他店で断られた時計を、私は断らない——「思い出を再生させる」修理職人の原点

「他店で断られたお品物を、なんとか直してほしい——そういうお客様が、すがる思いで来られるんです」——。

穏やかな口調でそう語るのは、東京・神宮前で「はらじゅく時計宝石修理研究所」を営む株式会社DEARS代表取締役の天野一啓氏です。1993年生まれ。DJやアパレル販売、カナダ留学という時計職人とはおよそ無縁の道を歩んだのち、24歳で修理の世界へ入りました。売上の98%を「修理」だけで成り立たせるこの店は、他店が匙を投げた品物こそ引き受けます。なぜ、それほどまでに「断らない」ことにこだわるのか。3代続く家業の承継と、一人の母親との出会いを軸に、その哲学に迫りました。

同店が東京・神宮前で引き受けるのは、時計だけではありません。ロレックスやオメガ、カルティエ、ブルガリ、パテックフィリップといった高級腕時計の修理・オーバーホールや電池交換はもちろん、指輪・シルバーリングのサイズ直し、ティファニーをはじめとするジュエリー・アクセサリー修理、シルバーアクセサリーやネックレスの修理、そしてプラチナ製品や思い出の指輪のリフォーム・リメイクまで——「思い出を再生させる」ためのあらゆる相談が、この一室に持ち込まれます。その裏側にある一貫した哲学を、天野氏の歩みとともにお伝えします。

株式会社DEARS 代表取締役 天野一啓氏
株式会社DEARS 代表取締役 天野一啓氏(はらじゅく時計宝石修理研究所)

DJ、ユニクロ、カナダ留学——時計職人とは無縁だった20代

天野氏の20代は、時計とはまったく違う場所にありました。

「生まれは尼崎なんですけど、すぐに阪神・淡路大震災があって、住むに住めなくなって。母の実家がある大阪の門真市に移って、そこで育ちました」。少し記憶をたどるように、天野氏は生い立ちを振り返ります。小学校までは奈良の富雄なども点々とし、中学・高校を大阪で過ごしました。

高校卒業と同時に選んだのが、カナダ留学でした。「とにかく英語を話せるようになって、将来なにか役に立てればな、という本当に簡単なところから決めたんです」。ところが現地で、思わぬ壁にぶつかります。「ちょっと目的を失ったというか、今後どうしていきたいんだろうと迷ってしまって。何のためにやっているのか分からなくなって、一旦日本に帰ってきました」。

帰国後、まず選んだ仕事がユニクロでした。理由が変わっています。「本社だけなんですけど、公用語が英語だというので、いいかなと思って応募したんです」。そこで2年ほど働きながら、夜はまったく別の顔を持っていました。海外のクラブミュージックを回すDJです。「昼はユニクロ、夜はDJという、ちょっと変な仕事の仕方をしていました」と、少し苦笑いしながら明かしてくれました。

本当は海外でDJをやりたかった。けれど、そう簡単にはいきませんでした。「向こうからすれば、どこの馬の骨か分からない人がいきなりオーナーに営業しても、なかなかやらせてもらえない」。やりたいことと、できることの狭間で、20代前半の天野氏はフラフラと迷い続けていました。

叔父の一言で入った、日本で唯一の時計修理学校

そんな甥を見かねたのが、叔父の存在でした。

天野家のルーツには、祖父が創業した「株式会社ミノル」というグループがあります。今は2代目である叔父が代表を務め、そのまた弟が副社長という体制です。時計・宝石の小売から始まったこの一族の事業が、天野氏の人生を大きく動かすことになります。

「今後どうしていきたいんや、という話をしてくれて」。ちょうどその頃、大阪にヒコ・みづのジュエリーカレッジという、時計修理を学べる専門学校ができました。学校法人としては日本で唯一だといいます。それまで東京にしかなかった学校が、たまたま大阪に開校する。「興味あるか、将来その道に行ったらどうや、という感じで、そそのかされまして」と、天野氏は軽やかに笑います。

当時は何がしたいのかも定まっていませんでした。だからこそ、この一言が転機になりました。大阪で2年間学び、24歳でこの道に入っていきます。叔父とは親戚として交流はあったものの、仕事で関わるのは、これが初めてのことでした。フラフラしていた青年に、確かな職能と居場所を差し出したのが、身内からの誘いだったのです。

「株を親族にもタダでは渡さない」——一族の掟と、ゼロからの資金繰り

しかし、身内だからといって、道が平坦だったわけではありません。むしろ、その逆でした。

ミノルグループには、祖父の代から受け継がれる一風変わった方針があります。「親戚といえどもお財布は別や、という考え方なんです」。グループでありながら会社は分社化し、株式もそれぞれ別々に持つ。失敗すれば、自分の親戚のもとで働かなければならない——それくらいビジネスライクな掟です。

