柳井正のポートレート写真

柳井正の経営哲学|中小企業経営者が今日から実践できる10の教え

写真提供:Press Information Bureau / Prime Minister’s Office, Government of India(GODL-India), via Wikimedia Commons

「失敗したらどうしよう」——新しい挑戦を前に、この不安で足が止まったことはないでしょうか。

柳井正が経営の前提に据えたのは、失敗をしないことではなく、失敗から学ぶスピードでした。「一勝九敗」「変化対応」「全員経営」。山口県の一地方都市の紳士服店を一代で世界3位のアパレル企業に育てた男の言葉には、規模を問わず使える具体性があります。本稿では、柳井正の経営哲学を支える思想と、野菜事業をわずか1年半で撤退させた決断の経緯、そして中小企業経営者が今日から実践できる10の行動を、一次史料をもとに順に見ていきます。明日からの経営判断の一つの軸として、お役立ていただけると嬉しく思います。

柳井正とはどんな経営者か。「失敗を仕組みに変えた実務家」と呼ばれる理由

柳井正は、山口県の一地方都市の紳士服店を一代で世界的なアパレル企業へと成長させた実践者です。その成長過程における無数の失敗を一切隠さず公表し続け、失敗そのものではなく学びとリカバリーのスピードを評価基準に据えた点に、他の名経営者と一線を画す凄みがあります。

出来事年齢
1949年山口県宇部市で誕生0歳
1971年ジャスコを退社、小郡商事に入社22歳
1984年ユニクロ1号店を出店35歳
1991年ファーストリテイリングに社名変更42歳
1998年フリースが大ヒット49歳
2002年玉塚元一氏に社長交代53歳
2005年社長兼CEOに復帰56歳
2015年柳井正財団を設立66歳

筆者がこの略年表を眺めていて印象に残るのは、フリースの大ヒットとその急速な失速、社長交代とその後の復帰という、成功と失敗が交互に訪れる歩みです。まずは、ジャスコ退社から創業に至る前半生を見ていきましょう。

柳井正 経営者としての歩み
1949年・誕生 ~ 2015年・柳井正財団設立
1949
誕生
山口県宇部市に生まれる
1971
ジャスコ退社
家業の小郡商事へ入社
1984
ユニクロ1号店出店
広島に1号店をオープン
35歳
1991
社名変更
ファーストリテイリングに改称
1998
フリース大ヒット
全国的な社会現象に
2002
社長交代
経営を後継者へ委譲
2005
社長復帰
再び陣頭指揮を執る
2015
柳井正財団設立
社会貢献活動を本格化
※ フリースの大ヒットと急速な失速、社長交代とその後の復帰など、成功と失敗が交互に訪れてきた歩みです

ジャスコを9カ月で退社し、家業の紳士服店へ

柳井は早稲田大学卒業後の1971年、株式会社ジャスコに入社しますが、わずか約9カ月で退社しました。1972年、山口県宇部市で父が営む紳士服店「小郡商事株式会社」に入社し、1984年、社長就任と同時に「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」を略した「ユニクロ」の1号店を広島市に出店しています。当初は他社ブランドの安売り販売でしたが、偽造品混入問題を機にオリジナル商品開発へと事業モデルを転換していきました。

ユニクロ1号店から世界3位のアパレル企業へ

1991年、社名を「株式会社ファーストリテイリング」に変更し、1994年に広島証券取引所、1997年に東京証券取引所第一部に上場します。フリースの奇跡的な大ヒットとその急速な失速、野菜事業やスポクロの即撤退、ロンドン進出での大幅な店舗縮小、そして一度は後継者に譲った社長の座への自らの復帰——数え切れない失敗を一つも隠さずに公表し続けてきた点が、柳井を稀有な経営者にしています。

「一勝九敗」―失敗を経営システムに組み込む思想

柳井経営哲学の代名詞が「一勝九敗」です。柳井にとって重要なのは失敗しないことではなく、失敗に学ぶことと、リカバリーのスピードでした。

経営理念の事例を見ても、抽象的な精神論より、失敗を前提にした具体的な行動指針の方が組織に浸透しやすい場面は珍しくありません。この一点を出発点に、変化対応の思想と、玉塚元一氏との役割分担のエピソードが枝分かれしていきます。

