
業界の不合理から起業した9人|全員が「中の人」で、主流と逆に張っていた
新しい事業は、市場調査から生まれるものだと思われがちです。成長市場を見つけ、競合を分析し、自社の勝ち筋を設計する——ビジネス書に書かれている手順です。
ところがコントリが取材した118社を読み直すと、まったく違う入り口が見えてきました。業界の内側で働いていて、「これはおかしい」と感じたことを直すために事業を始めた経営者が9人いたのです。
9人分を並べて読むと、3つの共通点がありました。全員が業界の中の人だったこと。見えていた不合理が顧客側ではなく供給側にあったこと。そして全員が、その業界の主流と逆に張っていることです。実名の証言で整理します。
この記事の元になった9社
何をもとに書いているかを先に示します。業種はばらばらですが、経営者が「どこで不合理を見たか」には共通の性質があります。
9人が見た不合理
| 企業 | いた場所 | 見えた不合理 |
|---|---|---|
| 株式会社ナーシング | 大学病院の看護師7年 | タイムカードを切ってからベッドサイドに行く日々 |
| 株式会社MUSCLE・BODY・MAKE | 大手パーソナルジムのトレーナー | ジムが増えても、運動を始める人は増えていない |
| 株式会社トークナビ | 地方テレビ局のアナウンサー | 専門職として入ったのに、続けられない |
| 株式会社Be win | 人材派遣業界 | 派遣労働者が長く安心して働ける道筋が少ない |
| 株式会社Branding Career | リクルート(人材紹介) | 業界全体が自動化へ向かっている |
| センチュリー21中央プロパティー | 不動産 | 相続で家族が壊れる現場を繰り返し目撃 |
| 株式会社丸菱製作所 | 愛知の町工場 | 技術を持つ会社の存在すら知られていない |
| 株式会社Realize | 住宅設備メンテナンスの営業 | 営業が現場調査まで担う業務デザイン |
| 株式会社IT経営ワークス | IT業界20年 | 変えたい意思はあるのに、変え方がわからない |
1社を意図的に除外しています
機械的な分類では10社が該当しましたが、そのうち1社は本メディアを運営するコントリ株式会社の代表インタビューでした。自社の記事を「業界の不合理を見た経営者」として並べると、集計の中立性が損なわれます。そのため対象から外し、9社としています。除外した事実をここに明記するのは、母数を検算できるようにするためです。
全員が「業界の中の人」だった
9人のうち、外から市場を分析して参入した人は一人もいませんでした。全員が、その業界で実際に働いていた人です。不合理は、外からは見えていません。
タイムカードを切ってから、ベッドサイドに行く
株式会社ナーシング・鈴木由紀子氏は、大学病院の看護師として7年間、数多くの看取りに立ち会いました。そこで抱いた問いが起業につながっています。
あと3ヶ月で世を去ると知ったとき、誰かに残したい言葉があるはずだ。家族に謝りたいけれど謝れない人もいる。「そんなときに一番そばにいるのが看護師なんです」。しかし現実は違いました。
タイムカードを切ってからベッドサイドに行く日々。夜勤は人数が少なく、患者さんから呼ばれても「ごめんね、また来るね」としか言えない状況。「この人の最期の迎え方って、本当にこれでいいのか」
株式会社ナーシング 鈴木由紀子氏
この不合理は、患者からも経営者からも見えません。ベッドサイドに立っていた人にしか見えない構造です。
業界1位のトレーナーが見た「3%」
株式会社MUSCLE・BODY・MAKE・吉成題寿氏は、大手パーソナルジムで個人2度・店舗1度の全国1位を獲得した実績を持ちます。その立場から見えたのが、業界全体の数字でした。
「運動する施設に通っている方の割合が、日本では約3%なんです。100人中3人だけ。この10年15年、これだけパーソナルジムやヨガ・ピラティススタジオが増えたにも関わらず、その割合が10年、15年前とほとんど変わってないんです」
株式会社MUSCLE・BODY・MAKE 吉成題寿氏
吉成氏の解釈は明快です。「すでに運動に関心の高い方が、いろんなジムやスタジオを転々としているだけで、本当に運動が必要な方々には届いていない」。業界が成長しているように見えて、市場そのものは広がっていなかったという指摘です。
