
試用期間で本採用見送りの手続きと注意点|中小企業の訴訟回避
採用した社員について「本採用は難しい」と判断する場面に立ち会うことは、中小企業の経営者であれば誰しもご経験のある場面ではないでしょうか。とくに専属の人事担当者を置けない会社では、本採用見送りの手続きをどう進めるべきか、判断に迷うお声を編集部もよく伺います。
本採用見送りは、法的には通常の解雇とほぼ同じ重みを持つ判断です。「試用期間中だから自由に契約を終わらせられる」という認識は、不当解雇訴訟で会社側が敗訴する典型パターンといえます。鍵となるのは、客観的な事実記録、労働基準法20条の30日前予告ルール、本人への改善機会の付与という3点です。
本記事では、本採用見送りの法的位置づけ、認められる典型ケース、正しい手続き5ステップ、訴訟リスク回避の注意点までを順に整理してまいります。経営者の方々から繰り返し伺ってきたご質問もFAQとして6問まとめましたので、判断に迷われたときの羅針盤として、お役立ていただけたら嬉しく思います。
試用期間中の本採用見送りは「解雇」に該当する
試用期間満了に伴う本採用見送りは、法的には通常の解雇と同じ枠組みで判断されます。最高裁が示した「留保解約権の濫用は無効」という基準があり、客観的合理性と社会通念上の相当性を欠く本採用見送りは、違法解雇として認定されるという整理です。
「試用期間だから簡単に切れる」という思い込みが、現場で最も多い誤解。実際には、通常解雇との違いは度合いの問題であって、判断軸そのものは地続きという捉え方が正確です。判例の系譜と実務上の判断基準を最初に押さえておくと、後の手続きで迷いが減ります。
経営者の方々のお話を伺っていると、ここでの認識のずれが訴訟リスクの起点になっているケースが本当に多いと実感します。出発点の解像度を上げることが、最大の予防策につながると言えます。
留保解約権(解約権留保付労働契約)の意味
試用期間付きで雇用契約を結ぶ際、会社側は「適格性に問題があれば本採用しない」という権利を留保しています。これが留保解約権付労働契約と呼ばれる契約形態です。会社が雇用後に「やはり合わない」と判断したとき、通常解雇よりもやや柔軟に契約を終わらせる余地が残されている、という発想に基づいています。
ただし、留保解約権の行使にも限界があります。「本人の能力や勤務態度に客観的問題がある」「採用時点で会社が予測できなかった事情があった」など、合理的な根拠を会社側が立証できなければ、留保解約権の行使は権利の濫用と評価されてしまいます。結果として、本採用見送りそのものが無効と判断されるリスクが残るという厳しい現実です。
私自身、経営者支援の現場で「主観だけで切ろうとして揉めた」事例を、いくつも見てきました。判断の出発点には必ず客観的事実があるという原則を、まずはしっかり押さえていただきたい点です。
通常解雇との違いは「解約権の範囲がやや広い」だけ
通常解雇との違いは、評価対象を採用面接では把握しきれなかった部分まで広げられるという1点に集約されます。たとえば勤怠の安定性、職場での協調性、実務における能力発揮などは、面接時点で完全には判断できません。だからこそ試用期間中の観察結果を理由にしやすい、という整理です。
とはいえ「やや広い」だけで、無制限というわけではありません。指導や注意もせず一方的に「合わない」と切ってしまえば、通常解雇と同様に違法と判断されてしまうのです。違いは度合いの問題であって、判断軸そのものは通常解雇と地続きと捉えていただくのが安全です。
経営者支援の現場では、この感覚のずれが訴訟リスクの起点になる場面を何度も見てきました。試用期間という言葉の響きに引きずられず、解雇に準じた重みで構えるという姿勢が大切です。
三菱樹脂事件(最高裁・1973年)が示した判断基準
本採用見送りに関する基礎判例が、1973年の三菱樹脂事件最高裁判決です。この判例で確立された枠組みは「留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認できる場合のみ有効」というもの。50年以上前の判例が今も実務の出発点として生きているのは、留保解約権の本質をシンプルかつ正確に言語化した重みがあるからこそです。
弁護士法人咲くやこの花法律事務所が公開する解説動画でも、この三菱樹脂事件の枠組みが現在の判断の起点として丁寧に紹介されています。経営者として最低限押さえておきたい判例の一つ。社労士の先生に相談する際にも、この判例名を出すと話の入口が早くなるという実用的な側面もあります。
試用期間中の本採用見送りは、通常解雇と同じ判断軸に「採用後に判明した事情」が加わります
通常の解雇
本採用後の通常解雇
