
「ワクワクじゃない、ざわざわなんです」62歳・YouTube33万人。元日立エンジニアが見つけた“人生が変わる瞬間”
「成功するために必要なのは、努力じゃなくて勇気なんですよ」——。
穏やかに、しかし一切の迷いなくそう言い切るのは、一般社団法人オーラ美人コーディネーター協会 代表理事の芹澤央佳(せりざわ おうか)さんです。62歳。YouTube「大人の若見え変身メソッド・央佳」は登録者33万人、累計再生1.2億回を超えます。前歴は、日立製作所で20年間コンピュータを設計し、特許を取得したエンジニアでした。
外見の悩み、人工股関節、4,000万円の詐欺被害。その痛みを事業の部品に変えてきた半生に迫ります。
肥満児だった少女と、10年続いたニキビ——「似合う」を仕事にした原点
なぜ美容の道を選んだのか。話は子ども時代に遡ります。既製服にストレッチが効かない時代、子ども服が入らない娘のため、母親は近所の女性に洋裁を習いに行きました。
「本当に直線的で、本当にかわいくないんです。友達が『ピンク着てるよ』『フリフリしてるの着てるよ』っていうのが、すごく羨ましくて。たぶん、そこが根底にあるんだと思うんですよね」
思春期に体型の悩みは収まりましたが、今度はニキビが顔じゅうに広がります。顎まわりに20個ほどが密集し、「できていないところがない」状態が10年近く続きました。少し声のトーンを落として、当時を明かします。
「20代って、女の人が一番いい時期じゃないですか。そこを全部ニキビのために費やしちゃったので、若い頃に戻りたいなんて、これっぽっちも思わない」
一通り試しても治らなかったニキビが、あるとき突然消えます。離婚を決意し、別居を始めて3日後でした。
「これ、冗談じゃなく、3日で治りました。つまり、肌に出るものって、心の問題が一番なんだと。我慢するとか、理不尽なものを飲み込むとか。そういうことによる体の反応って、想像以上にすごいというのは、自分で体験しましたね」
芹澤さん自身は、この経験から心と体のつながりを強く実感したといいます。
男女雇用機会均等法一期生の20年——10万円の福袋が開けた、もう一つの人生
東京女子大学の数理学科を卒業後、男女雇用機会均等法の一期生として日立製作所にエンジニア入社します。前例のない立場で、成果を上げても認められにくい空気があったといいます。

「もう全員から風当たりが強いっていう」
子どもを産んで働くのも、その役職で育児休暇を取るのも、社内で最初でした。少し苦笑いしながら教えてくれます。
「みんなは私を見て『やればいいんだ』と思うんだけど、『私が最初かよ』みたいな。めっちゃしんどいですよ」
辞めなかったのは、「昭和の30年代、40年代生まれの人って、『会社を辞める=人生を終える』という感じ」だったからです。
転機は、義父からもらったお年玉でした。験担ぎで買った10万円の福袋に、気に入るものは1点もなし。ヤフオクでバラして売ると、合計12万円に。目を輝かせながら振り返ります。
「あれって、そこなんですよ。そこで終わるんじゃなくて、そこにビジネスチャンスを、私の場合はひらめいちゃって」
やがて本格的な仕入れへ発展し、爆発的に売れ始めます。落札者から「これに合うのはどれですか」と問い合わせが届き、組み合わせで買われるように。後の事業の核となるコーディネート力が、ここで芽を出しました。当時の学びを力強く言い切ります。
「ビジネスを学びたかったら、ものを売ってみろ。タイトル、写真、説明文、検索順位——あんなにちっちゃい中に、全部入っているので」
子ども2人を育てながら働き、夜は梱包、朝は郵便局に寄って出社。「寝る暇はあったけど、座る暇がなかった」生活が5年続きました。
会社には3度、辞めると伝えています。1度目は副業の収入が日立の給料を「余裕で超えた」直後。慰留され、「なんかうまいこと言われて、ちょっと残っちゃった」と苦笑します。3度目でようやく退職。42歳でした。そして稼げていた副業も含め、すべて手放します。
「もうリボーンする気持ちでいたので、すべての仕事を辞めました。ヤフオクも1つも残さず全部なくして、完全にニート状態にいったんなりましたね」
42歳、すべてを手放して小田原へ——「成功するなんて、これっぽっちも思っていない」
ゼロになった芹澤さんが選んだのは、神奈川と静岡の県境の小さな町。パーソナルカラーとメイクの個人レッスンを始めます。気負いはありません。

