コラム

中小企業の経営者・ビジネスパーソンに向けたコラム記事をまとめています。経営戦略やビジネスモデル、人材・組織づくり、マーケティング、財務、法務など、日々の意思決定に役立つ実践的な知見と、経営者自身の言葉による気づきをお届けします。

トラスコ中山はなぜ在庫を減らさない?62万点のビジネスモデル

トラスコ中山はなぜ在庫を減らさない?62万点のビジネスモデル

「在庫はできるだけ少なく」。経営の本や金融機関との面談で、そう言われてきた経営者の方は多いのではないでしょうか。在庫は資金を寝かせ、売れ残れば捨てる損も出ます。ところが工具・副資材の卸であるトラスコ中山は、あまり売れない品番まで在庫に置き、在庫を増やし続けています。

トラスコ中山は、在庫を「削るコスト」ではなく「注文を取る武器」と位置づけています。それが、在庫を減らさない理由です。2026年6月末の在庫は62万7,809アイテムで、注文を在庫から出荷できた割合は93.4%でした。それでいて、2025年の在庫廃棄額は6,600万円、廃棄率は0.10%にとどまります(いずれも親会社単体)。

本記事は、コントリ編集部のビジネスモデル研究ノートが土台です。数字は、同社の決算データ分析資料と決算説明会のスクリプトで照合しています。

見ていくのは、深い在庫、通販企業への直送「ユーチョク」、置き工具「MROストッカー」、物流への大型投資の4つです。減益計画などの弱点にも触れ、最後に在庫を武器として持つための4つの問いにまとめました。自社の在庫を見直す材料としてお使いください。

トラスコ中山はなぜ在庫を減らさない?答えは在庫が「受注の武器」だから

トラスコ中山が在庫を減らさないのは、在庫そのものを注文を呼び込む力と考えているからです。2026年8月の説明会スクリプトで、社長は在庫出荷率93.4%を、すぐ届く印象を与える数字だと話しています。

2025年12月期の連結売上高は3,200億円で、前年比8.5%増でした(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。営業利益は228億円(同14.2%増)で、営業利益率は7.1%です。

営業利益率とは、売上のうち本業のもうけとして残る割合のことです。例えば売上100円で営業利益が7円なら、7%になります。

連結とは、子会社を含めたグループ全体の数字のことです。親会社だけの数字は単体と呼びます。本記事では、売上や利益は連結、在庫の指標は会社の開示に合わせて単体で示します。

MROとは、工場や建設現場で使う工具・消耗品・補修用品などの副資材のことです。例えば、ドリルの刃、使い捨て手袋、梱包テープ、潤滑スプレーなどが当たります。同社の資料での呼び名は「プロツール」です。

数字で見るトラスコ中山の在庫
連結売上高(2025年12月期)3,200億円前年比 +8.5%
在庫アイテム数(2026年6月末)62万7,809親会社単体
在庫出荷率(2026年6月末)93.4%注文を在庫から出せた割合・単体
在庫廃棄率(2025年)0.10%廃棄金額6,600万円・単体

出典:トラスコ中山 2025年12月期 決算データ分析資料(2026年2月)、2026年12月期 中間期 決算データ分析資料(2026年8月)

1959年、大阪の工具問屋から出発|工場の副資材を届ける卸

トラスコ中山の創業は1959年5月です。大阪市天王寺区で、機械工具商「中山機工商会」として始まりました(出典:同社沿革、2026年10月確認)。創業者は中山注次氏です。1964年に中山機工株式会社を設立し、1994年1月に今の社名へ変わりました。

社名は「TRUST(信頼)」と「COMPANY(企業)」を合わせた造語だと、同社の沿革は説明しています。同じ1994年の12月には、現社長の中山哲也氏が代表取締役社長に就きました。30年あまり、同じ社長のもとで経営が続いている形です。

事業は、作業工具や測定工具、切削工具から、保護具、梱包材、化学製品までを扱う卸売です。総合カタログ「トラスコ オレンジブック」と検索サイトで、販売店が商品を探せる仕組みです。中間期の決算データ分析資料によると、2026年6月末の従業員は連結で3,476名です。仕入先は3,783社、得意先の法人は5,687社でした。

卸売業とは、メーカーから商品を仕入れ、販売店や小売店などの事業者に売る商売のことです。トラスコ中山の場合、地域で工場に工具を納める機械工具商が、主なお客様にあたります。

2025年12月期は売上高3,200億円・営業利益率7.1%

2025年12月期の決算データ分析資料によると、売上総利益は667億円で、粗利率は20.9%でした。粗利率とは、売上から仕入れの原価を引いたもうけが、売上に占める割合のことです。販売費及び一般管理費(販管費)は439億円で、売上の13.7%にあたります。

販管費とは、人件費や運賃、減価償却費など、仕入れ以外にかかる経費のことです。2025年の販管費率は、前年より0.4ポイント低い水準です。経常利益は225億円で、12.4%の増益です。

親会社株主に帰属する当期純利益は159億円で、1.3%の減益でした。これは、最終的なもうけのうち親会社の株主の取り分を指します。前年に、旧大阪本社の売却で約27億円の特別利益があった反動です。

特別利益とは、本社の売却益など、その年だけ臨時に出た利益のことです。金額は億円未満を四捨五入しています(本記事の金額は以下も同じ)。

足元の業績も好調です。2026年8月の中間期 決算データ分析資料によると、1〜6月の連結売上高は1,782億円でした。前年同期より12.6%の増加です。会社は8月7日に、通期の売上高予想を3,500億円へ引き上げています。

在庫を武器に変える3つの仕組み|深い在庫・ユーザー直送・持つ経営

決算資料を並べると、トラスコ中山の在庫戦略は3つの仕組みで説明できます。1つめは、売れ筋だけでなく、あまり売れない品番まで置く深い在庫です。2つめが、販売店や通販企業の注文をエンドユーザーへ直接届ける「ユーチョク」。3つめは、物流センターや配送車両を自社で持つ「持つ経営」です。

