コラム

中小企業の経営者・ビジネスパーソンに向けたコラム記事をまとめています。経営戦略やビジネスモデル、人材・組織づくり、マーケティング、財務、法務など、日々の意思決定に役立つ実践的な知見と、経営者自身の言葉による気づきをお届けします。

スティーブ・ジョブズの経営哲学|中小企業経営者が今日から実践できる10の教え

スティーブ・ジョブズの経営哲学|中小企業経営者が今日から実践できる10の教え

「サービスを増やしてきたのに、お客様に選んでもらえない」——そんな手応えのなさを感じたことはないでしょうか。

スティーブ・ジョブズが出した答えは、「集中とは、やらないことを決めること」という一点でした。1997年にAppleへ戻ったジョブズは、製品計画の約70%を削った経営者です。「私たちの指」で操作する製品、「私は立場を180度変えた」というメール、「あなたの時間は限られている」という講演。創業と再建の両方を担った経営者は、言葉より先に、絞る順番を決めた人でした。

本稿では、ジョブズの経営哲学を支える4つの思想を紹介します。あわせて、指摘を受けて意見を変えた1995年のメールと、中小企業経営者が今日から実践できる10の行動を順に見ていきます。根拠は本人の講演・メールを収めたアーカイブと、Appleの発表資料です。明日からの事業の絞り込みと組織づくりの一つの軸として、お役立ていただければ幸いです。

スティーブ・ジョブズとはどんな経営者か。「Appleを二度つくった創業者」と呼ばれる理由

スティーブ・ジョブズは1976年にApple Computerを共同設立し、1985年に同社を離れました。その後、NeXTとPixarを経て、1996年末にAppleへ復帰した経営者です。復帰時のAppleは、本人の言葉で「倒産まで約90日」という状況でした。そこから製品を絞り込み、iMac・iPod・iPhoneへつないでいったのです。創業と再建の両方を、一人の経営者が担った点が、他の名経営者との違いです。

年出来事年齢
1955年米国カリフォルニア州で誕生。生後まもなく養子となる0歳
1976年4月、ウォズニアックとApple Computerを共同設立21歳
1977年1月に法人化。4月にApple IIを発表22歳
1984年1月、Macintoshを発売28歳
1985年9月、Appleを退社。その後NeXTを設立30歳
1986年1月、Pixarの過半数株主になる30歳
1995年11月、『トイ・ストーリー』公開。Pixarが株式公開40歳
1996年12月、AppleがNeXTを買収。特別顧問として復帰41歳
1997年暫定CEOに就任。9月、「Think Different」を開始42歳
1998年8月、iMacを発表。10月、1995年以来初の黒字年に43歳
2001年5月、初のApple Store開業。10月、iPodを発表46歳
2005年6月、スタンフォード大学卒業式で講演50歳
2007年1月、iPhoneを発表51歳
2011年8月にCEOを辞任。10月5日、逝去56歳

筆者がこの略年表を眺めて目を引かれるのは、30歳の退社から41歳の復帰までの11年です。創業者が自分の会社を離れ、別の会社を二つ育ててから戻ってきた11年でした。まずは、ガレージでの創業から解雇までを見ていきましょう。

ガレージでの創業から、30歳での解雇、NeXTとPixarへ

ジョブズは1955年、米国カリフォルニア州に生まれました。2005年のスタンフォード大学卒業式講演で、本人は生後まもなく養子に出された経緯を語っています。大学は半年で中退。その後も聴講生として授業に通ったそうです。このときに受けたカリグラフィ(西洋の書道)の授業が、10年後のMacintoshの字体設計に生きたと振り返っています。

1976年4月、ジョブズはスティーブ・ウォズニアックとApple Computerを設立しました。本人は講演で「両親のガレージで始めた」と語っています。アーカイブの回想によれば、二人は高価で買えないコンピュータを自作しようとして、最初の製品を作ったのだとか。資金は、ウォズニアックが電卓を、ジョブズが自分のマイクロバスを売ってつくったと記されています(出典:Steve Jobs Archive「Make Something Wonderful:Steve on Launching Apple」2026年10月確認)。

