
「発信が続かないのは、まだ追い詰められていないから」
発信を続けようと決めたのに、気づけば更新が止まっている。ネタが尽きたわけでも、時間が全くないわけでもないのに、なぜか手が止まる。そんな経験を持つ経営者は少なくない。
発信が続くかどうかを分けるのは、投稿の頻度や文章のうまさといったテクニックではない。株式会社DEARS(はらじゅく時計宝石修理研究所)の天野一啓氏はそう語る。分かれ目になるのは、自分がどこまで自分を追い込めているか、そして一度でも成果を実感した経験があるかどうかの2点だという。
本稿では、天野氏が語った3つの言葉を順に取り上げ、それぞれが指している意味を掘り下げる。発信が続かないと悩んでいる方は、自分の状況と照らし合わせながら読み進めてほしい。
株式会社DEARS(はらじゅく時計宝石修理研究所) 天野一啓 氏
「ご飯を食べなあかんから食べる」という追い込みの話
天野氏は発信を続ける理由を、生存に関わる比喩で説明した。この言葉が何を指しているのかを見ていく。
天野氏はこう語っている。「もう、やるしかない、ですね。ご飯を食べなあかんから食べる、みたいなイメージです。それがないと生きていけない、というところまで自分を追い込む」。発信を続ける理由を尋ねられて返ってきたのが、この生存に関わる比喩だった。
「ご飯を食べなあかんから食べる」という表現には、選択の余地がない。お腹が空いたから食べるのではなく、食べなければ生きていけないから食べる。天野氏は発信という行為を、まさにこの水準に置いている。やる気が出たときにやる、時間があるときにやる、という発想ではない。
ここで見落とせないのは、「自分を追い込む」という言葉が能動態(自分から働きかける言い方)で語られている点だ。追い込まれた、のではなく、追い込む。
天野氏は自分の意思で、発信をしなければ生きていけない状況に自らを置いている。外から与えられた締め切りではなく、自分で作った必要性だということになる。
優先順位という発想を外す
私たちコントリ編集部がこれまで取材してきた経営者の中にも、発信を「時間があればやること」と位置づけている人は少なくない。その場合、忙しさを理由に発信は真っ先に後回しになる。天野氏の言葉は、発信の優先順位を上げる工夫の話ではなく、優先順位という発想そのものを外すという話に近い。
発信を「できたらやる」ものではなく「食べること」と同じ水準に置く、という発想は、多くの経営者にとってすぐに真似できるものではない。
だからこそ天野氏は、モチベーションの話ではなく、自分をどこまで追い込めるかという、もう一段深い次元の話として語ったのだろう。テクニックを学ぶ前に、この発想の転換があるかどうかが問われている。
読者が自分に当てはめるなら
読者が自分の状況に当てはめるとすれば、まず問うべきは「発信をやめても今の売上や集客に困らないかどうか」だろう。困らないのであれば、天野氏の言う「追い込み」はまだ自分の中に存在していないことになる。発信を経営の中心に近い場所に置き直せるかどうかが、最初の分かれ道になる。
「追い込む」という言葉は、無理な働き方や心身を犠牲にすることを勧めているわけではない。天野氏が語っているのは、発信を後回しにできない状態を意図的に作るという話であり、発信の量を無理に増やすこととは別の問題。
追い込みの中身は、時間の使い方ではなく、発信をやめる選択肢を自分から取り除くことにある。
「生きていけない」という言葉の強さにも触れておきたい。天野氏はここで、発信をやめた場合の結果を、単なる機会損失としてではなく、事業の存続に関わるものとして語っている。
発信をやめても大きな損はしない、という認識のままでは、この言葉が指す状況には至らない。発信をやめることの結果を、どこまで具体的に事業の存続と結びつけて考えられるかが問われている。
発信が続かないのは、まだ追い詰められていないから
天野氏はこの言葉で、発信が続かない理由を言い切っている。ここでは、その言葉が指す意味を考える。