「マジで成功するなんて、これっぽっちも思ってないんですよ。1年か2年やりたいことをただやる。ダメだったら、小学生に算数を教えるとかで食いつなげばいい、くらいの感じで」
しかし、20年培った理系のスキルが意外な武器になります。ホームページを自作し、SEOの入門書を買って実践すると、「メイクレッスン」「パーソナルカラー」で検索3位に。片田舎のサロンに初月から5人の新規客が訪れます。軽やかに笑います。
「面白くてしょうがないですよ。会社では『いつまでに結果を出せ』と言われる。だけど、自分が1人でホームページを好きに作っていいんだよ、となるわけです。どんなボタンの色にしたって、誰にも何も言われない」
次の判断も大胆でした。マンツーマンでは収益に限界が来る、子どもの進学を逃せば一生ここにいる——。小田原のマンションを「売れたら引っ越す」という験担ぎで売りに出すと即座に売れ、子どもたちには事後報告で横浜移転が告げられました。
ところが移転直後、東日本大震災。4月の予約はすべてキャンセルに。「本当に泣きましたよ」と振り返る半年間、守り続けたことがありました。
「無理に『来い』とも言えないじゃないですか。だから、それでも発信だけは続けていく、って感じでしたよね。とにかく発信を切らすと、みんなに忘れられちゃうので」
人工股関節と4,000万円。どん底でひらいた、写真1枚の診断
横浜での教室が軌道に乗った矢先、51歳で人工股関節の置換手術を受けます。頭は元気なのに2ヶ月動けず、収入だけが途切れる。「会社のときは有給があるけれど、こちらの世界になると全くゼロになる」。地方の講座では診断キットを詰めたスーツケース2つを抱えて移動するのが、業界のセオリーでした。噛みしめるように続けます。

「こんな荷物を持たないと仕事ができないって、いつか終わっちゃうよって。たぶんね、この辛さがあってのスマホでできるオンライン診断が、生まれるんですよ」
しかし試練は重なります。復帰後、投資詐欺で約4,000万円を失いました。スタジオを構える資金が消え、苦し紛れに自由が丘の一軒家へ移り、住居と仕事場を1つに。子どもたちへの言葉は簡潔でした。
「『今日から我が家は貧乏になりました。自分たちのことは自分たちでやってください。以上』みたいな感じで」
シャネルのバッグも時計も、最後は娘のピアノまで手放します。買い叩かれるたびメンタルは削られ、自宅で接客するテンションが作れなくなりました。
「もうこれ、今の精神状態では私、やれないかも、と言って作ったのが、今のLINEでできるオンライン診断なんです」
当時、公式LINEはまだ用途も定まらない新しいツールでした。ブログにこう書きます。「お写真さえ送ってくれれば、聞きたいことは何でもアドバイスします。5,000円でいかがですか」——。反応は想像を超えました。
「まだ覚えてる。268人しかLINE登録されていないのに、その1個のブログだけで50何人来たんですよね。『こういうことなんですね、ビジネスって』と思って」
申込者の理由は「遠くて来られない」「子どもが小さい」。四国から、富山から。そこで踏み込みます。写真でカラー診断を受けたいか——。約7割が「受けたい」。だが業界の常識は「専用のキットがなければ診断はできない」。前例のない挑戦でした。
「『写真だけで許されるのかな』って、やっぱり葛藤があったんだけど。でも、もうお金もないし、やらなきゃ収入にならないっていう、もう最後の苦しさの中で」
「飛べるかわからない距離だから、構える」——決断のサインは高揚ではなく胸騒ぎ
その手応えを掴んだ直後、コロナ禍が訪れます。直前に出会ったマーケターから「全部オンラインに作り替えられませんか」と提案されていました。前例のほとんどない手法です。実際「嘘くさい」という声も上がります。それでも動きました。第一期生の開講は緊急事態宣言のおよそ1ヶ月後、2020年4月です。