会社は10年で、2人から従業員4,000人超・売上20億ドルの規模に育ちました。ところが1985年9月、ジョブズは30歳で自分の会社を離れます。当時のCEOとの対立に敗れた結果でした。その後NeXTを設立し、1986年1月にはPixarの過半数株主に。1995年11月に『トイ・ストーリー』が公開され、Pixarは株式を公開するに至ります。

倒産まで90日のAppleに戻り、製品を絞って立て直した生涯

1996年12月、AppleはNeXTを4億2,700万ドルで買収し、ジョブズは特別顧問として戻りました。2003年の回想によれば、当初は暫定CEOを90日の予定で引き受けたものの、約1年に及んだといいます。倒産まで約90日という会社を、製品を絞ることから立て直したのが、復帰後の最初の仕事でした。

1998年8月にiMacを発表し、同年10月には1995年以来初の黒字年を迎えました。2000年1月に正式なCEOに就任。2001年にはApple StoreとiPod、2007年にはiPhoneを世に出しています。2011年8月にCEOを辞任し、同年10月5日に56歳で逝去しました。なお、本稿が根拠とするのは本人の講演・メールと企業の発表資料です。従業員側の独立した証言は含まれていないため、当時の社内の受け止めについては断定を避けています。

スティーブ・ジョブズの生涯 主要な出来事 創業・退社・再建 ― 「Appleを二度つくった」歩み
1955年米国カリフォルニア州で誕生0歳
1976年4月、ウォズニアックとApple Computerを設立21歳
1984年1月、Macintoshを発売28歳
1985年退社
9月、Appleを退社。その後NeXTを設立30歳
1986年1月、Pixarの過半数株主になる30歳
1995年11月、『トイ・ストーリー』公開。Pixarが株式公開40歳
1996年復帰
12月、AppleがNeXTを買収。特別顧問として復帰41歳
1998年8月、iMacを発表。10月、1995年以来初の黒字年に43歳
2001年10月、iPodを発表46歳
2007年1月、iPhoneを発表51歳
2011年8月にCEOを辞任。10月5日、逝去56歳
※出典:Steve Jobs Archive『Make Something Wonderful』「Key Events」(2026年10月確認)をもとにコントリ編集部が作成

「集中が足りない」―ジョブズ哲学の原点は、やらないことを決める力

ジョブズの経営哲学の原点は「集中」にあります。1997年9月の社員向け講演で、復帰後に見た製品計画を「あまりに多すぎて、集中が足りない」と評しました。製品ロードマップの約70%を削り、残りの30%に資源を集めたという説明です。自分でも製品ラインが分からず、顧客に聞いても同じだったこと。それが、絞り込みの出発点でした。

コントリ編集部は、経営者インタビューを重ねるなかで、サービスの数が年々増えている会社に何度もお会いしてきました。「お客様の要望に応えるうちに増えた」と語る方は少なくありません。そのお気持ちは、よく分かります。しかし、孫正義の経営哲学でも触れたとおり、資源を一点に集める決断は、増やす決断よりも難しいものです。ジョブズはその難しい側の決断を、復帰後の最初の数か月で下しました。

1997年9月、製品計画の約70%を削った社員向け講演

1997年9月23日、ジョブズはAppleの社員の前で、復帰後に見た製品計画について語りました。アーカイブに収められた講演で、本人は次のように述べています。

「A lot of this doesn’t make sense, and it’s way too much stuff, and there’s not enough focus.」。訳すと、「この大半は筋が通っていない。あまりに多すぎて、集中が足りない」という意味です(出典:Steve Jobs Archive「Make Something Wonderful:Speech to Apple Employees (1997)」2026年10月確認)。

同じ講演でジョブズは、ロードマップの約70%を削ったと説明しました。残る30%を「宝石」と呼び、そこに開発資源を集めるという宣言です。ここで学べるのは、集中とは、何に取り組むかより、何をやめるかを決めることだという原則です。売上が小さいという理由だけで削ったのではなく、顧客が理解できない構成を直すために削った点に、この決断の特徴があります。

「自分でも製品ラインが分からなかった」―顧客の選びやすさから見直す

講演には、もう一つ印象的な一節が残されています。「I couldn’t even figure out the damn product line after a few weeks.」。数週間たっても、自分でさえ製品ラインを理解できなかった、という告白です。顧客に尋ねても、同じように理解されていなかったと続けています。社内の制作能力ではなく、顧客の選びやすさから製品構成を見直す。それがジョブズの出発点でした。

