経営者インタビュー

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行政書士ささき事務所 代表 佐々木良輔氏インタビュー:理学療法士は辞めない、「人生」ごと支えるために行政書士になった二刀流

理学療法士は辞めない——「人生」ごと支えるために行政書士になった、佐々木良輔氏の二刀流

「自分は『日常生活』という単位でしかこの方を見ていなかった。『人生』という単位で見たとき、自分は無力だと痛感しました」——。

穏やかな声でそう振り返る佐々木良輔氏は、埼玉県熊谷市の脳神経系の病院で10年近く、理学療法士としてリハビリに携わってきました。いまも東京の訪問看護ステーションで理学療法士として働きながら、2024年に「行政書士ささき事務所」を開業。行政書士とFP(ファイナンシャル・プランナー)1級、さらにケアマネジャーの資格も生かし、おひとり様や身寄りのない方の終活・相続、介護・福祉事業所の運営を支えています。

この記事では、好きな仕事を手放さずに領域を越えた、前例のない働き方とその根っこにある想いに迫ります。

山と川の町で育った末っ子が、「人体の面白さ」に出会うまで

笑顔でインタビューに答える佐々木良輔氏

取材の舞台は、事務所を構える台東区からほど近い浅草のコワーキングスペースの会議室。紺のジャケットに白いTシャツ姿で現れた佐々木氏は、人懐っこい笑顔で子どもの頃の話から始めてくれました。

生まれ育ったのは、神奈川県愛川町。県内でもかなり田舎の、山と川しかないような町だったといいます。

「本当に山に入って遊んだり、魚を捕ったり、虫を捕ったり。自由奔放に遊んでいました」

「3人兄弟の一番下で、甘やかされて育てられました」と笑う末っ子。姉は留学を経て、いまは中学校で英語を教えています。兄も姉も勉強がよくできた一方で、佐々木氏は高校まで「全然勉強もしないで」過ごしたそうです。両親も「自由にしていいよ」と見守ってくれました。

理学療法士を志した原点は、子どもの頃の何気ない習慣でした。親の肩をもんであげると、喜んでもらえる。それが嬉しくて、高校時代には「整体師になりたい」という夢を抱きます。高校の先生に相談すると、「それなら理学療法士という国家資格がある」との一言。野球で肩を壊し、理学療法士の世話になった記憶もよみがえり、迷わずその道を選びます。

専門学校では、大きな発見がありました。

「小学校から高校までは、算数から数学へと全部がつながった勉強でした。でも理学療法士の学校に入った瞬間、みんな0からのスタートなんです。入学してから頑張れる人がなれる仕事なんだと分かりました」

仲間と切磋琢磨し、先生からは「人体ってこんなに面白いんだよ」と教わる。のめり込むように勉強した4年間を経て、国家試験には1発で合格しました。

就職先は、担任の先生の同級生がトップを務めていた、熊谷市の脳神経系の病院です。1年目から3年目までは土日も勉強漬け。2年目に脳画像(MRI)の見方を学び、症状の理由が腑に落ちたことで、自分なりの指針が生まれます。それからは仕事が楽しくなり、退院する患者さんからの「ありがとうございました」が、何よりのやりがいになりました。

「この人に、自分は何もできない」——2歳の子を持つ患者が教えてくれたこと

患者さんとの出会いを振り返る佐々木良輔氏

理学療法士以外の道など、まったく考えていなかった佐々木氏。その人生を変えたのが、一人の患者さんとの出会いでした。

その方は、まだ若い男性でした。脳腫瘍を患っていましたが、体は普通に動き、日常生活にも不自由はありません。ただ、カルテには「予後は半年以内」と記されていました。

家には奥様と2歳のお子さん。その方は介護関係の資格を取ったばかりで、これからケアマネジャーとして働くのだと話してくれました。病気が治ったら、という前提のお話でした。

月曜から金曜まで、廃用症候群が進まないよう毎日リハビリで顔を合わせます。けれど佐々木氏は、余命の話題に一度も触れることができませんでした。病状の説明を受けた後も、その方の態度は変わらなかったといいます。

治ったら働くと未来を語るその方と、カルテに記された「半年以内」という現実。そのあいだで、佐々木氏は立ち尽くしていました。当時のことを語るとき、少し声のトーンを落とし、言葉を選ぶように続けます。

「カルテで状況を把握していたので、どう応じればいいのか、言葉が見つかりませんでした。理学療法士としては、筋力を落とさない、体力を落とさないということはできます。でも、それ以外のことは何もしてあげられない、と思ったんです」