天野氏が神宮前の店を引き継いだときも、この方針が貫かれました。「このお店自体をM&Aで引き継いだんですけど、親族だからといって株式をタダで渡さないんですよね」。当然、独立当初の最大の壁は資金繰りでした。「めちゃくちゃ大変でした。もう、どうしようかな、という状態で」。重い口調で、天野氏は当時を振り返ります。

それでも、この厳しさを今は前向きに受け止めています。「それはそれで良かったなと思うんです」。この業界は親族経営のファミリーカンパニーが多く、だからこそ揉めやすい。あえて財布を分け、それぞれが責任を持って経営する。その知恵が、兄弟が仲良くやっていける土台にもなっている——身をもってそう感じているからこその言葉でした。

神宮前の一等地で”修理だけ”。売上98%を成り立たせた執念

修理を待つ時計が並ぶ店内のディスプレイ
神宮前の店内。売上の98%を「修理」が占める

引き継いだ店は、決して恵まれた条件ではありませんでした。

まず、事業の柱が「修理」に絞られています。「売上の98%は修理です。残りの2%が、ビンテージウォッチがたまたま売れたり、インバウンドのお客様だったり」。素人目には時計そのものを売った方がよさそうにも思えますが、天野氏は物販に広げませんでした。「時計の販売は難しいんです。物販は苦戦しているところが多い」と、冷静に線を引きます。

そして、立地です。神宮前という一等地にありながら、これが逆に難所でした。「うちは全部で25店舗ぐらいあるんですけど、ここが唯一の路面店なんです」。ミノルグループの店舗は本来、駅ナカやイオンなどのテナントが基本。人の流れが約束されたショッピングモールと違い、路面店は集客力が弱いことを、出店してから思い知らされます。

さらに、修理という商売そのものの難しさもありました。「一回修理したら、次は3年後の電池交換とか、リピートの頻度が少ないんです。だから新規を断続的に取らないといけない」。撤退という選択肢はありません。「だからといって撤退するわけにはいかない。なんとかしないといけないので、脳みそがちぎれるほど考えました」。力強い口調で、天野氏はそう言い切ります。何が支えだったのかと問うと、答えはシンプルでした。「もう、なんとかしないといけない、というのが大きいですね。細かいことは考えず、とにかく成り立たせる、と」。

「発信が続かない」のは、追い詰められていないから——やり切る経営の流儀

その執念は、事業の「発信」への向き合い方にも表れています。天野氏は地道な情報発信を積み重ね、少しずつ認知を広げてきました。ただ、その過程で、多くの経営者がぶつかる壁があります。発信が「続かない」ことです。

ここで、インタビュアーの飯塚が長年感じてきた課題をぶつけました。発信は、続かない。多くの経営者が途中で止めてしまう。どう乗り越えたのか、と。天野氏の答えは、拍子抜けするほど力強いものでした。「もう、やるしかない、ですね。ご飯を食べなあかんから食べる、みたいなイメージです。それがないと生きていけない、というところまで自分を追い込む」。

発信が続かないのは、まだ追い詰められていないから——。天野氏はそれを、筋トレにたとえます。やらないといけないのは分かっている。けれど、まあなんとかなるし、と後回しにしてしまう。「成果がすぐには出ないんです。でも一回でも成果が出た経験があると、これを続ければ返ってくるだろう、というものを、コツコツと積み重ねて待てるようになる。そういう成果の出し方が、なんとなく分かってきたな、と思います」。

交通事故で息子を亡くした母の時計——「思い出を再生させる」の原点

ルーペをのぞき込み、時計を修理する天野一啓氏
ルーペをのぞき込み、一点一点の修理に向き合う天野氏

集客の話が続くなかで、天野氏がふと、この仕事の意味そのものに触れる場面がありました。

「この仕事をしていて、本当に人のため、世のためになっているのかな、と時々思うことがあるんです」。静かに言葉を選びながら、天野氏は続けます。「でも、たまに、本当にいらっしゃるんです」。

それは、ある母親の話でした。「交通事故で息子さんが亡くなってしまったお母さんが、息子さんが持っていた時計を、他の時計屋さんに持っていったけれど、修理できませんと断られてしまった。それで、すがる思いで、このお店に持ってこられたんです」。

修理そのものは、決して難しいものではありませんでした。けれど、品物を返したときの光景を、天野氏は忘れられません。「納品のときに本当に涙して、すごく喜ばれたんですよね」。そうしたお客様は、これまでにも何人かいたといいます。「それを見たときに、思い出を再生させる、という我々のミッションは、本当に人のためになっているんだな、と。そういうお客様のおかげで、この仕事の意義に気づかされました」。