中小企業のサービス一覧も、同じ構造の中にあります。たとえばコントリであれば、取材・執筆・サイト運用といったメニューを、社内の都合で並べがちです。初めて見る経営者が、自分に合う入口を選べるか。その問いから一覧を並べ直すと、残すものと統合するものが見えてきます。ただし、売上の小ささだけを理由に削るのは早計です。将来性、顧客との約束、維持にかかる工数も一緒に確認したうえで判断するのが、ジョブズの絞り込みから学ぶ順序です。

1997年の「集中」の決断 増やしてきた製品計画と、集中した製品計画
Before:増やしてきた製品計画
製品が多すぎて、筋の通らない計画になっている 数週間たっても、自分でも製品ラインが分からない 顧客に聞いても、同じように理解されていない 製造・流通の経路に在庫が積み上がる
After:集中した製品計画
ロードマップの約70%を削る 残り30%の「宝石」に開発資源を集める 顧客が選びやすい構成に組み直す 在庫を減らし、顧客の声に速く応える
中小企業に置き換えると
サービス一覧を社内の都合で並べる。初めて見る人が入口を選べない ▶ 顧客の目的別に並べ直す。将来性・顧客との約束・維持工数も見て残す
※出典:Steve Jobs Archive『Make Something Wonderful』「Speech to Apple Employees (1997)」(2026年10月確認)をもとにコントリ編集部が作成

「私たちの指」―技術ではなく、使い方そのものを変える製品づくり

2007年1月のiPhone発表で、Appleは3つの製品を一台にまとめました。電話、ワイドスクリーンのiPod、そしてインターネット通信端末です。ジョブズは発表資料で「私たちは生まれながらに究極のポインティングデバイスを持っている。私たちの指だ」と語りました。機能を増やすのではなく、使い方の入口を変えることが、ジョブズの製品観の核にあります。

2007年、3つの製品を一台にまとめたiPhoneの発表

2007年1月9日、Appleはサンフランシスコで開かれたMacworldでiPhoneを発表しました。発表資料は、3つの製品を一台にしたと説明しています。革新的な携帯電話、タッチ操作のワイドスクリーンiPod、インターネット通信端末の3つです。ジョブズの言葉として、次の一文が記されています。

「We are all born with the ultimate pointing device—our fingers—and iPhone uses them to create the most revolutionary user interface since the mouse.」(出典:Apple Newsroom「Apple Reinvents the Phone with iPhone」2007年1月9日・2026年10月確認)。

発表資料には、留守番電話を一覧から選んで聞ける機能の記載もありました。聞きたいメッセージだけを画面で選んで再生する、という設計です。米国では2007年6月に発売され、価格は4GBモデルが499ドル、8GBモデルが599ドルでした。なお、企業の発表資料は製品の特徴を確認する一次資料ですが、「競合より優れている」という宣伝の文言は、客観的な評価とは分けて読む必要があります。

機能の集合ではなく、依頼から活用までの「体験」を設計する

iPhoneの発表から読み取れるのは、技術の高さを競うのではなく、使い方そのものを変えるという発想です。電話も音楽もネットも、個々の技術はすでに存在していたものです。それを一台にまとめ、操作の入口を指に置いたことで、顧客の行動が変わったのです。

中小企業に置き換えると、サービスを個別に磨くだけでは足りないという視点が生まれます。コントリであれば、取材・執筆・納品をそれぞれ最適化するだけでは足りません。依頼から公開後の活用までを、顧客が迷わず進めるよう設計することになります。問い合わせから納品までを、経営者自身が一度顧客として体験してみる。説明が必要になった箇所を記録する。その記録が、体験を設計し直す材料です。盛田昭夫の経営哲学が「新しい価値は体験できる形で伝える」と説いたのと、向いている方向は同じです。

「使い方の体験」を自社で設計し直す5ステップ iPhoneの「3つを一台に」を、顧客体験の点検手順に置き換える
1
自分で体験する問い合わせから納品までを、経営者自身が顧客として一度たどる
2
迷った箇所を記録する説明が必要になった箇所、判断に迷った箇所をそのまま書き出す
3
一連の流れとして見直す個別のサービスではなく、依頼から活用までを一つの流れとして点検する
4
入口を一つにまとめる依頼・納品・活用の窓口を分けず、顧客が迷わず進める入口に統合する
5
見本で反応を確かめる想定顧客に見本を使ってもらい、反応を記録して次の設計に戻す
※Apple Newsroom「Apple Reinvents the Phone with iPhone」(2007年1月9日・2026年10月確認)をもとに、コントリ編集部が中小企業向けに再構成