天野氏は端的にこう述べている。「発信が続かないのは、まだ追い詰められていないから」。発信のやり方や頻度、コンテンツの質を問う前に、そもそも追い詰められているかどうかを問う言葉だ。
この言葉を裏返すと、発信を続けられている経営者は、程度の差こそあれ、発信をしなければならない状況に置かれているということになる。売上や集客が発信の有無に直結している、発信をやめた瞬間に何かが立ち行かなくなる、といった状況だ。
逆に、発信をしなくても当面は困らない状況にいる経営者ほど、発信は続きにくいと言えるだろう。
これは、発信を続けられない経営者の意志が弱いという話ではない。天野氏の言葉が指しているのは、意志の強さではなく、置かれている状況そのものだ。追い詰められていない状態で発信を続けようとすれば、モチベーションや根性といった、天野氏が最初の言葉で否定したものに頼らざるを得なくなる。
筆者はこの言葉を聞いて、発信のノウハウを学んでも続かない、という悩みの多くがここに集約されるのではないかと感じた。テクニックの前に、発信をしなければならない状況を自分の中にどう作るかという問いが先にある。天野氏はその順番を、迷いなく語っていた。
業種で変わる追い込まれやすさ
この状況は、業種や事業の作り方によって差が出やすい。反響がすぐに問い合わせや来店につながる業態であれば、発信をやめた影響を実感しやすく、自然と追い詰められた状態に近づく。一方で、発信以外にも集客の手段が複数ある事業では、発信をやめても即座には困らないため、追い詰められる状況が生まれにくい。
依存度を上げるという逆転の発想
天野氏の言葉を読者が自分に当てはめるなら、発信を「複数ある集客手段の一つ」として分散させない発想もありうる。あえて発信への依存度を上げてみるという逆の発想である。依存度が上がるほど、発信をやめられない状況、つまり天野氏の言う「追い詰められた」状態に近づいていく。
天野氏の言葉は、追い詰められていない状態を責めているわけではない。発信をしなくても事業が回っている状態は、それ自体は経営として悪いことではない。ただし、その状態のままで発信だけを続けようとすると、天野氏の言う「追い込み」が働かないため、続きにくくなるという因果関係を指摘しているにすぎない。
一度でも出た成果が、待てる力になる
天野氏はもう一つ、成果と継続の関係についても語っている。この言葉を掘り下げる。
天野氏はこう続けている。「成果がすぐには出ないんです。でも一回でも成果が出た経験があると……コツコツと積み重ねて待てるようになる」。追い込みだけでは説明しきれない、もう一つの条件がここに示されている。
発信を始めた直後は、反応も成果もほとんど返ってこない。この空白の期間に発信をやめてしまう経営者は多い。天野氏の言葉が示すのは、その空白期間そのものをなくす方法ではなく、一度でも成果を経験したかどうかで、その空白期間への耐性が変わるという事実だ。
「コツコツと積み重ねて待てるようになる」という表現は、成果が出ない状態をただ我慢するという意味ではない。一度成果を実感した経験があるからこそ、次も同じように積み重ねれば結果につながると見込みを持てる、という意味に近い。
見込みのない我慢と、見込みのある継続は、外から見れば同じ「続けている」状態でも、中身が違う。
天野氏の言葉を順に並べると、追い込みが発信を始めさせ、最初の成果が発信を続けさせる、という流れが見えてくる。追い込みだけでは、成果が出ない期間に心が折れる可能性がある。
一度の成果を経験して初めて、追い込みは待てる力に変わっていく。
最初の成果がいつ、どのような形で訪れるかは、天野氏自身の発言の中でも具体的には語られていない。ポイントは、成果が出ないまま発信を続けるあの期間を、失敗の証拠として受け取るか、まだ最初の一回に到達していないだけと受け取るかという解釈の違いだ。天野氏の言葉は後者の見方を選んでいる。
空白期間をどう受け止めるか
読者が今、発信を始めたばかりで成果を感じられずにいるなら、天野氏の言葉はそのまま当てはめられる。今の状態は失敗ではなく、まだ一度目の成果を経験する前の段階にすぎない。そう捉え直せるかどうかで、同じ空白期間でも続けられるかどうかが変わってくる。
