
時給900円のクリスマスイブから社労士法人の代表へ。職歴は両手でも足りない——リベルテ社会保険労務士法人 渡邉朋宏氏
「企業の社会的責任を全うしないようなことには、絶対に手を出さない」——。
そう言い切るのは、東京・四谷に事務所を構えるリベルテ社会保険労務士法人の代表社員、渡邉朋宏氏です。2023年に個人事務所として開業し、2025年に法人化。現在4期目、代表を含め5名の体制で、スタートアップや中小企業の労務を支えています。新卒で入った会社を3ヶ月で辞め、派遣、市役所、人材紹介、IT企業の起業と渡り歩いた職歴は「両手でも数えきれない」ほど。社労士事務所での勤務経験は一度もありません。
雇われる痛みも、雇う苦労も自分の身で知っている人が、なぜ経営者の隣に立つことを選んだのか。その歩みと、売上より先に引く一線についてお話を伺いました。
入社3ヶ月の退職届——「取り締まる側」を目指した22歳の決断

取材当日、待ち合わせは新宿の花園神社でした。趣味は神社巡りだという渡邉氏は、鳥居の前で、自身の経歴を「日雇いから公務員、大手企業、起業まで」とひと息で紹介してくれました。ずらりと並ぶ職歴について、本人はこう言って笑います。
「書面だけ見たら、ちょっとやばい人ですよね」
2007年、中央大学商学部を卒業して入社したのは中古車販売の会社です。けれども、その職場は想像以上に過酷でした。
「あまりにもブラックすぎて、すぐ辞めたんです。3ヶ月でした」
当時は「石の上にも3年」が当たり前に語られていた時代です。新卒で3ヶ月で辞めた人間が、大手企業や条件のいい会社に入り直すのは難しい。そう言われていたなかで、渡邉氏が考えたのは公務員への道でした。
「試験さえ受かれば入れる。勉強するだけだったら、まあいいかなと思ったんです」
調べていくうちに目に留まったのが、労働基準監督署の監督官という仕事です。
「ブラック企業を取り締まれて、面白いんじゃないかと思ったんですよね」
自分を3ヶ月で追い出した働き方を、今度は取り締まる側に回る。のちに経営者の隣に立つことになる人物の出発点は、労働者を守る側への志でした。
派遣切りに遭った冬——リーマンショックで知った、雇われる側の無力さ

監督官を目指すには予備校に通う資金が要ります。渡邉氏は派遣社員や契約社員として職場を転々としながら、お金を貯めはじめました。
ところが、契約期間が終わるタイミングで世界を襲ったのがリーマンショックです。契約は更新されず、仕事はなくなりました。
渡邉氏は、ある冬の日のことを打ち明けてくれました。
「クリスマスイブに、日雇いで工場の作業をしていたんです。時給900円。本当に、何を自分はやってるんだろうって」
世の中が華やぐ夜に、工場のラインで手を動かしながら自分に問いかける。努力してもどうにもならない力に、働く場所ごと奪われる。その心細さを、渡邉氏は理屈ではなく身体で覚えました。
それでも渡邉氏は、この時期を「なかなか経験できるものじゃない」と振り返ります。恨み言ではなく、得がたい経験として語る口ぶりに、この人の芯の強さがのぞきます。契約社員の時代には、派遣スタッフの教育を任されたこともありました。
雇用の調整弁として扱われる側の不安と、そのなかで働く人を育てる側の視点。この両方を20代のうちに身をもって知ったことが、のちに労使のどちらにも振り切らない目線の土台になっていきます。
市役所8年と労働組合——「自分の待遇を人に決められる」違和感

結果として、監督官の試験には合格できませんでした。それでも渡邉氏を拾ってくれたのが、ある市役所でした。卒業から数年を経て、ようやく手にした公務員という安定です。
配属されたのは障害福祉課、のちに都市計画課。ただ、渡邉氏は当時をこう明かしてくれました。
「申し訳ないですけど、役所の仕事は面白くないなと思ってしまって」
そんなときに誘われたのが、労働組合の役員でした。これが思いのほか面白く、のめり込んでいきます。働く人の待遇を交渉し、組織のルールと向き合う経験は、図らずも現在の社労士業務と地続きのものでした。
市役所に勤めたのは8年ほど。それでも最後には、どうしても拭えない違和感が残ったといいます。
「結局、自分の給料が法律や条例で決められてしまう。自分の人生と待遇を人の手で決められるのが、嫌だったんです」
安定を求めて手にした場所で、その安定こそが自分を縛っていると気づく。渡邉氏は、営業力を身につけるために民間企業へ移る決断をします。
「なんで稼ぎたいの?」——面接官の問いが掘り当てた本音