【エピソード】1995年、「私は立場を180度変えた」―Intelへのメールに残る意見を変える力

1995年9月、Intelの技術者からPixarの3D描画の知見を求められたジョブズは、まず対価を問いただしました。CEOのアンディ・グローブから「長い目で見れば、こうしたことは釣り合う」と返されます。そして10月1日のメールで「したがって、私は立場を180度変えた」と書き、無償で協力すると伝えました。強い信念の人として語られるジョブズが、指摘を受けて意見を変えた記録です。

対価を問いただした最初の返信と、グローブからの指摘

アーカイブによれば、やり取りの始まりは1995年9月22日です。Intelの技術者が、同社のプロセッサで3Dグラフィックスの性能を大幅に上げる方法を探していたのです。そこでPixarの知見を求めました。翌23日、ジョブズは返信します。Pixarには確かにその知見があるが、それは10年以上の投資で得たものだ、という内容です。そのうえで、開示の対価をIntelに問いただしています。

9月26日、Intel CEOのアンディ・グローブが返信しました。グローブは技術者の側に立ち、ジョブズが突然「金銭」を持ち出したことに異を唱えたのです。自分はこれまでジョブズの助言を商業的な取引ではなく「助け」として受け取ってきたこと。友好的な企業や友人とは、そうするものだと考えていること。そして、次の一文です。

「In the long run, these things balance out.」。長い目で見れば、こうしたことは釣り合う、という指摘でした(出典:Steve Jobs Archive「Make Something Wonderful:Email Exchange Between Steve, Intel CEO Andy Grove, and an Intel Engineer (1995)」2026年10月確認)。

「恩知らずではない」―反証を受け入れて方針を変える姿勢

10月1日、ジョブズは返信しました。自分には多くの欠点があるが、恩知らずではないと書き、グローブの指摘に同意する内容でした。そのうえで「Therefore, I have changed my position 180 degrees」と記しました。したがって、私は立場を180度変えた、という宣言です。続けて、Intelのプロセッサを3D描画で優れたものにするため、無償で協力すると伝えました。Pixarの技術担当者との会議を設定する、という申し出も添えています。

ここから学べるのは、信念と、意見を変える力は両立するということです。ジョブズの強い意志だけを取り出してまねると、学習の側面を落としてしまいます。筆者は、経営者の方への取材を重ねるなかで、方針を変えた理由を社員に語っている会社に出会ってきました。そうした会社では、「社長が変わった」ではなく「状況が変わった」と社員が受け止めているようでした。変更の理由を言語化し、議事録に残す。その習慣があると、方針転換は迷走ではなく学習として社内に伝わります。

中小企業の現場では、一度決めた方針を変えることに、経営者自身がためらうことが少なくありません。「言ったことを変えると、信用を失う」という不安です。しかしジョブズの例が示すのは、その逆です。相手の指摘が正しいと分かったとき、理由とともに立場を変えることが信用を保つ道になります。変えたこと自体より、なぜ変えたかを伝えられるかどうかが問われます。

1995年、「私は立場を180度変えた」までの経緯 Intelとのメール交換(9月22日〜10月1日)
STEP 19月22日Intelの技術者が、3D描画の性能を上げるためPixarの知見を求める
STEP 29月23日ジョブズが、10年以上の投資で得た知見だとして対価を問いただす
STEP 39月26日CEOのグローブが、助言は取引ではなく「助け」だったと指摘する「長い目で見れば、こうしたことは釣り合う」
STEP 410月1日ジョブズが指摘に同意し、無償で協力すると表明する「したがって、私は立場を180度変えた」
中小企業向けの型:方針転換を学習として伝える
指摘を受ける 理由を確認する 変更を決める 理由を議事録に残す
※出典:Steve Jobs Archive『Make Something Wonderful』「Email Exchange Between Steve, Intel CEO Andy Grove, and an Intel Engineer (1995)」(2026年10月確認)。和訳はコントリ編集部