「10戦10勝の経営」と「一勝九敗の経営」
失敗をどう扱うかで、意思決定のすべてが変わる
失敗を避けようとする慎重な意思決定と、失敗を織り込んだ上での素早い挑戦・撤退。同じ「経営判断」でも、その中身はまったく異なる。
従来型
10戦10勝を目指す経営
前提 失敗は許されない、負けは想定しない
判断基準 リスクを洗い出し尽くしてから動く
× 一度の失敗が致命傷になりやすい
× 石橋を叩いて渡るため決断が遅れがち
× 完璧な計画がなければ動けない
VS
一勝九敗型
一勝九敗を前提にした経営
前提 九つ失敗しても、一つの成功が上回ると考える
判断基準 小さく早く試し、ダメならすぐ撤退する
挑戦の回数そのものが増える
撤退基準を先に決めるため損切りが早い
失敗を学びとして次の挑戦に生かせる
※ 「一勝九敗」は、ユニクロ創業者・柳井正氏が自著のタイトルに掲げた経営哲学。10回のうち9回失敗しても、1回の成功が全体を上回ればよいという考え方。
○ 一勝九敗を前提にした経営の特徴 / × 10戦10勝を目指す経営の弱点

10回挑戦して9回失敗するという前提

柳井は著書『一勝九敗』でこう述べています。「一勝九敗——十回新しいことを始めれば、九回は失敗する」。野菜事業(SKIP)、スポクロ・ファミクロ、靴事業、婦人服事業など、ファーストリテイリングの歴史には数多くの撤退事例がありますが、柳井はそれらを隠さず著書で公開し、失敗の記録自体を経営資産として扱ってきました(出典:ダイヤモンド・チェーンストアオンライン「ビジネスは一勝九敗」2026年8月確認)。

完璧な成功こそが次の危険をはらむという逆説

柳井は「10戦10勝」という完璧な成功の方が、次の一手の危険性をはらむとまで語っています。挑戦をやめてしまう慢心こそが最大のリスクだという発想です。失敗を織り込んだ挑戦を続ける姿勢が、変化の速いアパレル業界で柳井を支え続けてきました。

「変化対応」―唯一の永続的な競争優位性

柳井が繰り返し語る経営の大原則が変化対応です。現状維持にしがみつく企業は生き残れず、原理原則を無視した目先の変化への迎合でも生き残れないという柳井の信念が、経営理念23ヶ条にも明文化されています。

柳井正の変化対応の思想 ― 3つの経営スタイル
現状維持でも、目先への迎合でもない。柳井正が説く「変化対応」の本質を、3つの経営スタイルの分岐で見る。
現状維持に
しがみつく経営
×衰退
目先の変化への
迎合のみ
×迎合止まり
原理原則に基づいた
能動的な変化
唯一の永続的な競争優位性
柳井正の信条:変化対応とは、原理原則という土台の上に立つ能動的な意思決定である。現状維持でも、目先への迎合でもなく、原理原則に基づく変化だけが、中小企業に持続的な競争優位性をもたらす。
○=生き残る道  ×=原理原則を欠き、生き残れない道

現状維持は生き残れない、迎合も生き残れない

柳井は「唯一の永続的な競争優位性は、原理原則に基づいて変化・変革し続ける企業だけがもつことができる」と語っています。柳井はこの信念のもと、父から継いだ紳士服店を自らカジュアル衣料店へと転換し、創業を支えた古参幹部を外部人材に入れ替えるなど、自らに対しても変化を厳しく適用してきました。

経営理念23ヶ条に明文化された「能動的に変化する経営」

柳井の経営哲学がもっとも凝縮された形で言語化されているのが「経営理念23ヶ条」です。「現実を直視し、時代に適応し、自ら能動的に変化する経営」という条文があり、経営学者の楠木建氏は、柳井が何を聞かれても答えが一切ブレないのは、この23ヶ条のように原理原則を結晶化させているからだと分析しています(出典:PRESIDENT「何を聞いても柳井正の答えがブレない理由」2026年8月確認)。

【エピソード】野菜事業をわずか1年半で撤退させた決断

2002年、柳井は役員全員の反対を押し切り、産直野菜の通信販売事業を立ち上げました。約20億円規模の損失を出しながらも、事業開始からわずか1年半で撤退を決断した速さに、柳井の哲学が凝縮されています。