すでに本採用された従業員を解雇する場面。判断のハードルは高く、客観的合理性と社会通念上の相当性の両方が厳格に問われます。
試用期間中
試用期間中の本採用見送り
留保していた解約権を行使する場面。通常解雇よりは広く認められやすい一方、自由に見送れるわけではない点に注意が必要です。
採用後に初めて判明した、職務への適格性に関わる事情。採用時に知っていれば採用しなかったと評価できるかが目安になります。
どちらの判断も、共通する次の2つの土台の上で検討されます
見送りの理由が、感情や主観ではなく、客観的な事実で裏づけられていること。記録や証拠で説明できる状態が求められます。
見送りという判断が、世間一般の感覚に照らしても重すぎないこと。指導や改善機会を与えたかなどの経過も評価されます。
本採用見送りが認められる典型5ケース
裁判で本採用見送りが有効と認められるのは、ほぼ客観的事実に基づく能力・適格性の欠如に集約されます。逆に「上司との相性が悪い」「なんとなく合わない」といった主観的理由では、ほぼ確実に裁判所では通らないという厳しい現実があるのです。
実務上、認められやすい5つのケースを順番に整理してみました。それぞれに「立証に必要な事実」と「ありがちなNG例」があり、押さえどころが違ってきます。経営者の方々が判断に迷われる場面で、まず照らし合わせる定規としてご活用ください。
5ケースに共通するのは、書面・記録・指導プロセスという3点セットで裏付けが取れているかという観点です。逆に言えば、ここを押さえておけば判断の確度はかなり上がるという整理になります。
勤怠不良(遅刻・欠勤の繰り返し)
最も認められやすいのが、指導しても改善しない遅刻・欠勤の繰り返しです。試用期間3か月のうちに無断欠勤が複数日に及び、注意しても態度が変わらないケースなどは、裁判例でも本採用見送りが有効と判断された事例が積み上がっています。
ただし「1〜2回の遅刻だけで本採用見送り」というのは通用しません。会社として注意・指導したという記録(口頭の注意でも面談メモを残すなど)が、訴訟時の立証材料になります。記録の有無で勝敗が分かれるのが、勤怠不良案件の最大の特徴です。
経営者の方々から「言えば分かると思っていた」というお声をよく伺うのですが、口頭注意の事実そのものが立証困難になるという現実があります。注意した日時と内容を一行メモに残す習慣が、後日の自社を守る盾となるという感覚です。
能力不足(指導しても改善が見られない)
能力不足を理由とする場合、客観的な業務目標を示し、その未達が継続していることを証拠で示す必要があります。社労士事務所の解説動画でも、能力不足を理由にするには「指導と評価のプロセスを記録に残し、改善機会を与えたこと」が要件として繰り返し強調されています。
「成果が出ていない」だけでは弱く、何を期待し、どこまで指導し、何が改善されなかったかを書面で示せて初めて立証可能になる、という整理です。能力評価には主観が入り込みやすいだけに、業務目標の文書化と評価面談の議事録という形式的な裏付けが効いてきます。
実務的には、入社時に交付した期待行動リストと、月次面談の議事録の2点セットがあれば、相当強い立証材料になるという感覚があります。
経歴詐称(採用判断を左右する重大な虚偽)
履歴書の経歴に重大な虚偽があり、それが採用判断を左右するレベルだった場合は、本採用見送りが認められやすいケースです。たとえば保有資格や前職役職、学歴の重大な詐称などが典型例にあたります。
ただし「会社が知っていれば採用しなかったレベル」の重大性が必要で、軽微な誤記や記載漏れだけでは本採用見送りの正当事由とは評価されません。判例上「会社の採用判断に直接影響する重要事実」が基準とされており、ここの線引きは慎重に検討すべきところです。
詐称が発覚した時点で、まず採用面接時の質問記録(質問内容と本人回答)を確認しておくと、後の立証が安定します。質問していない事項についての沈黙は詐称と評価されにくいという論点もあるためです。
協調性欠如・職場秩序の乱れ
他の社員と頻繁にトラブルを起こす、業務指示に従わない、職場のルールを無視するなど、組織運営に支障をきたす言動が継続するケースも典型例です。ただし「ちょっと頑固」程度では足りず、業務遂行や他社員の就労環境に明確な悪影響が出ているという事実が必要になります。
具体的には、業務指示への反抗事実が複数回ある、他社員からのハラスメント相談が複数寄せられている、職場ルール違反を注意しても改善されないなど、客観的事実の積み上げが立証の鍵となります。
ここでも記録の継続性が問われる場面が多く、トラブル発生時の事実関係を時系列でメモする習慣が予防策として効いてきます。
健康状態の不適格(業務遂行が困難)
