「水風呂の中で、すべてが一本につながった」——元物理教師が、サウナで「自由」を売るまで
「自分の人生は、自分で決める。でも、その答えを一人だけで見つける必要はない」——。
そう語るのは、株式会社Nova Clearly代表取締役の加納優誉(かのう まさたか)氏です。1994年生まれ。神奈川県立高校の物理教師から転身し、2023年1月に創業。サウナブランド「SAUNA NOVA」で累計3万点以上を販売し、創業3期目には年商1億円を突破しました。
ただ、その4年間には、大晦日の夜にかかってきた1本の電話も、預金残高が3,000円になった朝もありました。「何で起業するのか」が見つかるまでに10年を要した経営者の歩みを伺います。
「なぜフィンランド人は幸せなの?」——留学先のおじいちゃんが返した一言

起点は2018年の語学留学でした。教育系の大学にいた加納氏は「幸福度ランキング1位・フィンランド」がずっと気になっていたと言います。留学先で仲良くなったフィンランド人の高齢男性に、そのまま尋ねました。
「なんでそんなに幸せな国と言われるの?」
「サウナがあるから、と言われたのが、サウナに興味を持ったきっかけになっています」
穏やかな表情でそう振り返る加納氏ですが、当時は意味がまったく分からなかったと明かしてくれました。帰国してサウナに通っても、感想は「気持ちいいな」くらい。答えは、意味が分からないまま先に手渡されていたのです。
一方で、置き場所の見つからない気持ちもありました。20歳頃から「起業したい」と思い続けていたのです。
「ただ、『何で起業するか』というものがなかったんです」
海外へ行っても、大学院に進んでも、答えは出てきません。もう一つの夢だった「人を育てたい」という思いに従い、加納氏は大学院修了後、神奈川県立高校の教壇に立ちます。
歯科医の父を「ライバル」と見た少年。ティッシュ1枚から始めた物理の授業

加納氏は鳥取県鳥取市の生まれ。男3人兄弟の長男です。父は歯科医で、加納氏が4、5歳の頃に開業し、そこから3年ほど家はかなり厳しい生活だったと言います。
「父は結構寡黙で、めっちゃ真面目なタイプ。信念みたいなところ、責任感がかなり強いなというのを子どもながらに感じていて。僕は子どもの時からライバルだと思っていました。『こいつ超えてやる』と」
その苦労を知る両親は、息子たちに「ちゃんと就職しなさい」という道を用意しようとします。加納氏はそれを静かに聞き流していました。「自分で決めたい人生だった」からです。やりたいことが見つかった瞬間に辞める——就職する前から、そう決めていました。
選んだ専門は、物理でした。生徒に苦手意識を持たれやすく、加納氏自身も高校時代は好きではなかった科目です。だからこそ、でした。
「僕が当時教わった先生は、もともと大学の教授だったんですよ。実験とか、事象を見せるとか、そういったことが全然なくて、もう黒板との向き合いみたいな授業の仕方をされていて」
自分が面白くなかったのは、先生がそうだったから。だったら自分は面白くしてみたい。それが専攻の動機でした。
加納氏が組み立てたのは、「なんでこうなるの?」という問いが立ち上がる導入でした。たとえばティッシュを1枚。広げたまま落とすのと、丸めて落とすのとでは落ち方がまるで違う。そこから重力と空気抵抗の話へ入っていく。授業ごとに最低1つは、そうしたコンテンツを必ず用意すると決めていたそうです。
手応えは、テストの点数以外のところに表れました。
「聞き入る姿勢が違うんです。子どもが前のめりになったりとか、『ちょっと僕にもやらせてください』とか言ってくる子がいる。教室の雰囲気も上がるという感覚があったので」
この「とことん研究して、自分で組み立て直す」姿勢は、のちに商品開発でそのまま繰り返されます。

