
「福祉だから買って」とは言わない。北海道のパティスリーが貫く“作り手のプライド”
「もし自分が作り手だったら、付き合いや情けで買ってもらいたくない。それでは、自分のプライドは積み上がらないから」——。
穏やかな口調で、しかし一言ずつ確かめるようにそう語るのは、株式会社ジューヴル代表取締役の池添幸子さんです。三重県に生まれ、精神保健福祉士として福祉の世界を歩んだのち、2017年に北海道・岩見沢で創業。就労継続支援B型を基盤に、グルテンフリーの菓子ブランド「patisserie soraka(パティスリー ソラカ)」を営み、障がいのある方を含む約20名とともにお菓子をつくっています。
「社会貢献だから応援してください」ではなく、「おいしいから選ばれたい」。その一見あたり前で、しかし福祉の現場ではめずらしいこだわりは、いったいどこから来ているのでしょうか。池添さんの原体験にさかのぼりながら、その哲学に迫ります。
「作るだけ」では続かない——人が伸びていく瞬間に惹かれて
料理好きの母のもとで育ち、子どもの頃から実家でお菓子や料理をつくるのが好きだったという池添さん。けれど、「お菓子屋さんをやりたい」という気持ちとは、少し違うところに立っています。
「じゃあ自分でお菓子屋さんをやるかと言われたら、絶対にやらないです」。少し笑いながら、池添さんは即座にそう答えました。「作るだけだと、私は飽きてしまうんですよね。続けられない」。
心を動かされるのは、別のところにあります。障がいのある利用者と一緒につくり、その人が技術を上げていく過程を見ること。最初に勤めた福祉の現場でも、利用者の代わりにお菓子を仕上げながら「私の仕事は、ここじゃないよな」と感じていたと振り返ります。
「人が伸びていく瞬間を見るのが、めちゃくちゃ楽しいんです。こっちだな、と思った」。お菓子はあくまで手段で、その先にいる「人」を見ている——池添さんの立ち位置は、この一点にはっきりと表れています。

軽んじられる悔しさが原点——「自分の言うことは、信用してもらえない」
なぜ、そこまで「障がいのある人が力を発揮すること」にこだわるのか。その問いは、池添さん自身の生い立ちへとつながっていきました。
父親は、昭和を生きてきた九州男児で、その存在感は絶大でした。家庭の中で母の思いがなかなか通らない——そんな様子を見て育つうちに、「女や子どもの言うことは当てにされないのかもしれない」という感覚が、池添さんの中に少しずつ芽生えていきます。思春期に近づくほど、自分の無力さを感じると同時に、「だからこそ自分の力で立ちたい」という自立心が強くなっていったといいます。
その記憶が、福祉の道に進んでから、ある悔しさと重なりました。同業者が集まる研修で、「障害があるから、こんな仕事はさせられない」「無理だよね」という言葉を何度も耳にしたのです。
「でも、実際に目の前の障がいのある方と関わって感じていることは、逆でした」。先入観で決めつけられ、どうせできないだろうと片づけられる——かつて自分が味わった悔しさと、それはまっすぐにつながっていました。
高知で雷に打たれた日——「環境さえ整えば、彼らはパティシエになれる」
決めつけへの違和感を、確信に変えた出来事があります。岩見沢のNPOに勤めていた約15年前、障害福祉施設の先進地視察で訪れた高知でのことでした。
そこでは、障がいのある人たちが、ケーキバイキングの店も、土佐茶の専門店も、日本酒バルも運営していました。おしゃれな店で、みんなが生き生きと働き、一流のケーキがきれいに並んでいる。「そんな世界が用意されているなんて、想像もしていなかったんです」。
視察先の担当者にかけられた言葉を、池添さんは今も覚えています。「きちんと環境や道具を整えてあげれば、彼らだって十分にパティシエの仕事ができるんですよ」。まさに、雷に打たれたような気持ちでした。
「これだ」と持ち帰った学びは、起業というかたちで実を結びます。数年後には、パティシエを目指す専門学校生や高校生が「実習させてほしい」と訪ねてくるようになりました。「福祉施設にパティシエが実習に来るなんて。施設としてではなく、お菓子屋さんとして認めてもらえたということですよね」と、嬉しそうに微笑みます。
ナイフで切っても、機械で切っても——仕事の価値は同じだから、同じ時給
高知で池添さんが受け取ったのは、精神論ではなく、きわめて実務的な知恵でした。「環境を整える」とは、具体的には「機械化」だといいます。
