
事業承継税制のデメリット|中小企業が失敗を避ける5つの判断軸
事業承継税制は、後継者が引き継ぐ自社株の相続税・贈与税を最大で全額猶予できる制度です。「税金が実質ゼロになる」と聞けば、中小企業経営者にとって見逃せない選択肢に映るはずです。ただし、実際に活用を検討された経営者の方に取材を重ねるなかで、「制度を使ったからこそ抱えた不自由さ」を語られる場面にも幾度となく立ち会ってきました。
本記事では、事業承継税制の中小企業ならではのデメリットを5つに整理し、あえて使わない判断をした経営者の方が重視していた判断軸、そして税制以外の選択肢との組み合わせ方までを順に解説します。「相続税がゼロになる」だけで判断せず、10年後の経営構想と照らして決断するための材料として、お役に立てれば嬉しく思います。
事業承継税制とは:中小企業が使える相続税・贈与税の納税猶予制度
事業承継税制とは、後継者が先代経営者から自社株を引き継いだ際にかかる相続税・贈与税の納税を、一定要件のもとで猶予・免除する制度のことです。中小企業の代替わりを税負担で止めないための仕組みで、一般措置と特例措置の2種類が用意されています。
| 比較軸 | 一般措置 | 特例措置(2027年12月末で終了予定) |
|---|---|---|
| 対象株式 | △発行済議決権株式総数の3分の2まで | ○対象株式100%(上限なし) |
| 猶予割合 | △相続80% / 贈与100% | ○相続100% / 贈与100% |
| 雇用維持要件 | ×5年平均8割未達で猶予打切 | ○8割未達でも指導・助言+理由書提出で継続可 |
| 適用期限 | ○期限なし | △2027年12月31日まで/特例承継計画は2026年3月末までに提出 |
一般措置と特例措置の違い(納税猶予割合・対象株式・期限)
一般措置は対象株式が発行済議決権株式総数の3分の2まで、猶予割合は相続で80%・贈与で100%です。特例措置は対象株式100%・猶予割合100%まで拡張されており、雇用維持要件も実質的に緩和されています。ただし、この特例措置は2027年12月31日で終了予定です。
先代経営者の方々に取材を重ねるなかで、特例措置を選ばれた経営者ほど「猶予割合が高い」ことをメリットとして挙げられます。同時に、後継者の代の役員の方は「動きにくい」というお声を漏らされる場面もあり、光と影が同居する制度だと実感させられます。
対象となる「中小企業者」の要件と代表者要件
対象となる中小企業は、業種ごとに資本金・従業員数の上限が定められています。製造業なら資本金3億円以下または従業員300人以下、卸売業なら1億円以下または100人以下、といった区分けです。加えて、先代経営者が代表権を有していたことと後継者が承継後に代表権を持つことが要件となります。
「うちは対象内かどうか微妙で」というお声もよく伺いますが、対象要件の判定は決算書の一時点だけでなく、直前期・直前々期まで遡って確認する必要があります。判定の入り口で迷った場合は、認定支援機関の税理士に一度精査してもらうのが確実です。
2027年12月末で終了する特例措置のタイムライン
特例措置の適用を受けるには、2026年3月31日までに特例承継計画を都道府県知事に提出し、そのうえで2027年12月31日までに贈与または相続を実行する流れです。特例承継計画の提出期限はすでに1度延長されており、今後も再延長されるかは不透明です。
税理士橘慶太氏(円満相続ちゃんねる)は、2027年終了のタイムラインと相続税免除の仕組みを YouTube 上で詳細に解説しています(「2027年終了」事業承継税制で相続税が免除になる仕組みを徹底解説)。中小企業経営者の方は、まずタイムラインを俯瞰したうえで判断に入るのがおすすめです。
中小企業が見落としがちな事業承継税制の5つのデメリット
事業承継税制の最大のメリットは「相続税・贈与税が全額猶予される」点です。しかし、中小企業経営者が本当に注意すべきデメリットも5つあり、いずれも後継者の代・さらに次の代までを見据えたときに、ボディブローのように効いてきます。
デメリット1:取消事由に該当すると猶予税額+利子税を一括納付
事業承継税制で最も重いリスクが、取消事由への抵触です。要件違反が起きた瞬間、それまで猶予されていた相続税・贈与税に加えて利子税まで一括で納付する義務が発生します。数千万円単位の追納が突然発生するため、資金繰りへの打撃はきわめて大きいと言えます。
公認会計士・税理士の山崎隆弘氏も、注意すべき要件とデメリットを取り上げるなかで「適用前に必ず確認してほしい」と警鐘を鳴らしています(事業承継税制の注意すべき要件&デメリット)。取消事由の一覧を後継者と共有していない状態での適用は、あとから振り返って最も後悔されるパターンです。
デメリット2:年次・随時の報告義務と5年間の雇用維持要件(8割)
適用後は、都道府県知事および税務署への年次報告・継続届出書を提出し続ける必要があります。特に承継後5年間は、雇用の8割維持が原則要件となっており、経営環境の急変で人員整理を迫られると、要件維持が難しくなる場面が出てきます。
特例措置では8割未達でも認定支援機関の指導・助言があれば継続可となる緩和が入っていますが、「緩和されている=報告が要らない」わけではありません。書類作成の実務負担は5年〜30年以上続くため、社内の経理体制で吸収できるかを事前に見立てる必要があります。
