退職勧奨の進め方|違法リスクを回避する中小企業の実務手順

退職勧奨の進め方|違法リスクを回避する中小企業の実務手順

「退職してほしい社員がいる。でも、解雇はしたくない」——中小企業の経営者から、私たちがもっとも多く伺うご相談のひとつです。

本記事では、経営者インタビューを重ねてきた編集部の視点と、複数の弁護士による専門解説をもとに、中小企業の経営者が「訴訟に発展させず、社内の空気も守る」退職勧奨の進め方を7ステップで整理します。「退職勧奨と退職強要はどこで線引きされるのか」「面談での禁句は何か」「拒否されたときにどう動くか」まで、明日から現場で使える形でお伝えします。

退職勧奨とは何か|「解雇」「退職強要」との違いを経営者が押さえる

退職勧奨は、会社が労働者に対して「自主的な退職」を提案する行為です。労働者の同意を前提とするため、労働契約法16条の解雇権濫用法理は原則として適用されません。ここが、経営者にとって退職勧奨が魅力的に映る最大の理由といえます。

一方で、社会通念上相当な範囲を超えた勧奨は「退職強要」として不法行為(民法709条)に該当し、慰謝料・逸失利益の賠償対象となります。まず、この3つの線引きを正確に理解することが違法リスク回避の出発点です。

退職勧奨・解雇・退職強要の3区分比較
比較軸 退職勧奨 解雇 退職強要
法的根拠 合意退職の申込み(民法) 労働契約法16条(解雇権濫用法理) 不法行為(民法709条)
労働者の同意 必要(任意) 不要(会社の一方的意思) 形式的にはあるが無効の可能性
違法性リスク 進め方次第で強要に転じる 2要件を欠くと無効(復職+バックペイ) 慰謝料・逸失利益の賠償対象
実務での位置 中小企業で最も選ばれる合意退職ルート 立証負担が重く最終手段 絶対に踏み込んではならない領域
※ 退職勧奨は「進め方」の設計次第で退職強要と評価されるため、面談設計と話法が最重要となります。

退職勧奨・解雇・退職強要の3区分(労働契約法との関係)

退職勧奨は「合意退職の申し込み」であり、応じるも断るも労働者の自由です。解雇は会社の一方的意思表示による労働契約の終了で、労働契約法16条により「客観的合理性」と「社会通念上の相当性」の2要件を欠くと無効となります。退職強要は、勧奨が任意性を失うほど執拗・威圧的になった状態を指し、司法上は不法行為として損害賠償の対象になります。

3区分の位置づけを混同したまま面談に入る経営者は少なくありません。「勧奨」のつもりが客観的には「強要」と判定される事例が多いのは、この境界線の理解が曖昧なまま実務が走ってしまうからです。

違法な退職強要と判断される代表的な司法基準

裁判所が退職強要と判断する際の代表的な基準は、下関商業高校事件(最高裁昭和55年)で示された「社会通念上相当と認められる範囲」の逸脱です。判例上は面談の回数・1回あたりの時間・発言内容・対象者の属性・拒否後の続行の有無が総合的に評価されます。

近年の裁判例では、面談1回あたり2時間超・週複数回・拒否明示後も継続——といった要素が組み合わさると、慰謝料が数十万〜数百万円単位で命じられる傾向にあります。単発の要素で違法認定されるのではなく「積み重ね」で線を越える点が重要です。

なぜ「解雇より退職勧奨」が中小企業に選ばれるのか

解雇は「客観的合理性+社会通念上の相当性」の2要件を満たさなければ無効です。中小企業では就業規則の整備不足・評価制度の未整備が重なり、この2要件を訴訟の場で立証しきることは容易ではありません。敗訴すれば復職+バックペイ(労働できなかった期間の賃金支払い)という重い結果が待っています。

一方、退職勧奨は「合意」を得られれば労使トラブルの芽を根元から絶てます。だからこそ「進め方の作法」を守り抜くことが中小企業経営者にとって最重要になるのです。

退職勧奨が違法と判断される5つの典型パターン

「退職勧奨そのもの」は違法ではありません。違法になるのは、進め方の中身です。裁判で違法性が争われる論点は、主に面談の回数・時間/発言内容/隔離・拘束/対象者の属性/不利益の示唆の5領域に集中します。

