「ニーズがない場所」で勝負する経営者だけが、価値を売れる──キッコーマン69年史から経営者が受け取れるもの
倫理経営フォーラムで、キッコーマンの茂木修さんの講演を聴いてきました。テーマは「価値創造」。サブタイトルに「利他のこころが、新しい価値を生む」と添えられていました。
聴き終わったあと、自分の手元のノートを見返しながら、いま中小企業の経営をやっている人にこそ届くべき話だと感じたので、コントリ代表という立場から整理して書きとめておきます。
なお、僕自身はこの日の朝、ジャーナリングで「作業を売る経営から、価値を売る経営へ」とノートに書いていました。夜の講演でその一行と完全に重なる体験をしたので、その私的な記録は別途noteに書いています。こちらは経営の話として書きます。
海外に出た理由は、海外ニーズがあったからではなかった
キッコーマンは400年前に創業、1917年に8家合同で野田醤油株式会社が設立されました。そこから多角化と国際化の道を歩み始めた。
茂木さんが語られていたのは、海外に出ようとした当時、社内からさえ疑問の声があった、ということでした。アメリカ人はしょうゆで料理する習慣がない。需要が存在しない場所に、なぜ莫大な投資をするのか、と。
この問いは、いまも中小企業の現場で繰り返し起きている問いだと思うんです。「うちのサービスを必要としていない人に、なぜわざわざ届けるのか」。「とりあえずニーズがある場所だけ攻めれば、効率がいいじゃないか」。
事業を「効率」で測る限り、答えはいつもこちら側になる。ニーズがある場所だけを攻める。
けれどキッコーマンが選んだのは、その逆の道でした。茂木さんは、こう表現されていました。「現地で食べているものに、しょうゆを使えないか、と考えた」。
主語が、しょうゆ側ではなくなっているんです。現地の食卓側に立って、その食卓を観察し、その食卓に寄せていく。All-Purpose Seasoningというポジショニングは、その観察から生まれた発明でした。
「会社・社会・お客様」を69年かけて変える、という単位
茂木さんが講演の中で、印象的に並べて話されていた三つの言葉があります。
会社を変えた。社会を変えた。お客様を変えた。
このスケールに、まずひるんで然るべきだと思うんです。69年という時間軸も、企業一社が動かす範囲を超えている。けれど経営者として受け取るべきは、スケールの大きさそのものではない。
順番なんですよね。
最初に変わったのは、キッコーマンの社内です。海外を「輸出先」ではなく「現地」と呼び直し、現地のニーズに寄せていくマーケティングに、全社が舵を切った。会社が変わったから、現地での提案が変わり、現地の食卓が変わり、結果として「アメリカの食卓にしょうゆが並ぶ社会」が生まれた。
順番は、社会から会社にやってくるのではない。会社から、社会へと、波が出ていくんですよね。
これは経営者にとって、シビアな話だと思っています。市場が変わってから動くのではなく、自社が先に動くから、市場の方が動く。69年かけて動くということは、そういうことなんです。
「企業買収はしていない」と語られた一言の意味
茂木さんが、さらっと言われた一言があります。「キッコーマンは企業買収などはしていない。純粋な事業成長です」と。
これは聴き流せない一言だと思いました。
買収による成長は、別の誰かが時間をかけて積み上げた価値を、お金で先に取りに行く手段です。それ自体が悪いわけではない。けれど、キッコーマンが選ばなかった道、として置かれている事実は、重い。
純粋な事業成長というのは、「現地のニーズに自分が寄せていく」という一つの方法論を、69年間続けたという話なんですよね。短期で結果を出すための魔法は使わなかった。同じ哲学で、ひたすら時間をかけた。
中小企業の経営をやっていると、つい近道を探したくなる瞬間があります。広告で一気に取りにいく、別事業を買って規模を作る、トレンドに寄せて一発当てる。どれも否定するつもりはないけれど、69年続けられる方法論を一つ持っているかどうか、という問いは、経営者として持ち続けたいなと思いました。
アジアの中間所得者層と、コントリの仕事
講演の後半で、茂木さんは「世界は常にダイナミックに変化している」「アジアの中間所得者層が増えている」「アジアの成長を取り込まないと置いていかれる」と語られました。
これも、中小企業の経営者にとって他人事の話ではない、と感じています。
コントリが運営している経営者インタビューメディアは、いま日本国内の中小企業経営者の想いを届ける仕事をしています。けれど、アジアの中間所得者層が増えるということは、現地に立ち上がる中小企業の経営者も、同じ時期に同じスピードで増えるということなんですよね。
彼ら彼女らに、コントリのような「経営者の想いを言語化して届ける仕事」が必要になる瞬間が、必ず来ます。日本の経営者にとってまだ「経営者インタビューが必須ではない」のと同じように、現地の経営者にとっても、まだ必須ではない。
そのニーズが「ない」段階で、寄せていく準備を始めるかどうか。キッコーマンの69年史は、その選択の重みを教えてくれていると、僕は受け取りました。
「地球社会において存在意義のある企業」をゴールに置く
講演の最後、茂木さんが大きな声で言い切られた一言があります。
「地球社会において存在意義のある企業に」。
僕は手元のノートに、その言葉を書き写しながら、自分の腹の底から「コントリもそうなる」という言葉が出てくるのを感じていました。
経営の数値目標として、コントリは2046年までに売り上げ100億円という線を引いています。その線自体は変わらないけれど、その手前に、もう一つ別のゴールを置こうと決めました。
「地球社会において存在意義のあるコントリになる」。
100億円は、その状態の結果として通過する数字、という順番でいいと思ったんですよね。先に存在意義があって、その後ろに、数字がついてくる。
中小企業の経営をやっている方に、一つだけお伝えできるとすれば、自社の存在意義をどの単位で考えるか、なんだと思います。社内の単位なのか、業界の単位なのか、社会の単位なのか、地球社会の単位なのか。
茂木さんは、その単位を一段引き上げる勇気を、69年分の事実とともに見せてくれました。
400年前から続いている事業の重みを背負って立つ方の言葉だからこそ、嘘がないんですよね。受け取った以上、自分の事業の中で形にしていきたいと、そう思っています。