採用時に把握できなかった健康状態が、業務遂行に重大な支障をきたすケースも対象に含まれます。ただし健康問題には配慮義務との兼ね合いがあり、配置転換や業務軽減の検討を尽くしたかが必ず問われる点に注意が必要です。
「健康問題があるから本採用見送り」と短絡的に処理すると、安全配慮義務違反として逆に会社が責任を問われる場面にもつながります。配慮検討の議事録、産業医意見書、本人との面談記録の3点を揃えておくと、判断プロセスの正当性を裏付けやすくなります。
中小企業の場合、産業医の選任義務がない規模でも、地域の労働衛生相談窓口や社労士に意見を求めた事実を残しておくと、立証の側面で安心感が違ってきます。
同じ理由でも、事実と証拠がそろっているかで結論は大きく変わります
| ケース | 典型的な事実 | 必要な証拠 | NG例 |
|---|---|---|---|
| 勤怠不良 | 注意しても遅刻や無断欠勤が繰り返され、業務に支障が出ている。 | タイムカードや勤怠記録、注意指導の日時メモ。 | ×記録を残さず、印象だけで遅刻が多いと判断する。 |
| 能力不足 | 求めた水準の業務が、指導後も期待した範囲に届かない。 | 指導記録と成果物、改善機会を与えた経過。 | ×一度の失敗だけで適性なしと結論づける。 |
| 経歴詐称 | 履歴書の資格や職歴に、採用判断を左右する虚偽があった。 | 応募書類と事実の照合資料、確認の経緯。 | ×業務に関係しない軽微な記載違いを理由にする。 |
| 協調性欠如 | 業務上必要な連携を拒み、職場運営に具体的な支障が出る。 | 具体的な言動の記録、注意した日時と内容。 | ×合わないという主観や好き嫌いだけで判断する。 |
| 健康状態 | 業務遂行に必要な健康上の要件を、継続的に満たせない。 | 医師の所見や就業判定、配慮を検討した記録。 | ×配慮や軽減策を検討せず、即見送りを決める。 |
人事労務まわりの判断は、他の経営判断と違って一度こじれると修復に時間と費用が重くのしかかります。人事労務・コンプライアンス関連の記事一覧もあわせてご覧いただくと、平時の備えに役立てていただける視点が見えてくるはずです。
本採用見送りの正しい手続き5ステップ
手続きを誤ってしまうと、見送り理由が正当であっても違法解雇として無効と判断されてしまいます。順序と書面が肝心。実務で抜けがちな労基法20条の予告ルールも含めて、5ステップに整理してみました。
経営者支援の現場でよく見るのは、ステップの順序が前後してしまう失敗パターンです。記録整理を後回しにして通知書を先に出してしまったり、予告なしで即日通知してしまったりというケースが、訴訟化リスクを高めてしまうという現実があります。
逆に、この5ステップを順番通りに踏めば、たとえ訴えられたとしても会社側が勝てる体制が整います。順序と書面という2つの軸を意識しながら、自社の運用と照らし合わせてみてください。
見送る場合は、試用期間が終わる30日前までに予告できるよう逆算して動きます
立ち上がり期
見極め期
最終判断期
1
期待水準の共有
職務内容と評価の基準を本人に説明し、何が求められるかを明確に伝えます。
2
指導と記録
課題があれば指導し、その内容と本人の反応を日付つきで記録に残します。
3
見送り予告
見送る方針なら、期間終了の30日以上前に予告します。間に合わない分は手当で補います。
4
面談と説明
見送りの理由を本人に丁寧に説明し、必要に応じて書面で通知します。
5
離職手続き
離職票や社会保険の手続きを行い、貸与物の返却などを済ませます。
試用期間中でも、入社から14日を超えて働いた人を見送る場合は、原則として30日以上前の予告か、不足日数分の解雇予告手当が必要になります。Step3の予告時期を逆算して動くことが、後のトラブル回避につながります。
Step1:判断材料の収集と客観的記録の整理
最初に行うのが、本採用見送り判断の根拠となる事実の整理です。出退勤記録、業務日報、上司の指導記録、本人面談の議事録、評価シートなど、判断を裏付ける書面を一通り揃えてください。判断材料が揃わないまま手続きを進めると、後日の立証段階で根拠不足を指摘されるリスクが残ります。
口頭の注意だけで済ませていた場合は、注意した日時と内容をメモにして残すだけでも証拠価値が大きく違ってきます。「指導したつもり」が訴訟で「指導記録なし」と評価されてしまう事例が、後を絶ちません。
整理の段階で、判断根拠が薄いと感じたら、即時の本採用見送りではなく試用期間延長を検討する余地があります。判断材料の濃度を上げてから決断する道も、選択肢として残しておいてください。
Step2:本人面談での指導機会の付与