集まったのは、仕事を失ったエステティシャン、自宅待機のCA、旅行会社や飲食店の人たち。人に会わなければ成立しない仕事の人々が、「人に会わずに働く技術」を学びに来ました。まっすぐ前を見つめ、持論を語ります。
「ビジネスって、来た瞬間の判断能力だと思う。『オンラインにするのに1年かかるかも』とか言ってたら、波に乗り遅れちゃうわけじゃないですか。その行動力と判断スピードが、経営者として一番大事だと思うんです」
判断の軸は何か。答えは、極めて身体的でした。
「自分の体感覚として、ざわざわっとするときはこう、なんです。ステージが上がる瞬間って、ちょっと怖いんですよ。でも、その感じのときは『行け』っていうサイン。ワクワクじゃないんですよ。ワクワクじゃないんですけど、ざわざわつくんですね」
理由を尋ねました。
「ワクワクっていうのは、自分の今の範囲の中の楽しいことだから、それをどんなにやっても、上には上がらないのね。ここから上に上がるっていうのは、それだけのエネルギーが必要だから、自分が動物としてざわざわってするのよ」
そして芹澤さんは、こんな比喩を続けました。——たとえば、動物が高い枝に飛び移るとき。届くかわからない距離だからこそ、一瞬構える。軽く届く枝なら構えもしない——。
「そこで『怖い』ってやめるんじゃなくて、飛べよってこと。成功するために必要なのは、努力じゃなくて勇気。勇気を出さないと、次のステージに上がれないので」
一番手に立つのは日立時代からの習性でした。
「昔からどうしても一番手になっちゃうんですよ。でも、その分、得るものが大きい。第一人者になれるので」
5年前はコンビニのパートだった右腕——「綺麗になることは、ゴールじゃない」
芹澤さんが手がけるのは、パーソナルカラー診断や美Bodyタイプ診断などの認定講座です。資格を出して終わりにせず、起業やSNS集客のサポートまで担います。受講生の中心は40〜60代です。

たとえば、50歳でセブンイレブンのパートをしていた女性。持っている服はTシャツとジーパンとスニーカーだけ。友人にレストランへ誘われ、着ていく服がないと愕然とした日に出会ったのが、芹澤さんのYouTubeです。嬉しそうに微笑んで現在を教えてくれます。
「今じゃあ、うちのスクールの右腕になってます。司会なんかやっちゃって、もうすごいファッションリーダーみたいになっちゃって。5年前は田舎のセブンイレブンのパートさんだったんですよ」
能力が突出していたわけではありません。ただ、授業中によく気がつく人でした。「一緒に仕事をしていたら、きっといいだろうな」と思い、卒業時に声をかけたのです。
変化の起点はセルフイメージ。だから授業の合間に、こんなことを伝え続けます。
「セルフイメージが低い人ほど、外見でも悩みやすいんですよ。だから『今まで妻として、お母さんとして頑張ってきたんだから、もういいじゃん。自分に投資するんだよ』って。夜、何食べたいと聞かれたら『パパや子どものためじゃなく、あんたが一番食べたいものを作りなさい』と。自分を大事にするって、そういうことだから」
そして、事業の目的地に線を引きます。
「綺麗になることが、私はゴールじゃないと思ってて。その人が綺麗になることで得られるものって、綺麗じゃないんですよね。たぶん、人生が大きく変わっていく。そっちだと思うんですよね」
母親が自分自身を否定している姿を日常的に見ていることは、子どもの自己イメージにも影響すると芹澤さんは考えています。だからこそ、まず外見から。外見は自分自身でも変化を実感しやすいため、気持ちの変化にもつながりやすいのです。
62歳の今が、人生で一番充実している——「50代からが本番」を社会の当たり前に
2018年10月に協会を設立し、2020年にオンラインスクールを開講。YouTubeは33万人に届きました。それでも通過点と捉え、出版と講演を見据えます。