在庫を武器に変える3つの仕組み
1深い在庫あまり売れない品番まで置く。在庫62万7,809アイテム、在庫出荷率93.4%
2ユーザー直送販売店や通販企業の注文をエンドユーザーへ直接届ける。2025年は848万個・475億円
3持つ経営物流センターは30か所。2026年5月に総投資額約300億円のプラネット愛知が稼働
在庫を、注文を取る武器にする

出典:トラスコ中山 2025年12月期・2026年12月期中間期 決算データ分析資料、2026年8月24日 プレスリリース

3つは、別々の施策として動いているわけではありません。深い在庫があるから直送の注文が集まり、出荷量が増えるから物流センターへの投資が回る、という関係だと読めます。社長は2026年8月の説明会で、在庫を「成長を支える最大のエネルギー」と表現しました。発言は、同社が公開する決算説明会のスクリプトで読めます。

在庫62万アイテム・在庫出荷率93.4%・廃棄率0.10%|値段より「ある」が選ばれやすい

トラスコ中山が在庫の価値を測る物差しは、「注文にどれだけ即座に応えられたか」です。その物差しが在庫出荷率で、2026年6月末は93.4%でした(単体、出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。

在庫出荷率とは、出荷した注文のうち、自社の在庫から出せた割合のことです。会社の別の呼び方は「即納率」です。例えば注文100件のうち93件を在庫から出荷できれば、93%です。

在庫金額と在庫廃棄率の推移
2021年416億円 廃棄率 0.13%
2022年441億円 廃棄率 0.15%
2023年494億円 廃棄率 0.14%
2024年538億円 廃棄率 0.14%
2025年665億円 廃棄率 0.10%
在庫は約1.6倍、廃棄率は0.13%から0.10%へ低下

出典:トラスコ中山 2025年12月期 決算データ分析資料(2026年2月)。親会社単体・収益認識前、廃棄率の表の在庫金額(棒の長さは700億円を100%として表示)

在庫の規模と在庫出荷率、廃棄の推移を、決算データ分析資料の重要指標から表にまとめました。

指標(単体)2024年末2025年末2026年6月末2026年末の計画
在庫アイテム数61万1,70862万3,58262万7,80964万3,582
在庫金額553億円681億円744億円790億円
在庫出荷率92.6%92.8%93.4%93.0%
在庫廃棄金額(その年の1年間)7,700万円6,600万円2,900万円(1〜6月、社長の説明)開示なし
出典2025年12月期 決算データ分析資料同上中間期 決算データ分析資料・中間期 説明会スクリプト中間期 決算データ分析資料

いずれも親会社単体で、売上の連結の数字とは集計の範囲が異なります。

MRO商材は「今日届くか」で選ばれる

工場の副資材は、1回あたりの金額が小さく、種類がとても多いのが特徴です。しかも、壊れた工具や切れた消耗品は、すぐに替えが必要になります。工場のラインを止めないためには、わずかな価格差より「今日届くか」が選ぶ基準になりやすい商材だと考えられます。

同社は中期の目標に「即納こそ最大のサービス」という考え方を掲げています(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。

社長の説明では、配達は基本的に1日2回です。受注から最初の配達先に届くまでの「出荷インターバル」は、平均6時間54分です。最短は45分57秒だったと、中間期 決算説明会スクリプトに記されています。どちらも開示資料の指標ではなく、説明会での社長の発言です。

売れない筋まで置く在庫政策

在庫回転率とは、一定の期間に在庫が何回入れ替わったかを示す指標です。例えば、年間の売上原価が1,200万円で平均在庫が100万円なら、年12回転と数えます。一般に卸売業では、売れ筋に在庫を絞って回転率を上げるのがよいとされてきました。

トラスコ中山が選んだのは、その逆です。あまり売れない品番まで、在庫に置く方針です。2026年2月の通期 決算説明会スクリプトを読むと、社長は売れない筋を置けば叱られるのが普通の会社だと話しています。そのうえで、自社は「あまり売れない筋も在庫を置いています」と続けました。

中長期の目標は「2030年までに在庫100万アイテム以上を保有できる企業」です。2026年5月に稼働したプラネット愛知は、1拠点で100万アイテム以上を持てる設計になっています。在庫アイテム数は、2026年末に64万アイテムを計画しています(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。

同業のライバル企業までお客様になる

在庫の深さは、思わぬお客様も生んでいます。同業の卸です。社長は2026年2月の説明会で、ある同業ライバル企業への販売実績を指数で示しました。2007年を100とすると、2025年は214です(出典:通期 決算説明会スクリプト、2026年2月)。

社長の説明によれば、仕組みはこうです。売れ筋しか置かない同業他社に、あまり売れない品番の注文が入ると困ります。メーカーに頼んでも、バラでは出せない、運賃がかかると言われます。そこでトラスコ中山から買うほうが早くて安い、という構図です。

競合に売るという発想は、一見すると矛盾して見えるでしょう。ただ、その品番を持たない相手にとって、トラスコ中山は外部の倉庫のような存在です。ライバルが置かない品番を置くことが、ライバルを顧客に変える形と言えます。

在庫を増やしても廃棄は年6,600万円

在庫を増やせば、売れ残って捨てる商品も増えると考えるのが自然です。ところが、トラスコ中山の2025年の在庫廃棄金額は6,600万円でした(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。同じ表の在庫金額665億円に対する廃棄率は0.10%です。

廃棄率は2021年が0.13%、2022年が0.15%、2023年と2024年が0.14%でした。在庫金額が416億円から665億円へ増えた4年間で、廃棄率は下がっています。なお、この表の在庫金額は重要指標の681億円と一致しません。資料に説明はなく、集計の基準の違いとみられます。

廃棄が少ない理由について、会社は詳しく説明していません。工具や副資材には、食品のような短い消費期限がない商品が多い点は、前提として押さえておきたいところです。2026年1〜6月の廃棄は2,900万円で、傷やへこみのある商品が中心だと社長は話しました。工業高校への寄付などに回しているそうです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