評価結果と懸念点を本人に伝え、改善機会を提供するステップです。試用期間中に1〜2回、定期面談を設定し、課題と改善期限を文書で渡しておくと、後の立証が安定します。改善機会を与えたという事実そのものが、訴訟時の重要な立証材料になるという整理です。
ここを飛ばして突然「本採用見送り」を通知してしまうと、裁判で「会社は改善機会を与えなかった」と判断され、不当解雇とされやすくなります。たとえ結論が同じでも、プロセスを踏むかどうかで訴訟リスクは大きく変わるという現実が出てきます。
面談の場では、評価結果を伝えるだけでなく、本人の言い分を聞く姿勢も大切です。本人にとって納得感のある場をつくっておくことが、後日の合意退職や訴訟回避につながる場面が少なくありません。
Step3:30日前の解雇予告 or 解雇予告手当の支払い
入社から14日を超えた本採用見送りには、労働基準法20条の30日前予告ルールが適用されます。即日本採用見送りを通知する場合は、平均賃金30日分以上の解雇予告手当の支払いが必要です(厚生労働省「解雇」✓解説より)。
社労士事務所の動画解説でも、14日経過後の試用期間中の解雇は通常解雇と同じ予告ルールが適用される点が繰り返し強調されています。「試用期間中だから即日解雇できる」と誤認されている経営者の方は意外に多く、ここで労基署対応に発展するケースが目立つ盲点です。
予告期間を確実に確保したい場合は、本採用見送り日の30日前までに書面通知を出すスケジュール設計を組んでおくのが安全。期間が足りないなら、不足分の予告手当を計算して同時に支払う形でも問題ありません。
Step4:本採用見送り通知書の交付(理由明記)
本人に本採用見送り通知書を書面で交付します。通知書には①対象者氏名、②本採用見送り日、③具体的な理由(事実ベース)、④異議申立て窓口を必ず記載してください。曖昧な理由表記は後日の訴訟で不利に働く要素となります。
労働基準法22条により、本人から請求があれば解雇理由証明書の交付義務が会社に生じます。あらかじめ通知書に理由を明記しておけば、別途の発行依頼にもスムーズに対応できる体制が整います。
通知のタイミングは対面が原則ですが、対面が難しい場合は書面送付(配達証明付き)でも代替可能。送付記録を残しておくことで、通知到達日の証明にもなります。
Step5:離職票・雇用保険資格喪失届の処理
本採用見送り後は、退職日翌日から10日以内に雇用保険被保険者資格喪失届と離職証明書をハローワークに提出します。社会保険(健康保険・厚生年金)は5日以内に資格喪失届を提出する流れです。
会社都合での退職扱いとなるため、雇用保険の特定受給資格者として本人に有利な給付条件が適用されます。離職理由欄に「期間満了による本採用見送り」と正確に記載し、本人と齟齬が生じないよう確認のうえ提出してください。
実務面では、本人への離職票交付タイミングが遅れると本人の生活設計に影響します。手続きをルーティン化しておくと、円満な区切りにつながるという経験則があります。
各ステップで「期限」と「必要書類」を押さえると、抜け漏れを防げます
STEP
勤怠や業務状況を確認し、課題があれば指導した内容を記録にまとめます。事実ベースで見送りの根拠を整理します。
STEP
集めた材料が客観的合理性と相当性を満たすかを確認します。判断に迷う場合は、この段階で専門家へ相談します。
STEP
見送る場合は、期間終了の30日以上前に予告します。間に合わない日数分は、解雇予告手当で補う形になります。
STEP
本人に見送りの理由を丁寧に説明します。求めがあれば、理由を記した証明書を交付できるよう準備します。
STEP
社会保険の資格喪失や離職票の交付などを行います。貸与物の返却や最終給与の精算も合わせて済ませます。
訴訟リスクを避ける5つの注意点
中小企業で本採用見送りが訴訟化する典型パターンは、記録の不備と手続きの省略の2つに集約されると感じています。経営者として最低限押さえておきたい注意点を5つに絞ってまとめました。
5つの注意点は、いずれも「やっておけば訴訟にならなかった」と後悔する典型パターンに対応しています。逆に言えば、この5つを押さえておけば、訴訟化リスクの大半は事前に潰せるという整理です。
実務的な体感としては、注意点①の指導記録と注意点⑤の30日前予告ルールの2つで、訴訟化リスクの大半が決まる印象。残りの3つも、整える価値が十分にあるという感覚で取り組んでください。
①「指導した記録」を残しているか(メール・面談議事録)
裁判で会社側が敗訴する最大要因が、指導したという証拠の欠如です。「口頭で何度も注意した」では訴訟では通用せず、メールや面談メモ、評価シートといった書面の有無が勝敗を分けるという厳しい現実があります。
