経営者11人が「任せる」に変わった日|きっかけは自分の意思ではなかった

経営者11人が「任せる」に変わった日|きっかけは自分の意思ではなかった

「任せたいのは分かっているが、任せられない」。中小企業の経営者から、最もよく聞く悩みの一つです。自分でやったほうが速い、品質が担保できる、説明する時間がもったいない——理由はいくらでもあります。

コントリが取材した118社のうち、「自分でやる」から「任せる」へ移った経緯を語った経営者が11人いました。その11人分を並べて読み直したところ、予想と正反対の事実が出てきました。「任せよう」と自分の意思で決めた経営者は、ほとんどいなかったのです。

入院、産休、社外の役職、債務超過——きっかけは全員、外から来ています。そして任せてみて初めて、ある同じ事実を知ることになります。本記事では、その転機と、任せられるようになった後に何が変わったかを、実名の証言で整理します。

この記事の元になった11社

何をもとに書いているかを先に示します。業種も規模も、任せるに至った経緯もばらばらです。

11人が「任せる」に変わったきっかけ

企業転換のきっかけ
株式会社第一テント不摂生が原因で2ヶ月入院。仕事をしたくてもできない状態になった
ESS株式会社第二子の産休。不在になる3ヶ月をスタッフに預けるしかなかった
SOCブルーイング株式会社倫理法人会で役を担い、社外で動く時間が必要になった
株式会社NEXT ONE債務超過に陥り、社員が自ら動いて返済した
アズウェル株式会社執行役員から「社長、先行ってください」と言われた
株式会社ジューヴル店舗拡大で財務が悪化し、一人では立ち行かなくなった
北日本重機株式会社自分が組織図の上にいること自体が弊害だと気づいた
認定NPO法人グローブジャングルプロジェクトが6〜7つに増え、担い手が集まってきた
株式会社ナーシング創業期から、管理者に業務が集中しない仕組みを設計した
植木鋼材株式会社新事業部の立ち上げを、自分がトップに立たず社員に委ねた
株式会社土屋創業者の属人性が企業存続の最大リスクだと結論づけた

この表を作った時点で、傾向がはっきりしました。上から6件は、本人が望んで手放したわけではありません。入院、産休、社外の役、経営危機、社員からの申し出——いずれも外部から来た事情です。

「任せよう」と決めた経営者は、ほとんどいなかった

権限委譲は、経営者の決断として語られがちです。しかし11人の証言では、決断より先に「任せざるを得ない状況」が来ていました。

2ヶ月入院して、会社は問題なく回っていた

栃木県真岡市の株式会社第一テントの代表は、東日本大震災の年に不摂生が原因で2ヶ月入院しました。それまでの自己認識は明確でした。「俺がいないと会社は回らない」。

「実際に2ヶ月の入院期間中、会社は問題なく回っていました。その時、今まで従業員のことを信頼していなかったのだということに気付きました」

株式会社第一テント 太田氏

ここで語られているのは「任せ方を覚えた」ではありません。強制的に不在になったことで、前提が事実によって崩れたという順序です。「私が思っている以上に、従業員はみんな優秀。その部分にしっかりと向き合い、評価できていなかったことに初めて気付きました」と続けています。

産休の3ヶ月を、丸ごと預けた

マシンピラティススタジオを全国77店舗まで育てたESS株式会社・坪井里奈氏も、もともとは「全部自分で見ないと気が済まない」タイプでした。転機は第二子の産休直前です。

「任せてみることで、一人ひとりの強みや主体性が見えてきました。そこで初めて、『自分が全部やらなくても大丈夫なんだ』と思えたんです」

ESS株式会社 坪井里奈氏

不在になる3ヶ月という期限があったからこそ、預けきることができたという構図です。この経験は後に「気づきを導き、未来に伴走する」という育成方針になりました。「1から10まで教えると、指示を待つだけになる」。

社外の役を引き受けて、任せざるを得なくなった

北海道でクラフトビールを製造するSOCブルーイング株式会社・坂口氏が現場を離れたのは、倫理法人会で役を担うようになったことがきっかけでした。本人の説明は率直です。

「自分が自由に動くためには、誰かに任せるしかない。任せざるを得なくなったんです」

SOCブルーイング株式会社 坂口氏

債務超過をきっかけに役割が変わった株式会社NEXT ONE・斉藤徹氏の例も同じ構造です。危機の詳細は経営危機を経験した経営者8人に聞いたで扱っていますが、斉藤氏の場合も自ら手放したのではなく、社員が動いた事実が先にありました。

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コントリは経営者お一人ずつを訪問し、5,000字以上の記事にして公開しています。本記事で引用した11社も、すべてこの取材から生まれました。
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転機は、社員の側からやってきた