上京して知った、アナウンサーの現実
株式会社トークナビ・樋田かおり氏が違和感を持ったのは、地方局アナウンサー時代でした。10歳ほど年上の先輩が、アナウンサーではない部署へ異動していく。「専門職で生きていきたくてテレビ局に入ったのに」。
28歳で上京して、その現実はさらに鮮明になります。
「たまに番組には出ているけれど生活費を補うためにアルバイトをしている人がたくさんいました。(中略)よほど名が売れている一握りの人以外は、そうやってなんとか生活している人ばかりだということに驚きました」
株式会社トークナビ 樋田かおり氏
「そういう業界なのが悲しくて、なんとかしなきゃと思いました」。転職活動で複数の事務所を訪ねたものの、所属してもすぐ仕事があるわけではない。既存の選択肢のなかに答えがないと分かったことが、起業の直接の理由になっています。
見えていた不合理は、顧客ではなく「供給側」にあった
ここが9社を並べて最も意外だった点です。新規事業は「顧客の不便」から生まれると考えられがちですが、9人が挙げた不合理の多くは、その業界で働く人や供給側が損をしている構造でした。
損をしていたのは、働く人だった
山口県発の株式会社Be win・河村勝就氏は、派遣業界で多くの求職者と接してきました。そこで感じたのは「派遣労働者が長く安心して働ける道筋が少ない」ことです。求職者にも企業にも選択肢を増やす総合人材会社を作りたい、というのが独立の理由でした。
株式会社Realize・池田礼子氏が見たのは、営業担当者の業務設計でした。住宅設備メンテナンスの営業は、売るだけでなく現場も見に行かなければならない。
「業界全体の傾向として営業担当者が管理会社と一緒になんでも対応しなければいけない業務デザインになっているのです。なんとか営業が現場調査に行かなくてもいい仕組みを作り、地元の人を雇用して任せられる会社があればいいなと考えました」
株式会社Realize 池田礼子氏
この2社に共通するのは、不合理を解消する手段が「働き手を増やす」形になっている点です。Realizeは女性のスキマ時間を活用して入居前点検を担う仕組みをつくり、Be winは派遣から正社員への道を提供しました。
技術が、知られないまま埋もれる
愛知県の株式会社丸菱製作所・戸松裕登氏が立ち上げた「ASNARO」は、町工場の技術をプラットフォーム上に出品する仕組みです。動機は、自社を含む業界全体の課題でした。
「日本には、素晴らしい技術を持っている企業がたくさんあります。しかし、その技術がしっかりと活用されているかというと、疑問が残る点もあります。その技術を持っている会社がいることすら知らずに依頼できないというケースも実際にあります」。閑散期には自社の技術を出品し、繁忙期には他社の技術を使う——需給の波を業界内で融通する設計です。
全員が、業界の主流と逆に張っている
3つ目の共通点が、最も実務的な示唆を含んでいます。9社は例外なく、その業界で儲かるとされている方法の逆を選んでいました。
買取が儲かる市場で、14年間ずっと仲介
相続不動産を扱うセンチュリー21中央プロパティー・松原昌洙氏の選択が典型です。この分野では近年、共有持分や借地権を自社で買い取る「買取業者」が増えています。流動性の低い不動産を安く仕入れて売るモデルは、収益性が高い。それでも松原氏は創業から14年間、一貫して「仲介」を軸に据えてきました。
「自社で買い取るとなると、どうしても『安く仕入れること』が優先されがちです。それは時にお客様の利益と相反する」
センチュリー21中央プロパティー 松原昌洙氏
収益性の高いモデルを採らないという選択を、利益相反が起きない立ち位置を守るためと説明しています。さらに同社は弁護士を社員として常駐させ、初回面談から同席する体制をとっています。「弁護士を紹介するのではなく、弁護士がすでにいます」。
業界が自動化に向かうなか、人が人を支援する
リクルートで全社トップセールスを獲得した株式会社Branding Career・佐地良太氏は、古巣を含む業界の方向をこう見ています。
「リクルートはもうほぼAI・ロボットの会社になってしまったという印象を持っています。肌感として、彼らが目指すのはボタンを押したら転職が完了する世界です」
株式会社Branding Career 佐地良太氏