私が経営者支援で関わったある会社では、勤怠不良で本採用見送りを判断したものの、指導記録を残していなかったために弁護士から「これでは厳しい」と言われ、急遽和解金を上乗せして合意退職に切り替えた、というご経験を伺ったことがあります。
記録は本人にも示せる形で残すのが鉄則。注意した日時、内容、本人の反応の3点をテンプレ化しておけば、5分以内で記録できるという運用が現実的です。形式は問わず、メモアプリでも紙でも構いません。
②就業規則に試用期間条項があるか
就業規則に試用期間の長さ・延長条件・本採用しない場合の事由を明記していないと、本採用見送りの根拠そのものが弱くなってしまいます。厚生労働省が公開するモデル就業規則第42条には試用期間条項のひな形が示されており、これを自社用にカスタマイズすれば、最低ラインはクリアできます。
10人未満で就業規則の作成義務がない事業所であっても、試用期間の運用ルールだけは書面化しておくと安心感が違ってきます。書面化しておけば、本採用見送り時に「就業規則の○条に基づき」という根拠提示ができるためです。
就業規則がそもそもない会社の場合は、雇用契約書本体に試用期間条項を盛り込む形で代替可能。社労士に相談すれば、1時間程度のレビューで整備の方向性が見えてきます。
③本人へ改善機会を与えたか(注意・指導のステップ)
突然の本採用見送り通知はプロセス違反として無効評価のリスクが高くなります。試用期間中に最低でも1回は「現状の評価と改善期待」を伝える面談を設定し、文書で記録を残してください。一度の面談記録が、訴訟回避の決定打になる場面は少なくありません。
面談での伝え方も大切で、「このままだと本採用は難しいかもしれない」というニュアンスを率直に伝えると、本人の改善行動につながりやすくなります。曖昧な伝え方では、本人が「順調」と誤解してしまうリスクも出てきます。
改善機会の提供は、本人のためでもあり会社のためでもあるという両面性を意識してください。本人が改善できれば本採用に至る可能性があり、改善できなければ本採用見送りの正当性が補強されるという構造になっています。
④理由は「客観的事実」で書けているか
通知書の理由欄に「協調性に欠ける」「能力が不十分」とだけ書くのは不十分です。「○月○日〜○月○日にかけて遅刻5回・欠勤3回・無断欠勤1回」「業務目標A・B・Cのうち継続的に未達」といった客観的事実で書き切れているかを、必ず確認していただきたい点です。
客観的事実を書ききるためには、Step1の判断材料収集が前提となります。記録が薄ければ、書きようがないという連鎖反応が起きてきます。記録収集と事実記述はワンセットで考えると、運用がブレません。
文章の書きぶりとしては、感情的な表現や評価表現を排し、観察可能な事実だけで構成する姿勢が大切です。第三者が読んで「事実関係が明確だ」と感じる文章こそ、訴訟で会社を守る文章になります。
⑤即日解雇していないか(30日前予告ルール)
繰り返しになりますが、入社から14日を超えた段階での本採用見送りには、30日前予告か30日分の解雇予告手当が必要です。「期間満了だから予告不要」という誤解が現場で根強く、ここで労基署対応に発展しがちな盲点といえます。
厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」◐によると、解雇に関するあっせん申立件数は近年も年間2,000件超で推移しており、中小企業の労務トラブルの上位を占めるという統計です。手続きの省略は確実にリスクを高めるという認識を、ぜひ社内で共有してください。
予告ルールの考え方はシンプル。「14日超の試用期間後の本採用見送りは通常解雇と同じ手続き」と覚えておけば、迷いません。手当か期間か、いずれかで30日分を確保するという原則で運用してください。
平時の備えという観点では、法務・リスクマネジメント関連の記事もあわせて参考になさってみてくださいね。
「本採用見送り」と「試用期間延長」のどちらを選ぶか
判断材料が揃いきらないときは、試用期間延長が安全な選択肢となります。ただし無期限の延長はできず、判例上は3か月程度が限界とされている点に注意が必要です。延長か見送りか退職勧奨か、3択を比較しながら最適解を選ぶ姿勢が現実的です。
選択の基準は、おおまかに「証拠の濃度」と「本人の改善余地」の2軸で整理できます。証拠が薄く改善余地があるなら延長、証拠が濃く改善余地が乏しいなら見送り、両者の中間なら退職勧奨という分類が実務感覚に近いところです。
経営者支援の現場では「迷ったら延長」というご相談を多く伺ってきました。延長は会社にとっての安全策であり、本人にとっての改善機会でもあるという両面性が魅力です。