弁護士 西川暢春氏(弁護士法人咲くやこの花法律事務所)の解説動画「退職勧奨が違法となる場合とは?」でも、実際に慰謝料が認容された事例の多くが、この5つのパターンのいずれかに当てはまると指摘されています(出典動画)。経営者が「うちで再現しないため」の視点で押さえていきましょう。

違法な退職勧奨と判断される 5つの典型パターン
1 面談の回数・長時間化
危険度 高
失言例:週複数回・1回2時間超の面談を拒否後も続行
2 人格否定・侮辱発言
危険度 最大
失言例:「役立たず」「あなたのせいで職場が迷惑」
3 個室隔離・大人数での圧迫
危険度 中
失言例:会社側3名対社員1名の密室面談
4 妊娠・育休・傷病者への勧奨
危険度 最大
失言例:育休復帰直後に配置転換と勧奨をセットで打診
5 「拒否したら解雇」不利益示唆
危険度 最大
失言例:「応じなければ解雇する」「懲戒処分もあり得る」

面談の回数・長時間化(拘束性)

面談を執拗に繰り返す、あるいは1回の面談が長時間に及ぶと「任意性が損なわれた」と判定されやすくなります。裁判例では週複数回・1回あたり2時間超・拒否後も継続のケースで違法認定されることが多く見られます。

倉重公太朗弁護士の解説動画「よくわかる退職勧奨」でも、「拒否の意思が明確に示された後、なお続行することは違法評価に直結する」と指摘されています。1回目で結論を急がず、対象者に「持ち帰って考える時間」を与える設計が不可欠です。

人格否定・侮辱発言(下関商業高校事件の系譜)

「役立たず」「辞めてもらわないと困る」「あなたのせいで職場が迷惑している」といった人格否定・侮辱発言は、下関商業高校事件以降、繰り返し違法認定の根拠とされてきました。経営者が「熱くなって」つい口にする一言が、そのまま慰謝料の根拠になります。

面談は「事実」と「会社の意思」を伝える場であり、対象者の人格を評価する場ではありません。この線引きを崩さないことが、面談担当者の最低限の作法です。

個室隔離・大人数での圧迫

1人の対象者を複数の管理職で取り囲む、密室で圧迫的な雰囲気をつくる、といった状況設定も違法評価の要素になります。「会社側3名対社員1名」の面談は威圧性が高いと判定されやすい構図の典型です。

面談は会社側は2名まで、対象者側も同席者を認める、扉は完全には閉めないなど、圧迫感を出さない設計を心がけましょう。

妊娠・産休・育休・傷病者などへの勧奨

男女雇用機会均等法・育児介護休業法により、妊娠・出産・育休を理由とする不利益取扱いは明確に禁止されています。事実上その時期に重なる勧奨は違法性を強く推定される類型となり、経営者が最も慎重になるべき局面です。傷病休職中の社員への勧奨も同様の危険領域といえます。

「拒否したら解雇」など不利益の示唆

「勧奨に応じないなら解雇する」「応じない場合は懲戒処分もあり得る」など、拒否した場合の不利益を示唆する発言は、任意性を根本から破壊する典型パターンです。拒否=解雇という等号を、面談の場で経営者側から示してはいけません。

違法リスクを回避する退職勧奨の進め方【7ステップ】

退職勧奨は「思い立ったから今日話す」では失敗します。事前準備から書面化までの7ステップを、順序どおりに踏むことで違法認定の確率を大きく下げられます。順序を守るだけで、後日「強要だった」と主張された際の反証材料が自然に蓄積される点も重要な副次効果です。

弁護士 西川暢春氏の解説「問題社員の退職勧奨」および日本法令DVD『退職勧奨実施の留意点と面談の進め方』(紹介動画)で示されている手順を、中小企業経営者向けに実務目線で整理しました。