「優れた製品、優れたマーケティング、優れた流通」―再建で打った具体策

1997年の社員向け講演でジョブズが示した再建策は、基本に立ち返ることでした。製品を絞ること、製造と流通の過剰在庫を減らして顧客の声に速く応えること、そして製品の仕様ではなく価値観を伝えること。この3つが、「Think Different」キャンペーンとともに社内へ示されています。

在庫を減らし、顧客の需要に速く応える流通の見直し

同じ1997年の講演で、ジョブズは目標を「優れた製品、優れたマーケティング、優れた流通」という基本に立ち返ることだと述べました。製造と流通の経路に在庫が積み上がり、顧客の需要を先回りで予測せざるを得ない状態が問題だ、と。在庫を減らし、顧客の声に速く応える体制へ切り替えると語りました(出典:Steve Jobs Archive「Make Something Wonderful:Speech to Apple Employees (1997)」2026年10月確認)。

製品の絞り込みと在庫の削減は、別々の施策ではありません。製品が多ければ在庫も分散し、顧客の反応を読みにくくなります。絞るから、速く応えられるという順序です。中小企業に置き換えると、サービスごとに顧客価値と維持工数を見える化する作業にあたります。何をどれだけ抱えているかが見えると、どこで顧客を待たせているかも見えてきます。

仕様ではなく価値観を語る―「Think Different」が示したブランドの軸

講演の後半でジョブズは、マーケティングについて語りました。Nikeの例を挙げ、製品の仕様ではなく価値観を伝えるべきだという主張です。Appleのブランドは製品より価値観で語られるべきだとし、「Here’s to the crazy ones」で始まる広告を社員に披露しました。これが「Think Different」キャンペーンです。アーカイブの年表によれば、キャンペーンの開始は1997年9月でした。

松下幸之助の経営哲学は「物をつくる前に人をつくる」と説きました。ジョブズは、「製品を語る前に価値観を語る」という形でブランドの軸を定めたといえます。どちらも、製品の出来だけで会社の評価は決まらないという点では同じ考えです。中小企業でも、自社が何を大切にしているかを一文で言えるかどうかが、採用や営業の場面で試されます。仕様の一覧より先に、その一文を用意することが、ジョブズの講演から学べる順序です。

1997年の再建で示した3つの基本 優れた製品・優れた流通・優れたマーケティング ― 中小企業の月次点検に置き換える
1
優れた製品 製品ロードマップの約70%を削り、残り30%の「宝石」に開発資源を集める 点検サービスごとに顧客価値と維持工数を見える化する
2
優れた流通 製造・流通の過剰在庫を減らし、顧客の需要に速く応える体制へ切り替える 点検どこで顧客を待たせているかを確認する
3
優れたマーケティング 製品の仕様ではなく価値観を伝える。「Think Different」キャンペーンの軸 点検自社が大切にしていることを一文で言えるか確かめる
※出典:Steve Jobs Archive『Make Something Wonderful』「Speech to Apple Employees (1997)」(2026年10月確認)。点検項目はコントリ編集部の提案

「あなたの時間は限られている」―ジョブズが最後に到達した考え

2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式でジョブズは3つの話をしました。点は後からしかつながらないこと、解雇が最良の出来事だったこと、そして死を意識して選ぶこと。「あなたの時間は限られている。だから、他人の人生を生きて無駄にしてはいけない」という言葉は、経営者が自分の仕事を選ぶ基準として今も引用されています。

カリグラフィの授業がMacintoshの字体につながった「点と点」の話

一つ目の話は、点と点をつなぐことについてでした。大学を中退したジョブズは、聴講生としてカリグラフィの授業を受けます。そのときは実生活に役立つ見込みのない学びでした。しかし10年後、最初のMacintoshを設計するときにその知識が戻ってきたのだそうです。

本人の言葉では「you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.」でした。前を向いて点をつなぐことはできず、振り返ってつなぐことしかできない、という意味です(出典:Stanford News「’You’ve got to find what you love,’ Jobs says」2005年6月・2026年10月確認)。

二つ目は、愛と喪失の話です。30歳で自分の会社を解雇されたことについて、「getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me.」と振り返りました。解雇されたことが、自分に起こり得た最良の出来事だった、という言葉です。成功者の重さから解放され、NeXTとPixarを始められた、と続けたのです。「the only way to do great work is to love what you do.」。偉大な仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することだ、とも語りました。

