コラム

中小企業の経営者・ビジネスパーソンに向けたコラム記事をまとめています。経営戦略やビジネスモデル、人材・組織づくり、マーケティング、財務、法務など、日々の意思決定に役立つ実践的な知見と、経営者自身の言葉による気づきをお届けします。

元湯陣屋のビジネスモデル|週休3日で増収し自社システムを外販

元湯陣屋のビジネスモデル|週休3日で増収し自社システムを外販

休めば売上が減る。人を減らせばサービスが落ちる。旅館やホテルに限らず、多くの経営者がそう考えて営業日と人員を守ってきたのではないでしょうか。

神奈川・鶴巻温泉の老舗旅館「元湯陣屋」は、その前提を順番に崩してきました。元湯陣屋のビジネスモデルは、二本柱でできています。1本目は、自社開発のシステムで情報を一元化し、少人数の多能工チームで高単価の営業日に集中する旅館運営です。2本目は、そのシステムを同業に販売するシステム事業です。

2009年には負債約10億円を抱えていました(ITmedia 2018年10月)。それが休館日を増やしながら増収に転じました。自社システム「陣屋コネクト」の導入は、600施設以上です(陣屋コネクト公式 2024年)。

本記事の主な材料は、コントリ編集部がまとめたビジネスモデル研究ノートです。倒産寸前の状況から、多能工化、週休3日、システム外販までを順にたどります。最後に、真似されにくい理由と、中小企業が持ち帰れる問いを整理しました。自社の営業日と人の使い方を見直すきっかけになれば嬉しく思います。

元湯陣屋のビジネスモデルとは|旅館と「陣屋コネクト」の二本柱

元湯陣屋を営むのは、1918年(大正7年)創業の株式会社陣屋です。システム事業の株式会社陣屋コネクトとともに、グループを形づくっています(陣屋グループ公式 会社概要)。本業の立て直しのために作ったシステムが、そのまま2本目の事業になりました。

元湯陣屋のビジネスモデルを支える二本柱
柱1 旅館運営株式会社陣屋 鶴巻温泉 元湯陣屋ほか3施設 原則 火~木は休館 少人数の多能工チームで営業日に集中
→自社で使って
直して
同業に売る
柱2 システム事業株式会社陣屋コネクト 2012年4月設立 旅館・ホテル向けクラウドシステム 導入 600施設以上

※出典:陣屋グループ公式 会社概要、陣屋コネクト公式サイト(2024年時点の導入数)、元湯陣屋公式サイト(休館日)

株式会社陣屋と株式会社陣屋コネクトの関係

株式会社陣屋は、鶴巻温泉の元湯陣屋ほか3施設の旅館運営を担います。株式会社陣屋コネクトの設立は2012年4月11日です。旅館・ホテル向けシステム「陣屋コネクト」の開発と販売を手がけます(陣屋グループ公式 会社概要)。

陣屋コネクトとは、予約・顧客情報・料理・勤怠・日報などを一元管理するクラウド型の業務システムです。クラウドとは、社内にサーバーを置かず、インターネット経由で使う仕組みのこと。例えば、スタッフがタブレットで同じ顧客情報を同時に見られます。

グループ全体の売上は11億円(2024年12月期)です。従業員は71名(2025年5月時点)を数えます(中小機構 100億宣言資料)。同資料では、2040年に売上100億円を目指すと宣言しました。成長手段は、旅館の事業承継、システム開発、観光DXの3つです。

DXとは、デジタル技術を使って仕事の進め方や事業の形を変えることを指します。公式の会社概要(2026年9月閲覧)では、株式会社陣屋が社員21名・パート43名です。陣屋コネクトは社員17名・パート1名です。

旅館業の常識と元湯陣屋の違いを比較表で見る

旅館業で一般に「当たり前」とされる運営と並べると、元湯陣屋が何を変えたのかが見えてきます。

項目旅館業で一般的な考え方元湯陣屋出典
営業日開けておかないと売上が立たない原則 火〜木は休館元湯陣屋公式サイト
業務の分け方布団敷き・案内・見送りなどを分業一人が通しで担当するマルチタスクITmedia 2018年10月
情報の持ち方紙と口頭、人に貼り付くクラウドで全員が同じ画面を見るITmedia 2018年10月
従業員数繁閑に合わせてパートで調整約120名→約40名Forbes JAPAN 2017年8月
業務システム外部ベンダーから購入自社で開発し同業へ販売ITmedia 2018年10月