学級閉鎖明けの水風呂で、10年分の問いが一本につながった瞬間

決断の瞬間を、加納氏は今でも鮮明に覚えていました。コロナ禍のことです。担任するクラスで3人が発症して学級閉鎖となり、加納氏も1週間ほど自宅待機になりました。
「子どもとも触れ合えないし、家に1人でいるという状況が耐えられなかったんです」
学級閉鎖と自宅待機が明けたその日、加納氏はサウナへ向かいます。サウナ室に座っているうちに、頭を占めていた仕事や情報が少しずつ消えていく。そして、水風呂に身を沈めた瞬間でした。
「自分がこれだけサウナに救われているなら、この体験をもっと多くの人に届けたい。そう思いました」
噛みしめるように言葉を選びながら、加納氏は続けます。
「海外へ行っても、大学院へ行っても、教師になっても見つからなかった答えが、その水風呂の中で初めて一本につながった感覚がありました」
教師として3年。「目の前の40人だけでなく、もっと多くの人にきっかけを届けたい」という思いも募っていました。自分の人生を自分で決めてよかったと、加納氏は思っています。だからこそ、その体験を多くの人へ——腹が決まった瞬間でした。
「事業計画があったわけでも、成功する確信があったわけでもありません。ただ、『これをやりたい』という自分自身の気持ちだけは、初めてはっきりしました」
そして翌日、加納氏は退職届を出しています。早すぎる決断に見えますが、条件は整っていました。教育現場の人事は夏休みが区切り。しかも翌年度はクラスが2つ減り、担任が2人不要になるタイミングでした。
「もうなんか、導かれているなって感じました」
校長と副校長を校長室に呼び出し、伝えました。返ってきたのは「何言ってんの?」。それでも本気だと分かると、最後は引き継ぎまで一緒に考えて送り出してくれたと、加納氏は少し照れたように笑います。
実家に伝えたのは、もう戻れないところまで来た3月でした。母は驚いていました。父は、ひと言だけ返したそうです。「お前がやるなら」——挑戦を肯定する背中を、加納氏はずっと前から見ていました。
2022年12月31日、夜8時の電話。着工直前だった貸別荘が消えた大晦日



創業時の第一構想は、サウナ付きの貸別荘でした。規制の厳しい業態ですが、消防も保健所も許可は取得済み。あとは契約を交わして着工するだけ、という段階です。そこへ2022年の大晦日、夜8時。物件オーナーから電話が入りました。
「『ごめん、買ってくれる人が見つかったんで、売っちゃおうと思って』と」
表情を曇らせながら、加納氏は振り返ります。
「人生で一番しんどかった時期というか、『まさか、これだけ準備してきたものが一瞬で崩れ去るのか』となったのが、2022年の年末ですね」
登記の申請は済んでおり、会社は予定どおり誕生します。ただし、やるはずだった事業だけが消えていました。
泣くほど悔しかったのは、最初の3日ほど。年明けの2日には、加納氏はもう切り替えています。物件を探し直せば許可の再取得に半年。その間、売上は立ちません。必要な資金も2,000万円規模でした。並行して開発していたサウナグッズをブランドとして立てる——不運への対処ではなく、意思決定です。
「今思うと、めっちゃ良かったなと思っています。そこで物件を持っていて、借り入れをしていたら、重いし、結構焦っていたと思うので」
クラウドファンディング1,476%のあとに待っていた「まったく売れない」現実
2023年2月、SAUNA NOVAはクラウドファンディングでローンチ。結果は目標比1,476%。
「完全に勘違いしました。『これは売れる』と思ったんです」
少し苦笑いしながら、加納氏は打ち明けます。ところが一般販売を始めた途端、まったく売れません。広告費と在庫で資金は減り続け、住む場所にも困る時期を経験しました。
「『良いものをつくれば売れる』『自分が良いと思えばお客様も良いと思ってくれる』という考えが、経営者としてものすごく甘かったことに気づきました」
ここで加納氏がやったことは、2つでした。売り方は徹底的に直す。届ける相手は、むしろ絞る。ECサイトも広告も商品の見せ方も一つずつ作り直しながら、ターゲットは広げずに狭めていったのです。ただし、と加納氏は言葉を足します。
「僕たちは『売上だけを追わない』と決めたわけではありません。会社である以上、売上も利益も必要です」
明確になったのは、別のことでした。短期的な売上のために、ブランドの信念までは曲げない。誰にでも好かれようと個性を薄めれば、SAUNA NOVAである意味がなくなってしまうからです。
預金残高3,000円。「自分でやり切りたい」を手放して見つけた答え

