貢献には、順番がある

貢献の順番を、経営者はよく取り違える

朝のプランニングで、宣言文を音読していたときのこと。「縁ある人を本当の意味で幸せにしている」という一節で、ふいに声が止まった。頭に浮かんだのは事業でも数字でもなく、まだ何者でもない僕を信じてそばにいてくれる、大切な人の顔だった。そこから一日ずっと、ひとつのことを考えている。貢献には、順番がある。そして経営者ほど、その順番を取り違えやすい。今日は経営の話として、そこを少し掘り下げてみたい。

「社会のため」の前に、抜け落ちているもの

経営をやっていると、「世の中の役に立ちたい」「業界を良くしたい」という言葉が、わりと自然に口をつく。志として本物だし、僕も同じことを思っている。ただ、その大きな絵を描くとき、いちばん近くにいる人がフレームの外にそっと押し出されていないか。正直、自分でも耳が痛い問いなんですよね。

一番遠い「社会」を語る前に、一番近い「この人」がいる。家族やパートナー、日々支えてくれる人たち。その人たちを満たせていないのに社会貢献を掲げるのは、順番として、どこか無理がある。近い人を後回しにした貢献は、遠くの人にもたぶん届かない。外に向けた立派さより先に、内側の温度がある。会社でいえば、いちばん近い社員が疲れ切っているのに、お客様の幸せを語る。その違和感と、たぶん地続きなんです。

枯れた井戸から、水は汲めない

貢献を「気合いで絞り出すもの」だと思っていた時期がある。自分がヘトヘトでも、周りのために頑張る。一見うつくしいけれど、続かない。無理に汲み上げた水は、どこか濁っているんです。そして、枯れた井戸から水を汲もうとし続けると、いつか井戸そのものが壊れる。燃え尽きた経営者を、僕は何人も見てきた。

本当の貢献は、器が満ちて、ふちからこぼれた分が流れていく。そういう質のものだと今は思っている。だからまず自分を満たす。そのうえで、いちばん近くで支えてくれる人を満たす。そこが潤ってはじめて、縁ある人に差し出すものが澄んでくる。順番は、内から外へ。自分 → 身近な人 → 縁ある人や社会。この矢印は、飛ばせない。飛ばして得た成果は、どこかで帳尻を合わせにくる。

経営者が家庭を「後回し」にしてしまう構造

やっかいなのは、経営者ほどこの順番が崩れやすいこと。事業は数字で成果が見えるし、褒めてももらえる。一方で家庭や身近な関係は、成果が見えづらいうえに、緊急でもない。だからつい後回しになる。「落ち着いたら、ちゃんと向き合う」と言いながら、その「落ち着いたら」は永遠に来なかったりするんです。

これはアチーブメントの学びとも重なる話で、家族や人間関係は、仕事や社会貢献と横に並ぶものではなく、その下に敷く土台に当たる、という考え方がある。並列で扱うから、忙しいときに真っ先に削られてしまう。土台だと捉え直すと、そこを削るのは、家の基礎を削って二階を広げるような話になる。短期的には広く見えても、長い目で見れば家ごと危うい。

厄介なのは、後回しにしても、しばらくは表面上まわってしまうこと。身近な人は、たいてい文句を言わずに支え続けてくれる。だからこそ、その我慢に甘えていることに気づきにくい。でも本当は、身近な関係こそ仕事の土台だったりする。土台がぐらついたまま高い塔を積んでも、どこかで傾く。仕事や社会貢献と天秤にかけて並べるものじゃなくて、その下に敷く前提。そこを見誤ると、成功しているのになぜか満たされない、という妙な状態に迷い込む。土台を整えることは、遠回りに見えていちばんの近道。

身近な人が満たされた会社は、発信も変わる

コントリは「想いを言葉に、発信を文化に。」を掲げて、経営者の言葉を世に届ける仕事をしている。100社を超える取材を続けていて感じるのは、いい発信をしている会社ほど、内側があたたかいということ。社長が身近な人を大切にしていて、その温度が、そのまま言葉ににじむんです。取材の場でふと漏れる家族への感謝や、スタッフへのまなざし。ああいうものは、演出では出せない。

発信の相談を受けるとき、僕はよく「何を書くか」より「どんな状態で書くか」の話をする。テクニックの前に、書き手の内側がどれだけ満ちているか。そこが痩せていると、どんなにきれいなテンプレートを使っても、言葉に芯が入らない。逆に、身近な人への感謝で内側が満ちている人の文章は、多少ぶきっちょでも、なぜか読み手の心に残る。発信を変えるというのは、書き方を変える前に、書き手の在り方が満ちていくこと。そこまで含めての「文化」だと思っている。

逆に、外向けにどれだけ立派なことを並べても、内側が枯れていると、言葉のどこかが上滑りする。読む人は、意外とそこを感じ取る。「伝える」と「伝わる」の差は、たぶんこの温度差なんですよね。だから僕は、拡散の数より出会いの質を大事にしたい。技術的にバズらせる方法もあるけれど、そこを追いかけるほど、言葉は軽くなっていく。自分の内側を満たすこと。身近な人を満たすこと。それがめぐりめぐって、遠くの誰かにちゃんと届く発信につながっていく。

まず、いちばん近い一人から

大きな社会貢献の話をする前に、隣にいる一人の顔を、もう一度ちゃんと見る。それが枯れていない状態をつくる、いちばん確実な一歩だと思っている。経営計画の見直しより先に、まずそこから始めてもいいくらいだと、今朝は本気で思った。

経営者インタビューを無料で続けているのも、根っこは同じ。まず目の前の一人に、ちゃんと向き合う。損得の前に、その人の想いをちゃんと聴く。その積み重ねの先にしか、本物の「文化」は立ち上がらない。

もし今、事業のことで頭がいっぱいで、身近な人の顔をしばらくまっすぐ見ていないなと感じるなら、それはたぶん、悪いことじゃなくてサインなんだと思う。順番を、そっと戻すタイミングが来ている、というだけのこと。僕自身、今朝そのサインを受け取ったばかりだ。だから偉そうなことは言えない。ただ、同じように走り続けている経営者の誰かに、少しでも届けばうれしい。僕はまた今日も、いちばん近い人の顔から、一日を始めたい。

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