4つの販売ルートとユーチョク|卸の立場を守りながら通販の裏方に

トラスコ中山は、販売店、ネット通販企業、ホームセンターのいずれにも卸し、最終ユーザーには直接売りません。2025年12月期の売上の66.0%は、販売店経由のファクトリールートでした。ネット通販企業などのeビジネスルートは24.0%です。

販売ルート別の売上構成(2025年12月期)
連結売上高3,200億円
ファクトリールート2,112億円・66.0%
eビジネスルート770億円・24.0%
ホームセンタールート284億円・8.9%
海外ルート35億円・1.1%
最終ユーザーへの直接販売はしない

出典:トラスコ中山 2025年12月期 決算データ分析資料(2026年2月、連結)、同社「販売戦略」

4つのルートの規模と粗利率を、表に並べます。

販売ルート主な売り先売上高(構成比)前年比粗利率
ファクトリールート機械工具商・溶接材料商・建設関連の販売店2,112億円(66.0%)+7.2%20.6%(前年と同じ)
eビジネスルートネット通販企業、購買システム連携、MROストッカー770億円(24.0%)+12.9%22.5%(0.2pt低下)
ホームセンタールートホームセンターの店舗とネット通販、プロショップ284億円(8.9%)+5.9%16.8%(0.3pt低下)
海外ルートタイ・インドネシアの子会社など35億円(1.1%)+12.0%35.2%

出典は、トラスコ中山の2025年12月期 決算データ分析資料(2026年2月、連結)です。全社の売上高は3,200億円、粗利率は20.9%でした。

売上の66%は販売店経由のファクトリールート

ファクトリールートは、機械工具商や溶接材料商、建設関連の販売店を通じて、工場や建設現場へ商品を届けるルートです。2025年12月期の売上高は2,112億円で、前年比7.2%増でした。内訳で伸びが大きかったのは建設関連で、457億円(12.3%増)です。

このルートの主役は、全国の販売店です。トラスコ中山は全国の物流センターと、在庫を持つ支店から販売店へ商品を届けます。販売店はそれを、ユーザーの工場や現場へ納めます。

ユーザーが商品を受け取りに来られる「ユークル」というサービスもあります。2025年12月期の資料では、全国55か所の在庫保有事業所が窓口です(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。支払いは販売店経由のままです。

eビジネスルートは売上の24%|通販企業向けが593億円

eビジネスルートの売上高は770億円で、前年比12.9%増でした。うち通販企業向けが593億円で、ルートの77.0%を占めます(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。資料には、取引先として、MonotaRO、ミスミ、アマゾンジャパン、アスクルなどの名前が並びます。

残りの177億円は、ユーザーの購買システムと連携する「オレンジコマース」とMROストッカーの売上です。中間期 決算データ分析資料では、2026年1〜6月の通販企業向けは350億円です。22.0%増と、伸びが加速しました。

通販企業は、トラスコ中山にとってお客様です。同時に、工場のユーザーを取り合う相手でもあります。それでも同社は、通販企業に在庫と物流を提供する側に回りました。

ニアワセ+ユーチョク|直送は848万個・475億円

ユーチョクとは、販売店や通販企業から受けた注文の商品を、トラスコ中山が直接エンドユーザーへ届けるサービスのことです。複数の商品を1つの箱にまとめる「ニアワセ」と組み合わせています。例えば、ネット通販で工具を頼んだ工場に、トラスコ中山の物流センターから荷物が届く形です。

2025年の直送は848万個で、売上は475億円でした(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。2024年は625万個・372億円で、1年で個数は約1.4倍です。2026年は1,130万個・600億円が計画です。

アマゾン向けについて、社長は2026年8月の説明会で「60%ぐらいはユーザー直送させていただいている」と述べました。開示資料の数値ではなく、説明会のスクリプトに残る社長の口頭の説明です。直送にかかる運賃は、お客様の負担だと資料に書かれています。

一般的な卸の配送と、ユーチョクの直送
一般的な流れ問屋↓販売店・通販企業↓ユーザー梱包と配送が2回。そのぶん納期もかかる
→
ニアワセ+ユーチョク販売店・通販企業は注文データを送るだけ↓トラスコ中山の物流センターが複数商品を一箱に↓ユーザーへ直送伝票は販売店・通販企業を通す(卸の立場は変えない)2025年 848万個・475億円

出典:トラスコ中山「販売戦略」、2025年12月期 決算データ分析資料(2026年2月)、2026年12月期 中間期 決算説明会スクリプト(2026年8月)

ユーザーには直接売らないと決めている

ユーチョクでは、トラスコ中山が商品をユーザーに直接届けます。それでも売り手は販売店や通販企業のままで、伝票は従来どおりそちらを通します。公式サイトの販売戦略のページには、こう明記されています。「当社では最終ユーザー様への直接販売は行っておりません」。

この線引きが、販売店にとっての安心材料です。ユーザーに直接売る卸なら、販売店は自分のお客様を奪われる心配をしなければなりません。

売り先を事業者に限ったことで、販売店も通販企業も、トラスコ中山を外部の倉庫・物流部門のように使えます。誰に売らないかを決めたことが、売り先を広げていると読めます。

置き工具「MROストッカー」|在庫を顧客の工場の中まで運ぶ

MROストッカーは、ユーザーの工場内にトラスコ中山の棚と商品を置き、使った分だけを請求する「置き工具」のサービスです。2026年6月末の設置は1,676件でした。ただし売上は、社長の説明で通期8億〜9億円と、全社の売上の0.3%に届きません。

会社の言葉では「置き薬ならぬ置き工具」です。家庭に薬箱を置き、使った分だけ代金を払う形を、工場の消耗品に当てはめた仕組みです。

置き工具「MROストッカー」の流れ
1 設置ユーザーが場所を無償で提供。棚と商品はトラスコ中山の資産
→
2 使う社員がアプリで商品のコードを読んで持ち出す
→
3 請求使った分だけを、指定の販売店1社が請求
→
4 補充販売店が商品を補充
→
5 棚卸しトラスコ中山の社員が年2回実施
紛失や数の違いは、ユーザー・販売店・トラスコ中山の3社で協議