話が上手で、一緒にいて楽しい方だったといいます。だからこそ、ある思いが胸を離れませんでした。

「この人は、2歳のお子さんが入学するところも、成人するところも見られないんだ——そう思った瞬間、その先のことが次々と気になりはじめました。残されたご家族にお金の心配が出てくるのではないか。奥様が相続や遺言の手続きで困るのではないか」

歩けるか、食事がとれるか、家に帰れるか。理学療法士として答えを出せるのは、その範囲の課題です。けれど、この方が本当に抱えている不安は、その外側にこそありました。

「亡くなることは決まっている。でも、少しでも安心して亡くなれる。そこに手助けできる仕事って何だろう、と考えたんです」

浮かんだのが、手続きを担う行政書士と、お金を担うファイナンシャル・プランナーでした。困っている人を、リハビリだけでなく最後まで支えられるように。新しい挑戦が、ここから始まります。

「今頑張れば、救える人がいる」。昼休みも費やした1日2つの資格勉強

資格取得の日々を語る佐々木良輔氏

その経験から3カ月ほどで、佐々木氏は資格取得に向けて動き出しました。病院の昼休みもすべて勉強に充て、行政書士とFPの勉強を並行する。1日に2つの勉強をこなす日々です。FPは3級、2級と順に合格し、1級は受験資格を得るために、CFP®資格審査試験の6科目を同時に受験して合格。6科目同時の合格率は7%ほどだったそうです。すべての資格を取り終えるまで、およそ1年半かかったといいます。

高校まで勉強と無縁だった佐々木氏が、なぜ頑張れたのか。

「専門学校の先生たちに勉強の面白さを教わったことと、『今頑張れば、きっと救える人たちが出てくる』と思えたことですね。ぼやっとしたものだと頑張れないんですけど、こうなるんだと分かれば、なんとか頑張れるんです」

目的が見えたとき、人は学べる。かつて専門学校で「0からのスタート」に挑んだ経験が、社会人になった佐々木氏をもう一度後押ししました。

印象的なのは、FPを1級まで取りきったこと。正直、知識としては2級で十分だと本人も認めます。それでも1級にこだわった理由を、こう明かしてくれました。

「2級と書いてあると、その上もあるんだと思われるかなと。1級を持っていることで、この人は一生懸命やっている人だと感じてもらえるかもしれない。少しでも安心できる材料があればいいと思ったんです」

相談に来る人の「安心」のために、できる準備は積んでおく。ただし、「完璧主義者ではないので、うまく帳尻を合わせてやっています」と肩の力を抜いて笑う姿に、佐々木氏の人柄がにじみます。

1年半眠らせた資格——名刺の「FP」の2文字が開業の扉を開いた

身振りを交えて開業のきっかけを語る佐々木良輔氏

東京への引っ越しを機に、佐々木氏は「この仕事を生かすなら訪問看護がいい」と訪問看護ステーションへ転職します。資格もそろいましたが、すぐには開業に踏み切れませんでした。

「新しいことを始めるのは、ちょっと怖いなと思って。本当に自分にできるのかと悩んでいました」

あれほど強い思いで取った資格なのに、いざとなると一歩が出ない。利用者さんにも、資格のことはあえて話していませんでした。営業をしているようで嫌だったからです。そのまま資格は1年半ほど「眠らせて」いたといいます。

扉を開いたのは、最初に勤めたステーションの社長が、「FPの資格を持っているなら、名刺に載せていいよ」と声をかけてくれたのです。名刺に「FP」と書いて訪問を続けていたある日、それを目にした利用者さんから「あなた、そういう資格を持っているのね」と話しかけられました。

「実は行政書士の資格も持っていて、と話したら、どういうことをやるのと聞かれて。おひとり様や頼れる人がいない方の手続きをやりたいと思っています、と答えたら、『ぜひあなたにお願いしたい』と言っていただいたんです」

迷い続けた1年半が、その一言でほどけました。「せっかく取ったものだし、本当に頑張って開業してみよう」。佐々木氏は2024年、行政書士ささき事務所を開業します。

好きだから手放さない——リハビリの信頼が「相談の壁」を取り払う

理学療法士を続ける理由を語る佐々木良輔氏

医療職から士業へ転身する人の多くは、元の仕事を辞めて独立します。しかし佐々木氏は、いまも理学療法士として働き続けています。理由を尋ねると、即答でした。

「何より、理学療法士の仕事が好きなんです。それに、リハビリで関わっている人たちのなかには、困っている人がやっぱり多い。リハビリをしながら、すぐ近くで手続きの面もサポートできる人がいれば、利用者さんも、他の事業所さんも助かると思ったんです」