デメリット3:後継者を実質的に固定し、経営判断の自由度が落ちる
事業承継税制は、後継者を1人(または複数の指定後継者)に固定する制度です。承継後に後継者が急逝したり、経営者としての適性がミスマッチだったりした場合でも、簡単には交代させられません。交代させた瞬間、猶予税額の納付が待ち構えているからです。
「うちの息子はまだ後継者と決めきれていない」というお声を伺うことがあります。経営者インタビューを続けるなかで見えてきたのは、後継者が定まっていない段階での税制活用は、後の代の選択肢を狭めやすいという現実です。
デメリット4:M&Aや廃業という選択肢を採りにくくなる
承継後に M&A(第三者への事業売却)や廃業を選ぶ場合、原則として猶予税額と利子税の一括納付が必要になります。中小企業M&A市場が活発化するなか、税制が「売却の逃げ道」を狭める構図はよく理解しておきたいところです。
中小企業の財務チャンネルでも、銀行から事業承継対策を提案されたときの視点として、「税制ありきの提案は、後の選択肢を狭める側面もある」と指摘されています(銀行から事業承継対策を提案されたら?)。承継後10年以内に売却の可能性があるなら、税制の採用は慎重に判断したいところです。
デメリット5:専門家コスト(税理士・弁護士報酬)が長期にわたり発生
特例承継計画の作成、認定支援機関との連携、年次報告書の作成、要件維持のモニタリングと、専門家に依頼するタスクは適用開始から30年近くにわたって発生し続けます。相続税の猶予額が大きいほど、費用対効果は取れる計算になりますが、猶予額が数百万円規模なら、専門家コストで相殺される可能性もあります。
「税制を使うために税理士報酬が毎年増える」というお声も、取材の現場で繰り返し伺ってきました。中小企業にとって、経営コストは常にシビアな判断対象。制度導入前に、5年・10年・20年のコストシミュレーションを重ねておく必要があります。財務体質を整えるうえでは、自己資本比率を高める7つの方法|中小企業経営者が実践できる財務改善策も併せて確認しておくと、承継後の資金繰り耐性が変わってきます。
特例措置と一般措置の違いから見る「デメリットが顕在化しやすい場面」
特例措置は「対象株式100%・猶予割合100%・雇用維持要件の実質緩和」と圧倒的に有利に見えます。ただし、有利さの裏側では後戻りしにくい構造が組み込まれています。どの局面でデメリットが刺さるのかを、事例ベースで分解します。
特例措置の雇用維持8割が「未達でも継続可」となる条件
特例措置では、雇用維持8割の要件を満たせなかった場合、認定支援機関からの指導・助言を受けたうえで理由書を提出することで、原則として納税猶予の継続が認められます。ただし、これはあくまで「理由書+指導・助言」が揃うことが前提です。書類の不備で継続が認められなかった事例も報告されています。
後継者を複数に分けたケースでの落とし穴
特例措置は最大3名の後継者に分けて適用できます。しかし、後継者間の議決権配分が想定と異なる形になったり、後継者の1人が退任したりすると、その部分について取消事由に該当するリスクが上がります。「兄弟で分けて安心」という判断が、10年後の対立の火種になったケースも伺います。
M&Aへ切り替えたときに猶予税額を再納付する範囲
特例措置には、経営環境の悪化を理由とした M&A・株式売却時の猶予税額の再計算措置が設けられています。ただし、「経営環境の悪化」の認定基準は厳しく、業績が安定している状態からの戦略的売却では、原則通り一括納付になる可能性が高いです。
現場で聞いた「あえて事業承継税制を選ばなかった中小企業」の判断軸
コントリでは経営者取材を積み重ねる中で、「制度としては魅力的だが、あえて使わない」という中小企業経営者の方に何人も出会ってきました。彼らが共通して重視していた5つの判断軸を紹介します。制度の是非というより、「自社の10年後をどう描くか」の問題です。
判断軸1:10年後の後継者候補が本当に固まっているか
「息子が継ぐと言ってくれた」段階で税制を検討される経営者の方は多いです。しかし、後継者本人が経営者としての適性を発揮するかは、実際に代表権を持って3〜5年経ってみないとわからないというのが取材で繰り返し伺ってきたお声です。後継者が固まっていない段階での税制活用は、後の代の身動きを重くする側面があります。
判断軸2:M&Aや第三者承継の可能性を捨てられるか
親族内承継を軸に据えつつも、「後継者が経営者として成長しなかった場合、M&Aで従業員の雇用を守る」という逃げ道を意識的に残しておく経営者の方も少なくありません。事業承継税制はこの逃げ道を狭めるため、M&A選択肢を残したい経営者ほど税制活用に慎重になります。
判断軸3:報告義務と専門家コストを社内で吸収できるか
年次報告・継続届出書は書式・作成手順が細かく、社内の経理担当者に丸投げするのは現実的ではありません。認定支援機関の税理士報酬が毎年発生することを、経営コストとして許容できるかが判断軸になります。中小企業では、経理体制がスリムなほど負担感が強くなります。
判断軸4:株価対策・持株会社化など他手段との比較優位