出典:MROストッカー公式 FAQ、トラスコ中山「トラスコには、究極の即納がある」

使った分だけ販売店経由で請求する仕組み

公式のFAQによると、棚に置く商品はトラスコ中山の資産です(出典:MROストッカー FAQ、2026年10月確認)。ユーザーが使わない限り、ユーザーにも販売店にも請求は発生しません。

利用の条件は3つです。設置場所を無償で出すこと、iOS用のアプリが使える端末を用意すること、運用を担う販売店を1社に決めることです。補充はその販売店が行い、トラスコ中山の社員が年2回、棚卸しをします。紛失や数の食い違いが出たときは、原因を調べたうえで3社で協議して決めます。

置く品目は、ユーザーの購買品や常備品のリストをもとに、総合カタログの商品から相談して選びます。品目数や数量に上限はありません。決算データ分析資料では、この仕組みを「納期0、発注作業0、在庫管理0」と表現しています。

トラスコ中山の側にも利点があります。どの部署が、いつ、何を、何個使ったかという履歴が残ります。同社は、その履歴を需要予測や商品開発に使えると公式サイトで説明しています。

設置1,676件、売上は全社の0.3%未満

設置件数は、2024年末が1,414件、2025年末が1,608件でした(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。中間期の決算データ分析資料によると、2026年6月末は1,676件で、年末は1,810件を計画しています。

売上は、まだ小さい規模にとどまります。社長の説明では、2026年1〜6月の売上は4億2,100万円でした。通期でも8億〜9億円の見込みです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

通期の連結売上高予想3,500億円と比べると、0.3%に届きません(編集部計算)。集計の範囲が同じとは限らないため、目安として見てください。

社長によると、平均の利用額は4万1,947円で、最も多いユーザーは半年で約1,152万円を使っています。平均の期間は示されていませんが、上期の売上を設置件数と6か月で割ると約4.2万円です。月あたりの平均とみると、数字が合います(編集部計算)。

棚と在庫を置き、年2回の棚卸しをする手間に見合う単価をどうつくるかは、これからの課題です。社長自身も「もう少しボリュームアップしていけるように」工夫したいと話しています。MROストッカーは目を引く仕組みですが、稼ぎの主役ではありません。 主役はあくまで、物流センターにある62万アイテムの在庫。

市役所の防災備蓄という使い方

工場以外の使い方も出てきた点は、見逃せません。伊勢原市のプレスリリースによると、同市は2026年3月30日、市役所本庁舎にMROストッカーを置きました。場所は1階の市民ホールです。ヘルメットやランタンなど、災害時に必要な物資を備える目的です。

きっかけは、2025年9月22日に結んだ災害時の物資調達の協定でした。協定は、トラスコ中山、丸越鋼具伊勢原株式会社、伊勢原市の3者によるものです。使った分だけ払う仕組みは、使うかどうか読めない備蓄と相性のよい形と言えます。

トラスコ中山は、自治体との災害協定も広げてきました。相手は2026年6月時点で、12都道府県・32市区町村の計44自治体です。締結済みか、締結に合意した数だと中間期の決算データ分析資料にあります。

物流とデジタルを自社で持つ|プラネット愛知300億円と「持つ経営」

トラスコ中山は、物流センターから支店の社屋、データセンター、配送車両までを自社で持つ「持つ経営」を掲げています。2026年5月には総投資額約300億円のプラネット愛知、8月には186億円のHC東日本物流センターが稼働しました。受注の88.8%は、人を介さずにシステムで入る形です。

物流拠点と在庫戦略の歩み
1959年大阪市天王寺区で機械工具商「中山機工商会」として創業
1994年社名をトラスコ中山に変更。初の物流センター「プラネット九州」開設。12月に中山哲也氏が社長就任
2020年1月AI見積「即答名人」を導入
2025年在庫62万3,582アイテム、ユーザー直送848万個
2026年5月プラネット愛知が稼働(総投資額約300億円、在庫100万アイテム以上を持てる設計)
2026年8月HC東日本物流センターが稼働(総投資額186億円、30か所目の物流センター)
2029年6月末プラネット長野 完成予定

出典:トラスコ中山 沿革、2025年12月期・2026年12月期中間期 決算データ分析資料、2026年8月24日 プレスリリース

物流センターは30か所|プラネット愛知とHC東日本物流センター

最初の物流センター「プラネット九州」を開いたのは1994年です(出典:同社沿革、2026年10月確認)。その後、大阪、東京、北関東、名古屋と、全国に大型の物流センターを広げてきました。

2026年5月18日には、愛知県北名古屋市のプラネット愛知が稼働しました。社長が「当社最大規模」と呼ぶ物流センターです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

中間期の決算データ分析資料によると、総投資額は土地・建物が約200億円、設備が約100億円です。在庫は100万アイテム以上を持てる設計で、出荷能力は1日10万行、年1,000億円とされています。行とは注文の明細1行のことで、1つの品番の出荷が1行にあたります。

高速自動梱包ライン「I-Pack」は、同社で最多の4ラインが入りました。社長の説明では、出荷は月18億円から始まりました。年末には月30億円を見込んでいます(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

続く8月24日には、新潟県三条市のHC東日本物流センターが動き出しました。同社のプレスリリースによると、ホームセンター向けの出荷が主で、総投資額は186億円です。既存のセンターからの新築移転で、30か所目の物流センターにあたります。

海外から輸入した商品の保管拠点や、危険物倉庫の役割も担います。旧センターは「プラネット新潟」と名前を変えました。次の大型拠点は、2029年6月末に完成予定のプラネット長野です。

システム受注率88.8%とAI見積「即答名人」

システム受注率とは、全注文のうち、電話やFAXを人が受けて入力するのではなく、システム経由で入った注文の割合のことです。決算データ分析資料によると、2025年の総受注行数は4,752万行で、システム受注率は88.6%でした。受注の9割近くが、人を介さずに入っている計算です。

2026年1〜6月のシステム受注率は88.8%に上がりました(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。