そのうえで、佐地氏は逆の道を選びました。「人間には葛藤がある。どう生きたいかとか、そういうことをAIに任せたくない部分がある」。効率で勝てない領域に、あえて資源を集中させるという判断です。
依存度90%という安全地帯から、あえて出る
丸菱製作所は、三菱電機向けの売上が約90%を占めます。安定した取引先を持つ状態ですが、戸松氏はそれをリスクと捉えました。「変化が大きいこの時代において、世の中の変化に対応できなくなるのは致命的です」。
株式会社IT経営ワークス・本間氏も、業界の標準的な稼ぎ方を採っていません。DX支援でありながら、実務のアウトソーシングは受けないのです。「基本的にはデジタル活用は社内でやってもらうべき取り組みです」。受託すれば売上になる部分を手放し、企業が自走できる形を理想としています。
本間氏はさらに、現場が動けない理由を「多元的無知」という言葉で説明します。ある慣習に対して自分だけが否定的で、周りは受け入れていると思い込んでいる状態のこと。「誰かが異を唱えたら、実は他の人もみんな同じことを考えていたことに気付く、ということもあります」。不合理が放置される理由そのものを、事業の対象にしている例です。
まとめ:不合理は、中にいる人にしか見えない
9社を並べて見えたことを整理します。
- 全員が業界の中の人だった。 外から市場分析をして参入した人は一人もいませんでした
- 不合理は供給側にあった。 顧客の不便より、そこで働く人や技術の持ち手が損をしている構造が多く語られています
- 全員が主流と逆に張っている。 儲かるモデルを採らない、業界が向かう方向と逆を選ぶ、安定した依存先から出る
- 数字で語る人がいる。 参加率3%、依存度90%——不合理を感覚ではなく数字で把握していました
いま自分の業界に違和感を持っている方にとって、9人の証言が示しているのはその違和感が事業の種であり、しかも中にいる自分にしか見えていない可能性が高いということです。外から来た人は、その不合理に気づけません。
この記事の限界
9社は無作為抽出ではなく、コントリの取材に応じた企業です。同じように業界の不合理を見て起業し、続かなかった企業は含まれていません。「主流と逆に張れば成功する」ことを示すデータではなく、「続いている9社ではこう語られた」という記述にとどまります。各社の事業モデルの評価や優劣を論じるものでもありません。分類も編集部の判断によるものです。
編集部より
取材時にはそれぞれ独立した一社の物語として書いてきました。並べて読み直して初めて、「不合理は供給側で見えている」という共通点が浮かびました。個別の記事では気づけなかったことです。
本記事で引用した9社を含む全インタビューは経営者インタビュー一覧から、関連する横断記事は経営者118人に聞いた起業のきっかけ、経営者11人が「任せる」に変わった日からお読みいただけます。
よくある質問(FAQ)
9社はどのように選んだのですか
コントリが取材した経営者118社の創業経緯を分類し、「業界内部で見た不合理」を起点とする10社を抽出したうえで、コントリ自社の代表インタビュー1件を中立性のため除き、9社としています。
業界経験がなくても、こうした事業は始められますか
本記事の9社に限れば、全員が当該業界での実務経験を持っていました。外から市場分析をして参入した例はありません。ただしこれは9社の傾向であり、業界経験がなければ起業できないという意味ではありません。
なぜ主流と逆の選択が成り立つのですか
本記事は理由を断定できません。ただし複数の経営者が、主流のモデルには顧客や働き手との利益相反が含まれると指摘しています。相反しない立ち位置を選ぶことが、結果として差別化になっているという構図が読み取れます。
違和感を事業にするには、何から始めればよいですか
手順の解説は含みませんが、9社のうち複数が不合理を数字で把握していました。フィットネス参加率3%、特定取引先への依存度90%といった具合です。感覚として持っている違和感を、業界の数字で確かめる段階が共通しています。
記事中の企業に問い合わせできますか
各社名からリンクしているインタビュー記事に、会社概要と公式サイトを掲載しています。なお本記事の引用は各社の掲載記事からのものであり、あらためて取材を行ったものではありません。