なぜ、時計なのか。天野氏の言葉には、確信がこもっていました。「不動産や車など、資産価値があるものはいろいろあります。でも、時計やジュエリーは身につけるもので、しかも手のひらサイズで、代々受け継げる。この世の中で、代々受け継げるものって、もう時計かジュエリーしかないんです」。今、2歳の子を持つ父でもあります。「もし自分が同じ立場だったら、まったく同じように思うでしょうね」。他店が断る品物を引き受ける理由は、この一点に集約されていました。

真価値と付加価値——祖父から受け継いだ経営理念を、なぜ体現するのか

「思い出を再生させる」というミッションは、天野氏一人の思いつきではありません。祖父の代から受け継がれてきた理念に、その源流があります。

母体であるミノルの経営理念は、「真価値の追求と付加価値の創造」。天野氏は、この二つの言葉を噛み砕いて説明してくれました。「真価値とは、お客様が求めている本当の価値。時計宝石修理研究所であれば、思い出を再生させることです。付加価値とは、お客様が欲しいと思っているものを先読みする力。具体的には接客です」。だからこそ、修理の技術と同じくらい、接客に力を入れているといいます。

この修理特化のブランドが生まれた経緯にも、必然がありました。もともとは小売をしながら修理も受け付けていた状態でしたが、大阪と京都を結ぶ京阪電鉄の沿線でミノルは有名で、「他では断られたけど、ミノルさんだったら何とかしてくれるだろう」と期待して来店する客が絶えなかったといいます。「なんとかしないといけない、と修理させていただいたら、本当に喜ばれた。これは事業になる、ということで、修理に特化した時計宝石修理研究所が作られたんです」。

理念を掲げるだけでは意味がない、と天野氏は考えています。「企業理念が形骸化している企業さんも多いですけど、覚えているだけでもダメで、体現していかないといけない」。そのために、朝礼で「なぜやるのか」を共有し、まず自分自身が一番理解しておくことを心がけています。

この理念は、事業を広げすぎない歯止めにもなっています。叔父が高級生食パンの専門店に多角化し、うまくいかなかった様子を間近で見てきました。「データを取って市場分析もして、いける、ということで多角化したんですけど、ぶっちゃけうまくいかなくて。それを近くで見ているので、やりたい気持ちはあるんですけど、やらない」。全く関係のない事業には手を出さない。一方で、買い取りのようにシナジーのある事業は、柱として伸ばしていく——理念が、その判断基準になっているのです。

都内5店舗、その先へ——理念に共感する仲間と描く未来

天野氏が見据える先には、明確な計画があります。

「2030年までに、まず東京都内周辺に5店舗を展開すると決めています」。加盟している買い取りのフランチャイズを含めて出店し、そのうち1〜2店舗は修理を手がける構想です。その先には、理念に共感してくれる企業とのフランチャイズ展開も見据えています。背景には、「隠れ資産」市場への着眼があります。「今は価値がないと思われているものも含めたら、何十兆円という規模だと言われていて。その半数以上を、50代以上の人が持っているのに、掘り起こされていないんです」。

そしてもう一つ、天野氏には確信していることがあります。一見バラバラに見えた過去の経験が、今の仕事で一本につながっている、という実感です。「Appleのスティーブ・ジョブズが、点と点が結ばれるときがある、という話をしていますよね。あれは本当だなと思うんです」。

たとえば、留学で身につけた語学。神宮前という立地柄、外国人の客が意外に多く、意思疎通ができることがそのままリピートにつながります。たとえば、ユニクロで叩き込まれた「承り書」の確認。「一回言うだけでは伝わりきらなくて、後で言った・言わないの話になる。だから2回説明して、最後にもう一回一緒に確認する、というのを絶対に入れています」。修理業に無縁だと思っていたDJもアパレルも留学も、すべては「信頼を作る力」として今に生きている——。だからこそ天野氏は、この事業に共感してくれる仲間を求めています。「世のため人のためになる仕事をしたい。時計やジュエリーに興味がある方は、ぜひ応募してほしいですね」。

コントリからのメッセージ

印象に残るのは、「思い出を再生させる」という言葉の重さです。交通事故で息子を亡くした母親が、断られ続けた時計を抱えて訪れる。天野氏にとって修理とは、単なる技術の提供ではなく、誰かの人生に寄り添う仕事なのだと、取材を通じて痛いほど伝わってきました。

DJもアパレルも留学も、時計とは無縁に見えた回り道が、接客・語学・信頼という一本の線でつながっていく。3代続く家業を、株の買い取りという厳しさごと引き受け、路面店・修理特化という不利な条件を執念とウェブ発信で戦い抜く。その姿には、事業を継ぐ人、地味な生業を磨く人、発信が続かない人——多くの経営者へのヒントが詰まっています。

