チームで100億、全員の顔が見えている──財政難から自律型組織へ、北一ミート・田村健一の逆算経営
「面白い会社を作ることが、最高の経営戦略だと思っているんです」
北一ミート株式会社の代表取締役・田村健一氏は、そう言って笑いました。精肉・食肉加工を手がけるこの会社は、かつて売上が伸びず、財務状況が非常に厳しい上に人財がどんどん流出という瀬戸際に立たされていました。社員による肉の横流し、まともな人材から順に辞めていく職場。「従業員に夢なんか語るな」と上司から叱られるということもありながらも、田村氏は諦めなかった。ノルマ廃止、報告書廃止、熟成肉の特許取得、宇宙食プロジェクト——型破りな意思決定を重ねた先に、今年4月には現在稼働中の惣菜工場の3倍の製造能力を持つ新工場着工という、挑戦も始まりました。この記事では、田村氏が語った「逆算思考」「信頼の哲学」「不機嫌ゼロ経営」の真髄に迫ります。
「熟成は腐る前がいい」はガセだった。特許取得まで10年以上続けた”肉の科学”
インタビューは、熟成庫の前で始まりました。白いカビに覆われた肉塊が並ぶ棚の前に立った田村氏は、穏やかな声で言いました。

「熟成と腐るのは、全く別物です。『腐る直前がいい』というのは全部ガセでした」
業界でまことしやかに語られてきた俗説を、田村氏は長年の研究で完全に否定しています。ドライエイジングの本質は「乾燥」にある、というのが田村氏の結論です。
「乾かすから腐らない、ということです。魚の一夜干しをイメージしてもらえるとわかりやすい。乾いていく干し肉と、腐っていく生肉の違いとも言えますね。乾いている方は腐らない。やりすぎるとカチカチの干し肉になりますが、3年熟成した肉でも煮込めばちゃんと出汁が出ますよ」
この探究心は、幼少期からのものです。愛読書がカール・セーガンの『コスモス』だったという田村氏は、中学時代には理科の全道統一模試で1位を取ったこともあると、照れくさそうに話してくれました。「まあ、それはどうでもいい話ですけど」と笑いながら。
家の冷蔵庫での実験から始まり、2018年に熟成庫を設置。カビの菌をコントロールする技術で特許を取得するまでに至りました。温度3.5℃、湿度73〜93%を40分サイクルで変化させる独自の環境管理が、北一ミートの熟成肉を唯一無二のものにしています。「豚と牛を同じ部屋に置いてはいけない」という業界の俗説も調べ直し、根拠がないことを自ら確かめました。水分さえコントロールできれば、熟成と腐敗はそもそも入口から別の工程だからです。
まともな人から辞める会社。どん底から始まった再建の決意
田村氏が本格的に動き出したのは、2010年頃のことです。そのときの会社の状況を振り返ると、表情が少し引き締まりました。