たとえば、ホールケーキをまっすぐ切るのは、素人にはとても難しい作業です。けれど、カットする機械を入れれば、誰でもきれいに切れる。あまりに難しい工程を機械に任せ、それ以外を人が担えるようにする。「誰でもできるものを用意することで、障がいのある人が稼ぐチャンスが生まれるんです」。
このとき教わった考え方が、池添さんの根っこに残っています。ナイフできれいに切るパティシエの仕事と、機械でカットする人の仕事。どちらの価値が高いのか——。
「同じ製品ができあがっているんだから、仕事の価値は同じですよね。だから、同じ時給を払うんですよ、と言われて」。ある店では、グラス磨きをずっと続ける障がいのあるスタッフがいたそうです。「それしかできないからダメ、ではなく、それができるという価値を見いだす。その人なりのできることは、絶対にあるんです」。障がいの有無を超えて、「誰もが担える仕組みをつくる」という組織論として、その言葉は響きます。
「情けで買われたら、プライドは積み上がらない」——福祉で売らない理由
だからこそ池添さんは、「福祉だから買ってください」とは決して言いません。もし自分が作り手なら、付き合いや情けで買われたくない。それでは誇りが積み上がらないから——この言葉は、池添さん自身を主語にした、徹底した「自分ごと」から生まれています。
「ただのお菓子屋さんでは、ありふれていて競合には勝てない」。そう考えた池添さんは、創業時にアレルギー対応・グルテンフリーという軸を定めました。この地域が米の産地であることも味方し、米粉のエクレアは看板商品へと育っていきます。
そのこだわりは、OEM(他社ブランド商品の製造受託)との向き合い方にも表れます。判断の軸は、「ソラカの技術が生きるかどうか」。グルテンフリーをはじめ、自社の技術を必要としてくれる依頼なら、難しい課題でも進んで引き受けます。目先の利益は大きくなくても、やり切った先に技術という財産が社内に残るからです。一方で、技術と関わりのない、ただ量産のためだけの受託は引き受けません。「そこに寄っていくと、『グルテンフリーのお菓子といえばソラカ』と言ってもらえる未来が、遠のいてしまう気がして」。
とりわけ、地元・岩見沢の観光を盛り上げるための菓子づくりには、心から協力したいと考えています。小ロットの相談でも、この街の魅力を広げる一助になるならと、前向きに引き受けます。「ただの儲けや販路拡大ではなく、社内にどんな財産が残るか。そういう基準で仕事を選んでいます」。

一人では、もう船は漕げない——創業社長が“任せる経営”へ
ここまで聞くと、迷いなく突き進む経営者像を思い描くかもしれません。けれど池添さんは、この3年間の苦悩を、包み隠さず打ち明けてくれました。
店を移転・拡大したことで、従業員が増え、創業の想いを知る人は減っていきました。設備投資がふくらみ、財務状態が悪化し、「お金がどうなるだろう」と眠れない時期もあったといいます。人の入れ替わりも激しく、そのたびにダメージを受けました。
そんな中で、別の経営者の講演で聞いた「くれない族」という言葉が、胸に刺さります。「従業員がこれをして『くれない』、あれをして『くれない』、と。自分の頭の中にも、それが蔓延していたんだと気づいたんです」。自分中心で考えているときが、いちばんよくない影響を与えている——プライドが高く、人の顔色を気にしてダメと言えない自分の弱さも、まっすぐに見つめます。
昨年は、ビジョンを学ぶ経営者の勉強会で一年かけて理念と向き合いました。勇気を出して会社の方向性を打ち出したとき、「ついていけない」と辞めた人もいたといいます。人が去っていく現実は重く、「自分のやり方が間違っていたのだろうか」と、答えの出ない問いを何度も抱え込みました。すぐに割り切れたわけではありません。それでも時間をかけて、池添さんはこの出来事を前向きに捉え直していきます。「理念やビジョンに100%納得していなくても、『この船に乗って、一緒に進んでみよう』と思ってくれる人が残ってくれる。そういう会社でありたいし、残ってくれた人たちを何より大切にしなきゃいけない——そう思えたんです」。去っていった人を否定するのではなく、いまここにいてくれる仲間に目を向ける。そう捉え直せたとき、辛い出来事は前に進む力に変わりました。「だから毎朝、どんなにきつい日でも、自分から明るく挨拶することを『決めて』続けているんです」。
