
「社長って誰だっけ」くらいがちょうどいい——出戻り経営者が選んだ、目立たない覚悟
「究極は、MAP経営の社長って誰だっけ、というくらいがちょうどいいんです」——。
穏やかな口調でそう言い切るのは、株式会社MAP経営の代表取締役・伊藤昌博氏です。2004年に新卒で入社したMAP経営を一度は離れ、保険会社、会計事務所を経て2019年に復帰。2022年、創業者からバトンを受け取り、社員35名を率いる代表となりました。自らが目立つことを望まない、その静かな言葉の奥には、尊敬する創業者への恩返しと、カリスマの後を継ぐ者ならではの覚悟がありました。この記事では、二度の承継失敗を見つめてきた伊藤氏が選んだ「あらがわない」という事業承継の道と、役員3人で紡いだ新しい経営理念に込めた想いに迫ります。
会計事務所で見た、経営者たちの「不安」——届けるべき仕組みへの確信
MAP経営は、1989年に設立された経営計画の専門会社です。経営計画を作成するシミュレーションシステム「MAP経営シミュレーション+(以下MAP+)」を自社開発し、会計事務所を通じて、その顧問先である全国の中小企業に「未来会計※1」の仕組みを届けています。伊藤氏が20代を過ごしたのも、この会社の営業職でした。

「20代の頃は『システムを使いませんか』という営業だったので、その先の経営者と、自分が売っているものがどう関わっているのか、ほとんど見る機会がなかったんですね」。伊藤氏は当時をこう振り返ります。
転機は、一度会社を離れて会計事務所に身を置いたときに訪れました。以前自らが販売していた「MAP+」を使いながら、今度は自分自身が経営者と向き合う立場になったのです。
「いかに経営がシビアで、経営者の方たちが先行き不透明な不安の中で経営しているか、よくわかりました。自分たちが提供しているものは、単なる経営計画という書類作りじゃなくて、経営者の不安なところを照らしてあげる商材だったんだな、と」。少し声のトーンを落として、伊藤氏はそう明かしてくれました。
※1「経営者の意思決定をサポートしながら、持続可能な未来を構築するための会計の体系」
世の中の中小企業は、いまも7割から8割が赤字だと言われます。「ほとんどの会社が不安の中で経営している。やっぱり届けなきゃいけない仕組みなんだな、と痛感しました」。外に出たからこそ見えた自社の価値——それが、のちの決断の伏線になっていきます。
「創業者が再び一念発起したら手伝いに行ってもいいか?」——冗談が、現実になった日
伊藤氏がMAP経営に戻った動機は、意外なほど人間的なものでした。
「戻った経緯は、崇高な思いというよりは、結構、生々しいというか」。少し苦笑いしながら、伊藤氏は切り出します。会計事務所時代に、家で晩酌しながら妻にこう話していたそうです。「尊敬できる創業者がいて、その人がもし再び一念発起して何かやると言ったら、会計事務所を辞めて手伝いに行ってもいいかな」と。
冗談まじりだったその話が、ある日現実になります。なんと創業者が二度目の事業承継に失敗し、経営者に復帰すると一念発起したのです。その際に営業現場の立て直しに声が掛かったのが会計事務所にいた伊藤氏だったのです。「その瞬間は経営計画がどうとか、世の中の中小企業がどうとかではなく、その創業者に恩返ししたいという気持ち一つでした」。
とはいえ、戻る先は先行きが不透明で再構築が必要な会社でした。伊藤氏は妻に「万が一のときはごめん」と伝えたと言います。共働きだった妻は「ダメだったら、また2人で働けばいいよ」と、彼を送り出してくれました。
営業15名が2名に。潰れかかった古巣へ、恩返しのために戻る
伊藤氏が戻る決断をした背景には、創業者が経験した二度の事業承継の失敗がありました。
一人目の後継者はプレッシャーにより体調を崩し、創業者が社長に復帰します。
二人目の後継者は大きく事業領域をシフトさせようとし、反発した社員や顧客を切っていきました。結果、人が大量に辞め、顧客も離れ、会社は大混乱に陥ります。
