断は、間違っていなかったと思います」。

仕事に没頭した先で気づいた——「家族との時間」を最優先に

YUZUに専念するなかで、坪井さんはもう一つ、大きく考え方を変えます。「家族との時間」を最優先に置いたのです。きっかけは、仕事に没頭するあまり、大切なものを見失いかけた経験でした。

多忙を極めた頃、子どもと過ごす時間はほとんど取れませんでした。「一番大事にしたいのは家族の時間のはずなのに、真逆に進んでいた。子どもの将来のために稼いでいるはずが——。娘も寂しい思いをしていました。優先順位が、違う、と気づいたんです」。決定的だったのは、上の子の小学校入学でした。「一緒に過ごせるのは土日だけ。何としても、土日は家族のために空けておく」。仕事への未練と天秤にかけても、答えは即座でした。「圧倒的に、家族を取ります。自分の軸は、ブラしてはいけない」。

以来、カレンダーにはまず家族との約束を入れ、仕事は残りの時間で、と決めました。変化は家族にも表れます。「以前は子どもも『仕事に行かないで』と言わなかった。でも優先順位を変えてから、『仕事してるの? それやるなら、私はiPad見るよ』なんて言ってくれる。それが嬉しいんです」。

時間の使い方も変わりました。今は目覚ましなしで朝5時に起き、その30分を自分のためだけに使います。「会社も仕事も子どもも全部脇に置いて、『自分は何がしたいのか』をノートに書く。雑念のない朝にしか、できないんです」。AIも積極的に使い、「自分でなくてもできる作業」は手放しています。

指示を聞くロボットは育てない——「気づきを導く」育成

家族の時間を守れた背景には、人に任せられる組織があります。もともと「全部自分で見ないと気が済まない」タイプでしたが、転機は2人目の産休直前。不在になる3カ月を、思い切ってスタッフに任せます。「任せてみることで、一人ひとりの強みや主体性が見えてきました。そこで初めて、『自分が全部やらなくても大丈夫なんだ』と思えたんです」。

この経験は、YUZUの育成方針「気づきを導き、未来に伴走する」と重なります。「1から10まで教えると、指示を待つだけになる。本人が気づけるよう、ヒントを投げ続けてほしい」。坪井さんは自分のマネジメントにもこれを課します。「私は技術は言えません。だから問いかけます。『なぜできたと思う?』『毎回同じ結果を出すには?』と、同じ問いを何度も」。

すると、スタッフは自分で仮説を立て、試し、改善する——PDCA(計画→実行→確認→改善)を自分で回し始めます。「この力は、どんな仕事でも一生使えますから」。数字も直接は追わせません。「『入会率を上げて』とは言わない。目標は本人が決め、行動を振り返るだけ。それで結果はついてきます」。

鍵は、毎月の面談シートの“順番”です。一番上に書くのは数字ではなく、「何のためにインストラクターをやっているのか」という目的。次に今月の行動、最後にKPI(目標の達成度をはかる指標)です。「数字は結果。それが目的にすり替わらないように」。目的を最上段に置くと、スタッフの意識は大きく変わったといいます。今はこの仕組みを、直営からフランチャイズへ広げています。

採用は「入り口管理」——理念への共感だけは、絶対に譲らない

自走する組織の土台は、すべて採用にあると坪井さんは考えます。「基準はたった一つ。YUZUの理念にどれだけ共感しているか。そして、共感に至った“きっかけ”が、その人の中にあるか、です」。

「『いいと思いました』だけでは足りない。『具体的に何があってそう思ったんですか?』と必ず聞きます。そこに実体験があれば、価値観が理念と一致している証です」。経歴や実績は問いません。この基準は、苦い経験から生まれました。「人手が足りず『とりあえず誰でも』という時期もあった。でも、その頃の人はほぼ全員辞めました」。一方、理念を丁寧に確かめて採用した人は、5〜6年と長く残ります。「『給料がいいから』ではなく『YUZUが好きだから』と言ってくれるんです」。

こだわりは、スタッフの姿勢にも表れます。理念を大切に採用してきたからこそ、スタッフ自身も「YUZUらしさ」を守ろうとしてくれます。自分の仕事だけでなく、「YUZUにとって何が一番いいか」という視点で考えてくれるのです。採用は「入り口管理」。入り口で、組織の質はほとんど決まります。