野菜事業「SKIP」の顛末 2002年の挑戦から、わずか1年半後の撤退まで
役員全員の反対を押し切って始めた新規事業は、なぜここまで速く撤退へと舵を切れたのか。柳井正の意思決定の速さと一貫性を、4つのステップで振り返る。
1
2002年・立ち上げ 役員全員の反対を押し切り、産直野菜の通信販売事業「SKIP」を立ち上げ
2
1号店出店 東京・松屋銀座に1号店を出店
3
約20億円の損失 事業規模に対して大きな損失が発生
4
1年半で撤退 事業開始からわずか1年半で撤退を決断
※ ポイント 約20億円規模の損失を出しながらも、わずか1年半で撤退を決断。挑戦の速さと、見切りをつける速さが一貫している。

役員全員の反対を押し切った新規事業

柳井は「ユニクロのSPA(製造小売業)の手法を活用すれば、野菜だってなんだってできる」という発想のもと、運営会社エフアール・フーズによる産直野菜の通信販売事業「SKIP」を立ち上げました。同時期にはスポーツウェア業態「スポクロ」、ファミリー向け業態「ファミクロ」も展開しましたが、いずれもユニクロ本体との差別化が図れず短期間で撤退しています。

20億円規模の損失から学んだ「自社の強みから離れる多角化のリスク」

柳井はこれらの失敗を「一勝九敗」の一部として著書で率直に語り、自社の強みから離れた多角化のリスクと、徹底した市場調査と謙虚さの必要性を学びとして提示しています。撤退の速さそのものが、次の挑戦への投資余力を守る仕組みとして機能していたといえるでしょう。

玉塚元一への社長交代と「一緒に降格してくれ」という復帰

フリースブームの反動で業績が低迷した2002年、柳井は玉塚元一氏に社長職を譲りました。3年後、業績が回復基調に乗ってもなお満足しなかった柳井は、自ら共に降格する形で経営に復帰する道を選んでいます。

フリースブームの反動と脱カリスマ経営への転換

1998年秋冬の大ヒット後、2年後には売上高が約3,000億円まで落ち込み、原宿店も客足が途絶える状況に陥りました。2002年、業績不振の責任を取って澤田貴司副社長が退任することになった際、当時副社長だった玉塚元一氏は「なぜ澤田さんだけが責任を取るのか」と柳井に強く異議を唱えます。その直後、柳井は玉塚氏(当時39歳)に社長就任を打診しました。

柳井正が発した言葉 — 「一緒に降格してくれ」
2002年の社長交代と2005年の復帰、二つの決断
1998年秋冬の大ヒットから2年後、売上高は約3,000億円まで落ち込み、原宿店も客足が途絶える状況に。2002年、業績不振の責任を取って澤田貴司副社長が退任することになった際、玉塚元一氏(当時副社長)は「なぜ澤田さんだけが責任を取るのか」と柳井に強く異議を唱えました。その直後、柳井は玉塚氏(当時39歳)に社長就任を打診します。
一緒に降格してくれ。もう一回、一緒に経営を学び直そう」
柳井正 ― 玉塚元一氏へ2005年
経営責任を「共に引き受けた」二つの決断
2002年
社長交代 ― 若手への権限移譲
柳井正は自ら社長を退き、玉塚元一氏(当時39歳)に社長就任を打診。責任を一人に負わせず、経営の次世代への移譲を決断した。
2005年
柳井の復帰 ― 共に学び直す決断
業績立て直しのため柳井正が社長に復帰。玉塚氏だけを退かせるのではなく「一緒に降格してくれ」と自らも共に経営を学び直す姿勢を示した。
※ 澤田貴司氏(当時副社長)の引責退任をめぐるやり取りが、玉塚氏への社長打診の伏線となった。

3年で終わった玉塚体制、共に降格する形での復帰

玉塚体制のもと、フリースブーム後の業績は3年かけて回復基調に乗りますが、柳井はこの結果に満足しませんでした。2005年、柳井は玉塚氏にこう提案します。「一緒に降格してくれ。もう一回、一緒に経営を学び直そう」(出典:ファーストリテイリング公式サイト関連資料、日経BOOKプラス2026年8月確認)。柳井は会長から社長に復帰し、同時に持株会社体制へ移行しました。