株価対策(役員退職金・不良資産の整理・持株会社化)によって自社株の評価額を下げてから承継するアプローチは、事業承継税制と併用も、代替も可能です。他手段で相続税額を圧縮できるなら、税制を使わない選択も現実的に浮かびます。移住節税チャンネルでは、ホールディングス化による節税パターンも解説されています(ホールディングス(持株会社)での事業承継&節税)。
判断軸5:オーナー個人の資金繰りに与える影響
事業承継税制は「相続税・贈与税の猶予」であり、免除確定までは債務として残るという点も見落とせません。オーナー個人の資産計画・老後資金への影響を考えると、あえて相続税を一括納付し、猶予債務を残さない選択にも合理性があります。オーナーの役員借入金・貸付金を早期に整理しておくと、承継時の税務判断が軽くなります。関連する実務は中小企業の役員借入金を解消する方法|相続と融資審査を守る5つの選択肢で詳しく整理していますので、あわせてご覧ください。
事業承継税制のデメリットを回避・軽減する実務ポイント
「使う」と決めた場合でも、デメリットは事前準備でかなり軽減できます。特例承継計画の提出タイミング、雇用維持要件のモニタリング、取消事由の可視化まで、中小企業が現実的に打てる手を整理します。
特例承継計画の提出期限と、認定支援機関との連携
特例承継計画は、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けたうえで作成・提出します。「顧問税理士が認定支援機関でない」ケースも多いため、まずは認定機関の税理士・会計士とのマッチングから始めるのが定石です。計画提出は制度活用の入り口であり、慌てて出すよりも中身を練り込むことが肝心です。
雇用維持要件のモニタリング体制のつくり方
雇用維持要件(原則8割)は、承継後5年間の平均値で判定されます。毎年の雇用者数を月次で追う仕組みを、経理・人事・経営者で共有しておくことが望ましいです。「気づいたら未達」を防ぐためには、承継直後にモニタリング表を整備しておくのが有効です。
取消事由の一覧化と、社内リスク管理表への落とし込み
取消事由には「代表権の喪失」「対象株式の売却」「一定割合以上の議決権譲渡」など複数のパターンがあります。顧問税理士に一覧化してもらい、社内のリスク管理表に落とし込むことで、取消事由への接近を早期に検知できます。取消事由を可視化しないまま運用し続けるのが、最も危険な状態です。
税制以外の選択肢と組み合わせる:M&A・持株会社・生前贈与の使い分け
事業承継税制は単独の解ではなく、他の選択肢と組み合わせて使うのが本質的な考え方です。中小企業経営者の実務目線で、税制/M&A/持株会社/暦年贈与・相続時精算課税の使い分けを俯瞰します。
M&Aとのハイブリッド:一部は税制、一部は売却
自社株の一部を後継者に贈与し、残りを M&A で第三者に売却するハイブリッド設計も可能です。税制の全額猶予メリットを享受しつつ、資本の一部を現金化することで、オーナー個人の老後資金を確保できます。ただし、事業承継税制の適用要件との整合性は、事前設計が肝心です。
持株会社化との比較:株価対策と議決権集中
持株会社化は、株価評価を圧縮しつつ議決権を集中できる設計です。堀江貴文氏がジャニーズ事案で解説していたように、代表取締役の留任を通じた特例措置適用の設計も選択肢に入ります(ジュリー氏の代表取締役留任は「事業承継税制」の特例措置を受けるため)。事業承継税制の「後継者の代表権要件」と持株会社化を組み合わせる設計は、応用範囲が広い手法です。
暦年贈与・相続時精算課税との併用パターン
暦年贈与(年110万円まで非課税)や相続時精算課税は、事業承継税制と併用が可能な範囲があります。相続税額の圧縮の柱を税制に置きつつ、細かな部分を暦年贈与で埋める、といった多層的な設計も現実的な選択です。「税制1本足打法」から「多層防御」に切り替える視点が、実務では有効に働きます。
まとめ:デメリットを直視したうえで「使う/使わない」を判断する
事業承継税制は強力な制度です。ただし、中小企業にとってはデメリットの重みが後継者世代にまで及びます。「相続税がゼロになる」だけを判断基準にせず、5つの判断軸で自社の状況に照らしてから決断してください。制度を使うか使わないかは、10年後の経営構想と切り離して決められる問題ではありません。
今日から取り組める3つのアクション
- 後継者候補との10年構想の対話:税制を検討する前に、後継者の意思・適性・時間軸を言語化する
- 認定支援機関の税理士との初回面談:自社が対象要件を満たすか、どの措置が現実的かを確認する
- 税制以外の選択肢との比較シミュレーション:M&A・持株会社化・暦年贈与を並べて、費用対効果を試算する
相談すべき専門家の選び方
認定経営革新等支援機関である税理士、事業承継に強い M&A アドバイザー、資産税に強い弁護士の3者が基本の座組みです。「顧問税理士1人にすべて委ねる」構造は、選択肢の狭窄を招きやすいと感じています。複数の専門家に同じ問いを投げ、答えの差分から意思決定の解像度を上げていく進め方をおすすめします。
FAQ|事業承継税制のデメリットに関するよくある質問
Q1. 事業承継税制は中小企業にとって「使わないほうがいい」ケースもありますか?
