熊谷正寿の経営哲学|中小企業経営者が今日から実践できる10の教え

熊谷正寿の経営哲学|中小企業経営者が今日から実践できる10の教え

「大きな目標を立てても、日々の忙しさに紛れていつの間にか忘れてしまう」——そんな経験に心当たりはないでしょうか。

熊谷正寿が経営の前提に据えたのは、夢や目標を思うだけで終わらせず、手帳に書いて何度も読み返すという極めて具体的な技術でした。「スピリットベンチャー宣言」「35歳で上場」「パートナー」。21歳のとき手帳に書いた目標を40日遅れで実現した男の言葉には、規模を問わず使える具体性があります。本稿では、熊谷正寿の経営哲学を支える手帳術と、消費者金融事業の危機を私財で乗り越えた決断、そして中小企業経営者が今日から実践できる10の行動を、一次史料をもとに順に見ていきます。明日からの経営判断の一つの軸として、お役立ていただけると嬉しく思います。

熊谷正寿とはどんな経営者か。「目標達成の技術者」と呼ばれる理由

熊谷正寿は、ダイヤルQ2の音声情報サービスという地味な出発点から、日本のインターネットインフラの中核を担う巨大グループを一代で築き上げた経営者です。理念や動機だけでなく、それを毎日読み返す手帳・数値目標・期限という「技術」に落とし込み、社員全員に配布・唱和させる仕組みにまで具体化した点に、他の名経営者と一線を画す独自性があります。

出来事年齢
1963年長野県で誕生0歳
1984年手帳に「35歳で上場」と記す21歳
1991年株式会社ボイスメディア創業28歳
1995年インターネット事業に転身32歳
1999年日本初の独立系ネット店頭公開36歳
2005年消費者金融事業に参入42歳
2007年私財投入で経営危機を再建44歳
2018年ネット銀行開業、金融四事業確立55歳

筆者がこの略年表を眺めていて印象に残るのは、21歳で手帳に書いた目標が15年かけて実現し、その後の危機も乗り越えて事業を拡張し続けてきたという一貫した歩みです。まずは、中学退学から創業に至る前半生を見ていきましょう。

熊谷正寿 経営者としての歩み 1963年の誕生から2018年のネット銀行開業まで
1963年 誕生 熊谷正寿氏、誕生。
1984年 手帳に目標を記す 手帳に「35歳で上場」と記す。 当時21歳
1991年 創業 株式会社ボイスメディアを創業。
1995年 事業転身 インターネット事業に転身。
1999年 株式店頭公開 日本初の独立系ネット企業として店頭公開。
2005年 事業多角化 消費者金融事業に参入。
2007年 経営危機を再建 私財を投入し、経営危機を再建。
2018年 ネット銀行開業 ネット銀行を開業。
※ 21歳で手帳に記した「35歳で上場」という目標は、1999年(35歳)の株式店頭公開で実現しています。

中学退学から放送大学、そして1991年の創業へ

熊谷は高校2年生の1980年夏に退学し、20歳で結婚、21歳で子どもが誕生するという困窮した20代前半を過ごしました。1985年には放送大学の1期生として入学しますが、事業の多忙により1995年に中退しました。1991年5月、28歳のとき東京・世田谷区に株式会社ボイスメディアを設立し、当初はダイヤルQ2を活用した音声情報サービスが事業の中心でした。

35歳で株式公開すると手帳に書いた21歳の日

21歳、1984年に熊谷は「35歳で会社を上場させる」という目標を手帳に書き、以後15年間にわたり持ち歩き続けました。「手で夢を書いたからこそ、今の会社ができたんだと思っています」と本人は振り返っているのです。1995年11月にはインターネットの可能性に着目して商号をインターキュー株式会社に変更し、この決断が後の店頭公開へとつながっていきました。

スピリットベンチャー宣言―手帳サイズで携帯する企業理念

GMOインターネットグループの経営理念・行動指針をまとめた冊子が「スピリットベンチャー宣言」です。全パートナーが手帳にこの宣言を入れて常に携帯し、定期的に朗読・唱和する運用が続けられています。理念を額縁に飾るのではなく、日々携帯し読み返す「道具」に変えた点が特徴です。

" 熊谷正寿氏の座右の銘
"
夢あるところに行動がある。 行動習慣を作り、 習慣人格を作り、 人格運命を作る。
熊谷正寿 氏
GMOインターネットグループ 代表
行動 習慣 人格 運命
この言葉を手帳に記し、日々読み返す ─ GMOの企業文化はここから始まった。

「10カ条程度」から「読むと15分かかる」ボリュームへ

スピリットベンチャー宣言は当初「10カ条程度」の短いものでしたが、社員の意見を取り入れながら年々進化し、現在は「読むと15分かかる」ボリュームにまで成長しました。宣言は夢・ビジョン・フィロソフィー・経営マインドという4つの柱で構成されているのです。