いまは、これまでほぼ一人で担ってきた商品開発を、シェフや製造・営業の社員を交えた四人のチームへと少しずつ移しています。「現場のスタッフが発案したものが売れていく姿を、見せてあげたい」。利用者支援についても同じです。利用者一人ひとりの変化や挑戦を、いちばんそばで見て、その喜びを感じ取ってほしい——それこそがこの仕事のやりがいだからこそ、現場とその管理を、少しずつ仲間へ委ねていきたいと考えています。「これまで一緒に歩んできた仲間のおかげで、船はどんどん大きく、重たくなりました。もう私ひとりの力で漕ぎ切れるものではありません。だからこそ、船を漕ぐやりがいを独り占めしたくないんです。同じ手ごたえを、みんなにも味わってほしい。一緒に漕いでいけたら、と思っています」。

利用者ではなく、仲間になりたい——10年後に描く「脱福祉」
池添さんが見つめる先には、「脱福祉」という言葉があります。福祉制度の利用契約ではなく、雇用契約で障がいのある人が働ける企業へ。本州にはすでに、施設を返上して企業として障がい者雇用を実現している先行例もあると知り、「他でできるなら、うちでもできるはず」と背中を押されました。
その根っこにある願いを、池添さんはやや照れながら、けれどはっきりと言葉にしてくれました。「利用者さんじゃなくて、一緒に働く仲間になりたいんです」。なぜですか、とあえて尋ねると、少し笑ってこう返ってきました。「好きだから、ですかね。みんなのことが」。
仲間になれば、支援者と利用者という関係から、対等な同僚へと変わっていく。人としてのプライドを得て、自分の足で人生を送れるようになる——。目標に掲げるのは、およそ10年という射程です。ブランドを確かなものにするために札幌や東京への出店も見据え、自分の影響が及ぶ範囲を少しずつ狭めながら、次のリーダーを育てていきたいと語ります。
「この会社がどこへ進むのかを、リアルな形に整えて、自信を持って語ること。そうすれば、一緒にやりたいと思ってくれる人が、きっと集まってくるはずですから」。大学での講義に立つのも、いつか思いを握りしめて訪ねてくる誰かとの、ご縁の種をまくためだといいます。
コントリより
今回のインタビューを通じて、何度も浮かび上がってきたキーワードは「居場所」でした。仕事も進学も決まらず途方に暮れていた池添さんを、かつて福祉のNPOが拾い上げてくれた。「社会に必要とされている」と感じられたあの安堵が、いま、障がいのある人やスタッフの居場所づくりへとまっすぐつながっています。
決めつけられた悔しさを知る人だからこそ、他者に誇りと居場所を手渡せる。数字や理念に厳しく向き合いながらも、「みんなのことが好きだから」と照れるその姿に、私たちは強く心を動かされました。弱さも迷いも隠さずさらけ出す誠実さは、そのまま「会ってみたい」と思わせる魅力になっています。岩見沢の店先や催事の場で、ぜひ一度、池添さんとその手がけるお菓子に会いに行ってみてください。
プロフィール
株式会社ジューヴル
代表取締役
池添 幸子(いけぞえ さちこ)
1980年、三重県生まれ。人の心の奥深さに惹かれ、北海道医療大学へ進んで精神保健福祉士の資格を取得する。札幌・岩見沢のNPOで障がい福祉に従事し、利用者の工賃向上に取り組むなかで「障がいのある人の経済的自立は、雇われる立場では実現できない」と痛感。2017年、北海道岩見沢市で株式会社ジューヴルを創業する。就労継続支援B型を基盤としたグルテンフリー菓子ブランド「patisserie soraka」と、共同生活援助(グループホーム)を運営し、障がいのある人が「当たり前の自立」とプライドを得られる環境づくりに挑む。思い立ったが吉日の実行派。座右の銘は「3倍努力」。愛読書は稲盛和夫『心』。休日は産直売り場で野菜を選ぶのが楽しみ。
ギャラリー






会社概要
| 会社名 | 株式会社ジューヴル |
| 設立 | 2017年2月 |
| 資本金 | 160万円 |
| 本社所在地 | 〒068-0026 北海道岩見沢市6条西1丁目4番地3 |
| 店舗 | patisserie soraka(パティスリー そらか)/北海道岩見沢市5条東8丁目1-91 ヤマシチ5・8スクエア1F |
| 従業員数 | 18名(7年1月現在) |
| 事業内容 | ①就労継続支援B型「patisserie soraka」の運営(グルテンフリー菓子の製造・販売)②共同生活援助(グループホーム)の運営 |
| コーポレートサイト | https://jouvre-inc.com/ |
| オンラインショップ | https://soraka.shop/ |