退職勧奨 7ステップ(違法リスクを回避する順序)
1
理由の客観的整理
1〜2週間
2
情報管理徹底
同時進行
3
面談設計
3〜5日
4
1回目は打診と持ち帰り
45〜60分
5
条件提示
2回目以降
6
退職合意書締結
清算条項必須
7
同時精算・公表整理
合意日当日
※ 各ステップは順序どおりに踏むことで、後日「強要だった」と主張された際の反証材料が自然に蓄積されます。「思い立ったから今日話す」は最も高リスクな進め方です。

ステップ1:退職勧奨に踏み切る理由の客観的整理

まず「なぜ、この社員に退職を勧奨するのか」を第三者に説明できる形で言語化します。感情的な違和感ではなく、業務成果の数値・遅刻欠勤の記録・注意指導の履歴といった客観事実で組み立ててください。ここが曖昧なままだと、面談で「私が悪いのか」と問われた瞬間に説明が破綻します。

ステップ2:対象者以外に絶対に漏らさない情報管理

対象者本人が知る前に社内に情報が漏れると、名誉毀損・パワハラの新たな争点を生み出します。役員・面談担当者・顧問弁護士など必要最小限のメンバーにとどめ、社内チャットや共有ドライブへの記載も避けましょう。

ステップ3:面談設計(人数・時間・場所・アジェンダ)

面談は「会社側2名・対象者側1名(同席者可)・時間は45分〜1時間・場所は個室だが扉は完全には閉めない・アジェンダは事前に開示」が中小企業実務の標準構成です。無計画な面談は、そのまま「執拗な追及」と評価されるリスクを内包します。

ステップ4:1回目の面談は「打診」と「持ち帰り」で終える

初回面談で結論を迫ることは絶対に避けてください。「会社としてはこう考えている」「一度、ご家族とも相談してもらって構わない」と持ち帰りの時間を明示的に提示する——これが任意性の証拠として最も強く働きます。

ステップ5:条件提示(退職金上乗せ・有給消化・離職票区分)

2回目以降で具体条件を提示します。退職金の上乗せ・有給の完全消化・離職票の区分(会社都合/自己都合)を、対象者にとって不利にならない範囲で設計しましょう。「合意退職」を早期に成立させるための投資と捉える視点が重要です。

ステップ6:退職合意書の締結(清算条項を必ず入れる)

合意に至ったら退職合意書を締結します。「本合意書に定めるほか、当事者間には何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する」という清算条項を必ず盛り込んでください。この一文の有無が、退職後の追加請求リスクを分けます。

ステップ7:残業代・未払金の同時精算と社内公表の整理

退職合意と同時に、未払残業代・立替経費・貸与物返還などを一括精算します。社内への公表は本人と合意した内容・タイミングで行い、「一身上の都合」以外の情報を勝手に流布しないことも合意書に明記しておくと安全です。

面談実務|違法リスクを回避するトーク設計と禁句集

面談の場で違法と判定されるかどうかは、発言の中身と反復の有無で決まります。「相手が萎縮したかどうか」ではなく「客観的に社会通念上相当と言えるか」が基準です。ここでは、経営者や面談担当者が現場で使える言い換え表現と、絶対に口にしてはいけない禁句を整理します。

越水はるか弁護士の動画「無理な退職勧奨は訴訟リスク大」および「やってはいけない企業の間違った退職勧奨3選」(中小企業法務チャンネル)でも、経営者が実際に口にして敗訴に至った発言例が具体的に紹介されています。録音される前提での話法設計は、もはや実務のスタンダードです。

面談トーク設計|使ってよい表現 vs 絶対NGな禁句
カテゴリ ○ 使ってよい表現 × 絶対NGな禁句
切り出し 「今後のキャリアを一緒に考えたい」 「辞めてもらいたい話がある」結論の直球提示は威圧と評価されやすい
理由説明 「会社としては別の道が双方にとってよいと考えている」 「役立たず」「使えない」「迷惑」人格否定は慰謝料の根拠に直結
条件提示 「退職金の上乗せと有給消化を含めて条件を整えたい」 「拒否したら解雇する」不利益示唆で任意性を破壊
拒否対応 「今日結論は不要。持ち帰ってご家族とも相談してほしい」 「明日から来なくていい」「居場所はない」即時排除の表現は退職強要と評価される