過半の幹部が賛同すれば変えてよいという進化する理念

この宣言はいったん制定されたら固定されるものではなく、「過半の幹部が賛同すれば変えてもよい」というルールで運用されています。2007年の消費者金融事業危機の際、ある新入社員が加えたという一行「苦労というのは、成長のための学び」は、今も宣言の中に残されているのです。

「夢は、手帳に書いて何度も読み返すことで実現する」という手帳術

熊谷の経営哲学の核にあるのが、著書『一冊の手帳で夢は必ずかなう』に体系化された手帳による目標達成メソッドです。夢や目標をかなえる力は、それを何回想起できるかに比例するという考え方に基づき、手帳は毎年更新され達成率がレビューされます。

熊谷正寿の手帳術|実践プロセス
『一冊の手帳で夢は必ずかなう』メソッドを3ステップで実践する
1
数字と期限を明記した目標を書く
手帳に、目標を具体的な数字と期限つきで書き込み、あいまいな願望を明確な計画に変える
2
毎日開いて何度も読み返す
手帳を毎日開き、目標を繰り返し目にすることで、実現に向けた意識と行動を持続させる
3
年次で達成率をレビューする
1年の終わりに達成率を確認し、未達成の目標は理由とともに検証する
未達成分は翌年の手帳へ繰越
夢や目標をかなえる力は、それを何回想起できるかに比例する—この考え方が、手帳を毎日開く習慣の土台になっている

「手で夢を書いたからこそ、今の会社ができた」という実感

人間の脳は忘れる仕組みになっているからこそ、手帳に書き、繰り返し読み返すことで目標を脳裏に焼き付け続けます。困難な局面では「弱気にならない、諦めない」という言葉を毎日書き写す習慣も実践してきたそうです。

仕事だけでなく健康・精神・教養にも及ぶ目標設定

手帳に書き込む目標は、仕事だけでなく健康・精神・教養・プライベートといった複数の生活領域にわたる点も特徴です。55歳でヘリコプターの自家用操縦士免許を取得するなど、若い頃に手帳に書いた「空への夢」を50代になってから一つずつ実現していきました。

【エピソード】21歳の手帳が実現した日―日本初の独立系ネットベンチャー店頭公開

1999年8月、インターキュー株式会社は独立系インターネットベンチャーとして日本初の株式店頭公開を果たしました。公募価格4,200円に対して初値は21,000円をつけたのです。この上場は、熊谷が21歳のときに手帳に書いた「35歳で会社を上場させる」という目標が、36歳というほぼ計画通りのタイミングで結実したものです。

1999年8月 日本初の独立系ネットベンチャー店頭公開
21歳で手帳に書いた目標「35歳で上場」は、36歳・わずか40日の差でほぼ計画通り実現
公募価格
4,200
株式店頭公開時の売出価格
初値
21,000
公募価格の5倍で取引開始
目標との誤差
計画からの遅れ
わずか40
15年前に手帳へ書いた目標がほぼ計画通り実現
出典: 東洋経済オンライン「上場を予言した、若き日の手書きメモ」

ダイヤルQ2からインターネットへの大転身

1995年、熊谷はインターネットの将来性に着目し、ダイヤルQ2で培った課金・決済の仕組みをそのまま流用する形でインターネット接続サービス「interQ」を開始しました。1997年11月にはレンタルサーバー事業、1999年9月にはドメイン事業にも参入し、「接続・ホスティング・ドメイン」という三層構造を早期に確立したのでした。

40日遅れというほぼ計画通りの実現

目標を曖昧な願望のまま終わらせず、年齢・期限という具体的な数字に落とし込み、15年間にわたって手帳に書き続けたことが、GMOグループの成長の起点になりました。当初予定から40日遅れというわずかな誤差での実現は、目標を反復して読み返し続けることの説得力を物語っています。

消費者金融事業からの撤退と私財による再建(2005〜2007年)

2005年、東証一部上場を果たした直後の熊谷はローン・クレジット事業に参入しますが、2006年の最高裁判決を受け約400億円の損失を計上する経営危機に陥りました。熊谷は保有株式の売却益・個人名義での借入・不動産の現物出資などを通じて多額の私財を投じ、グループの資本を立て直したのです。

消費者金融事業危機の経緯 2005年の新規参入から2007年の撤退・私財投入による再建まで
01 2005年8月 オリエント信販を買収 ローン・クレジット事業に参入し、東証一部上場直後に新規事業へ踏み出す。
リスク要因 02 2006年1月 最高裁判決で負担が発生 グレーゾーン金利に関する最高裁判決を受け、過払い金返還の負担が生じる。
03 2006~2007年 約400億円の損失を計上 過払い金返還への対応が重なり、グループとして多額の損失を計上する経営危機に陥る。
04 2007年8月 MBO形式で528万円譲渡・撤退 消費者金融事業をMBO形式で譲渡して撤退し、私財投入によりグループの資本を再建する。
保有株式の売却益・個人名義での借入・不動産の現物出資などにより、約400億円の損失から私財投入での再建までを乗り切った。