ここで注意したいのは、これが本人による後からの意味づけだという点です。偶然の学びが、そのまま事業の成果になるという証明ではありません。筆者がこの話から受け取るのは、取材や編集で得た他分野の知識を捨てずに持っておく、という程度の実践です。経営者の方への取材でも、異業種の経験が今の事業の核になっている話を繰り返し伺ってきました。点がつながるかどうかは後から分かる。だからこそ、点を集めておく価値があるという読み方です。

経営者が自分の仕事を選び直す4つの手順 2005年スタンフォード講演の「3つの話」を循環に置き換える
Stay Hungry. Stay Foolish. 講演の結びの言葉。若い頃に読んだ『Whole Earth Catalog』最終号より
▶1点を集める他分野の学びを捨てずに持っておく。カリグラフィの授業が10年後の字体設計に生きた話
▼2仕事を愛せるか確かめる挫折のあとも続けたいか。「解雇が最良の出来事だった」と振り返った話
▲4後から点をつなぐ経験の意味を振り返って言語化する。点は振り返ってしかつながらない
◀3時間の有限性で選ぶ他人の期待だけで決めない。「あなたの時間は限られている」の話
4 → 1 へ戻り、集めた点を次の選択に生かす ※出典:Stanford News「’You’ve got to find what you love,’ Jobs says」(2005年6月)/Steve Jobs Archive収録の同講演(2026年10月確認)。手順への置き換えはコントリ編集部

「ハングリーであれ、愚かであれ」―経営者が自分の仕事を選ぶ基準

三つ目は、死についての話でした。講演の約1年前に膵臓がんと診断され、手術を受けて回復した経緯が語られます。そのうえで「Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life.」と述べました。あなたの時間は限られている、だから他人の人生を生きて無駄にしてはいけない、という言葉です。講演は「Stay Hungry. Stay Foolish.」で締めくくられました。若い頃に読んだ『Whole Earth Catalog』の最終号の裏表紙にあった言葉として、本人が紹介しています。

この講演は、経営者が自分にとって重要な仕事を選ぶ基準として読まれてきたものです。ただし、ここにも留保が要ります。経営者個人の情熱は方向を決める材料になりますが、社員に同じ犠牲を求める根拠にはなりません。自分の人生の選択を大切にせよという話と、組織をどう運営するかという話は別のものです。稲盛和夫の経営哲学が「全従業員の物心両面の幸福」を掲げたことと並べて読むと、その違いがはっきりします。経営者の情熱には、顧客による検証と、働き方の設計を伴わせたいところです。

スティーブ・ジョブズの経営哲学 4つの思想 「時間の有限性」を土台に積み上がる構造
頂点集中=やらないことを決める
第3段技術ではなく、使い方の体験を設計する
第2段信念と、意見を変える力を両立する
土台自分の時間の有限性を意識して仕事を選ぶ
注記経営者個人の情熱は方向を決める材料になる。ただし、社員に同じ犠牲を求める根拠にはしない ※本人の講演・メール(Steve Jobs Archive『Make Something Wonderful』・2026年10月確認)をもとにコントリ編集部が整理

【行動10選】中小企業経営者がジョブズ哲学を今日から実践する方法

「世界企業の天才の話であって、うちのような規模では関係ない」と感じる経営者の方も多くいらっしゃいます。しかし、ジョブズの経営哲学は、革新的な製品を持つ会社だけのものではありません。社員数名規模の中小企業でも、行動レベルに落とし込めます。サービス一覧の整理、依頼から納品までの体験点検、方針変更の理由の共有などです。ここでは、今日から着手できる10の実践に絞って紹介します。

中小企業経営者がジョブズ哲学を実践する行動10選 着手した項目にチェックを入れて使えます(ページを再読み込みすると戻ります)
やらないことを決める
使い方の体験を設計する
意見を変える力と、自分の仕事を選ぶ
※コントリ編集部作成。ジョブズ本人の推奨項目ではなく、本人の講演・メールをもとにした中小企業向けの実践案

