経営危機を経験した経営者8人に聞いた|会社が傾いたとき何が起きたか

経営危機を経験した経営者8人に聞いた|会社が傾いたとき何が起きたか

1ヶ月で8億5,000万円の損失。年商50億円での民事再生。月の売上が数万円まで落ちて廃業届に手が伸びた日。これらはすべて、コントリが取材した経営者が実際に経験したことです。

経営危機の情報は、資金繰り改善や融資制度の解説として流通しています。しかし当事者が本当に知りたいのは、その手前にあることではないでしょうか。会社が傾いたとき、何が起きるのか。そして、どうやって立ち直ったのか。

取材した118社を読み直し、自社が明確な経営危機を経験した8社を抽出しました。損失額は数万円から8.5億円まで幅がありますが、語られた内容には共通する構造がありました。とくに、立ち直りの起点が全社ほぼ同じ場所にあったことは、予想外の発見でした。

この記事の元になった、危機を経験した8社

何をもとに書いているかを先に明示します。母集団がわからない記事は、読者が自分の状況に当てはめられないためです。

危機の規模は、数万円から8.5億円まで開いていた

企業何が起きたか
株式会社NEXT ONE電力市場の高騰で1ヶ月に8.5億円の損失。純資産5億円が消え3.5億円の債務超過
株式会社アケボノ前身の会社が年商50億円・社員430名で民事再生。その後、代表本人が肺がんステージ3
株式会社Review2,000万円の累損を引き受けて代表就任。口座残高50万円、7ヶ月間の無給
株式会社ウェブジェネレーションズ物販事業で2019年に破産。再挑戦した共同経営も2023年に行き詰まる
株式会社グラヴィティPRコロナ禍で月商が数万円に。廃業届の提出を本気で検討
株式会社弘栄ドリームワークスリーマンショックで「あの会社大丈夫か」と噂が立ち、銀行や取引先が離れる
SOCブルーイング株式会社創業パートナーが音信不通に。のちにコロナ禍で売上激減
株式会社エン・PCサービス自社サービスが軌道に乗らず資金が尽きかける。帯状疱疹と難聴を発症

金額の桁は3〜4つ違います。それでも、語られた内容の質はほとんど変わりませんでした。当事者にとって危機の大きさは、絶対額ではなく「自分が背負えるかどうか」で決まるということだと考えています。

なぜ8社なのか(15社から絞った経緯)

当初、機械的な語句検索では15社が該当しました。しかし1本ずつ読み直すと、倒産したのは父親の会社だった、業界一般の話として廃業に触れていた、再生を依頼された側だった——といった例が混ざっていました。自社が当事者として危機に直面した8社に絞っています。件数を膨らませないための判断です。

危機の原因を、全員が「外部」ではなく「自分」に置いていた

8社を並べて最初に目についたのがこれです。市場高騰、リーマンショック、コロナ禍——外部要因を挙げる理由は十分にありました。しかし語られたのは、ほぼ例外なく自分の経営判断の話でした。

「事故だよ」と慰められても、受け入れなかった

株式会社NEXT ONE・斉藤徹氏は、2021年1月に電力の市場価格が普段の20〜30倍に高騰し、売上17億円の会社で1ヶ月に8.5億円の損失を出しました。14年かけて積み上げた純資産5億円が消え、3.5億円の債務超過に陥ります。

友人たちは「徹さんは悪くないよ、事故だよ」と慰めたといいます。それでも斉藤氏に残ったのは、別の感情でした。

「本質的には、自分の経営が甘かったんだと感じました」

株式会社NEXT ONE 斉藤徹氏

受け入れるまで半年かかったと語ります。「深酒をして、朝起きると現実に戻る。夜になるとまた現実逃避でお酒を飲む。嘘であってほしいと思う日々でした」。

「利益が出ていないのに拡大していった」

株式会社アケボノ・細田健一氏は23歳で独立し、訪問販売型の外装工事で店舗を21まで増やしました。しかし年商50億円・社員430名まで育った会社は、34歳のときに民事再生に至ります。

「そもそも利益が出ていなかったんですよ。なのに拡大していっちゃった」「売上はあっても利益が残らない、自転車操業ですね」

株式会社アケボノ 細田健一氏

細田氏は、原因をさらに手前に置いています。当時の社長業は、役員やブロック長との会話とベンチャーキャピタルとの資金調達の打ち合わせが中心で、現場に足を運ぶことはなかったといいます。

「あの頃は志がなかったから。仕事はお金儲けの手段だったんですよね」「お金が回っているときは、そういう人たちが集まるんですよ。でも、それがなくなった瞬間、みんな去っていく。早いんです」

株式会社アケボノ 細田健一氏

そして、こう言い切りました。「今、当時の人間は1人もいないですからね。それが答えですよ」。

18年間、お金だけを追いかけていた

株式会社ウェブジェネレーションズ・北﨑氏は、独立後に月収500万円まで到達しながら、物販ビジネスで2019年に破産しています。振り返って本人が挙げたのは、視点の欠落でした。