はい、あります。後継者が固まっていない、M&Aを選択肢として残したい、雇用維持要件の管理体制を組めない、といったケースでは、あえて使わない判断も合理的です。デメリットが顕在化しやすいのは「制度を使うこと自体が目的化してしまった場合」で、10年後の経営構想と切り離して決めてはいけません。
Q2. 特例措置と一般措置、中小企業ならどちらを選ぶべきですか?
2027年12月末で特例措置は終了予定のため、期限内に特例承継計画を提出できる中小企業は特例措置が有利です。ただし、猶予割合が高い分だけ取消時のインパクトも大きくなるため、雇用維持や後継者確定の見通しが立たないまま「有利だから」で選ぶのは危険です。特例承継計画の提出期限に間に合わない場合は、一般措置での適用可否も並行検討する形になります。
Q3. 事業承継税制を利用中にM&Aで会社を売却すると、猶予されていた税額はどうなりますか?
原則として、猶予されていた税額と利子税を一括納付する必要があります。特例措置には経営環境の悪化を理由とした一定の減免規定もありますが、認定基準は厳しく、業績が安定している状態からの戦略的売却では原則通り一括納付になります。M&Aの可能性が少しでもある中小企業は、税制利用前に必ず税理士とシミュレーションを重ねてください。
Q4. 事業承継税制のデメリットを回避しつつ、相続税負担を下げる方法はありますか?
はい、複数あります。株価対策(役員退職金・持株会社化・不良資産の整理)、暦年贈与・相続時精算課税、生命保険の活用など、税制以外にも中小企業が使える手段は多岐にわたります。事業承継税制は選択肢の1つとして相対化し、複数の選択肢を並べて比較検討することをおすすめします。
Q5. 特例承継計画は提出後に変更できますか?
はい、特例承継計画は提出後の変更・差替えが可能です。後継者や承継時期に変更が生じた場合、変更申請書を提出することで対応できます。ただし、変更内容によっては認定支援機関の指導・助言を再度受ける必要があり、「とりあえず出しておく」計画は後々の変更コストが重いため、初回提出時に一定の精度を出すことが望ましいです。
Q6. 事業承継税制の適用中に後継者が急逝した場合はどうなりますか?
次順位の後継者(第2種特例経営承継相続人等)への再承継が可能な設計となっており、要件を満たせば猶予は継続します。ただし、次の後継者が定まっていない場合や、要件を満たせない場合は、猶予税額の一括納付が発生します。「後継者は1人でよい」ではなく、次順位の想定まで含めて設計するのが実務上の考え方です。
編集部より
事業承継税制について経営者の方に取材を重ねるなかで、印象に残ったお言葉があります。「税制を使えばゼロになるという話じゃない。次の代に、どんな会社を渡したいかという話なんだ」と、ある中小企業経営者の方が語ってくださいました。制度は道具であって、目的は次の代への健全なバトンパス。この視点を持てるかどうかで、判断の質が変わります。
一度きりの承継だからこそ、後悔のない選択をしていただけたらと思います。この記事が、その一助になれば嬉しく思います。ご縁のあった経営者の方々から繰り返し伺ってきたお声を、少しでも読者の皆さまにお渡しできていれば幸いです。事業承継のご経験を、次の経営者の方に語り継いでいただく機会として、経営者インタビューを受けるメリット|信頼構築と採用力を高める効果もあわせてご覧いただければ嬉しく思います。