「会社の業績は非常に厳しく、いざというときにも関わらず、人財がとにかく流出。しかも個人保証をしていたので、もし資金が底をついてしまえば、全部自分にのしかかってくる。目が泳ぎましたよ。正直、恐怖でした」
社内の状況も深刻でした。肉を持ち出して横流しする社員、自分の都合のために嘘をつく人間、まともな人材ほど早く辞めていく悪循環。
それでも田村氏は夢を語り続けました。当社直営の居酒屋で従業員に理想の会社像を熱弁したとき、「うちがそうなるわけない」「夢を見るな」と上司から叱責されたこともあります。
しかし、辞めていく社員たちが口々に「健ちゃん、この会社おかしいよ」と言われ続けていたことが、逆に田村氏の確信を育てました。おかしいと思っている人間がこれだけいるなら、変えられる。2010年頃のさまざまな出来事が重なって「何とかしないと」という覚悟が生まれ、2012年に倫理法人会の教えと出会ったことで、田村氏の経営は大きく開花し始めます。
入社を一度諦めかけたこともありました。あまりにも馬鹿馬鹿しい環境に「辞めます」と父(現会長)に告げに行ったとき、父は眼鏡を外し、真剣な表情でこう言いました。「そんな悲しいことを言うなよ」と。田村氏はそのとき初めて父のそんな顔を見て、もう辞められなくなってしまったと話してくれました。この一言こそが、父が育て続けてきた会社を“自律型組織”へと進化させる挑戦の、原点になったのでした。
ノルマ廃止・報告書廃止。「売上1億伸ばす」ために邪魔なものを全部捨てた
転機のひとつは、一枚の報告書でした。ある社員が提出してきた報告書は、全てが完璧な内容でした。
「『こんなにうまくいってるの?』と聞いたら、『んなわけないじゃないですかw』って言われて(笑)」
田村氏は少し間を置いてから続けます。「報告書の内容を磨いたところで、何の役に立つのか。それよりも現場でどんどん動いた方が絶対にいい。くだらないからやめよう、と」。これが報告書廃止の原点です。
ノルマ廃止も同じ頃、同じ発想から生まれました。きっかけは、ある会長のやり方を目にしたことでした。
「その会社の会議では、個人の数字は一切出さずに全体の売上だけ見て、『まあこんなもんかな、どうしたらもっと伸びるか』とみんなで話し合っていたんです。それを見て、これだ、と思いました」
ノルマがあると「達成した人」と「していない人」の分断が生まれる。できていない人に目が向くことで、組織の空気が重くなる。それよりも全体の売上をゲーム感覚で予測して楽しむ文化を作った方が、チームとして前に進める。撤廃ありきではなく、「売上を1億伸ばす」というゴールが先にあり、そのためにノルマが邪魔だとわかったから廃止した、という順番です。
さらに個人の前年比が見えにくくなるようにテリトリーを組み替えました。昨対(前年比)があると人は過去にとらわれるからです。結果、「今日450万です」という日が「今日1,100万です」という日に変わっていきました。
0.3秒で不機嫌を切り替える。倫理法人会が変えた「ゴール設定型」思考
「不機嫌になっても、0.3秒くらいで切り替えられますよ」
そう言う田村氏に、思わず「それはすごい数字ですね!」と声が上がりました。田村氏は笑いながら、その理由を教えてくれます。
「不機嫌でいると損をする、ということをわかっているからですよ。不機嫌になれば物事が解決するなら話は別ですが、それは目標から一番遠ざかるやり方です。もったいないじゃないですか」
倫理法人会の教えが、この思考の基盤にあります。第4条の「人は鏡」という概念によれば、相手が不機嫌なときに自分も不機嫌で返せば不機嫌の連鎖になる。第3条には、明るい人が入れば場全体が明るくなるという意味が込められています。
父(会長)との関係が大きく変わったのも、倫理法人会がきっかけでした。2016年の冬、平尾先生という方から「お父さんの一挙手一投足を1ヶ月間観察して、その結果を電話してください」と指導を受けます。どちらの足から階段を上るかも見るように言われ、田村氏は1ヶ月間ひたすら父を観察しました。
「そしたら、不思議と父との距離が縮まってきたんです。自然と話しかける内容も変わってきた。父が神棚の水を換えているのに気づいて、『なんで神棚をそんなに大切にしているんですか』と聞いてみたら、ちゃんと説明してくれて。それからだんだん向こうも話してくれるようになりましたね」
今でも会長は「お前は決断力がない」と突然言ってくることがあります。しかし田村氏はもう動じません。「いやいや、反対を押し切って会社を変えてきたのは誰ですか(笑)」と軽くかわしながら、わざと会長と真逆のことを言って最後に合流させて笑いを取り、「だからこそもったいない。どうやったら輝かせられるか考えましょう」と着地させる。昔は普通に喧嘩していた関係が、今は笑いで終わるようになりました。「倫理法人会の学びのおかげで、人を笑わせる技術が身についてきましたよ」と、田村氏は楽しそうに言います。
「いいよ」が合言葉。父との関係、娘との関係、社員との関係に共通する信頼の哲学
田村氏の家庭には合言葉があります。「いいよ」です。長女が最初に話した言葉も「いいよ」だったといいます。
「全部受け入れて、全部受け止める。そうすると、子供って自分で勝手に育っていくんですよ。信じているから、余計なことをしなくていい。倫理法人会の教えに、『信じているなら干渉するな』という言葉があって。信じているのに口を出すのは矛盾じゃないですか」
この哲学は、会社の経営にそのまま貫かれています。採用面接には関与しません。「僕が入ると、明るくて素直だったら誰でも採用したくなってしまうので(笑)」と言いますが、実際の採用基準は「明るくて素直」のみ。条件をつけるほど、人材を見逃すリスクが増えると考えています。
社員への信頼は、驚くような自発性を生んでいます。スペインの生ハム工場を見学しに行く社員、休みの日に農家へ羊や豚をもらいに行く社員、エゾシカハンターについていく社員、ハンターの免許を取りにいく社員、フランスへ肉の勉強に行きたいと言い出す社員。財務の勉強に名古屋へいく社員、また自費で目標達成メソッドやリーダーシップを学びに行く社員。これも自費で自発的にお肉博士の試験を受けて見事合格した社員が24名。まだ増えます。誰かに言われたわけではなく、自然とそうなっています。