やらないことを決める4つの実践

1つ目は、サービス一覧を顧客の目的別に並べ直すことです。1997年のジョブズが「自分でも製品ラインが分からない」と語ったように、初めて見る人が選べるかを確かめます。2つ目は、主力サービスを一つ選び、品質改善の時間を先に確保すること。残した30%に資源を集めたのと同じ順序です。3つ目は、やめる候補を三つ挙げ、顧客への移行支援も決めてから判断することです。売上の小ささだけで削らず、将来性と顧客との約束も確認します。4つ目は、サービスごとに顧客価値と維持工数を見える化しておくこと。在庫を減らして顧客に速く応えた流通の見直しを、自社の工数で再現する実践です。

使い方の体験を設計する3つの実践

5つ目は、問い合わせから納品までを経営者自身が顧客として体験し、説明が必要になった箇所を記録する運用です。iPhoneが3つの製品を一台にまとめたように、個別のサービスではなく一連の流れとして見直します。6つ目は、新しい企画は完成前に見本を作り、想定顧客に使ってもらうこと。創業者が「売れる」と直感することと、顧客が体験して価値を理解することは別の話です。7つ目は、見た目の良さ、理解しやすさ、成果へのつながりを別々に評価する実践です。品質の追求が作り手の自己満足になる境界を、評価軸を分けることで見つけます。

意見を変える力と自分の仕事を選ぶ3つの実践

8つ目は、経営者が方針を変えた判断を社員に共有し、変更の理由を言語化することです。1995年のメールで「立場を180度変えた」理由を書いたように、議事録に理由を残します。9つ目は、取材や編集、異業種の付き合いで得た他分野の知識を月一回持ち寄ること。点は後からしかつながらないからこそ、点を集めておく実践です。10個目は、月末に「続ける仕事・やめる仕事・新しく試す仕事」を一つずつ決めることです。時間の有限性を、月に一度の判断に落とし込みます。

10の実践すべてを一度に始める必要はありません。まずは自社の状況に近いものを1つだけ選び、朝会や営業会議といった既存の場に組み込むところから始めてみてください。第1週に対象業務を一つ選び、第2週に現状と改善仮説を記録する。第3週に範囲を限定して試し、第4週に成果・負荷・継続条件を確認する。この30日の流れにすれば、着手から判断までが一巡します。期間は実践の一例であり、ジョブズ本人の推奨値ではありません。

どの一つから始めるかに迷ったら、「顧客から見える順」で選ぶのが目安です。サービス一覧の並べ直し(1つ目)や、依頼から納品までの体験点検(5つ目)は、顧客に直接触れる実践です。そのぶん、効果が最も早く確かめられます。方針変更の理由の共有(8つ目)や月末の判断(10個目)は、効果が出るまでに時間がかかる代わりに、長く効き続けるものです。短期で確かめられるものと長く効くものを、一つずつ組み合わせる選び方もあるでしょう。

スティーブ・ジョブズをもっと学ぶなら。読書ロードマップと関連する経営者

ジョブズ本人の言葉に触れる最初の一冊は、『Make Something Wonderful』です。Steve Jobs Archiveが公開している編集物です。2005年のスタンフォード講演とあわせて読むと、人生観まで確認できます。盛田昭夫や本田宗一郎など、技術を体験に変えて世界へ出た日本の経営者とも比べてみましょう。ジョブズの「集中」の独自性が、より明確に見えてきます。

まず読むべき『Make Something Wonderful』、次にスタンフォード講演

『Make Something Wonderful』は、本人の発言・メール・講演を集めた編集物です。Steve Jobs ArchiveがWebで無料公開しており、編者はレスリー・バーリン。1976年から2011年までを3部構成で収めた一冊です。1995年のIntelとのメール交換、1997年の社員向け講演、2005年のスタンフォード講演の草稿まで読めます。製品集中と意見変更の箇所から読み始めると、本稿で紹介した哲学の原典に当たれます。編者の解説と本人の言葉は、読むときに分けておくと混同がありません。

次に進むなら、2005年のスタンフォード大学卒業式講演です。書籍ではありませんが、人生観を確認する基本資料になります。大学の報告記事とアーカイブ収録の講演を照合しながら読むと、本人が語った事実と後世の解釈を区別できます。なお、本稿の調査は掲載箇所の確認に基づくもので、伝記や書籍の通読に基づく評価は行っていません。伝記の間で記述に差がある点も、未検証のまま断定しない方針です。