見積もりも、自動化の対象です。決算データ分析資料によると、AI見積「即答名人」は2020年1月の導入です。販売店からの見積依頼に最短5秒で答えると、デジタル活用事例のページは説明しています。

2025年12月末の見積自動化率は30.5%でした。会社は、即答名人の利用率を50%に引き上げる目標を掲げています。

販売店とのやりとりには、「T-Rate(トレイト)」というコミュニケーションツールも使われます。トラスコ中山からのメッセージ配信や、配達便の到着予定の時間・場所の確認ができる仕組みです。見積もりのAIは、あくまで即答名人のほうです。

8月の説明会で社長は、注文の9割がシステムで入り、営業担当はお客様の問題解決に力を入れていると話しました。

在庫が残業の削減と育児休業3年を支える

在庫の効果は人事制度にも及ぶ、というのが社長の見方です。通期 決算説明会スクリプトによると、社長は在庫があるからシステム受注が動き、残業が減ったと語りました。2025年の残業は平均で月23時間だったといいます。

育児休業を3年まで取れる制度も、社長は「在庫のおかげ」と説明しています。積み立て有給休暇の上限をなくしたことにも、話は及びます。2025年には定年を68歳、雇用延長を73歳まで引き上げたと、決算データ分析資料で開示しています。

これらの制度と在庫の因果関係は、数字で示されたものではありません。ただ、社長は在庫を「社員を幸せにする一番のエネルギー」とまで言い、在庫の話を人事制度の話につなげています。人事制度を経営の仕組みとして語る例は、未来工業のビジネスモデルでも取り上げました。

なぜ真似されにくいのか|早く建てた拠点と、誰とも競合しない立ち位置

トラスコ中山が真似されにくい理由は、2つが重なっていることにあります。1つは、拠点・設備・システムを30年あまりかけて積み上げてきたこと。もう1つは、ユーザーへの直接販売をしないと決め、販売店も通販企業も安心して頼れる立ち位置を守ってきたことです。

トラスコ中山が真似されにくい理由
深い在庫62万7,809アイテム、在庫出荷率93.4%
在庫を動かすシステムシステム受注率88.8%、在庫管理システムZAICON3、AI見積「即答名人」
早く建てた拠点1994年から物流センターを全国に。2026年8月で30か所
ユーザーに直接売らない立ち位置販売店・通販企業・ホームセンター・同業の卸まで顧客に
1つなら真似できても、重なると追いつきにくい

出典:トラスコ中山「販売戦略」、沿革、2026年12月期 中間期 決算データ分析資料(2026年8月)

30年あまりかけて積み上げた拠点と設備

62万アイテムの在庫は、それだけでは回りません。置き場所となる物流センター、動かす設備、どこに何をいくつ置くかを決めるシステムがそろって、初めて機能します。決算データ分析資料では、在庫管理システム「ZAICON3」も紹介されています。売上の実績から、必要な在庫数を予測する仕組みです。

社長は2026年8月の説明会で、過去の物流センターは景気の悪い時期に建てることが多かったと振り返りました。今では考えられない価格で建てられた、という言葉もあります(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。新しい拠点は今の相場で建てるしかなく、昔の安い物件と今の高い物件を平均して考えるそうです。

この話を裏返すと、後から同じ規模の拠点網をつくる会社は、今の高い建設費を負担することになります。早く建ててきたこと自体が、追いつきにくさの一部になっていると読めます。社長は、使っている不動産をすべて借りていたら、家賃に換算して120億円を超えるという試算も示しました。

卸に徹するから、販売店も通販も安心して頼る

2つめは立ち位置です。トラスコ中山はユーザーに直接売らないため、販売店にとっても通販企業にとっても、正面からの競合にはなりません。直送で荷物を届けても、伝票は販売店や通販企業を通します。

ネット通販企業から見れば、注文データを送るだけで荷造りから発送までを任せられる相手です。通販企業からは「できれば100%ユーチョクのサービスに載せてくれ」と頼まれている、と社長は話します。配送の人手が足りない販売店も、このサービスを使っているそうです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

販売店、通販企業、ホームセンター、さらに同業の卸までが顧客です。その土台は、売らない相手を決めていることにあると考えられます。ユーザーに直接売る形をとれば、この関係は成り立ちにくくなるでしょう。

景気より自社の施策を見る、一点集中の経営

景気は「気にしたこともなくて」。通期 決算説明会スクリプトに残る、社長の言葉です。

新型コロナの影響が出た2020年、同社の売上は3%の減少にとどまったといいます。業界の上場会社はマイナス11%からマイナス33%だったとの説明です。ただし、比べた会社の名前は示されていません。

M&Aとは、会社の合併や買収のことです。自社株買いとは、会社が自分の株式を市場などから買い戻すことを指します。社長は8月の説明会で、M&Aも自社株買いもしないと明言しています(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

会社を買い足して売上を増やすのではなく、在庫という1つの軸を太くし続ける姿勢です。社長は同じ説明会で、M&Aによる「足し算経営」では会社の実力は上がらない、という考えも述べました。

一般的な工具卸・ネット直販型と比べると見える在庫の考え方

売れ筋に絞る工具卸、ユーザーへ直接売るネット通販、トラスコ中山の3つを比べると、在庫の物差しに違いが出ます。一般的な卸が在庫回転率を重視するのに対し、トラスコ中山は在庫出荷率とシステム受注率を重要指標に掲げています。

工具・副資材の流通 3つの型の在庫の考え方
一般的な工具卸在庫:売れ筋中心主な顧客:販売店物差し:在庫回転率
トラスコ中山在庫:あまり売れない品番まで(62万7,809アイテム)主な顧客:販売店・通販企業・ホームセンター・同業直接販売:ユーザーにはしない物差し:在庫出荷率93.4%・システム受注率88.8%
ネット直販型在庫:自社在庫と卸からの直送を組み合わせる主な顧客:工場などのユーザー(事業所)物差し:顧客数・リピートなど

一般的な工具卸とネット直販型は、一般的な傾向として編集部が整理。出典:トラスコ中山「販売戦略」、2026年12月期 中間期 決算データ分析資料(2026年8月)