外的事情と並んでもう一つ多かったのが、社員の言葉や態度が引き金になったケースです。

「社長、先行ってください」

自治体システムを手がけるアズウェル株式会社・鷹羽浩介氏は、現場も経営も一人で抱えていました。何でも自分でできてしまう人ほど、人に任せられません。その状態がどう表れたかを、本人が正直に語っています。

ある社員が「お見合いパーティに行くので休みます」と有給を申請したとき、現場に追われていた鷹羽氏は正直にイラッとしたといいます。「『自分はこうやって動けるのに、どうしてみんなは』という気持ちがありました」。その社員は、結局辞めてしまいました。「自分の態度ひとつで、社員との関係は変わってしまう。今思えば、ずいぶん独りよがりだったんですよね」。

転機は創業8〜9年目。ある執行役員の一言でした。

「あいつが『社長、先行ってください』と言ってくれたんです。『現場は僕らが見ていくので、社長はどんどん次のステージに進んでください』と。そこからですよ」

アズウェル株式会社 鷹羽浩介氏

そして、こう言い切ります。「失敗してもいいから任せないと、人は育たない。今さらですけど、50歳になってようやく気づいたんです」。

「くれない族」だったのは、自分だった

北海道岩見沢市でグルテンフリー菓子を製造する株式会社ジューヴル・池添幸子氏は、店舗の移転・拡大で従業員が増え、創業の想いを知る人が減っていく時期を経験しました。設備投資がふくらんで財務が悪化し、「お金がどうなるだろう」と眠れない夜が続きます。

そんなときに聞いた「くれない族」という言葉が刺さったといいます。従業員がこれをしてくれない、あれをしてくれない——その考えが自分の頭の中に蔓延していたことに気づいた、と語ります。不満の矛先を自分に向け直したところから、「一人では、もう船は漕げない」という結論に至っています。

任せることは、責任を手放すことではなかった

11人が語る「任せる」の定義は、一般的な権限委譲のイメージとは違いました。責任を軽くする行為としてではなく、責任を重くする行為として語られています。

失敗の責任は、任せた自分にある

SOCブルーイングの坂口氏の定義が、最も明快でした。

「任せるというのは、何か失敗があったときに、その責任を全部取り切るということなんです。失敗したのは現場の人かもしれない。でも、任せると判断したのは上役でしょう。だから最終的な責任は、その上に立つ人間にある」

SOCブルーイング株式会社 坂口氏

この哲学が試された出来事があります。大手流通向けのギフト用ビールで、担当スタッフが賞味期限を1年古い表記のまま出荷してしまったのです。卸業者・荷主・お届け先の三者へ、何十件もの詫びの連絡が必要になりました。

真っ青になった担当者に、坂口氏がかけた第一声は叱責ではありませんでした。「ごめんね」。そういう間違いが起きる仕組みを会社が作ってしまっていた、個人が悪いのではない——という判断です。

頼みごとは「試されごと」ではなく「プレゼント」

訪問看護などを手がける株式会社ナーシング・鈴木由紀子氏は、管理職の残業時間を月5時間未満に抑えています。福祉業界では管理者に業務が集中しやすいなかで、創業期から一般職にも責任を分散する仕組みを作ってきました。

鈴木氏は、頼むという行為の意味づけを変えています。

「『頼まれごとは試されごと』ということわざがありますが、私は『プレゼント』だと思っているんです」「頼んだ後に満面の笑みで『ありがとう』って言ってあげたら、相手も喜ぶし、自分も楽になりますから」

株式会社ナーシング 鈴木由紀子氏

鈴木氏自身も以前は抱え込むタイプだったといいます。だからこそ「頼むのもトレーニング」という認識で管理職に伝えている、という実務的な整理です。

自分が上にいること自体が、弊害になる

札幌の北日本重機株式会社・丸山雄司氏は、組織の設計そのものを変えました。三兄弟が全員代表取締役という体制で、社長・専務・常務の縦の階層を、並列に位置づける組織図へ改めたのです。

理由は、現場からの相談が直属の上司を飛び越えて社長に来てしまい、間に立つ弟たちの面目がつぶれることでした。「自分が上にいることによって、弊害になるっていうふうに思うところがあったので」。父からは「そんな組織図なんて見たことない」と言われながら押し通しています。

さらに丸山氏は、社長でありながら自社株式を保有していません。任せるために、権限そのものを手放した例です。

全員が「まだ途中」だと言っている

11人の証言でもう一つ共通していたのが、誰も「できるようになった」と言い切っていないことです。

アズウェル株式会社

「今でもイラッとしますし、ヒヤッとすることもあるんですよ」

鷹羽氏は「『自分がやった』という手応えも、すごく欲しい人なので。僕は承認欲求の塊なんです」と認めたうえで、自分が認められるより人にしてあげるほうがいいと少しずつ思えるようになってきた、と語る。