「自分の魂を100億円や200億円のお金で売りたくなかった」という覚悟

この決断について熊谷は「自分の魂を100億円や200億円のおカネで売りたくなかった」と振り返りました。当時の心境について「悪夢にうなされるほど精神的に追い込まれる」ほどの重圧を感じながらも、幹部が誰ひとりとして辞めなかったことが再出発の力になったと語っています。

限界投資額は資産の3分の1までというリスク管理の原則

危機を乗り越えたことで得た教訓として、熊谷は「限界投資額は資産の3分の1までに定めました。3分の1なら失敗しても倒産しません」というリスク管理の原則を確立しました。

パートナーシップ経営―「社員」ではなく「パートナー」、「子会社」「買収」は禁止用語

熊谷はグループ内で従業員を「社員」ではなく「パートナー」と呼びます。「『子会社』は禁止用語です」「『買収』という言葉も禁止」と述べ、M&Aで迎え入れる側の企業の社員の心理に配慮し、対等な関係性を表す言葉を意図的に選び続けています。

熊谷正寿氏の言葉づかいの方針
同じ出来事でも、選ぶ言葉によって相手に伝わる印象は変わる。
× 使わない言葉
× 子会社
× 買収
× 社員
グループ内での使用を禁止している言葉
使う言葉
グループ会社
パートナー
仲間
意図して選び続けている言葉
配慮のポイント M&Aで迎え入れる側の企業の社員が抱く心理に配慮し、対等な関係性を表す言葉を意図的に選び続けている。

「利益」ではなく「愛」と「感謝」を判断基準に据える

熊谷は経営判断の基準について、「物事を判断するときに『利益』を基準に考えるのではなく、『愛』と『感謝』を基準に判断していくことが大事」と語り、起業から20年以上「儲かるからやろう」と口にしたことがないとも述べています。

「純度90」―9割の合意で物事を前に進める文化

熊谷氏がグループ経営で重視するもう一つの原則が「純度90」です。「正解がない時代では、関係者の間で100%の同意を得ることは難しい。9割が賛成する内容でビジネスなどを進める」という文化を指し、グループ会社のトップ人事についても9割の賛成があれば経営を任せるようにしていると述べています。

【行動10選】中小企業経営者が熊谷正寿哲学を今日から実践する方法

熊谷正寿の経営哲学は、上場企業12社を含む巨大グループを率いた経営者だけのものではありません。「大企業の理念冊子の話で、うちには関係ない」と感じる経営者の方も多くいらっしゃいます。しかし社員数名規模の中小企業でも、目標設定・理念づくり・危機管理の場面に落とし込める行動レベルの示唆があります。ここでは、今日から着手できる10の実践に絞って紹介します。

中小企業経営者が今日から実践できる行動10選
熊谷正寿の経営哲学を、社員数名規模の会社でも取り入れられる行動レベルに落とし込みました
チェックを入れると取り組み状況を確認できます(ページ再読み込みでリセットされます)

夢と理念を書いて携帯する4つの実践

1つ目は、コントリの中長期目標を抽象的な願望ではなく「西暦◯年に◯◯を達成する」という具体的な数字と期限に落とし込み、経営者専用の手帳やノート1冊に書くことです。年に1回、達成率を振り返り、未達分は翌年に繰り越します。2つ目は、コントリの理念・行動指針をA4またはカード1枚にまとめ、月1回の全体会議の冒頭で全員で読み合わせる時間を作ること。3つ目は、「従業員」「部下」という上下関係を想起させる言葉を避け、「パートナー」「仲間」といった対等な関係性を示す呼称を社内で使ってみる実践です。4つ目は、10年〜20年先の売上・組織規模・提供価値を1枚の紙に書き、社内で共有することです。

合意形成とリスク管理を仕組み化する3つの実践

5つ目は、新規事業・大型投資に投じてよい金額の上限をあらかじめ決めておき、失敗しても会社が潰れない範囲で挑戦し続けられる仕組みを作ることです。6つ目は、社員の誕生日や勤続の節目を必ず会社として祝う仕組みを作ること。7つ目は、100%の合意を待って動けなくなるのではなく、「9割が納得したら進める」という基準を決めておく実践です。

