
経営者の、あの一言。|経営者百景 Vol.3
決断の瞬間、頭の中にあったのは複雑な経営理論ではなく、もっと単純な一つの物差しだったという経営者は多い。「かっこいいかどうか」「独占しないこと」——言葉にすればシンプルすぎるほどのその物差しが、会社の存続を左右してきた。
「経営者百景」は、コントリが118社以上の経営者に直接取材してきた中から、そんな決断の瞬間だけをテーマごとに集めて届ける連載企画。第3回のテーマも「あの一言」。3人の経営者の実話を、それぞれのインタビュー全文へのリンクとともに紹介する。
シンプルな物差しほど、選ぶのは難しい
シンプルな物差しほど、実際に使うのは難しい。2000万円の借金、独占できたはずの技術、受け身になっていた経営判断——それぞれの分岐点で、3人はそのシンプルな物差しを本気で選び取った。
3人の経営者を動かした、あの一言。
「2000万の累損を全部引き受けるから、株を全部くれ」

藤本茂夫氏は東京・錦糸町のワンルームで、単身9〜10ヶ月にわたる出稼ぎ営業を続けていた。月14万円の家賃を自腹で払い、食事は吉野家とCoco壱番屋を交互に繰り返す日々。そんな部屋に、ある日、前職の上司と共同で立ち上げた採用会社の代表から電話がかかってきた。設立から10ヶ月でキャッシュが底をつき、「会社を畳む」という知らせだった。
選択肢は二つ。「わかった、手を引く」と言うか、それとも——。藤本氏は迷わずこう告げた。「2000万の累損を全部引き受けるから、株を全部くれ」。代表に就任したとき、会社の口座に残っていたのは50万円。全社員を解雇しなければ自分の給与も出せない状況を正直に伝えると、メンバーは声を揃えてこう言った。「やれるだけやりましょう」。3〜4人で7ヶ月間、無給のまま働き続けた末、初めて受け取った給料は10万円だった。
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「素晴らしいロボットを弊社だけが使ってはいけない」

船橋吾一氏が率いる株式会社弘栄ドリームワークスは、配管探査ロボット「配管くん」を独自に開発した。自社だけの武器にすれば、業界内での優位性は揺るがない——そう考えるのが自然だろう。だが船橋氏の判断は逆だった。「素晴らしいロボットを弊社だけが使ってはいけない」。
技術を独占せず、競合にも提供する。投資回収を後回しにしてでも、業界全体を巻き込む。2008年のリーマンショックで銀行や取引先が離れ、「あの会社大丈夫か」という噂まで立った経営危機を経験していた船橋氏にとって、一人で抱え込む強さより、仲間と分け合う強さの方が確かだった。売上40万円だった会社は6年で6億円に、グループ全体では180億円を超える規模へと成長した。
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「受け身の経営」から「寄り添う経営」へ

加藤大輝氏が事業承継後に向き合ったのは、派手な危機ではなく、じわじわと会社を蝕んでいた構造だった。市場の変動にただ影響を受けるだけの「受け身の経営」。顧客要望に対する明確な判断軸の欠如。経営方針や組織目標の曖昧さ。どれも劇的な事件ではないぶん、放置すれば静かに会社を弱らせていくものばかりだった。
加藤氏はそこから、製品ごとの詳細な原価計算の導入や、価格改定の見積もり方法の再評価など、地道な一つひとつに手をつけていった。その先に掲げたのが「寄り添AL(アルミニウム)社会」という自作のビジョンだ。技術や製品を通じて社会に貢献する——受け身だった経営を、自分たちの意思で寄り添う経営へと変えていく試みが、今も続いている。
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あなたにとっての「あの一言」は?
かっこいいかどうか、独占しないこと、受け身にならないこと——どれも複雑な理論ではない。だからこそ、いざその場面に立ったとき、本当に選び取れるかどうかが分かれ道になる。次回もまた、経営者たちを動かした、忘れられない言葉を届けたい。