面談の冒頭で必ず告げる3つの前置き(強要否認・任意性・持ち帰りOK)

面談の冒頭では、次の3点を必ず口頭で告げます。「本日のお話は退職を強要するものではありません」「応じるかどうかはあなたの自由です」「本日結論を出す必要はなく、持ち帰って検討していただいて構いません」。この「任意性の宣言」を明示的に行うだけで、後日の司法評価は大きく変わります。

使ってよい言い回し/絶対NGの禁句リスト

「あなたの今後のキャリアを一緒に考えたい」「会社としては別の道を歩んでもらうのがお互いにとってよいと考えている」といった会社側の意思を淡々と伝える表現は使って問題ありません。一方、「役立たず」「クビにする」「明日から来なくていい」「ここにいても居場所はない」は例外なく禁句です。感情が乗った表現は、そのまま慰謝料の根拠になります。

録音される前提のトーク設計(相手が録音する権利は妨げられない)

対象者側が面談を無断録音するケースは近年急増しています。判例上、自己の権利保護目的での録音は原則適法とされており、会社側が録音を止めさせる法的根拠はありません。「録音されて困る発言をしなければ不利にはならない」のが結論です。話法そのものを整えるほうが、はるかに現実的な対処になります。

対象者が「弁護士を入れる」と言った瞬間の対応

対象者が「弁護士に相談したい」「代理人を立てたい」と申し出た時点で、以降のやりとりは代理人経由に切り替えるのが安全です。本人と直接交渉を続けようとする行為は、任意性侵害の材料になり得ます。会社側も速やかに顧問弁護士を立て、書面ベースで交渉を進める体制に切り替えましょう。

中小企業が陥りがちな失敗事例と回避策

大企業は法務部・社労士・顧問弁護士のトリプルチェックで違法リスクを吸収します。しかし中小企業では「社長が単独判断→社長が単独面談」で走り出しがちです。ここに失敗の芽があります。「社長の熱意」がそのまま「圧迫の証拠」になる——これが中小企業ならではの構造的落とし穴です。

経営者インタビューを重ねてきた編集部の視点から、実際に労働審判・訴訟に発展した中小企業の典型パターンを、経営者が事前に潰しておくべき「制度側の欠陥」として整理します。

中小企業の退職勧奨リスク|経営者関与度 × 制度整備度
経営者関与度(単独→複数)
社長単独 × 制度未整備
典型: 社長が感情で切り出し、記録も評価もない
回避策: 面談前に注意指導記録を作成し、社労士に同席依頼
複数関与 × 制度整備済
典型: 人事同席・就業規則整備・PIP実施済
回避策: 現状維持のうえ7ステップを標準運用化
社長単独 × 制度未整備 かつ 感情面談
典型: 「私は裏切られた」等の主観発言で追及
回避策: 即座に第三者同席へ切り替え、面談を延期
複数関与 × 制度未整備
典型: 同席はあるが客観的な理由書がない
回避策: 就業規則・評価制度の緊急整備を先行
制度未整備
制度整備済

社長が単独で面談してしまうリスク(発言の主観化)

社長が単独で面談すると、発言が主観化しやすくなります。「私はあなたに期待していた」「私は裏切られた思いだ」といった一人称の感情表出が、面談を「経営判断」から「個人的怨恨」の色合いに変えてしまうのです。必ず総務・人事の第三者を同席させ、会話を客観化してください。

就業規則・評価制度が整っていない状態で勧奨に踏み切る

就業規則と評価制度が整備されていない状態での退職勧奨は、対象者から「客観的な理由が示されていない」と反論される余地を残します。パフォーマンス不足を理由にする場合、注意指導・改善指導・PIP(業績改善計画)のプロセスを踏んでいた記録が必要です。制度整備は「勧奨を切り出す前」に済ませておくべき前提条件といえます。