感謝と健康を経営者の習慣にする3つの実践

8つ目は、困難を乗り越えた経験があれば、その学びを一行に凝縮して理念カードに加えることです。9つ目は、経営者自身の運動・睡眠・検診の予定を、他の予定より先にカレンダーに入れること。10個目は、コントリを支えてくれている外部の取引先・協力会社への感謝を、年に一度でよいので具体的な場として形にすることです。10の実践すべてを一度に始める必要はありません。まずは自社の状況に近いものを1つだけ選び、月次会議や経営計画といった既存の場に組み込むところから始めてみてください。

熊谷正寿をもっと学ぶなら。読書ロードマップと青木仁志との比較

熊谷哲学に触れる最初の一冊には『一冊の手帳で夢は必ずかなう』が向いています。まず通読し、次に自分の10年後の目標を実際に手帳やノートに書き出しながら読み返すことをお勧めします。

まず読むべき1冊『一冊の手帳で夢は必ずかなう』

『一冊の手帳で夢は必ずかなう』は、熊谷哲学の入門書にして実務書です。21歳で上場を手帳に書いた原体験から編み出された、目標を「書いて、何度も読み返す」ことで実現するメソッドがそのまま学べる一冊として位置づけられます。

熊谷正寿の経営哲学を学ぶ 読書ロードマップ
4冊の一次資料を、この順番で読み進めると理解が深まります
Phase A → Phase B → Phase C → Phase D の順に読み進めてください
1 Phase A
『一冊の手帳で夢は必ずかなう』
21歳で上場を書き込んだ手帳術を体感する。目標を「書いて、何度も読み返す」入門書。
→ Phase B へ進む
2 Phase B
『20代で始める夢設計図』
若手時代の思考法に学ぶ。キャリアの初期段階でどう夢を設計したかを追う一冊。
→ Phase C へ進む
3 Phase C
『スピリットベンチャー宣言』
企業理念の全体像をつかむ。GMOインターネットグループの経営哲学の土台となる宣言書。
→ Phase D へ進む
4 Phase D
GMOインターネットグループ統合報告書
事業戦略を一次資料で確認する。理念が実際の経営数値・戦略にどう反映されているかを見る。
ゴール: 一次情報での検証完了
出典: 各書籍・GMOインターネットグループ公式統合報告書

青木仁志と比較するとさらに理解が深まる

青木仁志の経営哲学がナポレオン・ヒルの成功哲学と選択理論を統合した体系的なピラミッドとして目標達成を理論化したのに対し、熊谷は手帳という極めてシンプルな道具に目標達成の技術を凝縮した点に違いがあります。両者とも願望を紙に書き、繰り返し読み返すことを重視する点は共通しており、並べると「体系として理論化する」アプローチと「道具として実装する」アプローチの違いがより明確に見えてきます。

編集部として印象に残ったのは、21歳の若者が笑われながらも手帳に書いた「35歳で上場」という一行が、15年後、40日のずれだけで現実になったことでした。コントリもまた、日々の目標と向き合う会社です。大きな夢であっても、まずは小さな一冊の手帳から始めることができるという事実に、経営哲学が一人の生き方そのものと不可分だったことを感じます。「経営者の経営哲学研究」コーナーでは、今後もこうした一次史料に基づく研究を、他の経営者にも広げていく予定です。

よくある質問

熊谷正寿の経営哲学を一言で表すと何ですか

「夢は、手帳に書いて何度も読み返すことで実現する」という考え方に集約されます。21歳のときに立てた「35歳で上場」という目標を手帳に書き続け、36歳というほぼ計画通りのタイミングで実現した体験が原点になっています。

「スピリットベンチャー宣言」とはどのようなものですか

GMOインターネットグループの経営理念・行動指針をまとめた冊子です。全パートナーが手帳サイズで常に携帯し、定期的に朗読・唱和する運用が続けられており、過半の幹部が賛同すれば内容を変えてよいというルールで運用されています。

社員数名規模の中小企業でも熊谷正寿の経営理念を実践できますか

実践できます。経営者自身の夢手帳を1冊作り数字と期限を書く、理念を1枚のカードにまとめて朝礼で読み合わせる、新規投資の上限ルールを決めておくなど、規模に関わらず取り入れられる要素が多くあります。

熊谷正寿の本を読むなら何から始めればいいですか

熊谷哲学の入門書にして実務書である『一冊の手帳で夢は必ずかなう』から始める流れが定番とされています。目標を「書いて、何度も読み返す」ことで実現するメソッドがそのまま学べる一冊です。

熊谷正寿と青木仁志の経営哲学にはどのような違いがありますか

青木がナポレオン・ヒルの成功哲学と選択理論を統合した体系的なピラミッドとして目標達成を理論化したのに対し、熊谷は手帳という極めてシンプルな道具に目標達成の技術を凝縮した点に違いがあります。両者とも願望を紙に書き、繰り返し読み返すことを重視する点は共通しています。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

関連記事一覧