「二人目の事業承継が失敗した時も創業者が社長に復帰せざるを得なかった。ただ、そのときはもう70歳を超えていて、体力的に自信がないと」。伊藤氏は当時の状況を淡々と語ります。営業メンバーは、いまでこそ15名を数えますが、当時はわずか2名まで減っていました。営業現場の再構築をするには体力的に自信がないという創業者から、伊藤氏に声がかかったのです。
戻ってきた伊藤氏を待っていたのは、社内の複雑な感情でした。主要な幹部は他に3人おり、全員が年上。なかには、伊藤氏が20代で辞めたときからいる方や、当時の上司もいました。
「腑に落ちない思いもあったでしょうけど、『会社が潰れるよりはまし』ぐらいの感じで受け入れてくれたのではないか」。そう話す伊藤氏の評価が高まるにつれ、おもしろくない空気も生まれます。それを察した創業者は、後から聞いた話では、幹部たちを呼び出し「伊藤を支えてあげてほしい」と根回しをしてくれていたそうです。3人のうち2人はその後退職しましたが、1人は残り、今は役員として伊藤氏を支えています。
経理も現預金も新入社員に開示する——尊敬する創業者の「裏表のなさ」
これほどまでに伊藤氏を突き動かした創業者とは、どんな人物なのでしょうか。伊藤氏は「本当に誠実な方」と、迷いなく答えました。
その象徴が、MAP経営の経営スタイルである「オープン経営」です。社員一人ひとりに自社の経営計画書を開示し、毎月の試算表もすべて公開する。そのため全社員が会社の収益・資産状況をタイムリーに把握することができます。社員が知らない数字は、一人ひとりの給料ぐらいだと言います。
「経費の使い方まで、みんなに見られるんです。中小企業では、なかなかやらないことですよね」。伊藤氏は少し誇らしそうに笑いながら続けます。「経営者が公私混同せずに『会社は社会の公器なんだから、プライベートは混ぜない』というスタンス。本当に裏表がない。理念と利益をしっかりバランスさせながら、正しい経営をするんだ、という姿を見せてくれた方です」。
伊藤氏は経営の中で言行一致の「一貫性」を重視しています。「先代は経営の一貫性をリアルにやっていたなと思いました。また、私が若い頃から、先代は忙しいのにちゃんと私のことも見てくれている、と感じさせてくれる方でした」。
億単位の借金ごと事業を引き受けた男気と、師匠が残した仕組み
MAP経営の「誠実さ」というDNAには、さらにその源流があります。同社の中核であるシミュレーションシステム(MAP+)は、実は創業者が一から作ったものではなく、創業者が師匠と呼ぶ会計士補のS先生が発明したものでした。
「87歳を迎えて今もお元気なんです。いわゆる『天才』と呼ばれるような方で、いろんな事業を起こされたんですが、天才ゆえに経営は波乱万丈だったというか」。伊藤氏はそう話してくれました。S先生が「経営者の困りごとにフォーカス(起業支援・経営計画・事業承継・M&A)」し、興した4つの会社のひとつがMAP経営で、いまの中核システムは、このS先生が築いた仕組みを源流としています。
独立の経緯には、創業者の男気が刻まれています。MAP経営がS先生のグループから独立する際、S先生が事業で億単位の借金を抱えた時期がありました。しかし創業者は「お世話になった師匠が発明した素晴らしいシステムをこの世の中に普及したい」と経営計画の事業を借金ごと引き受け、分社独立したのです。いきなり億単位の借金を背負ったマイナスからのスタートでした。
その後、創業者は借金を完済し、会社を安定軌道に乗せます。何の資格も持たないながら、会計業界の大御所からも尊敬される創業者——伊藤氏が「守りたい」と願う会社の根っこは、こうした誠実さと覚悟の物語の上に立っています。
二度の事業承継失敗が教えてくれた「あらがわない」という第三の道
では伊藤氏は、二度の事業承継失敗をどのように捉え、どのように継ごうと考えたのでしょうか。噛みしめるように言葉を選びながら、その核心を語ってくれました。