開業前には、いまの勤め先へ移っています。その際、転職先に「訪問の空き時間に30分や1時間、自分の仕事で抜けるかもしれません」と正直に伝えました。返ってきたのは「むしろ応援する」という言葉。始めてみると、平日の日中に動く必要は意外と少なく、夜や土日で対応できました。「これ、意外といけるものだな」と、佐々木氏は軽やかに笑います。

辞めないことは、思わぬ強みも生みました。ケアマネジャーから紹介された初対面の人に終活の話をしても、信頼関係ができていないため「今はいいです」と断られることが圧倒的に多いそうです。

「でも、リハビリで関わっていると、その壁が結構取り払われて、『この人だったらいいか』と言ってもらえるんです」

もう一つは、報酬の考え方です。理学療法士として生活の基盤があるから、行政書士の報酬は「その人のためを思って」最低限に設定できる。ただし、赤字にはしません。

「他の先生方に迷惑をかけてしまうので、最低限ちゃんと黒字になるようにはしています」

理学療法士を続けることは、目の前の人の人生を支え続けるための仕組みでもあるのです。

「断るしかない」を「大丈夫です」に。FPの視点と、現場にいる強み

2つの資格を持つ意味を、佐々木氏は年金で暮らす高齢の方の例で説明してくれました。

「行政書士だけの視点だと、この方はお金がないから報酬もいただけないし、断るしかない、とその先が見えなくなるんです。でも、報酬をいただくことで生活が守られなくなったら本末転倒です」

そこで生きるのがFPの知識です。生活費と貯金を照らし合わせ、「たとえあと10年生きるとしても、これだけの余裕があるので、契約しても大丈夫ですよ」と伝えられる。保険のかけすぎも確認できる。手続きとお金をトータルで支えられるのが強みです。

現場にいるからこそ間に合った支援もあります。最近、死期が迫っている方のリハビリをしていたときのこと。往診に来た医師に、その方が「遺言書を残したほうがいいですか」と尋ねました。医師が答えられる問いではなく、話は「ケアマネさんに相談を」と流れかけます。その場にいた佐々木氏は、「行政書士としてサポートできるので、困ったら言ってください」と伝えました。いま、その方の遺言書づくりを進めています。

「残された時間はかなり短いです。他の人に頼んでいたら信頼関係を作るところから始まってしまう。僕なら、ご家族の状況もすでに分かっているので、すぐに話を進められるんです」

佐々木氏がもう一つ挙げたのが、「内縁の妻」のケースです。婚姻届を出していない夫婦では、夫が家を持っていても、妻に相続権はありません。介護の現場では、妻が世話をしているため問題視されにくい。けれど、夫が亡くなった瞬間に大きな困りごとが生まれます。

「介護の現場にいて、士業にも携わっている私だからこそ気づけて、事前に伝えられるんです」

困りごとは、相続のような人生の節目にだけ起きるわけではありません。おひとり様や身寄りのない方の現場で、最もよく目にするのは「日常の手続きが止まってしまうこと」だといいます。賃貸契約の更新、電気料金の支払い、各種の申請。今はスマートフォンでの手続きが前提で、私たちには簡単なことが、高齢の方には大きな負担になっています。

「訪問リハビリでご自宅に伺うと、そうした困りごとが生活の様子からにじみ出ているんです。その場でお手伝いすることもありました。本来はリハビリの業務ではありませんし、ケアマネジャーさんが業務の範囲を超えて対応している場面も多く見てきました」

一方で、最も深刻だと感じているのは「すぐに頼れる人がいないこと」。特に東京では、兄弟や子どもがいても遠方に住んでいて、いざというときに駆けつけられない方が多いそうです。

ケアマネジャーの紹介で、ある方のもとを訪ねたことがあります。その方は「自分が死んだ後のことなんか気にしない」と話し、死後事務委任契約には至りませんでした。

「本心とは思えませんでした。周りの方には信頼を寄せていたので、初対面の士業にはまだ心を開けなかったんだと思います」

その方が亡くなった後、各所の手続きが滞り、ケアマネジャーのもとに連絡が相次いだといいます。

「もしリハビリで関わっていたら、信頼関係を築いて手助けできたかもしれません」

「士業への相談はハードルが高い」。実際に契約した方が口にした言葉です。

「リハビリを通じて気軽に質問できる関係があったからこそ、備えの話もできたんだと思います。それが、現場にいる私の強みだと考えています」

営業だと思われたくないから、大きくは言わない。ご本人が困りごとを口にしたとき、そっと手を差し伸べるのが佐々木氏の流儀です。

医療・介護と士業の分断を越えて——地域包括ケアに士業が加わる未来

今後のビジョンを語る佐々木良輔氏

理学療法士と行政書士を同時並行で続ける人は、佐々木氏の知る限りいません。だからこそ見える景色があります。

「医療職や介護職の目線だと、問題が起きているという認識がたぶんないんです。でも士業として見ると、これはまずいな、きっと大変だろうな、と分かる。リハビリで関わっていれば、専門家に相談する前にすぐ助けられる人がたくさんいます」