スティーブ・ジョブズを一次資料で学ぶロードマップ 本人の言葉 → 人生観 → 製品観の順にたどる
PhaseA
『Make Something Wonderful』(Steve Jobs Archive・無料公開) 1997年の社員向け講演と、1995年のIntelとのメール交換から読む。製品集中と意見変更の原典 注意編者の解説と、本人の言葉を分けて読む
▼
PhaseB
2005年 スタンフォード大学卒業式講演(全文) 点と点・愛と喪失・死についての3つの話で、人生観を確認する 注意本人による後からの意味づけと、起きた事実を分けて読む
▼
PhaseC
企業の一次資料(2007年 iPhone発表資料など) 製品の特徴と本人の引用を発表資料で確認し、製品観を押さえる 注意「競合より優れている」という宣伝文句と、客観評価を分けて読む
※コントリ編集部作成。本稿の調査は掲載箇所の確認に基づき、伝記・書籍の通読に基づく評価は含まない

盛田昭夫・本田宗一郎と比較するとさらに理解が深まる

ジョブズと盛田昭夫は、ともに技術を「新しい使い方」に変えて世界に売った経営者です。盛田はウォークマンの発表で記者に実機を使ってもらい、歩きながら音楽を聴く場面を見せました。ジョブズはiPhoneで、操作の入口を指に置いたわけです。どちらも、技術の説明より使い方の体験を先に見せた点で重なります。違うのは、ジョブズが「やらないことを決める」集中を、再建の出発点に置いたことです。

本田宗一郎の経営哲学と比べると、技術者としての出発点は似ていても、組織との向き合い方に違いが見えます。本田は藤沢武夫に経営を委ね、自分は技術に集中しました。ジョブズは製品の構成も流通も価値観の伝え方も、自分の判断で絞り込んだ人でした。並べて読むと、創業者がどこまでを自分の仕事と定めるかで、会社の形が変わることが立体的に見えてきます。

編集部として印象に残ったのは、1995年10月1日のメールで「私は立場を180度変えた」と書いた場面です。強い意志の人として語られる経営者が、相手の指摘を理由とともに受け入れ、方針を変えた記録が本人の言葉で残っています。「経営者の経営哲学研究」コーナーでは、今後もこうした一次史料に基づく研究を、他の経営者にも広げていく予定です。

よくある質問

スティーブ・ジョブズの経営哲学を一言で表すと何ですか

「集中とは、やらないことを決めること」に集約されます。1997年の復帰後に製品計画の約70%を削り、残った製品の品質と伝え方に資源を集めたのが代表例です。その集中を支えたのが、使い方そのものを変える製品観と、指摘を受けて意見を変える姿勢です。

「Stay Hungry. Stay Foolish.」とはどういう意味ですか

2005年のスタンフォード大学卒業式講演の結びの言葉です。ジョブズ自身は、若い頃に読んだ『Whole Earth Catalog』最終号の裏表紙にあった言葉として紹介しました。満たされきらず、常識にとらわれずに自分の道を選び続ける、という意味です。本人の経営哲学を要約する言葉として、広く引用されてきました。

社員数名規模の中小企業でもジョブズの経営哲学を実践できますか

実践できます。サービス一覧を顧客の目的別に並べ直す。やめる候補を三つ挙げて移行支援まで決める。問い合わせから納品までを自分で体験して、迷う箇所を記録する。方針を変えた理由を議事録に残す。革新的な製品がなくても、取り入れられる要素は多いものです。

スティーブ・ジョブズの本を読むなら何から始めればいいですか

『Make Something Wonderful』から始める流れが向いています。Steve Jobs Archiveが無料公開している、本人の講演・メール・インタビューを年代順に収めた一冊です。1997年の社員向け講演と1995年のIntelとのメールが、そのまま読めます。あわせて2005年のスタンフォード講演の全文に当たると、人生観まで確認できるでしょう。

ジョブズの強い言動を、そのまま自社でまねてもよいですか

まねる対象は、言動の強さではなく「集中」と「意見を変える力」です。本稿が根拠にした本人のアーカイブには、従業員側の独立した証言は含まれていません。経営者個人の情熱は方向を決める材料になりますが、社員に同じ犠牲を求める根拠にはなりません。顧客による検証と、働き方の設計を伴わせることが前提です。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

関連記事一覧