天野氏がここで語っているのは、成果を早く出すための工夫ではない。成果が出ない期間そのものは変えられないという前提に立ち、その期間をどう乗り越えるかという話。一度の成果を経験する前と後とでは、同じ「発信を続ける」という行為でも、内側にある確信の度合いがまったく違う。
「コツコツと積み重ねて」という言い回しにも、天野氏の姿勢が表れている。一度の成果を、そこで満足する到達点としてではなく、次の積み重ねを支える根拠として扱っている。派手な成功体験を追い求める話ではなく、地味な積み重ねを続けるための、小さな裏付けを得たという言い方に近い。
3つの条件をチェックリストで整理
天野氏の3つの発言から見える条件を、あらためてチェックリストの形で整理する。
天野氏の発言から見える、発信が続く条件
- 「やらなければ生きていけない」というところまで自分を追い込んでいる
- 成果が出ない期間があることを、あらかじめ織り込んでいる
- 一度でも成果が出た経験を持っている
3つとも、発信の技術やツールの使い方とは関係がない。どこまで自分を追い込んでいるか、成果が出ない期間をどう捉えているか、そして一度でも成果を経験しているか。天野氏の言葉は、この3点に集約される。順番に自分の状況を照らし合わせてみると、今どこでつまずいているのかが見えてくるはずだ。
まとめ
天野氏の言葉からの示唆
- 発信が続かない理由は、やり方ではなく追い込みの足りなさにあることがある
- 成果が出るまでの空白期間は、誰にでもある
- 最初の一回を待てるかどうかが、その後を分ける
編集部コメント
天野氏の3つの発言を並べて読むと、共通しているのは精神論の強さではなく、状況の作り方への言及だという点だ。「追い込む」も「追い詰められる」も、気合いの話としてではなく、自分がどんな状況に身を置いているかという話として語られている。
筆者が特に着目したのは、「自分を追い込む」という言葉が能動態で使われていたことだ。追い込まれる、という受け身の表現ではない。発信をしなければ生きていけない状況を自分で作ったと天野氏は語っている。
この違いは小さいようで、他の経営者が自分の状況に当てはめる際の手がかりになる。
もう一つ着目したのは、成果に関する発言に「一回でも」という限定がついていたことだ。継続的な成果ではなく、一度の成果体験が「待てる」力を生むという言い方をしている。
この2つの発言を合わせると、天野氏の発信継続は、強い意志力というより、状況の設計と一度の成功体験という、再現性のある2つの要素に支えられていると読める。
経営者が自らの言葉で語り、それを私たち編集部が受け止めて記事にする。そのやり取り自体が、コントリの大切にしている「Communication × Contribution」の実践でもあると筆者は感じている。
3つの発言の順番にも意味があると筆者は考えている。まず「追い込む」が語られ、次に「追い詰められていないから続かない」という裏返しの説明が続き、最後に成果の話が出てくる。
追い込みが先で、成果はその後についてくるものとして位置づけられている点は、成果を先に求めがちな発信のノウハウ論とは順番が逆であり、この記事で特に取り上げたい点。
天野氏が語ったのは、はらじゅく時計宝石修理研究所での実感であり、誰にでもそのまま当てはまる法則ではない。それでも、発信を「できたらやる」ものから「やらなければ生きていけない」ものへと自分の中で位置づけ直せるか。そして最初の一回をどう作るか。この2つの問いは、業種を問わず持ち帰れる視点だと筆者は考えている。
発信の書き方やネタ出しの工夫は、それ自体が無駄というわけではない。ただ、天野氏の話を聞いたあとでは、その前に確かめるべき順番があったのかもしれないと思わされる。
書き方を整える前に、発信をやめられない状況を自分の中にどう作るか。今回の3つの発言は、その問いを読者それぞれに投げ返している。今日できることがあるとすれば、この3つの発言のどれか一つを、自分の発信の現状に重ねて問い直してみることだろう。