「1人目も2人目の後継者も、それだけ偉大な創業者と比較されるプレッシャーに負けたんだと思います。シンプルに、重すぎた。2人目の後継者が自分なりの道を作ろうとしたのも、気持ちはわかるんです。同じ道を辿ると、比較されますから」。

伊藤氏が出した答えは、「創業者の影響力に、あらがわない」というものでした。その背景には、保険会社という競争環境にいたことで至った価値観があります。「人よりいい人生を送りたい、という比較の価値観はもう十分です。自分の価値観で幸せが満たせる環境に居ればいい、と。自らが表に出たいという気持ちがなくなったんですね」。
伊藤氏は、事業承継には大きく3つのパターンがあると考えています。先代のビジネスモデルのボトルネックを現代版にリニューアルして再び成長軌道に乗せる型。後継者自身が創業者並みの起業家エネルギーを持ってトップダウンで経営する型。そして、先代が大事にしてきた根っこは尊重しつつ、トップダウン経営からボトムアップ経営に切り替え、幹部と社員を育てながら「みんなでやる」型です。
「私が目指したいのは、3つ目です」。まっすぐ前を見つめて、伊藤氏は言います。「トップダウン経営は企業の存続発展を考えるとやっぱり限界があるし、そもそも私には性格的に向かない。大きな変化も生まれづらいし、組織も育たない」。だからこそ、冒頭の一言に戻ります。「究極は、MAP経営の社長って誰だっけ、というくらいでちょうどいい。社長よりも社員一人一人が会社の顔となり、誰が後継者に指名されても承継できる組織になれば」。
個人成果主義の自分を、社員には強要しない——仕組みで成果を出す組織へ
「あらがわない」「みんなで継ぐ」という思想は、伊藤氏自身の来歴とは、実は正反対の場所から生まれています。
新卒でMAP経営に入った翌年、伊藤氏は名古屋支社の立ち上げに送り出されます。当時の支社長・O氏との二人三脚の3年間は、社内で「ブートキャンプ」と呼ばれるほど苛烈な日々でした。「毎月、全社会議で本社に帰るたびに、どんどん痩せていって。1年で14キロ落ちました」。それでも走り抜けられたのは、幼少期に染みついた感覚があったからだと言います。
伊藤氏の父は厳しく、母は褒めて伸ばすタイプでした。「父は典型的な昭和の頑固オヤジで、掛け算の九九を覚えられないとトイレに閉じ込められ、正座で暗記させられたものです。でも母は成果が出た時すごく褒めてくれる。アメとムチの絶妙なバランスが家庭内にあったんです」。「頑張れば、褒められる」という原体験。それは学校社会に出て、強豪校の厳しい部活環境の中で確信に変わっていきます。「本気でやれば、『結果』か『学び』の成果につながる。それは今でも思っています」。と、伊藤氏は軽やかに笑います。
ところが、その成功体験を、伊藤氏は社員には決して押しつけません。「自分はこういう人生を歩んできたけど、これは人に押しつけるものじゃないな、と。だから『全員に頑張れ』とは、逆に言わなくなりました」。
理由は明快です。「一騎当千の営業マンに依存する経営より、どんな人が来ても売上が上がる仕組みができているほうがいい。個人技は再現できないですから。属人的な経営は、その人がいなくなると一気に崩れる」。だからいま、伊藤氏は売上が上がる「仕組み」づくりに力を注いでいます。
役員3人で紡いだ言葉——会社に「魂」を入れる経営理念の刷新
守るべき根っこと、変えるべき仕組み。その両輪がようやく整ったとき、伊藤氏はある宿題に着手しました。それは経営理念の刷新です。
それまで使っていた理念は、2人目の後継者が定めた言葉のままでした。創業者が復帰した際、伊藤氏は「理念を変えないんですか?」と創業者に尋ねたものの、返ってきたのは「会社を再構築しなくちゃいけない時に、それどころじゃない」という一言。その裏には、深い配慮もあったと伊藤氏は振り返ります。「たしかにそれどころじゃなかったことは事実でしたが、もしそこで創業者が再び理念を掲げ直していたら、私はそれを変えられずに今も引っ張られていたと思います。創業者は高齢ということもあり長くはやらないとわかっていたから、あえて作らなかったんだろうな、と」。