「今って、スクールに入っている人だけにお伝えする感じに、どうしてもなってしまうので。もっとパイを広げて、多くの人にこういう話が届いたらいいなあ、と思いますね」
最も伝えたいことを尋ねると、迷わず2つを挙げました。
「好きなことって努力なしでできるよ、ということ。それと、人生のステージが上がるタイミングって、結局、勇気と決断と行動なので、そこを無駄にしてほしくないな、と。『今のがあのざわざわだったのに、あの人、逃したな』というのを、他の人を見ていて思うことがあるので」
157cm、63kg、62歳。等身大の自分をモデルに発信を続けます。座右の銘は「やりたいと思った時が、ベストタイミング」。瞬間の勇気を説く一方、持続にも現実的です。
「卒業した人に『一斉に発信して集客を始めましょう』って言っても、3ヶ月経ったら1割くらいに減ってるんです。だから、続けるだけで1割に入れるってことなんですよ」
自身もブログを月10本、10数年書き続けています。肩の力を抜き、最後にこう話します。
「女性の外見って、マジで心と連動しているので。『綺麗だから幸せ』ってわけじゃないじゃないですか。こっち(心)を幸せにするための1つの道具ですので」
コントリより
「ワクワクじゃないんですよ。ざわざわなんです」
このひと言に、芹澤さんの本質が凝縮されています。心地よい高揚ではなく、恐怖に近い胸騒ぎこそが次のステージへの合図——。感性の言葉に聞こえて、その実これは、20年間コンピュータを設計した技術者が、自らの意思決定プロセスを分解し言語化した結果です。
10年続いたニキビも、均等法一期生としての孤立も、人工股関節も、4,000万円の詐欺被害も。それらが「乗り越えた過去」ではなく、いまも事業の部品として機能していることに驚かされます。動けなくなった体が場所を選ばないビジネスモデルを要求し、失った資金が自宅兼スタジオという形を決めた。制約は、言い訳ではなく設計図だったのです。
今、あなたの中で鳴っている胸騒ぎはないでしょうか。その「いつか」を今日から「今」に変える勇気を、芹澤さんは後押ししてくれるはずです。
あなたの会社にも、
まだ言葉にしていない物語があります。
コントリは「ご縁でつながる」経営者インタビューメディアです。売上や規模でランク付けはしません。なぜこの事業を選んだのか、どんな失敗を越えてきたのか——数字の裏にある“人”を、プロの聞き手が引き出し、5,000字の記事に仕立てます。
- 取材費・掲載費は一切かかりません(応募フォームは5分で完了)
- お願いするのは事前ヒアリングと取材の60〜90分だけ。準備は不要です
- 完成した記事は採用サイト・SNS・営業資料に自由にお使いいただけます
プロフィール
一般社団法人オーラ美人コーディネーター協会
代表理事
芹澤 央佳(せりざわ おうか)
神奈川県生まれ。東京女子大学数理学科を卒業後、男女雇用機会均等法の一期生として日立製作所に入社し、コンピュータの開発・設計に20年間従事する。国内・国際特許を取得し、平成18年度神奈川県特許金賞を受賞。離婚とシングルマザーとしての生活、心身の不調を経て42歳で退職し、未経験から美容・ファッションの世界へ転身。小田原での個人サロン開業、横浜への移転を経て、2018年10月に一般社団法人オーラ美人コーディネーター協会を設立。2020年4月、オンラインのパーソナルカラー診断認定スクールを開講する。現在は東京・自由が丘を拠点に、パーソナルカラー診断や美Bodyタイプ診断などの認定講座を全国・海外へ展開。YouTube「大人の若見え変身メソッド・央佳」は登録者33万人、累計再生1.2億回を超える。座右の銘は「やりたいと思った時が、ベストタイミング」。趣味は温泉に入ること、特技は絶対音感。
ギャラリー













会社概要
| 法人名 | 一般社団法人オーラ美人コーディネーター協会 |
| 代表者 | 代表理事 芹澤 央佳 |
| 設立 | 2018年10月2日 |
| 本社所在地 | 〒158-0081 東京都世田谷区深沢1-41 |
| 事業内容 | ①パーソナルカラー診断・美Bodyタイプ診断・似合う髪型診断・メイクアドバイザー等の資格認定講座の企画・運営 ②自宅学習型オンラインスクールの運営 ③起業・SNS集客サポート、セミナー・イベントの企画運営、教材制作・販売 ④YouTube「大人の若見え変身メソッド・央佳」による発信 |
| コーポレートサイト | https://aura-beauty.jp/pro/ |