大切な時計やジュエリーの行き場に困ったとき、あるいは一貫した哲学を持つ職人経営者に会ってみたいと思ったとき、ぜひ一度、神宮前の「はらじゅく時計宝石修理研究所」を訪ねてみてください。

プロフィール

株式会社DEARS
代表取締役
天野 一啓(あまの いっけい)

1993年、兵庫県尼崎市生まれ。阪神・淡路大震災を機に大阪・門真市へ移り育つ。高校卒業後にカナダ・バンクーバーへ留学し、帰国後はユニクロに勤めながら夜はクラブDJとして活動する異色の20代を過ごす。祖父が創業した株式会社ミノルでのアルバイトを経て、叔父の勧めで大阪のヒコ・みづのジュエリーカレッジへ進学し、時計修理の技術を学ぶ。卒業後は東京・原宿店の立ち上げに参画し、24歳で職人の道へ。2024年に株式会社DEARSを設立し、他店で断られた時計・ジュエリーも引き受ける「はらじゅく時計宝石修理研究所」を営む。時計修理技能士、大阪府技能優秀賞、ウォッチコーディネーター検定。座右の銘は「因果応報」。趣味はヴァイオリンと音楽鑑賞。

ギャラリー

会社概要

会社名株式会社DEARS(はらじゅく時計宝石修理研究所)
設立2024年
本社所在地〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-22-1-102
事業内容時計・宝石(ジュエリー)の修理専門店の運営。①時計のオーバーホール・修理(高級ブランド/アンティーク/部品供給終了モデルにも対応)②電池交換 ③ジュエリー修理・サイズ直し・リフォーム ④宅配修理サービス。スイスの時計工具ブランドBERGEONのコンセプトショップ
コーポレートサイトhttps://watch-jewelry-repairlab.co.jp/blog/

対応サービス・対応ブランド

スイスBERGEON社の時計修理工具一式
スイスBERGEON社の工具を用い、幅広いブランド・モデルに対応する

東京・渋谷区神宮前の「はらじゅく時計宝石修理研究所」では、時計のオーバーホールから、指輪のサイズ直し、ジュエリーのリフォーム・リメイクまで、幅広い修理・メンテナンスに対応しています。

SERVICE 01

時計修理・オーバーホール

高級ブランド・アンティーク・部品供給終了モデルにも対応(東京)

SERVICE 02

時計の電池交換

電池交換から動作・防水の確認まで(東京)

SERVICE 03

アクセサリー・シルバーアクセサリー修理

変形・切れ・破損の修復に対応(東京)

SERVICE 04

指輪・シルバーリングのサイズ直し

リングをぴったりのサイズへ調整(東京)

SERVICE 05

ジュエリー・指輪のリフォーム/リメイク

思い出のデザインを今の形へ(東京)

SERVICE 06

ネックレス修理・カルティエのリングサイズ直し

チェーン切れ・石の留め直しにも対応(東京)

ロレックス、オメガ、カルティエ、ブルガリ、パテックフィリップをはじめとする高級腕時計の修理・オーバーホールから、クロムハーツなどのシルバーアクセサリー修理まで、幅広いブランドに対応します。

対応ブランド(一例)
ROLEX
OMEGA
TAG HEUER
PANERAI
HUBLOT
BREITLING
FRANCK MULLER
IWC
PATEK PHILIPPE
AUDEMARS PIGUET
PIAGET
BAUME & MERCIER
BVLGARI
Cartier
HERMÈS
TUDOR
Chrome Hearts
VACHERON CONSTANTIN
VAN CLEEF & ARPELS
Jaeger-LeCoultre
BREGUET
BLANCPAIN
ZENITH
CHOPARD
GIRARD-PERREGAUX
ULYSSE NARDIN
UNIVERSAL GENÈVE
CORUM
GRAHAM
CHRONOSWISS
ORIS
EBEL
ETERNA
EDOX
SINN
FORTIS
FREDERIQUE CONSTANT
MAURICE LACROIX
BELL & ROSS
BALL WATCH
PORSCHE DESIGN
REVUE THOMMEN
MOVADO
RADO
LONGINES
TISSOT
HAMILTON
NOMOS
nordgreen
ALAIN SILBERSTEIN
WALTHAM
CONCORD
RITMO LATINO
GRAND SEIKO
SEIKO
CREDOR
CITIZEN
CHANEL
GUCCI
TIFFANY & CO.
LOUIS VUITTON
FENDI
DUNHILL
MONTBLANC

※上記は対応ブランドの一例です。記載のないブランドやアンティーク時計、部品供給が終了したモデルも、まずはお気軽にご相談ください。

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