3つの型を一覧で比べる

トラスコ中山の欄は同社の開示資料と公式サイトから、ほかの2つの型は一般的な傾向として編集部が整理しました。

観点トラスコ中山一般的な工具卸ネット直販型
在庫の考え方あまり売れない品番まで持つ(62万7,809アイテム)売れ筋中心で、回転を重視自社の在庫と、卸からの取り寄せ・直送を組み合わせる
主な顧客販売店・通販企業・ホームセンター・同業の卸地域の販売店工場などのユーザー(事業所)
ユーザーへの直接販売しない(公式に明記)基本的にしないする
重視する指標在庫出荷率93.4%、システム受注率88.8%在庫回転率顧客数・リピート率など
物流自社保有の物流センター30か所、ユーザー直送848万個(2025年)規模により外部委託も多い自社の物流と、卸からの直送の併用
出典販売戦略・中間期 決算データ分析資料・2026年8月 プレスリリース一般的な傾向(編集部整理)一般的な傾向(編集部整理)

トラスコ中山の在庫と指標は2026年6月末の単体、直送の個数は2025年の実績です。

回転率で測る卸と、在庫出荷率で測るトラスコ中山

在庫回転率を物差しにすると、売れない品番は「回転を悪くする在庫」になります。在庫出荷率を物差しにすると、同じ品番が「注文に応えられた在庫」として数えられます。どちらの物差しを選ぶかで、置く品番が変わるわけです。

トラスコ中山は、在庫出荷率を物流の重要指標の筆頭に置いています(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。在庫回転率は、重要指標の一覧に入っていません。

ネット直販型の通販企業は、トラスコ中山のお客様でもあります。通販企業向けの売上は593億円で、連結売上高の約18.5%でした(2025年、編集部計算)。通販が伸びるほど自社の出荷も伸びる立場を選び、ユーザーの取り合いで正面から戦わない点が、この会社の特徴です。

ワークマン・ニトリと共通する「持つ」発想

comtri.jpで取り上げた会社の中にも、在庫や物流を「持つ」ことを強みにした例があります。ワークマンのビジネスモデルでは、本部が品ぞろえと在庫を担う理由を紹介しました。作業服は、欠品が許されない商品だという点です。

ニトリのビジネスモデルは、企画から製造、物流、販売までを自社グループで担う形です。大きく重い家具だからこそ、運ぶ工程を自前で持つかどうかが価格に響く、と同記事では読み解いています。

3社に共通するのは、ほかの会社が外に出したり削ったりする機能を、あえて抱えている点です。トラスコ中山の場合、その対象が「在庫」と「物流」でした。収益の型の全体像は、ビジネスモデル一覧にまとめてあります。

在庫を持つ経営の弱点|償却増で減益計画・粗利率・通販への依存

在庫と物流への大型投資は、強みであると同時に、利益を押し下げる要因にもなります。2026年12月期は、売上高3,500億円の増収見込みです。それでも経常利益は2.6%の減益を計画しています(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。

ここでは、会社自身が示す課題と、数字から読み取れる論点を順に確かめます。

在庫を持つ経営の強みと、その裏にある弱点
強み物流センターを自社で持つ
↔
弱点減価償却費は55億円から2027年に約100億円へ。2026年は経常減益の計画
強み在庫を増やし続ける
↔
弱点2025年は在庫が23%増に対し、売上は8.5%増
強み取引をまとめて任される
↔
弱点商流集約で粗利率が低下。ユーチョクの梱包料は受け取っていない
強み大手通販の物流を担う
↔
弱点取引の集中と、上期の特需の反動

出典:トラスコ中山 2025年12月期・2026年12月期中間期 決算データ分析資料、決算説明会スクリプト(2026年2月・8月)。在庫は単体、売上は連結

増収でも経常減益の計画|減価償却費は2027年に約100億円

2026年12月期の会社予想は、8月7日の修正後の数字を見ます。中間期 決算データ分析資料によると、売上高は3,500億円(9.4%増)、営業利益は226億円(1.0%減)です。経常利益は220億円(2.6%減)、純利益は151億円(4.7%減)を見込みます。減価償却費は55億円から83億円へ約1.5倍になる計画で、2027年は約100億円を見込んでいます。

減価償却費とは、建物や設備の購入費を、使う年数に分けて毎年の費用にしたものです。例えば300億円の物流センターを建てると、その費用が何十年かに分けて毎年の利益から差し引かれます。

会社は今期から、営業利益に減価償却費を足したEBITDAの開示を始めました。EBITDAとは、減価償却費を差し引く前の本業のもうけのことです。例えば営業利益が226億円、減価償却費が83億円なら、EBITDAは309億円です。2026年の予想は309億円で、8.9%の増加です(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。

償却費が増えても「実際に現金が出るわけではない」と、社長は2026年2月の説明会で述べました。ただ、建てるときの現金は先に出ていきます。

営業活動によるキャッシュ・フローとは、本業で実際に入ってきた現金の増減のことです。決算データ分析資料のキャッシュ・フロー計算書を見ると、2025年度は営業活動で82億円を得ました。一方で、投資活動には216億円を使っています。差は、借入などの財務活動の196億円で補っています。

2025年末の借入金は、短期と長期を合わせて800億円でした(決算データ分析資料から編集部計算)。

自己資本比率とは、会社の資産のうち、返す必要のないお金でまかなっている割合のことです。例えば資産100億円のうち60億円を自己資本でまかなっていれば、60%です。中間期 決算データ分析資料によると、2025年末の60.4%から2026年6月末に56.9%へ下がりました。

在庫の伸びが売上の伸びを上回る

2025年度の在庫金額は、553億円から681億円へ23%増えました(単体)。一方、連結売上高の伸びは8.5%です(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。2026年2月の説明会では、アナリストから在庫と売上の連動が弱まっていると指摘されました。

通期 決算説明会スクリプトによると、社長は「あまり連動を意識したことはない」と答えています。在庫を増やしたぶん売上が増えるかは偶然の部分で、会社としては意識していない、という説明です。