5つの違いは、ばらばらの施策ではありません。情報の持ち方が変わったから業務の分け方を変えられ、その結果として営業日も変えられた。この「順番」が、後の章で見る真似されにくさの核になります。

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倒産寸前からの出発|借入10億円・償却前赤字6,000万円の2009年

元湯陣屋の改革は、存続が危ぶまれる状況から始まりました。負債は約10億円(ITmedia 2018年10月)。償却前利益は年間マイナス6,000万円でした(中小機構資料)。償却前利益とは、減価償却費を差し引く前の利益で、本業が現金を生んでいるかを見る指標です。

元湯陣屋の歩み:倒産寸前から二本柱へ
1918年創業(大正7年)
2009年10月宮崎富夫氏・知子氏が経営を引き継ぐ。負債約10億円
2010年1月Salesforceでシステム開発に着手
2012年売上4億円台で黒字転換。陣屋コネクトの外販を開始
2014年2月火・水を休館日に
2016年木曜も休館日に
2020年5月休館日と同日の週休3日制を施行
2024年12月期グループ売上11億円

※出典:ITmedia エンタープライズ 2018年10月、リクルートワークス研究所 2022年8月、中小機構 100億宣言資料(2024年12月期)、陣屋グループ公式 会社概要

ホンダのエンジニアだった4代目社長と、未経験の女将

2009年10月、宮崎知子氏が4代目の女将に就任し、夫の富夫氏が社長となりました(ITmedia 2018年10月)。富夫氏は本田技研工業で燃料電池を開発するエンジニアでした。父の急逝と母の病で、急きょ跡を継ぐことになりました。

知子氏は専業主婦で、夫妻とも旅館業の経験はありませんでした(日本経済新聞 2019年9月)。運転資金はあと半年でショートするという状況です。知子氏は2017年から代表取締役女将を務めています(JBpress 2022年4月)。

ITmediaの取材で語られた継いだ理由は、「息子を巻き込みたくなかった」という一点でした。事業を守るためではなく、家族を守るための承継。そこから始まった改革だった点は、心に留めておきたいところです。

値引きで稼働を埋めても儲からない構造

当時の陣屋は、1泊2食付きのプランを約1万4,000円から提供していました。ところが、クーポン割引などの値引き圧力に押されます。2009年には、最低価格が9,800円まで下がっていました(ITmedia 2018年10月)。

値引きで稼働率を維持しても、受け入れの手間は変わりません。忙しいのに儲からず、赤字が膨らみ、従業員が疲弊していく。多くのサービス業が一度は経験する負のスパイラルではないでしょうか。

売上は約2億9,000万円まで落ち込んでいました。Forbes JAPAN(2017年8月)では、導入前の売上を2億9,170万円としています。借入の大きさに比べ、本業の稼ぐ力が足りない状態です。

社員20名・パート100名超という人員構成

就任当時の陣屋は、社員20名に対してパートが100名以上いました(Forbes JAPAN 2024年10月)。客室は当時20室です。パートの方々が受け持つのは「布団敷き」「案内」「見送り」などの単体の仕事でした(ITmedia 2018年10月)。

仕事を細かく分けるほど、それぞれに人を張り付ける必要が出てきます。人数が膨らむ一方で、一人ひとりの仕事の幅は狭いまま。給与を上げる原資も生まれにくい構造でした。社員の平均年収は288万円(2008年)です(ITmedia 2018年10月)。

情報を人から引き剥がす|一元化と多能工化で生産性を上げた

元湯陣屋が最初に取り組んだのは、紙と口頭で回っていた情報を一元化し、そのうえで仕事の分け方を変えることでした。情報の一元化が先、多能工化が後。この順番こそ、人を減らしても現場が回る体制の土台です。

打ち手の順番:前のステップが次の前提になる
STEP 1情報の一元化予約・顧客・料理・勤怠をクラウドで共有(2010年〜)
→
STEP 2多能工化単体タスクから、一人が通しで担当
→
STEP 3休館日の設定2014年 火・水、2016年 木曜を追加
→
STEP 4週休3日制2020年5月、休館日と同じ日を休む
→
STEP 5システム外販2012年開始、導入600施設以上

※順番の整理はコントリ研究ノートによる。年次の出典:ITmedia エンタープライズ 2018年10月、リクルートワークス研究所 2022年8月、陣屋コネクト公式サイト(2024年時点)