認定NPO法人グローブジャングル

「渡すのは得意なのかもしれないですね。……でも、まだ自分で抱え込んでいるものも正直たくさんあって(笑)」

森絵美子氏は6〜7のプロジェクトを担い手に全面委任している一方、現場に入ると「ここにセロテープ貼ればいい?」と下っ端になってしまうプロジェクトもあると打ち明ける。任せた直後はもどかしいが、口を出さずに待つと自分がやっていた頃よりよいものになる、という。

株式会社土屋

「今後10〜15年をかけて、権限を移譲していく」

高浜敏之氏は創業者の属人性を企業存続の最大リスクと位置づけ、自分が突然いなくなっても会社が維持される仕組みづくりを自らの役割と定めている。「一気に経営から退くのではなく、徐々に権限を移譲し、自然な形で引いていくのが最も安全」。渡す側から語られた、数少ない証言。

植木鋼材株式会社のように、新事業部の立ち上げで「私がトップに立って指揮をとるのではなく、社員に任せる」と決め、「その方が自分で工夫するようになるし、絶対伸びる」と言い切る例もあります。それでも共通しているのは、完成形ではなく現在進行形として語られている点でした。

まとめ:任せられるようになるのを待つより、任せられない状況を作るほうが速い

11人を並べて見えたことを整理します。

  • きっかけは外から来ている。 入院、産休、社外の役、経営危機、社員の申し出。自分の意思で決めた例は少数でした
  • 任せてみて初めて「回る」と知る。 「俺がいないと会社は回らない」という前提は、不在によって事実で否定されています
  • 任せることは責任を重くする行為。 「失敗の責任は、任せた自分にある」という定義が語られました
  • 誰も完成していない。 50歳で気づいた、まだ抱え込んでいる、10〜15年かける——全員が途中だと語っています

もし今「任せたいが任せられない」状態にあるなら、11人の証言が示しているのは意思や心構えを整える前に、物理的に任せざるを得ない状況を先に作るほうが速いという可能性です。入院や危機を待つ必要はありませんが、期限を切って不在をつくることは自分で決められます。

この記事の限界

11社は無作為抽出ではなく、コントリの取材に応じた企業です。任せた結果うまくいかなかった企業、任せられないまま行き詰まった企業は含まれていません。したがって「この型なら任せられる」ことを示すデータではなく、「転換した11社ではこう語られた」という記述にとどまります。分類も編集部の判断によるものです。

編集部より

取材時にはそれぞれ独立した一社の物語として書いてきました。並べて読み直して初めて、「きっかけが全員外から来ている」という共通点が見えました。権限委譲は決断の問題として語られがちですが、実際には状況の問題である側面が大きいようです。

本記事で引用した11社を含む全インタビューは経営者インタビュー一覧から、関連する横断記事は経営者118人に聞いた起業のきっかけ事業承継した経営者14人に聞いたからお読みいただけます。

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運営:コントリ株式会社(東京都中央区銀座1-12-4 N&E BLD. 7階/代表取締役 飯塚昭博)

よくある質問(FAQ)

11社はどのように選んだのですか

コントリが取材した経営者118社を語句検索し、該当箇所を1本ずつ読み直したうえで、「自分でやる」から「任せる」への転換が具体的に語られている11社に絞りました。演劇論として「自意識を手放す」に触れていた例や、事業モデルとしての外部委託に触れていた例は、文脈が異なるため除いています。

任せるための具体的な手順は書かれていますか

手順の解説は含みません。本記事は当事者が語った内容の記録です。ただし、期限を切って不在をつくる、頼む行為の意味づけを変える、組織図の階層を見直すといった具体策は、それぞれの証言のなかに現れています。

なぜ自分の意思で任せられなかったのですか

本記事はその理由を断定できません。ただし複数の経営者が、自分でやったほうが速い・品質が担保できるという実感と、「自分がいないと回らない」という前提を挙げています。この前提は、不在という事実によってしか検証できないため、外的事情が引き金になりやすいと考えられます。

任せて失敗したらどうすればよいですか

11社の証言のなかで最も明確だったのは「失敗の責任は、任せた自分にある」という定義です。担当者の出荷ミスに対して経営者が「ごめんね」と伝え、個人ではなく仕組みの問題として扱った例が記事中にあります。ただしこれは1社の対応であり、あらゆる場面での正解を示すものではありません。

創業者が権限を手放す準備は、いつから始めるべきですか

本記事に一般則はありません。ただし株式会社土屋の高浜敏之氏は、創業者の属人性を企業存続の最大リスクと位置づけ、52歳の時点から10〜15年をかけて段階的に権限を移譲する計画を語っています。渡す側の視点から準備を語った、数少ない証言です。

記事中の企業に問い合わせできますか

各社名からリンクしているインタビュー記事に、会社概要と公式サイトを掲載しています。なお本記事の引用は各社の掲載記事からのものであり、あらためて取材を行ったものではありません。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。本記事は、代表自身が同席した取材を含む11社の記録をもとに、編集部が横断して整理した。

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