ROE(自己資本利益率)とは、株主から預かったお金でどれだけ利益を出したかを示す指標です。例えば自己資本100億円で純利益が9億円なら、ROEは9%です。決算データ分析資料では、トラスコ中山のROEは2025年度で8.8%です。

株主資本コストとは、株主が会社に期待する利回りのことです。会社はこれを約6〜7%とみており、ROEはそれを上回る水準だとしています。上回ってはいるものの、差は2ポイント前後という水準。

商流の集約で粗利率が下がり、梱包料は受け取っていない

2025年12月期、全社の粗利率は20.9%で前年と同じでした。ただ、eビジネスルートは0.2ポイント、ホームセンタールートは0.3ポイント下がっています。会社はその理由を「商流集約」と説明しています(出典:決算データ分析資料、2026年2月)。

商流集約とは、取引先がいくつもの仕入先から買っていた商品を、1社にまとめて発注するようになることです。まとめて任される代わりに、価格の面で譲る構図と読めます。

ユーチョクにも課題があります。2026年2月の説明会で、社長は荷造り料を受け取っていないと明かしました。直送の運賃は、通販企業が払っています(出典:通期 決算説明会スクリプト、2026年2月)。梱包手数料の交渉は、もう少し状況が整ってから進めたいとしています。

8月の説明会でも、アナリストからは粗利率の改善を問う質問が出ています。社長の答えは、仕入価格の引き下げが課題だというものでした。メーカーに1社ずつ協力を求めていく考えです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。

大手通販への依存と、上期の特需の反動

アマゾン向けの約6割をユーザー直送しているという社長の説明は、強みであると同時に、取引の集中も示しています。大口の通販企業が自前の在庫と物流を厚くすれば、トラスコ中山の出荷量に響く構造です。ただし、会社は通販企業ごとの売上を開示していません。

2026年1〜6月の伸びには、一時的な要因も含まれます。中東情勢を背景に、石油などを原料とする消耗品の需要が高まりました(出典:中間期 決算データ分析資料、2026年8月)。資料が例に挙げる単体の化学製品は前年同期比25.6%増、梱包結束用品は23.0%増です。保護具の18.6%増は、安全靴などの在庫化によるものと別に説明されています。下期はこの需要が一服すると、会社自身も見ています。

在庫評価益と、株式市場の評価

在庫評価益とは、仕入先の値上げで、手元にある在庫の価値が帳簿上で上がった分の利益のことです。決算データ分析資料によると、2025年は約16億円の評価益がありました。経常利益225億円の約7%にあたる額です(編集部計算)。2026年は上期に約7.4億円を計上し、下期は4億円を見込んでいます。

株価について、社長は8月の説明会で「ずっと水平飛行」だと述べました。この10年で業績は倍近くになった、という前置き付きです(出典:中間期 決算説明会スクリプト、2026年8月)。多い在庫を負担とみる見方や、M&Aや自社株買いをしない方針が、理由の一つではないかとしています。

経営の引き継ぎも論点です。中山哲也氏の社長在任は、1994年から30年を超えます。社長自身は、自分が突然いなくなっても会社は進み続ける組織をつくっていると説明しました。ただ、後継の体制について、今回の調査では一次情報を確認できていません。

在庫を武器として持てる会社の条件|自社に置き換える4つの問い

62万アイテム・744億円の在庫を、そのまま中小企業がまねる必要はありません。それでも、在庫を「削るコスト」ではなく「受注の武器」にできる条件は、規模を問わず点検できます。

「うちは資金も倉庫も限られている」と感じた方にこそ、試していただきたい視点です。決算資料からは、測り方・範囲・資金・立ち位置の4つがそろって初めて、在庫が武器になっていることが読み取れます。条件を4つの問いにまとめます。

在庫を武器にするための4つの問い

出典:トラスコ中山 決算データ分析資料・決算説明会スクリプトをもとにコントリ編集部作成

在庫を「お客様が困らない率」で測っているか

トラスコ中山の在庫の物差しは、回転率ではなく在庫出荷率です。注文に在庫から応えられた割合を、会社の重要指標として毎期開示している形です。

中小企業でも、同じ考え方の記録は始められます。部品商社や資材店、修理業のように「今すぐ」に価値がある業種ほど、効き目が見えやすいはずです。まずは1か月分の注文を、「在庫からすぐ出せた」「取り寄せになった」「断った」の3つに分けて数えてみてください。

記録の例を表にしました(説明のための仮の数字です)。

区分件数(1か月)割合見るポイント
在庫からすぐ出せた160件80%この割合が、自社の在庫出荷率にあたる
取り寄せになった30件15%繰り返し出る品番は、在庫に加える候補
断った・他社に流れた10件5%失った注文の中身を書き出す

取り寄せが繰り返される品番は、在庫に加えれば注文を取りに行ける候補です。回転率の数字と並べて見ると、削るべき在庫と持つべき在庫の区別がつきやすくなります。利益率の見方は、利益率の計算方法で整理しています。

「この分野ならうちにある」と言える範囲を絞り込めているか

トラスコ中山の在庫は、あまり売れない品番まで含む深さが特徴でした。その深さが、同業の卸までを顧客に変えました。

ただ、62万アイテムを中小企業が持つのは現実的ではありません。置き換えるなら、全部をそろえるのではなく、深さを持つ分野を1つに絞ることです。例えば、地域の資材店が「足場の部材なら、この地域で一番そろっている」と言える状態を目指す形です。

分野を絞れば、必要な在庫金額は小さく収まります。そのうえで、同業や近隣の会社から「あそこに聞けばある」と頼られれば、在庫が営業の代わりをしてくれます。自社の強みの見つけ方は、小さい会社の強みは「ない」のではなく「使っていない」でも扱っています。

在庫を支える資金と仕組みを先に用意しているか

トラスコ中山の在庫は、自己資本比率56.9%の財務と、物流センター、在庫管理システムに支えられています。それでも2025年度は、投資を借入で補いました。在庫を武器にするには、それを支える資金と仕組みが先に要るということです。