「営業の子で、仕入れ担当をやりたいって言い出した人がいるんですよ。会社全体が見えているからこそ出てくる発想だと思います。今の仕入れ担当は今年60歳で、その技術や人脈を誰かに引き継がないといけない。それをみんなわかっているから、『自分がやった方がいいかな』って思えるんでしょうね」
信じることを決めると、制度で縛らなくても人は動き出す。「いいよ」という一言に、田村氏の経営哲学の全てが凝縮されています。
工場長を営業部から抜擢したら、退勤時間が1時間縮んで生産量が上がった
「適材適所に尽きますね」
そう言う田村氏が語るエピソードは、人材配置の本質を突いていました。営業部の課長だった飛嶋氏を工場長に異動させたところ、50人規模の工場で全員の退勤時間が1時間短縮され、生産量まで上がったのです。

本人に聞いてみると、「特に何かをやったわけじゃないですよ」という答えが返ってきました。雰囲気作りだけで、そうなったと言うのです。それまでは昭和スタイルの方が工場を仕切っており、力強かったものの連携が取りにくかった。そこに明るくて朗らかな人を配置したら、わずか3ヶ月で結果が出ました。
「その場で輝けていない人がいるとしたら、それはその人が悪いんじゃなくて、その人を適切なポジションに置けていない上司の側に責任があると思っています」
この言葉には、田村氏の組織観が凝縮されています。辞めそうだった人が係長になったり、沈んでいた人が別の部署で明るく活躍したりする事例が「ゴロゴロある」と話す田村氏の表情は、誇らしげでした。
「抜けた後の穴をどう補填するか」という問いに対しても、答えはシンプルです。「誰かが抜けても回る組織にしようと決めていたから、ということですよ。ゴール設定ですね」。リーダーがいなくてもリーダーシップが発揮されないなら、リーダーが育っていないということ。だから育てる。それが先にあるから、動ける組織になっていくのです。
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チームで100億、全員の顔が見えている。「まあまあだったな」と言える日のために