伊藤氏が事業承継して2年ほど経ったころ、伊藤氏は創業者から預かった言葉を思い出します。「再構築で会社の器はなんとか整えた。あとはここから先、伊藤さんたちで魂を入れてくれ」。その魂を入れる重要なファクターが、経営理念だと考えていたのです。
伊藤氏はまず、自身の人生理念と会社に対する想いを整理しました。そして2人の役員に「一緒に手伝ってほしい」と相談します。その当時理念を変える必要性を感じていなかった2人でしたが、返ってきたのは温かい言葉でした。「伊藤さんが変えたいなら、変えるべきだよね」。
こうして紡がれたのが、新しい経営理念『本気で向き合える経営計画を広め、あんしんが行き届く社会を。』です。そこには、創業者が「中小企業に必要な本物の経営計画を世の中に広げたい」と願った想いを受け継ぐ、『広げる』という言葉が込められています。しかし、35名のMAP経営だけでは、全国300万社に経営計画を届けることはできません。けれど、全国3万件の会計事務所にツールとノウハウを伝えられれば、山のすそ野が広がるように、その価値は中小企業へと広げていくことができる——。
「できた言葉は、役員3人で紡ぎ出した、思いのこもった言葉なんです」。穏やかに、しかし確信を持った口調で、伊藤氏はそう語ってくれました。どこかの格言や誰かの言葉ではなく、自分たちの手で一文字ずつ言葉を紡ぐ。会社に魂を入れるとは、そういうことなのかもしれません。

コントリからのメッセージ
印象に残るのは、「社長って誰だっけ、というくらいがちょうどいい」という伊藤氏の言葉です。多くの経営者が「自分の色をどう出すか」に悩むなかで、伊藤氏はあえて目立たないことを選び、尊敬する創業者の影響力に「あらがわない」と決めました。それは決して消極的な姿勢ではありません。二度の承継失敗を間近で見つめ、カリスマ一人に依存する経営の限界を知ったうえで、組織と社員みんなの手で会社を継いでいくという、静かで確かな覚悟です。恩返しから始まった一人の出戻り経営者の歩みは、事業承継に悩むすべての後継者にとって、大きなヒントになるはずです。経営計画という仕組みで中小企業の「あんしん」を広げようとする伊藤氏に、ぜひ一度、話を聞いてみてください。
プロフィール
株式会社MAP経営
代表取締役
伊藤 昌博(いとう まさひろ)
1981年、東京都生まれ。東海大学文学部史学科考古学専攻を卒業後、2004年に新卒で株式会社MAP経営に入社し、営業職として経験を積む。2009年に当時最年少でマネジャーに就任するも、2011年にプルデンシャル生命保険へ転職しライフプランナーとして約4年半を過ごす。2015年には会計事務所へ移り、中小企業への経営支援業務に従事するなかで、経営計画の仕組みが中小企業にこそ必要だと痛感。2019年にMAP経営へ復帰し、2020年に取締役、2022年に代表取締役社長へ就任する。会計事務所を通じて全国の中小企業に「経営計画」を届ける事業を、組織の力で次代へつなぐ。座右の銘は「利を見ては義を思う」。趣味は薪活と射撃。
ギャラリー








会社概要
| 会社名 | 株式会社MAP経営 |
| 代表取締役 | 伊藤 昌博 |
| 設立 | 1989年(平成元年)3月 |
| 資本金 | 3,000万円 |
| 本社所在地 | 〒164-0012 東京都中野区本町2-46-1 中野坂上サンブライトツイン23F |
| 従業員数 | 35名 |
| 事業内容 | ①経営計画立案専用システム「MAP経営シミュレーション+」の開発・提供/②経営支援業務の研修/③経営支援業務を行う全国の会計事務所のコミュニティ団体『あんしん経営をサポートする会(https://www.ansin.jp)』の運営 |
| コーポレートサイト | https://www.mapka.jp/ |