「どうやったらお金が稼げるか、いかにして利益を出すか」——そこには「どうやって働くか」という視点がすっぽり抜け落ちていた、と語ります。仕事に誇りを持つこと、働く喜びを感じること。それを18年間忘れていた、という自己評価です。

あなたが乗り越えた話も、記録に残しませんか
コントリは経営者お一人ずつを訪問し、5,000字以上の記事にして公開しています。本記事で引用した8社も、すべてこの取材から生まれました。
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立ち直りの起点は、ほぼ全社が同じ場所にあった

この記事で最も強く見えたのがこれです。融資でも、コスト削減でも、新規事業でもありませんでした。8社中6社が、立ち直りの起点として「社員」を挙げています。

3.5億円を返したのは、社長ではなく社員だった

NEXT ONEの3.5億円の債務超過は、同じ年の12月に解消されています。ここで斉藤氏が強調したのは、返済の主体でした。

「社員自身が動いてくれたんです。もともとセールスの会社だったので、彼らが光ファイバーの営業に戻って、フロービジネスで返してくれた。あの姿を見たとき、自分の気持ちは本当に救われました」

株式会社NEXT ONE 斉藤徹氏

全社員を解雇するしかないと伝えたら、返ってきた言葉

株式会社Review・藤本茂夫氏は、2,000万円の累損を自ら引き受けて代表に就任しました。就任時の口座残高は50万円。事務所の家賃も払えず、全社員を解雇しなければ自分の給与も出せない状況でした。それを正直に伝えたときの反応が、その後を決めています。

「やれるだけやりましょう」——全員が声を揃えてそう言った

株式会社Review 藤本茂夫氏が、当時のメンバーから受けた返答

藤本氏を含む3〜4人が、無給のまま朝9時から夜10時まで働く日々が7ヶ月続きました。8ヶ月後に初めて受け取った給与は10万円。「あの10万円は、過去の給料の中で一番記憶に残っています」と語ります。

危機で気づいたのは「誰も辞めなかった」こと

山形の株式会社弘栄ドリームワークス・船橋吾一氏は、リーマンショックで「あの会社大丈夫か」という噂が立ち、銀行や取引先が何社か離れる状況を経験しました。その渦中で本人が気づいたのは、失ったものではなく残ったものでした。社員が1人も辞めなかったという事実です。

北海道のSOCブルーイング株式会社・坂口氏は、逆方向から同じ結論に立っています。コロナ禍で売上が激減するなか、「誰一人、解雇も減給もしない」と決めました。支えたのは座右の銘の「誠心誠意」。「美味しさを伝え続けること自体が、来てくださるお客様への恩返しであり、残っていかなくてはならないという使命感でもある」と語ります。

危機が、経営者の役割そのものを変えている

もう一つ共通していたのが、危機の前後で経営者の仕事の定義が変わっている点です。多くが「自分が動く」から「任せる」へ移っていました。

17億から91億へ。転換点は権限の移譲だった

債務超過を経験するまで、斉藤氏には社員を100%は信用しきれない感覚があったといいます。「私は代表取締役で連帯保証もしていて、会社が大変なことになっても逃げ道がない。でも社員は転職という逃げ道がある」。その壁を壊したのが、社員自身による返済でした。

「私が意思決定する経営から、彼ら自身が現場で意思決定を下し、私はそれを承認する側に回る。役割そのものが変わったんです」

株式会社NEXT ONE 斉藤徹氏

2021年に17億円だった売上は、2025年に91億円まで伸びています。本人はその要因を「意思決定の権限移譲ができたこと」だと分析しています。危機が、任せられなかった経営者を任せる経営者に変えたという構図です。

再起後に、還元率と単価を開示した

破産を経験したウェブジェネレーションズの北﨑氏は、2023年7月に会社を再始動させ、約2年で21人体制まで戻しています。破産から5年という信用情報の制約があるため、完全な無借金経営です。

再起後の経営方針は、危機の前とはっきり変わりました。契約単価の65%を社員に還元し、しかも契約単価そのものを開示しています。「正直で誠実であることが、事業を行う上で一番大切だと考えています」。お金だけを追っていた18年への回答が、透明性という形になっています。

底で選んだ一手が、その後を決めている

株式会社グラヴィティPR

廃業届を検討した月に、借りた金で講座に飛び込んだ

コロナで全部の仕事がなくなり、月商数万円が3ヶ月続く。廃業を本気で考えた山田佳奈恵氏が選んだのは、古巣の日本政策金融公庫からコロナ融資を受け、その資金でずっと受けたかった広報の講座に申し込むことだった。受講1ヶ月後から仕事を獲得し、月数万円だった売上は100万円台まで回復した。