解雇予告手当を出せば済むと誤解する

「30日分の解雇予告手当を払えば自由に辞めさせられる」は完全な誤解です。解雇予告手当は解雇通告の手続要件であって、解雇の有効性とは別問題です。手当を払っても「客観的合理性+社会通念上の相当性」を欠く解雇は無効となり、復職+バックペイのリスクは残ります。

「合意退職なのに助成金対象外」で採用が止まる連鎖

退職勧奨で退職した場合、離職票の区分は「会社都合」相当となる場合が多く、事業主都合の離職が発生するとキャリアアップ助成金など一部助成金の受給要件を満たさなくなる期間が発生します。「1人辞めさせるために、次の採用が助成金なしになる」という連鎖を事前に試算しておきましょう。

退職勧奨に応じない社員への次の一手

退職勧奨は「拒否されたら終わり」の一発勝負ではありません。ただし、拒否後の続行はそのまま「退職強要」への直行ルートでもあります。ここで判断を誤ると、それまで踏んだ7ステップが水の泡になります。

弁護士 飛渡貴之氏「退職勧奨に社員が応じない場合は?」やリーガレット「能力不足を理由に退職勧奨」(動画)では、応じない社員に対する会社側の実務対応と、対象者側の対処法が両面から解説されています。応じない社員に対する「一定期間を空けての再打診」「配置転換」「解雇へ切り替える場合の要件」を段階的に整理しましょう。

1回目拒否後の「クーリング期間」の置き方

1回目の面談で明確に拒否された場合、最低でも1〜2週間のクーリング期間を置くのが実務標準です。この期間中は業務指示以外の接触を避け、対象者側に「圧をかけていない」という事実を積み上げます。

配置転換・職務変更で再挑戦する場合の注意

拒否後、就業規則に基づく配置転換で状況を変える選択肢もあります。ただし配置転換が実質的な「追い出し部屋」的な運用と評価されると、それ自体が違法な退職強要と判定されるリスクがあります。職務内容・処遇条件・通勤負担のいずれも合理性を確保してください。

普通解雇に切り替える場合の合理性・相当性要件

退職勧奨の拒否そのものを理由に解雇することは違法性が極めて高い対応です。解雇に切り替える場合は、勧奨とは切り離した客観的合理性と社会通念上の相当性を別立てで立証する必要があります。注意指導・改善指導・PIPの記録がここで生きてきます。

退職合意に至らない場合の労使トラブル予防策

合意に至らない場合、労働審判・訴訟に発展する可能性が現実味を帯びてきます。この段階では顧問弁護士を早期に巻き込み、労使双方が納得しやすい和解ラインを模索するのが賢明です。「勝つ訴訟」より「早く終わる和解」のほうが、経営全体の損失を抑えられるケースが多くあります。

経営者が「損失を最小化する」意思決定の視点

退職勧奨は「揉めても勝てばよい」問題ではありません。訴訟に勝っても、社内の空気・採用ブランド・既存社員の心理には確実に傷が残ります。経営者が本当に最適化すべきは「訴訟勝率」ではなく「事後の会社の状態」です。

コントリが経営者インタビューを重ねるなかでも、退職勧奨に踏み切った経営者の多くが「あの1年、会社の空気が凍った」「新しい採用に響いた」と振り返るケースが多くあります。ここでは中小企業経営者が、勧奨に踏み切る前に立てるべき損得判断の枠組みを示します。

退職勧奨に踏み切る前に試算すべき 4つのコスト
訴訟リスクの期待値
数百万円
慰謝料・逸失利益の賠償
上乗せ退職金
給与3〜6ヶ月分
早期合意への投資
社内空気損失
6〜12ヶ月
残る社員の心理的安全性回復期間
採用停止の逸失利益
助成金一部停止
キャリアアップ助成金等の受給要件影響
※ 数値は中小企業の実務相場の目安。訴訟に発展した場合の期待値コストと上乗せ退職金を比較すると、多くの場合、早期合意のほうがはるかに安価に収まります。