「情報製造小売業」という自己定義とアメとムチのバランス

柳井は自社を一貫してサービス業ではなく製造小売業、さらに情報製造小売業だと定義してきました。挑戦したことは責めないが、学ばないこと・変化しないことには一切の容赦がないという評価基準も、柳井哲学の重要な柱です。

柳井正の経営哲学
アメとムチのバランス
挑戦は奨励し、学ばないこと・変化しないことは許さない評価構造
許容されること(アメ)
挑戦して失敗すること
×
許容されないこと(ムチ)
学ばないこと・変化しないこと
評価基準
柳井正が掲げる経営理念23ヶ条のうち、評価の土台となる一節
「公明正大、信賞必罰、完全実力主義の経営」
挑戦の奨励と成果責任の厳しさは対立するものではなく、同じ評価基準の両面として機能する。

サービス業でもモールでもない、SPAという事業モデル

柳井は流通ニュースの取材にこう語っています。「我々は情報製造小売業。アマゾン、ゾゾはモールだ」。自社で企画・生産・物流・販売までを一気通貫で手がけ、顧客が本当に欲しいものを即座に商品化できる仕組みへの進化を掲げている点が、単なる仲介業態とは根本的に異なるという自負です。

挑戦は責めず、学ばないことは許さない評価基準

経営理念23ヶ条には「公明正大、信賞必罰、完全実力主義の経営」という一条があり、結果を出せない場合の評価には一切の甘さがありません。挑戦したこと自体は責めないが、学ばないこと・変化しないことには一切の容赦がない——これが柳井流のアメとムチです。

【行動10選】中小企業経営者が柳井哲学を今日から実践する方法

柳井正の経営哲学は、世界3位のアパレル企業を築いた実業家だけのものではありません。「大企業だからできたことで、うちのような規模では関係ない」と感じる経営者の方も多くいらっしゃいます。しかし社員数名規模の中小企業でも、意思決定・撤退判断・人材育成の場面に落とし込める行動レベルの示唆があります。ここでは、今日から着手できる10の実践に絞って紹介します。

柳井正の教えを実践する行動10選チェックリスト

今日から着手できる項目から、チェックを入れてみてください

1
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4
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7
8
9
10

チェック項目はクリックで選択できます(状態はページの再読み込みでリセットされます)。自社に取り入れたい項目から着手してみてください。

挑戦と撤退の基準を見直す4つの実践

1つ目は、新サービスや新しい発信手法などを始める際、社内で「これは10回試して1回当たればいい施策」と明言してから着手することです。2つ目は、新しい取り組みを始める前に「いつまでに」「どの数字に届かなければやめる」という撤退ラインを、着手前に明文化しておくこと。3つ目は、月次の全体会議の中に「今月うまくいかなかったこと」を全員が1つずつ発表する時間を設けることです。4つ目は、好調のタイミングで「この成功はいつまで通用するか」を意識的に問い、次の一手を先に議論する時間を意図的に設ける実践です。

全員経営に落とし込む3つの実践

5つ目は、全員に「自分がもし経営者だったら、今何を変えるか」を年1回、簡単な用紙やヒアリングで書き出してもらう機会をつくることです。6つ目は、採用面接・評価面談で「環境の変化にどう対応してきたか」を具体的なエピソードで確認する質問を1つ用意すること。7つ目は、理念・行動指針を短い箇条書きに言語化し、全員が持ち歩ける1枚のカードやメモにまとめる実践です。

経営者自身の在り方を整える3つの実践

8つ目は、経営者・幹部自身が月1回、社員やクライアントの生の声を直接聞く時間を予定表に固定で入れることです。9つ目は、「挑戦して失敗したこと」は責めないが「学ばないこと・変化しないこと」は評価に反映させるという基準を明文化すること。10個目は、提供するサービスを「お客様が本当に欲しいものを、どれだけ早く形にできているか」という情報起点の視点で年1回棚卸しすることです。10の実践すべてを一度に始める必要はありません。まずは自社の状況に近いものを1つだけ選び、月次会議や評価面談といった既存の場に組み込むところから始めてみてください。