株式会社エン・PCサービス

自社サービスを諦め、受託開発で食いぶちをつないだ

最初に立ち上げた音声提供サービスは集客が伸びず、前職で貯めた資金が尽きかける。斉藤完次氏は「生き残るために」受託開発へ切り替えた。当時のストレスで帯状疱疹と難聴を発症している。受託が回り始めてから、あらためて自社サービスの開発に戻った。

株式会社アケボノ

新築から完全撤退し、修繕・再生に絞った

倒産後に家業へ入り、2016年に代表就任。その矢先の肺がん闘病で売上は7〜8億円から約5億円へ落ちた。復帰後は新築をやめ、塗装・防水・大規模修繕に領域を狭めて専門性を深める判断をしている。現在は5期連続で売上を伸ばしている。

まとめ:数字の大小より、誰が残るかで決まっていた

8社を並べて見えたことを整理します。

  • 危機の規模は関係がない。 月数万円でも8.5億円でも、語られる内容の質は変わりませんでした
  • 全員が原因を自分に置いている。 市場高騰もリーマンもコロナも、外部要因として語られていません
  • 立ち直りの起点は社員だった。 8社中6社。融資でもコスト削減でもありません
  • 危機は経営者の役割を変える。 「自分が動く」から「任せる」へ移った例が複数ありました

もし今、資金繰りが厳しい局面にいるなら、8人の証言が指しているのは「危機のときに誰が残るかは、危機の前に決まっている」という点です。細田氏の「今、当時の人間は1人もいない」という言葉と、船橋氏の「社員が1人も辞めなかった」という言葉は、同じことを裏表から語っています。

この記事の限界

最も重要な限界を明記します。本記事は、危機を乗り越えて現在も事業を続けている8社だけを対象としています。同じ選択をして倒れた企業は含まれていません。したがって「この型なら立ち直れる」ことを示すデータではなく、「立ち直った8社ではこう語られた」という記述にとどまります。生存者だけを見ていることを踏まえてお読みください。

また、8社は無作為抽出ではなくコントリの取材に応じた企業であり、分類も編集部の判断によるものです。

編集部より

取材時にはそれぞれ独立した一社の物語として書いてきました。並べて読み直して初めて、「立ち直りの起点が社員だった」という共通点が見えました。個別の記事では気づけなかったことです。

本記事で引用した8社を含む全インタビューは経営者インタビュー一覧から、関連する横断記事は経営者118人に聞いた起業のきっかけ事業承継した経営者14人に聞いたからお読みいただけます。

経営者インタビュー、掲載企業を募集しています
まだ言葉にしていない想いを、5,000字以上の記事にしてお届けします。事前に30分のオンライン打ち合わせを行い、内容をすり合わせたうえで取材に伺います。
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運営:コントリ株式会社(東京都中央区銀座1-12-4 N&E BLD. 7階/代表取締役 飯塚昭博)

よくある質問(FAQ)

8社はどのように選んだのですか

コントリが取材した経営者118社を語句検索したところ15社が該当しましたが、1本ずつ読み直して「自社が当事者として経営危機に直面した」8社に絞りました。倒産したのが父親の会社だった例、業界一般の話として廃業に触れていた例、再生を依頼された側だった例などを除いています。

資金繰りの改善方法は書かれていますか

手法の解説は含みません。本記事は当事者が語った内容の記録です。資金繰りや再生手続きの実務については、中小企業庁・中小企業基盤整備機構の公式情報、および税理士・中小企業診断士等の専門家にご確認ください。

なぜ全員が原因を自分に置いていたのですか

本記事はその理由を説明できません。ただし、対象が「立ち直った企業」に限られている点は考慮が必要です。原因を外部に置いたままの経営者が同じように回復したかどうかは、本調査の範囲外です。

危機のときに社員が残るかどうかは、事前に分かりますか

8社の証言からは、危機のときの社員の動きが平時の関係の反映であることが読み取れます。「お金が回っているときは人が集まり、なくなった瞬間に去っていく」と語った経営者と、「社員が1人も辞めなかった」と語った経営者の差は、危機の最中ではなくそれ以前にあったと考えられます。ただしこれは8社からの解釈であり、一般則ではありません。

倒産や破産を経験しても再起できますか

本記事は保証をするものではありません。事実として、民事再生を経験した経営者が家業で代表に就き5期連続増収に至った例、破産から5年の制約下で無借金のまま21人体制を築いた例が確認できます。一方で、同じ状況から再起できなかった企業は本記事に含まれていません。

記事中の企業に問い合わせできますか

各社名からリンクしているインタビュー記事に、会社概要と公式サイトを掲載しています。なお本記事の引用は各社の掲載記事からのものであり、あらためて取材を行ったものではありません。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。本記事は、代表自身が同席した取材を含む8社の記録をもとに、編集部が横断して整理した。

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