父の背中と母の選択——「みんなで諦めない社会」の原点

坪井さんの「諦めない」という軸は、どこから来たのか。原点は、両親の姿にありました。

一つは、父です。坪井さんが5歳の頃、建築士として独立しました。「寝る間も惜しんで働く姿を見て、『絶対に経営なんてやらない』と思い、安定を求めて楽天に入ったんです」。ところが、いざ独立を決めたとき心にあったのは、その父の背中でした。「自分の仕事で人に喜ばれ、忙しくてもやりがいを感じている。『やりたいことをやって生きるのも素敵かもしれない』と思えたんです」。大変そうにしか見えなかった姿が、知らぬ間に「経営はいいものだ」というイメージを育てていたのかもしれません。

もう一つは、母です。外資系銀行員のキャリアを手放し、専業主婦として、私たち姉弟を育てました。「母は『まだ働きたい』とこぼしていたけれど、強くは言えなかった。『母親だから、何かを諦めなきゃいけないのかな』と思ったんです」。その問いが、哲学の核になります。「自分が諦めないのはもちろん、“私だけ”じゃなく、“みんなで”諦めない社会のほうがいい。母の影響かもしれません」。

これらは、言葉で教わったものではありません。「両親の生き方を見て、感じ取ってきた。大人になるまで気づきませんでした」。だからこそ、今の生き方を大切にします。「子どもはまだ1歳と7歳。でも私のやることは、必ず何かしら影響する。恥じない生き方で背中を見せたい。それがいつか、あの子たちの可能性につながると信じています」。

ピラティスは手段、目的は心と身体の健康——ぶれない未来

最後に、これからのビジョンを伺いました。坪井さんがまず口にしたのは、事業ではなく、人としての在り方でした。「子どもにも周りの人にも、胸を張れる生き方をしたい。『赤ちゃんを育てながらやっている人がいるなら、私にもできるかも』——そう、誰かが一歩を踏み出すきっかけになれたら。苦手ですけど、発信も続けていきます」。

YUZUのビジョンも明快です。「ピラティスはまだ伸びますが、いつか落ち着く日も来ます。でも私たちは、ブームで始めたわけではない。『ピラティスを通じて心と身体の健康をつくる』軸はぶらさない」。目指すのは、「整えたいならYUZU」と思い浮かぶブランド。そうなれば、ブームが去っても“整える場所”として残れると考えています。

そして、冒頭の言葉に戻ります。「ピラティスは、あくまで手段。目的は心と身体の健康です。もっと先では別の事業もあるかもしれません。それでも今は手段としてピラティスを選び、『YUZUでやりたい』と思ってもらえるブランドにしたいんです」。手段と目的を取り違えない——AI時代を生きる私たちすべてに通じる考え方です。「つい『で、どうしたいの?』と突っ込みたくなる。最近は子どもにも言っていて(笑)」。

問いを投げ、気づきを導く。本質を見て、手段に流されない。坪井さんの経営は、その一本の哲学の上に立っています。

コントリより

今回のインタビューで、何度も立ち返ったのが「みんなで諦めない」という言葉でした。社名「ESS(エッセンシャル)」、ブランド名「YUZU」、理念「本質を見て動く」、「ピラティスは手段」という一言まで、すべてが一本の筋で貫かれています。仕事に没頭した日々を経て優先順位を組み替え、家族の時間を守りながら全国77店舗を育てた強さ。スタッフが経営者の目線で声を上げるほどの、理念の深い浸透。そのどれもが、坪井さんの「本質」から自然と滲み出ているように感じました。

「子育てがあるから諦める」のではなく、「みんなで諦めない社会をつくる」。その背中は、両立に悩む多くの人の勇気になるはずです。あたたかなYUZUのスタジオへ、ぜひ一度足を運んでみてください。

プロフィール

ESS株式会社
代表取締役
坪井 里奈(つぼい りな)

東京都出身。上智大学を卒業後、楽天株式会社に新卒入社し、アパレル通販やSNSマーケティングの広告代理店でキャリアを積む。第一子の出産を機にセラピストとして独立し、小顔サロンを法人化。自身の産後の不調をきっかけに出会ったマシンピラティスに感動し、2021年にESS株式会社を設立、「YUZU」1号店を三軒茶屋にオープンした。現在は全国約77店舗を展開しながら、7歳と1歳、2児の母として子育てと経営を両立する。座右の銘は「迷ったら挑戦」、趣味は旅行とアウトドア、特技は時短料理。

ギャラリー

会社概要

会社名ESS株式会社
代表者代表取締役 坪井 里奈
設立2021年5月19日
資本金300万円
所在地〒141-0022 東京都品川区東五反田1丁目10-10 オフィスT&U 5階
従業員数総数265名(本部15名・インストラクター250名を含む)
事業内容パーソナルマシンピラティススタジオ「YUZU」の運営・FC展開、インストラクター養成スクール「YUZU ACADEMY」の運営
店舗数全国約77店舗(2026年6月時点)
HPhttps://yuzu-pilates.com/

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