延長が有効になる3条件(就業規則・合理的理由・本人同意)
試用期間の延長を有効にするには、原則として①就業規則に延長条項がある、②延長する合理的な理由がある、③本人の同意がある、の3条件を満たす必要があります。3条件のいずれかが欠けると、延長そのものが無効と判断されるリスクが残ります。
就業規則に根拠がないと延長そのものが無効と判断されやすく、本人同意なしの一方的な延長は不利益変更とみなされる恐れも出てきます。延長を判断する前に、まずは自社の就業規則を確認してください。
「合理的な理由」については、判断材料が不足している、本人の改善傾向を見極めたい、配置転換の検討が必要、などが該当します。単に「決断を先送りしたい」だけでは合理的理由にならない点に注意してください。
延長の通知書テンプレートと注意点
延長を決めた場合は、延長期間・延長理由・延長中の評価ポイント・延長後の判断時期を明記した通知書を本人に交付します。本人署名で同意を取り、面談で延長中の改善期待を改めて共有しておくと、その後の判断が安定します。
延長期間中に明確な改善が見られたら、当初予定どおり本採用に切り替えれば問題ありません。改善が見られなければ、延長期間満了時に本採用見送りを判断する流れで進めます。延長は「先送り」ではなく「観察期間の延長」として位置づけることが大切です。
実務上、延長は1回限りとするのが安全ライン。複数回の延長は本人の地位を不安定にしすぎるため、判例上も慎重に評価される傾向があります。
退職勧奨という第3の選択肢(合意退職への誘導)
本採用見送りでも延長でもなく、合意退職を選ぶ道もあります。退職勧奨は適切に実施すれば合法であり、本人と会社双方の納得感が得られるという利点です。訴訟リスクが事実上ゼロになるという意味でも、選択肢として有力です。
ただし執拗な勧奨や威迫的言動は不法行為と評価される恐れがあります。1〜2回の面談で本人の意思を確認し、合意に至ったら必ず退職合意書を書面で交わしてください。和解金や有給消化、推薦状の有無など、本人にとっての着地点を提示すると、合意形成がスムーズに進みやすくなります。
退職合意書には「合意退職であること」「金銭給付の内容」「秘密保持条項」「清算条項(将来の請求権放棄)」を盛り込むのが定番。後日のトラブルを防ぐ意味で、文面は慎重に組んでください。
本採用見送り・試用期間延長・退職勧奨のどれを選ぶか、上から順に確認します
試用期間の満了が近づき、本採用の可否を検討する
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指導しても改善の見込みが乏しく、本採用は難しいと考えているか
↓
もう少し見極めたい
↓
次の判断へ
↓
試用期間の延長を検討
就業規則に延長の定めがあり、本人へ理由と改善目標を伝えられる場合に限り、合理的な範囲で延長します。延長は見極めのための猶予であり、漫然とした先延ばしは避けます。
↓
指導記録や評価資料など、本採用を見送る客観的な根拠がそろっているか
↓
合意による退職を検討
↓
次の判断へ
↓
退職勧奨による合意退職を検討
見送りの根拠が薄い場合は、本人へ事情を説明し、合意のうえで退職してもらう方向を探ります。退職合意書を交わすことで、後日の認識の食い違いを減らせます。強要と受け取られない進め方が前提です。
↓
見送りの理由が、社会通念上の相当性をもって説明できる内容か
↓
社労士・弁護士へ相談
↓
最終結論へ
↓
本採用見送り(留保解約権の行使)
留保していた解約権を行使し、本採用を見送ります。原則として30日前の解雇予告か、不足日数分の解雇予告手当が必要です。見送りの理由を記した通知書を交付し、経緯と根拠を記録として残します。
中小企業がすぐ着手できる予防策3選
本採用見送りで揉めない会社は、入社前から仕組みを整えているという共通点があります。経営者の方々と関わる中で見えてきた、効果が高い予防策を3つに絞りました。後手の対応より入口設計が9割という実感です。
3つの予防策はいずれも、特別なコストや人員を必要としません。就業規則の整備、評価基準の文書化、月次面談の制度化という基本動作の積み重ねが、結果として大きな安心感につながるという構造です。
経営者の方々のお話を伺っていると「気づいたのは揉めてから」というケースが本当に多いと実感します。揉める前に整える姿勢が、結果として人材定着率の向上にもつながるという副次効果もあります。
①就業規則に試用期間・延長・本採用不可条項を明記
最も基礎的な予防策が、就業規則の整備です。試用期間の期間設定、延長条件、本採用しない場合の事由を明文化してください。厚生労働省のモデル就業規則✓第42条がベースとして使いやすく、社労士に相談すれば自社に合わせた調整も短時間でできます。