次の職場に選んだのは人材紹介会社でした。その面接で、渡邉氏は忘れられないやり取りをしています。
転職の理由を聞かれて「稼ぎたい」と答えた渡邉氏に、面接官はさらに問いを重ねました。「じゃあ、なんで稼ぎたいの?」
そこで渡邉氏の口をついて出たのが、こんな言葉でした。
「自分の力で、生きていける力をつけたい」
敷かれたレールの上ではなく、自分の力で立つこと。日雇いの夜も、公務員の8年も、この一言に集約されていたのかもしれません。
ただ、その人材紹介会社もまた、労働環境は厳しいものでした。1年2ヶ月ほど踏ん張ったのち、渡邉氏は再び職を離れます。正社員、派遣、契約社員、公務員、そして民間の営業職。この時点で、日本の働き方のほとんどを当事者として経験していました。
経営者は万能じゃない——起業の現場で見つけた、自分の居場所

「さあ、何をしようか」と考えていた渡邉氏に声をかけたのは、知人でした。一緒にIT会社を起業しないか、という誘いです。
「最初は、これ失敗したらやばいよねって思ったんです。でも、なんとかなるものだなと。起業に対するハードルが、そこで下がりました」
知人とともに会社を動かすなかで、渡邉氏は経営者という人たちの素顔をすぐそばで見ることになります。
「経営者は万能ではないんですよね。自分の好きなことをとことん追求する方ほど、バックオフィスや労務が苦手。みんな嫌いなんです」
その苦手を支える仕事ができないか。そう考えはじめた渡邉氏の背中を押したのは、当時の顧問税理士の一言でした。
「社労士にでもなったら?なったら仕事を紹介してあげるよ、って言われたんです」
渡邉氏は「安直な考えで」と笑いますが、社会保険労務士の試験には一発で合格しました。開業はもう少しゆっくり準備するつもりでしたが、「頼みたい」というお客さまが現れ、2023年3月、前倒しでリベルテ社会保険労務士事務所を開業します。
「リベルテ」は、フランス語で「自由」を意味する言葉です。事務所のホームページでは、経営者が自由な発想で事業を進められるよう支えること、そして働き方の自由を、その名に込めた想いとして掲げています。自分の待遇を人の手で決められることに違和感を抱き、「自分の力で生きていける力」を求めて職を重ねてきた人が、最後に掲げた看板が「自由」だったのです。
2023年の年末、渡邉氏は自分の事務所一本で進むことを決めました。創業メンバーとして立ち上げた会社であっても、一緒に歩む相手との方向性が合わないまま中途半端な関係を続けることはしない。退路を断ったその決断が、現在のリベルテの出発点です。2025年2月には法人化し、リベルテ社会保険労務士法人となりました。
曖昧な法律とどう向き合うか——それでも「絶対に手を出さない」一線がある

渡邉氏の話でとりわけ印象に残るのは、仕事の線引きの明快さです。
「労務の法律は曖昧な規定が多くて、その都度判断が必要になることも多いんです。正直に言えば、労務の法律をすべて守ることは不可能だとも思っています」
社労士の口から出るとは思えないほど率直な言葉です。
もちろん、法律を軽んじてよいという意味ではありません。規定が曖昧で、その都度の判断が欠かせない以上、すべてを一分の隙もなく運用し続けるのは現実には難しい。だからこそ、どこで線を引くかが問われる、という話です。渡邉氏はこう続けます。
「グレーな手法にもいろいろあります。でも、うちが絶対に手を出さないのは、企業の社会的責任を全うしないようなことです」
渡邉氏が例に挙げたのは、昨今世間で話題になった、勤務の実態がないにもかかわらず社会保険に加入できるとうたう仕組みでした。開業したばかりの頃はグレーとされていたものの、いまでは国から釘を刺され、遡って社会保険の資格を喪失させられる事態も起きているといいます。
それでも顧客がやりたいと言ったら、どうするのか。
「それでもやりたいなら、どうぞ、と。その代わり、うちは知らないからね、と伝えます。ただ、説明はちゃんとしたからね、と」
売上につながる話であっても、危ないと思えば止める。止めてもなお進むなら、自分たちは関わらない。真面目な経営者ほど本当はそういう道を選びたくないはずだ、と渡邉氏は考えています。
紹介をめぐる付き合い方でも、渡邉氏は自ら確かめたうえで線を引いています。紹介し合うことを前提にした関係を、実際に試したこともあったそうです。
「当時はやってみました。しかし、結果として誰のためにもならないんですよね」
社労士だから労務だけ、ではない——経営者を支えるバックオフィスの“ハブ”