中小企業が在庫を増やすと、資金繰りに直接響きます。在庫を積み増す前に、在庫に回せる金額の上限と、売れない品番を見直す周期を決めておくと安心です。例えば「在庫は月商の1.5か月分まで」「半年動かない品番は毎年3月に見直す」といった形です。

MROストッカーの数字も、参考材料の一つです。上期の数字から編集部が試算すると、1か所あたりの売上は月4万円前後でした。棚と在庫を顧客先に置いても、この単価では採算を取るのに時間がかかるはずです。預け在庫や置き在庫を始めるなら、1か所あたりの月の売上目標を先に決めておくと、続けるかどうかの判断がしやすくなります。

誰と競合しないかを言葉にしているか

トラスコ中山は「最終ユーザーへの直接販売は行っておりません」と公式サイトに書いています。この一文があるから、販売店も通販企業も安心してトラスコ中山に注文を回せます。

中小企業でも、誰と競合しないかを言葉にすると、取引先の不安が減ります。例えば、メーカーが「工事は地域の施工店さんにお任せし、当社は直接請けません」と明言するような形です。

まずは、自社が売らない相手、手を出さない仕事を1行で書いてみてください。それを取引先への案内や営業資料に載せれば、仕入先や販売店との関係を考え直すきっかけにもなります。自社の方針を自分の言葉で取引先に伝えておくことは、在庫を持つ・持たないの判断とも同じ線の上にあります。

まとめ|トラスコ中山が在庫を減らさない理由を一言でいうと

トラスコ中山が在庫を減らさない理由は、在庫を「削るコスト」ではなく「注文を取る武器」と位置づけているからです。2026年6月末の在庫は62万7,809アイテム、在庫出荷率は93.4%です。2025年の廃棄率は0.10%でした(単体)。あまり売れない品番まで置くことで、同業の卸までがお客様になっています。

その在庫を、ユーザーへ直接売らない卸の立場のまま、通販企業の注文の直送に生かしてきました。2025年の直送は848万個・475億円です。置き工具のMROストッカーは目を引きますが、売上は全社の0.3%未満で、主役はあくまで在庫そのものです。

一方で、物流センターへの大型投資で減価償却費が増え、2026年12月期は増収でも経常減益の計画です。在庫の伸びが売上を上回ることや、粗利率、大手通販への依存も論点として残ります。自社に置き換えるなら、まず1か月分の注文を「在庫からすぐ出せたか」で数えるところからです。

編集部コメント

決算資料を読み直して印象に残ったのは、廃棄の表にあった「0.10%」という数字でした。在庫金額は4年で約1.6倍に増えたのに、捨てる割合はむしろ下がっています。在庫を増やせば無駄も増えるという思い込みを、私たちはこの1行で見直すことになりました。

もう一つ心に残ったのは、社長が説明会のたびに、在庫の話を育児休業や残業の話につなげていたことです。数字の説明の場で、在庫が社員の働き方を支えていると、自分の言葉で語り続けています。教科書と違う経営を、外に向けて言葉にし続ける姿勢そのものが、この会社を形づくっていると私たちは受け取りました。

規模は違っても、自社が何を多く持ち、それが何のおかげになっているかを、社員や取引先に語れるか。その問いは、どの経営者にも通じるものだと感じます。まずは自社の在庫や設備の中から、「これがあるから頼られている」と言えるものを1つ書き出してみてはいかがでしょうか。

よくある質問(FAQ)

Q1. トラスコ中山はなぜ在庫を多く持つのですか?

A. 在庫を、注文を取るための武器と考えているためです。会社は「即納こそ最大のサービス」と掲げ、あまり売れない品番まで在庫に置いています。2026年6月末の在庫は62万7,809アイテムでした。在庫から出荷できた割合を示す在庫出荷率は、93.4%です(同社 中間期 決算データ分析資料、単体)。

Q2. トラスコ中山は何の会社ですか?

A. 工場や建設現場で使う工具や消耗品などの副資材を扱う卸売の会社です。機械工具商などの販売店、ネット通販企業、ホームセンターに商品を卸しています。最終ユーザーへの直接販売はしない、と公式サイトに明記されています。2025年12月期の連結売上高は3,200億円でした。

Q3. ユーチョクとは何ですか?

A. 販売店や通販企業から受けた注文の商品を、トラスコ中山がエンドユーザーへ直接届けるサービスです。複数の商品を一箱にまとめる「ニアワセ」と組み合わせています。2025年の直送は848万個・475億円でした(同社 決算データ分析資料)。伝票は従来どおり販売店などを通します。

Q4. MROストッカーとは何ですか?

A. ユーザーの工場内にトラスコ中山の棚と商品を置き、使った分だけを販売店経由で請求する「置き工具」のサービスです。2026年6月末の設置は1,676件でした。社長の説明では通期の売上は8億〜9億円で、全社の売上の0.3%に届かない規模です。

Q5. トラスコ中山の弱点は何ですか?

A. 物流センターへの大型投資で減価償却費が増え、2026年12月期は増収でも経常利益2.6%減の計画です。在庫の伸びが売上の伸びを上回っている点も論点です。商流の集約による粗利率の低下や、大手通販への依存も挙げられます(同社 決算データ分析資料)。

Q6. 中小企業がトラスコ中山から学べることは何ですか?

A. 在庫を回転率だけでなく「お客様が困らない率」で測ることが参考になります。品ぞろえの深さを持つ分野を絞ることも、規模を問わず始められます。在庫を支える資金の上限を先に決めること、誰と競合しないかを言葉にすることも、すぐに点検できる項目です。

参考資料

執筆はコントリ編集部です。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営する、コントリ株式会社に所属します。企業のビジネスモデル研究ノートを作り、決算資料と照合して記事にする編集チームです。

本記事の土台は、コントリ編集部のビジネスモデル研究ノート(2026年10月調査)です。2026年10月初め時点で確認できた資料と照合しました。対象は、トラスコ中山の決算データ分析資料、決算説明会スクリプト、プレスリリース、公式サイトなどです。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、経営者の方々への取材を重ねている。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

関連記事一覧