就業規則を整備する際は、試用期間条項だけでなく、解雇事由・懲戒事由・退職手続きまでを一体で整理しておくと運用がスムーズです。後から個別条項だけ追加すると、整合性のチェックに手間がかかってしまうという事情があります。
社労士の顧問契約を結んでいない会社でも、初回相談を受けてくれる事務所が多くあります。地域の社労士会窓口に問い合わせる形でも、相談先は見つけやすい状況です。
②入社時に評価基準を文書で交付(期待行動の見える化)
入社時点で「試用期間中に期待する行動・到達基準」を文書で本人に渡しておくと、評価の客観性が大きく上がります。たとえば「3か月以内に〇〇業務を独力で遂行」「月次面談で課題と改善点を共有」など、具体的な行動レベルで書くと運用しやすくなります。
評価基準を本人と握っておけば、本採用見送り判断時の説明もブレません。本人にとっても「何を期待されているか分からないまま切られた」という納得しがたさが減るという意味で、双方にとってのフェアネスに直結する仕掛けです。
文書の分量は、A4で1〜2枚程度で十分。短くまとめた方が本人も覚えやすく、面談時の参照もスムーズに進みます。
③月次の評価フィードバック面談を制度化
試用期間中に月1回の評価フィードバック面談を制度化してください。15〜30分の面談で「先月の良かった点・課題点・次月の改善期待」を共有し、議事録を本人と会社で1部ずつ保管します。
この月次面談の積み重ねが、本採用見送りを判断するときの最強の証拠になります。継続的な指導と改善機会の付与を、形式的にも実態的にも担保できるからこそ価値が出てきます。月1回30分の投資が、訴訟リスクを大幅に下げる仕掛けとして機能するという実感です。
中小企業の経営判断は、人材ひとつで会社の景色が変わるという現実があります。人材・組織づくりカテゴリの記事もあわせてご覧いただくと、入口設計のヒントが見つかるはずです。
普段の運用が、いざというときの会社の立場を左右します
その場の判断に頼った運用
指導や注意の記録が残っておらず、経緯を後から示せない
評価基準がなく、見送りの理由が担当者の主観に寄ってしまう
面談の機会がなく、本人へ改善を促す場を設けていない
就業規則に試用期間の定めが整っておらず、根拠が曖昧
高い
日頃から記録と基準を整える運用
就業規則に試用期間と留保解約権の定めを整備している
評価基準を文書化し、本人へ交付して共有している
月次の面談を実施し、課題と改善目標を伝えている
指導の経緯を記録に残し、判断の根拠を説明できる
低い
タップで確認済みにできます。自社の整備状況を点検してみてください
よくある質問(試用期間と本採用見送り)
経営者の方々から繰り返し伺ってきたご質問のうち、判断に直結する6問を整理しました。日常の判断シーンで迷われたときの参考にしてください。
FAQは「現場でよく出る疑問」をベースにまとめています。一問一答の形式ですが、本文の各セクションと連動しているため、関連箇所を遡って読み返していただくと理解が深まる構造です。
判断に迷う場面では、まずFAQで該当論点を確認し、必要に応じて社労士や弁護士に相談する2段階の進め方が安全です。判断の重大度が高い案件ほど、専門家への早期相談が結果的に最短ルートとなる場面が多い印象です。
中小企業の経営者から相談の多いポイントを、要約でまとめました
試用期間中なら、即日で解雇できますか
原則として即日解雇はできません。入社14日を超えると通常の解雇予告のルールが及び、30日前の予告か不足分の手当が必要になります。
試用期間はどのくらいまで延長できますか
就業規則の定めと合理的な範囲が前提です。延長は見極めの猶予として位置づけ、本人へ理由と改善目標を伝えたうえで、必要最小限にとどめます。
本採用見送りでも、予告手当は必要ですか
入社14日超なら必要になります。30日前の予告をしていない場合は、不足する日数分の平均賃金を解雇予告手当として支払います。
見送りの理由は、本人へ伝える必要がありますか
本人の請求があれば理由を記した証明書を交付します。後日の食い違いを避けるためにも、根拠を整理して書面で示すことをおすすめします。
どんな場合に訴訟リスクが高まりますか
記録がなく相当性を説明できないときです。留保解約権の行使にも合理的な理由と社会通念上の相当性が求められ、根拠が薄いと無効と判断されることがあります。
退職勧奨と本採用見送りは、どう違いますか
勧奨は合意退職、見送りは会社からの一方的な解約です。勧奨は本人の同意が前提で、強要にならない進め方なら争いになりにくい選択肢です。
Q1. 試用期間中なら即日解雇できますか?