それでも資金繰りは限界に近づきます。2024年の年明け、口座残高は3,000円でした。
「大きな案件はあったんですけど、入金が2月末で。『マジで回らねえわ』となって」
まず親から借りた資金を代表借入金として入れます。しかし1期目が赤字では、融資もなかなか通りません。そこで頼ったのが横浜商工会議所の担当者でした。同い年で、サウナ好きで、加納氏のInstagramのフォロワーでもあった人です。
「『どこか、この業績でもお金を貸してくれるところはないかな』と相談して、紹介してもらったのが、今のメインバンクのかながわ信用金庫さんの支店長さんです」
支店長は融資の決裁を出してくれました。資金の道が開けた2024年春、フジテレビのドラマ「イップス」で主演の篠原涼子さんがSAUNA NOVAのサウナハットを着用する場面が放送され、大きな話題になります。東京・赤坂の「サウナ東京」からも、コラボレーションの依頼が届きました。
追い風のなかで、加納氏がその資金を投じた先は、広告でも在庫でもありません。人です。ECの知識も、集客の知識も自分にはない。EC運用のできるWebデザイナーを正社員として迎え入れると、そこから流れが変わりました。2024年後半の売上は、前半の6〜7倍に伸びます。
「やっぱり人に投資するって大事、人を頼るということが大事なんだな、というところを、2期目にかなり学んで」
力強い口調で、加納氏はこう続けます。
「『自分でやった方が早い』とか『自分でやり切りたい』と思っちゃっていたのが良くなかったな、と気づけたんです」
追い込まれた半年を、加納氏はこう総括します。
「以前の僕は、『自分の人生なのだから、自分で答えを見つけなければいけない』とどこかで思っていました。でも実際には、一番苦しかったときも、その後会社が成長したときも、人との縁や周囲の力に何度も助けてもらいました」
自分の人生は、自分で決める。でも、その答えを一人だけで見つける必要はない。SAUNA NOVAが伝えたいことの一つは、加納氏が経営で学び直したこの一行でもあります。
ペルソナは、自分自身。100個のサウナハットを研究し、たどり着いた3層構造

突破口は、売り方を学び直す過程で出会った『マーケティング22の法則』でした。「まず1つの商品で、1人の人に届ける」。それまでのターゲットは「サウナ好きの20代、30代」でしたが、加納氏はこれを自分自身に置き換えます。転職や今の職場に迷っていて、かつ「いいものを長く使う」人。つまり、かつての自分です。
「『僕自身がそれで買うのかどうか』というところで、商品開発も売り方も広告の仕方も全部考えているというのは、今も続いています」
白いTシャツ姿の加納氏が、そう言いながらテーブルにパープルのサウナハットを置きました。生地の縁を指でなぞって層を示す手つきは、教室で実験道具を配る先生のそれです。この商品もまた、徹底した「研究」から生まれました。
「僕が100個試した、というのが最初だったと思うんですけど。あと実際に解体したんです。『中身はどんな構造になってんだろう』みたいな」
そこで浮かんだのが、断熱材を中に入れるという発想でした。他社製品の多くがタオル生地やウールの1枚仕立てであるのに対し、SAUNA NOVAのサウナハットは3層構造。表地は遮熱生地、中綿は断熱材、頭に触れる内側は通気性のあるメッシュです。
「サウナに長く入れるようになる、というところが1個の価値かなと思っていて」
熱い空気は上にたまるので、サウナでは頭がもっとも熱くなります。そこを守れば、深部体温が上がりきるまで座っていられる。説明はどこまでも構造的でした。
商品は意匠登録を済ませ、現在はバージョン3。今年投入した上位モデルは大きなヒットになりました。通常版7,920円に対し、上位モデル「サウナハットPRO」は税込11,000円。相場を3,000円ほどとすれば3〜4倍で、名入れの刺繍モデルは16,000円になります。興味深いのは、この価格を決めたのが加納氏ではなかったことです。
「僕はちょっと『大丈夫かな』と思っていたんですけど、社員に『いや、絶対いけるから』って説得されて。やってみたら、めっちゃヒットしました」
肩の力を抜いて笑いながら、加納氏は続けます。
「あそこは多分、自分だけで決めたら、その値段では絶対出していないと思うので」
「人を頼る」は、経営者がもっとも手放しにくい価格決定にまで及んでいます。
2032年、日本一へ。「余白」を世界に届けるという次の目標

SAUNA NOVAが掲げるメッセージは「サウナは、自由だ。」。商品コンセプトは「最高のひとときを、身にまとう。」です。背景には危機感があります。「ととのう」がサウナの象徴になった結果、「ととのわなければいけない」という空気が生まれてしまいました。
「『わからないのに私、入っていいのかな?』みたいな文化にちょっとなりつつあるのが良くないなと思っていて」
何分入るか、水風呂に入るか、何セットするか。正解は他人が決めるものではない。それは人生も同じだ——ブランドの思想と経営者の哲学は、ここで完全に重なります。
2026年4月末には、初めて顧客を集めたブランド3周年イベントを30人限定で開きました。
「『こういう場をつくってくれることが嬉しい』とも言ってもらえて。ものを売るんじゃなくて、体験を売るんだ、というところにフォーカスすると決めたのが、本当に今年ですね」