「自分一人で100億を達成して、自分だけが喜ぶ、なんて絵は全く浮かばないんですよ」
田村氏が「チームで100億」を語るとき、その目に映っているのは数字ではなく、人の顔です。
「みんなで『こうすればできる、こうした方がいいよね』って言い合いながら進んで、10年後に達成したとき『まあまあだったな、俺たち!』って言いたいんです。それが僕の描いている人生のイメージです。そのとき、欠けてほしい顔が一人もいない。だから何度も『みんなで』って言ってしまうんですよね」
逆算思考こそが、この絵を現実にするエンジンです。100億と先にゴールを決めることで、明日誰に電話して何を調べればいいかが見えてくる。積み上げ型では「もう少し頑張ればちょっと伸びる」という感覚しか生まれないが、逆算型は最終地点から全てを逆算するので、今日の行動が明確になります。そして、ゴールへの執着があるからこそ、不機嫌でいる暇もなくなる。
今年4月には新工場の着工が決まっています。建設費は11億4,000万円。会長から「覚悟はあるか」と聞かれると、食い気味にこう返しました。「時間がないんで、早くやりましょう」と。そして続けます。「100億という目標がある以上、今の製造能力では絶対に足りないですから」。
生ハムでの「札幌ブランド」創出も、この逆算から生まれたビジョンです。イタリア産は2022年から、スペイン産は2025年11月末から相次いで輸入が停止となり、国内で本物の生ハムを作れる会社が少なくなった今、田村氏への問い合わせが増えています。

「生ハムってワインと同じで、作る土地の気候や環境が味に出るんです。どう頑張っても、札幌で作れば『札幌の味』になる。それが、うちにしか出せないオリジナリティだと思っています」
トヨタ自動車会長・豊田章男氏のGRヤリス戦略に共鳴するのも同じ発想からです。年間2,500台しか作らないマニュアル車がWRCラリーで勝ち、それがトヨタ全体のブランドと業績を押し上げた。生ハムが爆発的に売れなくても、「変態的な面白い会社」として話題になることで、社員が誇りを持ち、辞めたくない会社になり、それが最終的に大きな経済効果を生む。宇宙食プロジェクト(十勝すき焼きを宇宙へ送る試み)も、同じ文脈から生まれた施策です。
「100億を達成したら、会社は後輩たちに任せて、自分は『生ハムおじさん』になるのが夢なんですよ。毎年少しずつ腕を磨きながら作り続ける。名前もすでに考えています(笑)」
そう言って笑う田村氏の目は、すでにその未来を見ているようでした。
コントリより
「面白い会社を作ることが、最高の経営戦略だ」
この言葉を聞いたとき、多くの経営者は「うちは精肉会社だから関係ない」と感じるかもしれません。しかし、田村氏が実践してきたことの本質は業種を問いません。ゴールを先に決めて逆算する。信じると決めたら干渉しない。不機嫌はゴールから遠ざかる行為だと理解する。どれも、道具も資金も必要ない、思考の問題です。
どん底から、従業員がスペインやオーストラリアへ飛ぶほど情熱を持つ組織へ。その変化を生んだのは、制度でも仕組みでもなく、一人の経営者の「覚悟」と「哲学」でした。
田村氏と話していると、終始笑いが絶えません。それでいて、語られる内容は深く、具体的で、力強い。「ずっと青春してますね」と声をかけたとき、田村氏は即座にこう答えました。「全部楽しいです」と。
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プロフィール
北一ミート株式会社
代表取締役
田村 健一(たむら けんいち)
精肉・食肉加工を手がける北一ミート株式会社の代表取締役。家業を引き継ぐも、財務危機・人材流出という危機的状況に直面し、ノルマ廃止・報告書廃止など独自の経営改革を断行。2018年に熟成庫を設置し、カビ菌のコントロール技術でドライエイジング製法の特許を取得。2012年より倫理法人会の活動に参加し、「逆算型思考」と「信頼の哲学」を経営に取り入れ、自律型組織の構築を推進している。「チームで100億」を目標に掲げ、2026年4月には新工場の建設を開始。
ギャラリー









会社概要
| 会社名 | 北一ミート株式会社 |
| 代表取締役 | 田村 健一 |
| 設立 | 1980年(昭和55年)2月 |
| 資本金 | 5,500万円 |
| 本社所在地 | 〒007-0826 北海道札幌市東区東雁来6条2丁目2-25 |
| 従業員数 | 118名 |
| 事業内容 | 総合食肉卸及び加工製品製造販売 |
| コーポレートサイト | https://kitaichimeat.com/ |