退職勧奨は「最終手段」であって「第一手」ではない

退職勧奨に踏み切る前に、注意指導・配置転換・業務改善計画・処遇変更など段階的な選択肢を一通り検討することをおすすめします。「勧奨」を第一手にしてしまうと、後に「他の手段を尽くしていない」ことが、司法評価上も不利に働きます。

上乗せ退職金を「和解コスト」ではなく「早期解決の投資」と捉える

退職金の上乗せを「余計な出費」と捉えると条件提示が渋くなり、面談が長引きます。「早期に合意に至り、訴訟リスクをゼロにするための投資」と捉え直すと、判断がクリアになります。訴訟に発展した場合の期待値コストと比較すれば、多くの場合、上乗せのほうがはるかに安上がりです。

残る社員へのメッセージ設計(同僚が辞めた後の空気を経営する)

同僚が退職した後、残る社員は必ず「自分もそうなるのでは」と考えます。ここで経営者が沈黙すると、社内の心理的安全性が一気に低下します。「今回の件は個別の判断であり、皆さんの評価とは無関係である」というメッセージを、公式な場で誠実に発信する——これも経営者の重要な仕事です。

外部専門家(弁護士・社労士)を早期に巻き込む判断基準

「勧奨を検討し始めた段階」で、顧問弁護士・社労士に相談することをおすすめします。面談を始めてからの相談では、すでに違法リスクが積み上がっているケースが少なくありません。面談設計の段階から専門家を関与させることが、結果として最も安価な違法リスク回避策になります。

よくある質問

退職勧奨と退職強要はどこで線引きされますか?

「本人の自由意思を侵害したか」で線引きされます。判例上は、面談の回数・1回あたりの時間・発言内容・拒否後の続行の有無が総合的に評価され、社会通念上相当と言える範囲を超えると違法な退職強要と判断されます。「1回2時間超・週複数回・拒否後も継続」の組み合わせは、司法評価上きわめて危険な水準です。

退職勧奨の面談は何回までなら安全ですか?

回数の上限を絶対値で定めた法律はありませんが、実務上は「拒否の意思が明確になった後の続行」は違法リスクが高いとされます。1回目で打診・持ち帰り、2回目で条件提示、3回目で結論確認、が中小企業の実務では現実的な上限目安です。それ以上を望む場合は、必ず弁護士に事前相談してください。

面談を録音されたら会社は不利になりますか?

「録音されて困る発言をしなければ不利にはならない」というのが結論です。近年は対象者側が無断録音するケースが標準化しており、判例上、自己の権利保護目的での録音は原則適法とされています。録音される前提で話法を設計するのが実務のスタンダードです。

退職勧奨を拒否した社員を解雇することはできますか?

退職勧奨の拒否そのものを理由に解雇することは違法性が非常に高く、不当解雇として無効になるリスクが大きい対応です。解雇に切り替える場合は、勧奨とは切り離した客観的・合理的な理由と社会通念上の相当性を、別立てで組み立てる必要があります。注意指導・改善指導のプロセスを踏んでいた記録が不可欠です。

妊娠中・育休中の社員に退職勧奨してもよいですか?

男女雇用機会均等法・育児介護休業法により、妊娠・出産・育休を理由とする不利益取扱いは明確に禁止されています。事実上その時期に重なる勧奨は違法性を強く推定される類型のため、原則として避け、どうしても必要な場合は必ず弁護士に事前相談してください。

編集部からのメッセージ

退職勧奨に関するご相談を、私たちは経営者インタビューの現場でも多く伺ってきました。多くの経営者の方が「本当は解雇はしたくない」「でも、このまま一緒に働くのは会社のためにならない」という葛藤の中で苦しんでおられます。

大切なのは、法律を守ることそのものではなく、「会社と辞めていく方、双方の未来を守る形で合意に至ること」だと、私たちは考えています。7ステップの手順や禁句集は、そのための土台です。ぜひ、勧奨に踏み切る前に、本記事の内容を面談担当者と共有していただけたらと思います。

外部の専門家に頼ることも、経営者の勇気です。「早期に相談する」という一歩が、会社とご自身、そして辞めていく社員の未来を守る最善の判断につながるはずです。

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飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

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