入社から14日以内であれば労働基準法20条の予告義務が適用されず、即時解雇は法的に可能です。ただし解雇理由には客観的合理性と社会通念上の相当性が必要で、根拠のない解雇は無効とされる点に注意が必要です。
14日を超えた場合は通常解雇と同じく、30日前予告か30日分の予告手当が必要となります。「試用期間中だから自由に切れる」という誤解は、訴訟リスクを大きく高める典型例です。即時解雇を選ぶ場合でも、必ず指導記録と客観的根拠を揃えてから判断してください。
Q2. 試用期間の延長は何日まで可能ですか?
法律上の上限はありませんが、判例では3か月程度が限界とされています。延長には①就業規則の根拠、②合理的理由(判断に追加期間が必要な事情)、③本人同意の3条件が原則必要で、いずれかが欠けると延長そのものが無効と判断されるリスクが残ります。
延長は1回限りとするのが実務上の安全ライン。複数回延長は本人の地位を不安定にしすぎるため、判例上も慎重に評価される傾向があります。延長期間中の評価ポイントを明文化しておくと、その後の判断が安定するという利点もあります。
Q3. 解雇予告手当はいくら払えばよいですか?
直近3か月の賃金総額をその期間の暦日数で割った平均賃金の30日分を支給します。即日解雇なら30日分、10日後の解雇なら20日分というように、予告日数が30日に満たない場合は不足日数分を支払えば足ります。
平均賃金の計算には基本給だけでなく、各種手当(通勤手当・家族手当・役職手当など)も含めるのが原則。賞与は対象外という整理です。計算根拠を書面で残しておくと、本人からの問い合わせにも明快に対応できます。
Q4. 本採用見送りの理由は本人に伝える必要がありますか?
労働基準法22条で、本人から請求があれば解雇理由証明書を交付する義務が会社に生じます。後日のトラブル防止のためにも、書面で具体的な事実を明記することが推奨されます。曖昧な理由は訴訟時に不利に働きやすい点に留意してください。
理由の書きぶりは、感情表現や評価表現を排し、客観的事実だけで構成する姿勢が大切です。第三者が読んで「事実関係が明確だ」と感じる文章こそ、訴訟で会社を守る盾となります。文面の精度が、後日のトラブル回避を左右する重要な要素です。
Q5. 不当解雇で訴えられたら会社はどうなりますか?
解雇が無効と判断された場合、解雇日に遡って雇用契約が継続していたとみなされ、その間の未払賃金(バックペイ)を支払う必要が出てきます。和解金は給与3〜12か月分が相場で、企業規模・期間に応じて変動します。
訴訟が長期化すると、和解金以上に経営者の時間的負担が重くのしかかります。労務トラブルが顕在化する前に、就業規則整備と指導記録の習慣化で予防する姿勢が、結果として最も低コストな選択肢となります。
Q6. 試用期間中の退職勧奨は問題ないですか?
退職勧奨自体は合法です。ただし執拗な勧奨や威迫的言動は不法行為と評価される恐れがあります。1〜2回の面談で本人の意思を確認し、合意退職に至ったら必ず退職合意書を書面で交わしてください。
退職合意書には「合意退職であること」「金銭給付の内容」「秘密保持条項」「清算条項」を盛り込むのが定番。後日のトラブル防止と双方の納得感の両立に効いてきます。本人にとっての着地点を一緒に考える姿勢が、合意形成をスムーズにする要素となります。
試用期間中の本採用見送りは、中小企業経営者にとって避けて通れない判断の一つ。法的な位置づけを正しく理解し、客観的記録と適切な手続きを揃えれば、訴訟リスクは確実に下げられます。
人事労務の判断には入口設計が9割という実感を、編集部は経営者支援の現場で繰り返し持ってまいりました。就業規則の整備・評価基準の文書化・月次面談の制度化という3つの予防策が、本採用見送りで揉めない会社をつくる土台。今日のうちに、自社の就業規則に試用期間条項があるかを点検してみてはいかがでしょうか。
経営者の方々のお話を伺っていて感じるのは、人を雇うという決断には常に重みと責任が伴うということ。そして、その重みを正面から受け止めて仕組みに変えていく経営者の姿勢こそ、長く愛される会社をつくる原動力なのだという確信です。ご縁を結んで採用したお一人お一人と、できる限り良い形で関わり続けられる仕組みを、この機会にぜひ整えていただけたらと思います。