自身もケアマネジャーの資格を持つ佐々木氏によれば、その試験範囲に相続の話はまったく入っていません。知らないから、困っていないと思ってしまう。けれどそれは、亡くなった後に表面化する問題です。相談する側にとっても、士業の敷居は高い。医療・介護と士業のあいだには、いまも分断があります。

そんな佐々木氏が描く夢は、明確です。

「地域包括ケアシステムには、お医者さんや介護職の方々が入っています。そこに行政書士や弁護士、司法書士も加わって、生前から死後まで一貫してサポートできる体制が整えば、亡くなったときの心配も少しは減るはずです。僕はどちらの畑も知っているので、相談のハードルを下げて、相談役になる。それが僕の役目だと思っています」

その一歩として、講演活動も始めました。先日は埼玉県上尾市で、ケアマネジャーやソーシャルワーカーに向けて、おひとり様支援をテーマに講演。参加者からとても感謝されたといいます。講演や研修、勉強会は、声がかかればいつでも引き受けられる状態です。

これからの働き方について尋ねると、まっすぐ前を見つめて答えてくれました。

「理学療法士を辞める選択肢は、今のところありません。仕事量によっては会社に迷惑をかけないようバランスを考えて、半々くらいにできれば一番いいかなと。でも、できるだけリハビリは続けたいですね」

いまは一人での活動ですが、医療職が士業の仲間に加われば、もっといい地域社会がつくれる。徐々に仲間を増やしていきたいと語ってくれました。

コントリからのメッセージ

印象に残っているのは、「『人生』という単位で見たとき、自分は無力だと痛感した」という言葉です。佐々木氏は、その無力感から目をそらさず、新しい役割を自らつくり出しました。

思えば原点は、親の肩をもんで喜んでもらえたのが嬉しかった、という子どもの頃の記憶でした。人に喜んでもらいたいという想いは、いま「人生ごと支える」という形に広がっています。しかも、好きな理学療法士の仕事を手放すことなく。2つの畑を行き来する働き方そのものが、医療・介護と士業の分断に橋を架ける試みです。業界を変えるのは、いつも外から来た人。この「二刀流」という新しい基準は、きっと次に続く誰かの選択肢を広げていくはずです。

終活や相続に不安を抱える方、利用者さんの「その先」に悩むケアマネジャーや介護事業所の方は、ぜひ一度、佐々木氏に話を聞いてみてください。

プロフィール

行政書士ささき事務所
代表・行政書士・FP
佐々木 良輔(ささき りょうすけ)

1991年、神奈川県愛川町生まれ。3人兄弟の末っ子として、山と川に囲まれて育つ。専門学校で理学療法士の資格を取得し、2013年から埼玉県熊谷市の脳神経系の病院で10年近く、脳血管疾患のリハビリに携わる。余命宣告を受けた脳腫瘍の患者との出会いをきっかけに、行政書士とファイナンシャル・プランナー(FP1級)の資格を取得。2022年に訪問看護ステーションへ転職し、2024年に行政書士ささき事務所を開業する。現在も理学療法士として訪問リハビリを続けながら、おひとり様や身寄りのない方の終活・相続、介護・福祉事業所の運営を支える。2024年にはケアマネジャーの資格も取得。座右の銘は「反復・継続・丁寧」。趣味は海釣りと筋トレ、甘いもの。特技はヒラメを捌けること。

ギャラリー

会社概要

事務所名行政書士ささき事務所
代表者佐々木 良輔
設立2024年
資本金100万円
所在地〒111-0031 東京都台東区千束3-13-12
従業員数1名
事業内容①おひとり様・身寄りのない方の終活・相続支援(エンディングノート、遺言書作成、死後事務委任、身元保証、後見人契約、相続手続き代行)②介護・福祉事業所向け支援(契約書・マニュアル作成、運営指導対策、BCP支援、自費サービス契約書作成)③行政手続き代行
ホームページhttps://gyosei-sskrsk.com/

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