社内で共有する目標も明確です。2028年までに「プレミアムなサウナハットといえばSAUNA NOVA」、2030年までに「サウナハットといえばSAUNA NOVA」、そして2032年までに「サウナブランドといえばSAUNA NOVA」。ただし、その「日本一」の定義が加納氏らしいものでした。
「売上とか個数じゃなくて、お客さん自身が『サウナハットといえば?』と聞かれたときに『SAUNA NOVAだよね』と言ってくれる状態をつくっていく。それがゴールというか、定義になっています」
その先には世界があります。取引先のサウナ東京では、海外から訪れた人が真っ先に手に取るのがSAUNA NOVAだと言います。一方で現在の課題はブランド認知だと、加納氏はまっすぐ前を見つめて言い切ります。
構想はさらに先へ伸びます。会員限定の「秘密基地」、そして一度は白紙になったサウナ付き貸別荘への再挑戦。帰るときに少しだけ「これからどう生きたいか」が明確になっている、そんな場所です。
「かつてフィンランドで一人のおじいさんから聞いた『サウナがあるから』という言葉が僕の人生に残ったように、今度は日本からSAUNA NOVAというブランドを通して、サウナが持つ価値を世界へ届けていきたいと思っています」
7年前に意味の分からなかった一言は、いま、加納氏が世界へ手渡す側の言葉になろうとしています。
コントリからのメッセージ
今回のインタビューで何度も立ち返ったのは、「自分に矢印を向ける」という言葉でした。
印象的だったのは、加納氏が「答えが見つかるまでに10年かかった」ことを少しも恥じていないことです。その遠回りの全部が、いまの事業の必然になっています。そして預金残高3,000円の加納氏を救ったのは、根性ではなく「人を頼る」という選択でした。商工会議所の担当者、信用金庫の支店長、最初の社員、価格を決めた社員たち。自分の答えは自分で決める、でも一人で見つける必要はない——それが実務の記録として語られるところに、この経営者の誠実さがあります。
サウナハットの層を指でなぞりながら説明する加納氏の顔つきは、間違いなく教師のそれでした。教える相手が、教室の40人から日本中のサウナーへ変わっただけなのだと思います。
誰かが決めた正解ではなく、自分の答えを選ぶ。その一歩を踏み出す勇気を、加納氏の言葉はきっと後押ししてくれるはずです。
プロフィール
株式会社Nova Clearly
代表取締役
加納 優誉(かのう まさたか)
1994年、鳥取県鳥取市生まれ。男3人兄弟の長男として育ち、小学校からサッカーに打ち込む。東京学芸大学大学院を修了後、神奈川県立高校の物理教師として教壇に立つ。2018年の語学留学でフィンランド人男性から聞いた「サウナがあるから」という言葉と、多忙な教員生活のなかでサウナに救われた実感が重なり、「サウナで生きていく」と決断。2023年1月に株式会社Nova Clearlyを創業する。サウナブランド「SAUNA NOVA」を展開し、サウナハットを中心に累計3万点以上を販売、創業3期目に年商1億円を突破。ブランドメッセージ「サウナは、自由だ。」を掲げ、2032年の「日本一のサウナブランド」を目指す。趣味は筋トレ、ゴルフ、旅行。座右の銘は「努力は夢中に勝てない」。
ギャラリー












会社概要
| 会社名 | 株式会社Nova Clearly |
| 代表者 | 代表取締役 加納 優誉 |
| 設立 | 2023年1月 |
| 資本金 | 200万円 |
| 本社所在地 | 神奈川県横浜市鶴見区駒岡3-18-13-202 |
| 東京営業所 | 〒108-0014 東京都港区芝4-6-5 芝大井ビル3F |
| 従業員数 | 10名(業務委託含む) |
| 事業内容 | サウナブランド「SAUNA NOVA」の企画・製造・販売(サウナハット/サウナポンチョ/サウナタオル ほか) |
| ブランドサイト | https://saunanova.shop/ |
| コーポレートサイト | https://nova-clearly.com/ |
| https://www.instagram.com/totonoe_teacher/ |

