制約が「工数」から「時間」へ移ったとき、経営者がやるべきこと

事業をやっていると、いつも何かに引っかかっている。人が足りない、お金が足りない、時間が足りない。その「足りないもの」が、たいてい次の一手を縛っている。経営の判断って、突き詰めると、自分の事業の制約がいま何なのかを見極める作業なのかもしれない。

僕の場合、長いあいだその制約は「制作の工数」だった。ところが最近、それが別のものに移った。この移り変わりが、思っていた以上に大きな意味を持っていたので、今日はその話を書いてみたいと思います。

ボトルネックは、移動する

工場の現場で使われる考え方に、制約理論というものがある。生産ライン全体のスピードは、一番遅い工程で決まる。だから速くしたいなら、一番遅いところ=ボトルネックを直す。それ以外をいくら磨いても、全体は速くならない。

ボトルネックは、磨くと「移動」する
かつての制約
制作の工数
人手と時間が、つくれる本数を縛っていた
解けた後に現れた制約
創業者の時間
つくれても、広げる手がひとつしかない
一番遅い工程を直すと、全体は速くなる。ただし「一番遅い場所」そのものが次へ動く。だから直し続ける対象も、入れ替わっていく。

事業もこれによく似ている、と僕は感じています。

そして大事なのは、ボトルネックは固定されていない、ということ。一番遅かった工程を直すと、今度は別の工程が一番遅くなる。制約は、解消すると次の場所へ移る。経営者の仕事は、その移動についていって、いま本当に効いている制約はどこかを、繰り返し見直すことなんだと思う。

コントリにとっての制約は、ずっと制作工数でした。けれど、それが解けた今、制約は明らかに別の場所へ移っていた。

制約が解けた日に、気づいたこと

ここ数ヶ月、制作のやり方が大きく変わった。これまで時間がかかっていた工程が、ぐっと短くなった。「作る時間がないから出せない」という、長年の言い訳が成立しなくなったんです。

雲海から昇る朝日
長く制約だったものが解けると、視界がひらける。次に見えてくるのは「次の制約」だ

最初は、純粋に生産性の話だと思っていた。たくさん作れる、いいことだ、と。

でも、すぐにわかった。これは生産性の改善じゃなくて、制約の移動だったんだ、と。工数という壁が消えた瞬間、その奥に隠れていた本当の壁が前に出てきた。僕自身の時間です。

一社ずつ、僕が向き合い、僕が設計し、僕が確認する。このやり方を続けるかぎり、制作がどれだけ速くなっても、最後は創業者である僕の時間が全体の上限を決めてしまう。作れる量が増えても、広げられる量は増えていなかった。ここが、見落としていた点でした。

制約が工数だった頃の打ち手と、制約が時間に移ったあとの打ち手は、まったく違う。前者は「速く作る」。後者は「自分を通さずに回る形をつくる」。同じ努力の方向で押しても、もう効かないんです。

ここを取り違えると、経営はおかしな方向に走り出す。制約がもう工数じゃないのに、まだ工数の頃の感覚で「もっと作ろう、もっと速く」と現場を急かしてしまう。すると、たくさんは作れるのに、なぜか事業は大きくならない。出口が見えないまま、自分も現場も消耗していく。たぶん多くの会社が、解けたはずの古い制約と、まだ戦い続けているんじゃないかと思います。

「効果が見える発信」を、仕組みの土台にする

では、自分を通さずに回る形を、どうつくるのか。

「測れる発信」が、スケールの土台になる
1
効果を測る
どの発信が成果につながったかを数字で押さえる
2
成果が見える
「これは効く」と確信できる勝ち筋が残る
3
迷わず広げる
確信があるから、多くの企業へ展開できる
4
スケールする
広げた先でまた測り、輪がもう一周回る
成果が数字で見えるから、迷わず横展開できる。広げた先でまた測る。この輪が回りはじめると、広げ方は「勘」から「仕組み」に変わる。

ここでカギになるのが、コントリとして大事にしている発信設計の考え方だと思っています。発信を「やりっぱなし」にせず、何が起きたかが見える状態にしておくこと。

発信の一番つらいところは、効果が見えにくいことだ、と経営者の方と話していてよく感じます。記事を出した、投稿した。でも、それで問い合わせが増えたのか、いい出会いにつながったのか。そこが曖昧なまま続けると、現場のモチベーションが続かない。やがて「うちには発信は向いていない」という結論に落ち着いてしまう。

逆に、出した発信の成果が数字や出会いとして返ってくるなら。話は変わる。

  • どの発信が成果につながったかが見えれば、何を続け、何をやめるかを判断できる
  • 担当者が変わっても、見える指標があれば再現できる
  • そして何より、「これは効く」と確信できたやり方は、他社にも自信を持って渡せる

効果が見えるからこそ、仕組みにできる。仕組みにできるからこそ、僕の手を離れても回る。これが、制約が時間に移った僕にとっての、唯一の出口なんだと思います。

逆に言うと、効果が見えない発信は、絶対に仕組みにできない。何が効いたか分からないものは、人に渡しても再現できないからです。「なんとなくやっている発信」は、どこまでいっても創業者の勘に依存する。勘は、その人の時間とセットでしか動かない。だから、まず測れるようにする。発信を、感覚の世界から、見える世界へ持ってくる。地味だけれど、ここがスケールの本当の入り口なんだと、最近つくづく感じています。

丁寧さは、スケールの敵じゃない

スケールという言葉には、どこか冷たい響きがある。数を追って、雑になる。そういうイメージを持たれることもある。

整然と並ぶ無数の苗
一本ずつ手をかけながら、同時にこれだけの数を育てる。丁寧さと量は両立できる

でも僕は、逆だと思っている。

コントリがこだわってきたのは、出会いの質でした。バズや拡散ではなく、本当に必要としている相手に、ちゃんと届くこと。その丁寧さを、僕は手放すつもりはまったくない。

手放すのは、丁寧さじゃなくて、「僕がひとりで全部抱える」というやり方のほうです。

丁寧に届ける型を一度きちんとつくり、それを仕組みとして渡していけば、丁寧さそのものはスケールする。一社のために磨いた経営者の想いを届けるやり方を、十社、百社へと広げていける。質を保ったまま、数を増やす。これは矛盾しないと、今は思えています。

むしろ、一社ずつ手で抱え続けるほうが、僕の時間という制約にぶつかって、結局は届く数が頭打ちになる。丁寧さを本当に広げたいなら、仕組みにするしかないんです。

小さくまとまらない、という選択

コントリは、まだ小さい会社です。届けられている数も、「日本の中小企業の発信を変える」と掲げるには、正直まだまだ足りない。

それでも、足りないと自覚できたことが、いまの僕にとっては一番の収穫でした。

工数という制約があった頃は、その制約のおかげで、いまの規模に留まる言い訳ができていた気がします。でも、その言い訳はもう使えない。だとしたら、僕がやるべきは、自分の手の届く範囲で心地よくまとまることじゃない。効果の見える発信を仕組みにして、自信を持って、もっと多くの経営者に届く形を広げていくこと。

中小企業の社長さんが持っている想いが、伝わらないまま埋もれていく。そのもったいなさを、一社ずつではなく、社会の規模でほどいていきたい。それが、いまコントリが向かっている方向です。

もし、自社の発信が「やっているけれど、効いているか分からない」状態で止まっているなら。その効果を見える形にするところから、一緒に考えていけたらと思っています。


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