営業に腰が引けるのは、価値を信じきれていないからかもしれない
経営者と話していて、いちばんよく出てくる悩みのひとつが、これだと思います。
「うちのサービスはいいものだと思う。でも、売り込むのが苦手で」
わかります。僕もずっとそうでした。むしろ今も、油断すると腰が引けそうになる。この感覚は、けっこう根が深いんですよね。
コントリとして、そして一人の経営者として、この「営業への抵抗感」の正体をあらためて考えてみたいと思います。答えを先に置くより、そこにたどり着いた道筋のほうを共有できたら。同じ引っかかりを抱える経営者は、きっと少なくないはずなので。
抵抗感の裏にある、ふたつの気持ち
積極的に新規のお客さんへ動けない。その裏側には、たいてい二種類の気持ちが隠れています。
「腰が引ける」の裏にある、ふたつの気持ち
① 自分を守る気持ち
断られたくない/嫌われたくない/いい人でいたい。
誰にでもある、自然な感情。
② 価値を信じきれていない ← 本丸
「これ、本当に相手のためになる?」と無意識に疑っている状態。
営業テクニックでなく、自信と信念の問題。
ひとつは、自分を守る気持ち。断られたくない、嫌われたくない、いい人でいたい。これは誰にでもある。恥ずかしいことでもなんでもない。
もうひとつが、もう少しやっかいで、自分でも気づきにくい。それは、自分のサービスの価値を、心のどこかで信じきれていないという感覚です。
本当に価値があると腹の底から信じていれば、届けることにためらいは生まれにくい。医者が薬を勧めるのをためらわないのと同じで、効くと確信しているものは、堂々と差し出せる。
逆に言えば、腰が引けているとき、僕たちは無意識に「これ、本当に相手のためになるんだろうか」と疑っているのかもしれない。営業テクニックの問題に見えて、実は自信と信念の問題だったりします。
「すがる」と「届ける」は、まるで違う行為
もうひとつ、経営者と向き合う中で感じるのが、既存のお客さんへの向き合い方です。

今ある取引を大事にする。これはもちろん正しい。でも、そこに「しがみつく」感覚が混じると、話が少しねじれてくる。
しがみついているとき、動機は自分の安心にすり替わっています。新しい出会いを取りにいく怖さから逃げて、慣れた関係の中に留まる。それを「お客さんを大切にしている」と言い換えているだけ、ということが起こる。
一方で、新しい相手のところへ自分から出ていくのは、怖い。断られるリスクを引き受けにいくわけですから。でも、必要としている人のところへ先に歩いていく行為は、すがることの正反対です。攻めているようでいて、いちばん相手本位でいられる状態なんですよね。
コントリの経営者インタビューは、これまで無料でやってきました。先に貢献する。見返りをその場で求めない。この姿勢は、まさに「すがらずに届ける」を形にしたものだと思っています。
先に価値を渡すと、こちらの立場が弱くなるように感じる人もいます。でも実際は逆でした。損得を脇に置いて相手の想いに向き合うと、関係の質そのものが変わる。追いかけるのではなく、選んでもらえる。この順番の違いは、思っている以上に大きいんですよね。
サービスを広げることを、「愛」と意味づける
ここで大事になるのが、意味づけです。同じ「新規営業」という行動でも、心の中でどう位置づけているかで、まったく別のものになる。
同じ「新規営業」でも、意味づけで別物になる
「奪う行為」だと思うと
体が前に出ない。
ブレーキがかかる。
「価値の普及=愛の実践」だと捉え直すと
遠慮する理由がなくなる。
むしろ与えないことが損失になる。
- ◆価値あるものを、必要としている人に届ける
- ◆先に与え、貢献した上で、価値そのもので選ばれる
- ◆相手をちゃんと見て、役に立てると信じて動く
営業を「奪う行為」だと思っていると、当然ブレーキがかかります。奪うのは悪いことだから、体が前に出ない。
でも、こう捉え直したらどうか。自分のサービスを広げることは、価値の普及であり、愛の実践だ、と。
- 価値のあるものを、必要としている人に届ける
- 先に与え、貢献した上で、価値そのもので選ばれる
- 相手をちゃんと見て、役に立てると信じて動く
これは奪う行為ではなく、与える行為です。だとしたら、遠慮する理由がなくなる。むしろ与えないでいることのほうが、相手にとっても損失になる。
コントリの理念は、愛・誠実・貢献です。この三つを、僕は「いい話」としてではなく、日々の営業判断の基準として使いたいと思っています。目の前の一歩が、愛と貢献に沿っているか。そこを問えば、迷いはかなり減る。
だからコントリは、受け皿から磨く
意味づけができても、それだけでは片手落ちだと考えています。「愛だから積極的に届けよう」で終わると、ただの押しの強い営業に逆戻りしかねない。

大事なのは、攻めると決めたなら、まず受け皿となるサービスそのものを磨くこと。差し出すものが本当に価値あるものでなければ、意味づけは自己満足で終わってしまう。
コントリがこだわっているのは、拡散の量ではなく、出会いの質です。バズらせることより、「この経営者の想いが、必要な人にちゃんと伝わる」ことを設計する。伝えたつもりで終わらせず、届いた実感が出るところまでやりきる。
その質があるからこそ、自分から届けにいくことに胸を張れる。品質への自信と、能動的に広げる姿勢は、片方だけでは成立しない。両輪なんですよね。待ちの姿勢を手放すと同時に、待たれるに値するものをつくり続ける。この順番を、僕は大切にしています。
言い換えれば、攻めるための土台は、誠実にものをつくり込むところにある。派手な売り文句を磨くのではなく、中身を磨く。その中身に嘘がないから、迷わず前に出られる。逆に、中身に不安があるまま押し出そうとすると、どこかで無理が出て、結局あの「腰が引ける感覚」に戻ってしまう。だから僕にとって、営業の課題と品質の課題は、いつも地続きなんです。
届けることは、遠慮ではなく責任
中小企業の経営者は、本当にいいものを持っています。製品へのこだわり、自社への誇り、従業員との温かいエピソード。話を聞くたびに、こんな宝物が世に知られていないのはもったいない、と思う。
その「もったいなさ」の多くは、遠慮から来ています。発信も営業も、押し売りみたいで気が引ける、という遠慮。真面目で誠実な経営者ほど、この遠慮を強く持っている印象があります。人のことを考えられるからこそ、押しつけを恐れてしまう。
でも、価値あるものを届けないことは、遠慮ではなく、機会の放棄なのかもしれません。出会えたはずの人、役に立てたはずの人を、そのままにしてしまう。
自分の持っているものを信じて、必要としている人のところへ、自分から歩いていってほしい。それは押し売りではなく、いちばん誠実な貢献の形だと思っています。僕自身、今日からまた一歩、前に出ようと思っています。