柳井正をもっと学ぶなら。読書ロードマップと本田宗一郎との比較

柳井哲学に触れる最初の一冊には『一勝九敗』が向いています。好調期にこそ読みたい場合は『成功は一日で捨て去れ』へ進むと理解が深まります。

まず読むべき2冊『一勝九敗』『成功は一日で捨て去れ』

『一勝九敗』は柳井哲学の核心にして入門書です。野菜事業・スポクロ・ロンドン進出縮小など、数々の失敗を柳井自身が赤裸々に語る一冊で、撤退基準を決める実践の直接の教科書になります。『成功は一日で捨て去れ』は、フリースの大成功の後、なお「現状維持は愚の骨頂」と説く一冊で、好調なときこそ次の変化を話す実践に必読です。

柳井正の経営哲学を学ぶ 読書ロードマップ 全4フェーズ・おすすめの読み進め順
A STEP 1 失敗観を体感する
『一勝九敗』 『成功は一日で捨て去れ』
野菜事業・スポクロ・ロンドン進出縮小など、数々の失敗を柳井氏自身が語る2冊。撤退基準の考え方と、好調なときこそ変化を恐れない姿勢を学ぶ入り口。 ▶ 次は「育成・実務」へ
B STEP 2 育成・実務に落とす
『経営者になるためのノート』
Phase Aで得た失敗観を、日々の経営判断や後進の育成にどう落とし込むかを具体的に示す実務書。 ▶ 次は「理念の原点」へ
C STEP 3 理念の原点を知る
『FAST RETAILING WAY』 楠木建氏の論考
ファーストリテイリングの企業理念そのものと、経営学者による分析から、柳井哲学の背骨となる考え方を理解する段階。 ▶ 次は「継承」へ
D STEP 4 継承を考える
玉塚元一氏との経緯 失敗学の連載
後継者との経緯や、失敗から学ぶ文化がどのように次世代へ引き継がれていくかを考察する最終段階。 ○ ここまでで読書ロードマップは完了
体感 ▶ 実務 ▶ 原点 ▶ 継承 の順で読み進めると、柳井正の経営哲学を立体的に理解できます。

本田宗一郎と比較するとさらに理解が深まる

本田宗一郎の経営哲学は現場・現物・現実に立脚し、技術者への信頼を出発点に失敗を許容する「現場型」の失敗観を持っていました。一方、柳井は撤退基準を事前に数字で決めておく「システム型」の失敗観を持つ点に違いがあり、両者を並べると失敗を許容する経営の2つの型がより明確に見えてきます。

編集部として印象に残ったのは、柳井が3年かけて業績を回復させた玉塚体制の結果に満足せず、自ら共に降格する形で復帰した決断でした。後継者に譲ってもなお経営者としての基準を妥協しない厳しさと、自らも責任を引き受ける姿勢が同時に成立していることに、経営哲学が一人の生き方そのものと不可分だったことを感じます。「経営者の経営哲学研究」コーナーでは、今後もこうした一次史料に基づく研究を、他の経営者にも広げていく予定です。

よくある質問

柳井正の経営哲学を一言で表すと何ですか

「一勝九敗」に集約されます。10回新しいことを始めれば9回は失敗するという前提のもと、失敗しないことではなく失敗に学ぶこととリカバリーのスピードを評価基準に据える思想です。

「変化対応」とはどのような考え方ですか

唯一の永続的な競争優位性は、原理原則に基づいて変化・変革し続ける企業だけが持つことができるという考え方です。現状維持にしがみつく経営でも、目先の変化に迎合するだけの経営でもなく、原理原則を土台にした能動的な変化を志向します。

社員数名規模の中小企業でも柳井正の経営理念を実践できますか

実践できます。世界3位のアパレル企業を築いた規模でなくとも、新しい施策を始める前に撤退基準を数字で決めておく、月1回失敗を共有する時間をつくるなど、規模に関わらず取り入れられる要素が多くあります。

柳井正の本を読むなら何から始めればいいですか

柳井哲学の核心にして入門書である『一勝九敗』から始める流れが定番とされています。好調期にこそ読みたい場合は、『成功は一日で捨て去れ』を後から読むとよいでしょう。

柳井正と本田宗一郎の経営哲学にはどのような違いがありますか

本田は現場・現物・現実に立脚し、技術者への信頼を出発点に失敗を許容する「現場型」の失敗観を持っていました。一方、柳井は撤退基準を事前に数字で決めておく「システム型」の失敗観を持つ点に違いがあります。両者とも失敗を恐れない点は共通しています。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

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