リベルテが主に支えているのは、スタートアップやベンチャーを含む中小企業です。会社を設立する前の段階から相談を受けることも少なくありません。
「バックオフィスを適切に回すには、いろいろな士業との連携が必要です。でも、誰に何を頼んだらいいか分からない、自分のやりたいことをうまく伝えられないという経営者さんは多いんです」
そこにリベルテが入り、経営者のやりたいことを言葉にして整理し、必要な専門家や関係機関につなぐ。専門用語はなるべく使わず、丁寧かつ迅速に応える。「うちに問い合わせれば事務まわりの悩みが解消できる、ハブのような存在でありたい」と渡邉氏は話します。
そもそも渡邉氏は、社労士という仕事をこう見ています。
「社労士は法律の範囲内でしか仕事ができません。手続きなら、どこに頼んでも基本的には同じ答えが返ってくる。だからこそ、その事務所の方針と馬が合うかどうかがめちゃくちゃ大切なんです」
この考え方は事務所の内側にも通じています。所内ではスタッフからの質問が絶えず、たとえば返金の際に振込手数料を差し引くことをお客さまにどう伝えればいいか、といった相談も上がってくるそうです。お客さまにとって都合の悪いことほど、きちんと説明する。人の育て方を尋ねると、渡邉氏は「やってみせて、やらせてみる」と短く答えてくれました。
自分から売り込む営業は、ほとんどしていないといいます。仕事の入り口は、ご紹介とホームページからのお問い合わせ。数を追うよりも、価値観の合うお客さまと一緒に仕事をし、心から応援できる事務所でありたい。人材紹介会社で営業を学んだ人が行き着いたのは、売り込まない営業でした。
取材の終わり、写真撮影で「身振り手振りをつけてください」とお願いすると、渡邉氏は「こうやった方が楽ですよ」と自然に手を動かしてみせました。「体で表現するのは大事ですから」。言葉を選ぶときと同じように、相手に伝わる形を探す人なのだと感じた瞬間でした。
目指すは日本一高い給与——目の届く仲間と、伴走する事務所をつくる

今後のビジョンを尋ねると、渡邉氏は迷いなく答えました。
「日本一高い給与を支給できる社会保険労務士法人を目指しています」
規模を追うつもりはないといいます。100人、200人の組織ではなく、自分の目が届く範囲で、一人ひとりにしっかりと報いたい。そのために、日々の勉強や業務に挑戦する気持ちで向き合える仲間と、これから一緒に働いていきたいと話します。
時給900円で働いた夜を知っている人が、働く仲間に日本一の給与を払うことを目標に掲げる。そこには、雇われる側にいた頃の自分への答えも込められているように感じました。
座右の銘は「ノブレス・オブリージュ」。力を持つ者には、それに見合う責任がある。事前の打ち合わせで渡邉氏が口にした言葉が、取材を終えたいま、改めて重みを持って響きます。
「ただの社労士にはなりたくないんです。一緒に経営を伴走する仲間、チームでありたい」
コントリからのメッセージ
今回の取材で印象に残ったのは、渡邉氏が労使のどちらにも振り切らない人だということです。
派遣切りを経験し、組合で働く人の待遇と向き合い、起業して経営の苦労も味わった。だからこそ、経営者に寄り添いながらも、働く人を軽んじる手法には手を貸さない。その線引きは、教科書ではなく自身の経歴から生まれたものでした。手続きの答えはどこでも同じだからこそ、誰と組むかが問われる。その言葉には、自らを選ばれる側に置く覚悟がにじんでいます。
労務の悩みを一人で抱えている経営者の方は、ぜひ一度、渡邉氏に話を聞いてみてください。きっと、まず「何をしたいんですか」と尋ねてくれるはずです。
プロフィール
リベルテ社会保険労務士法人
代表社員(社会保険労務士)
渡邉 朋宏(わたなべ ともひろ)
1985年、東京都杉並区生まれ。2007年に中央大学商学部を卒業し、中古車販売会社に入社するも約3ヶ月で退職。労働基準監督官を志し、派遣・契約社員として働きながら予備校資金を貯める。2011年から2019年まで市役所に勤務し、障害福祉課・都市計画課を経験、労働組合の役員も務める。人材紹介会社での営業を経て、2021年に知人とIT会社を起業し役員に就任。2022年、社会保険労務士試験に合格。2023年3月にリベルテ社会保険労務士事務所を開業し、2025年2月に法人化。スタートアップ・中小企業の労務を支える。座右の銘は「ノブレス・オブリージュ」。趣味は読書、ゲーム、ドライブ、神社巡り。
ギャラリー









会社概要
| 会社名 | リベルテ社会保険労務士法人 |
| 代表者 | 代表社員 渡邉 朋宏 |
| 設立 | 2025年2月26日(前身のリベルテ社会保険労務士事務所は2023年3月開業) |
| 本社所在地 | 〒160-0004 東京都新宿区四谷3丁目13番地 SEA BIRDビル2階 |
| 従業員数 | 5名(代表を含む) |
| 事業内容 | ①コンサルティング業務(労務相談・研修、就業規則・各種規程の作成、採用・配置・評価制度の検討、ハラスメント対策、労務×ITのDX相談)②事務代行業務(労働保険・社会保険手続、各種申請、給与計算、総務・人事事務)③助成金申請代行業務 |
| コーポレートサイト | https://liberte-sr.jp/ |
| note | https://note.com/t_watanabe0129 |
| YouTube | https://www.youtube.com/@liberte-sr |