Salesforce上で内製した「陣屋コネクト」

システム開発は、2010年1月10日に始まりました(ITmedia 2018年10月)。知子氏の女将就任から3か月後のことです。Salesforceとは、顧客管理などの業務アプリをクラウド上で組み立てられるサービスです。わずか2ライセンスからのスタートでした。

開発の担い手は、フロント係として採用したエンジニアです。正規のエンジニア給与を払う余裕はありません(ITmedia 2018年10月)。そこで、夜勤の時間に開発してもらう形をとりました。給与は「出世払い」という約束でした。

外注ではなく、現場のすぐそばで作る。この選択によって、使いにくい箇所をその日のうちに直せる環境が生まれました。予約、顧客の好み、料理の内容、清掃の進み具合を、全員が同じ画面で確認できる状態への転換です。

単体タスクからマルチタスクへ|多能工化の順番

多能工化とは、一人の従業員が複数の業務を担当できるようにすることです。例えば、チェックインの案内をした人が、そのまま夕食の配膳や見送りまで受け持つ形を指します。

陣屋がまず手をつけたのは、貴賓室「松風」を一般客に開く試みです(ITmedia 2018年10月)。位置づけは「おもてなしの実験場」でした。

貴賓室ではチェックインから見送りまでを1人が担当し、マルチタスク化とレベルアップを進めました。富夫氏はこれを、F1で得た知見を量産車に生かす流れに例えて説明したそうです。

ここで効いたのが、先に進めた情報の一元化でした。お客様の好みや当日の予定が画面で共有されていれば、誰がどの持ち場に入っても対応が途切れません。情報が人に貼り付いたままでは、多能工化はただの「何でも屋」になり、現場の負担が増えるだけです。

120名から約40名へ、平均年収は288万円から約400万円へ

システム導入前に約120名いた従業員は、約40名になりました(Forbes JAPAN 2017年8月)。同記事によると、売上は導入前の2億9,170万円から、2016年には4億4,860万円へ伸びました。

社員の平均年収は、288万円(2008年)から約400万円(2017年)へ増えました。4割ほどの伸びです(ITmedia 2018年10月)。社員の給与は年俸制で、休みが増えても減らない仕組みです。3割を切れなかった離職率は、約3%まで下がったとのことです。

2018年時点では、正社員30名・パート15名、平均年齢30歳という体制でした(GLOBIS知見録 2018年8月)。同記事では、1人当たりの労働生産性は年間1,250万円と紹介されました。人を減らして給与を上げることは、一人当たりの生産性が上がれば両立する。陣屋の数字が示すのは、その関係です。

休館日を増やして利益を伸ばす|週休3日を支える設計

元湯陣屋は、稼働率の低い平日を休館日にすることで、光熱費と人件費を抑えながら利益を伸ばしてきました。2014年2月に火・水を休館日にし、2016年に木曜を加えました。2020年5月には、休館日と同じ日を休む週休3日制を施行しています(リクルートワークス研究所 2022年8月)。

元湯陣屋の売上推移:休館日を増やしても伸びた
導入前(底)
2億9,170万円Forbes JAPAN 2017年8月
2016年
4億4,860万円Forbes JAPAN 2017年8月/2014年 火・水休館/2016年 木曜追加
2018年時点の直近1年
6億1,300万円ITmedia 2018年10月/ブライダル事業の伸長・単価向上も寄与

※出典の時点・範囲が異なるため、推移は目安として読んでください。出典:Forbes JAPAN 2017年8月、ITmedia エンタープライズ 2018年10月

閉めたほうが儲かる日|低稼働日の限界利益

休館日を決めたきっかけは、ほとんど休みなく働いてきた知子氏の体調悪化でした(ITmedia 2018年10月)。火曜と水曜は稼働率が低く、社員が休んでパートで埋める日が多かったといいます。

宮崎知子氏は、ITmedia(2018年10月)の取材で当時をこう振り返っています。

「いっそのこと、その2日を休みにしてしまえば、光熱費や人件費が要らなくなるというわけです」

限界利益とは、売上から材料費など売上に比例して増える費用を引いた利益です。ここから光熱費や人件費を払えない日は、開けるほど赤字が広がります。2014年の売上は、前年比8%程度下がりました(ITmedia 2018年10月)。それでもコスト減のほうが大きく、利益はさらに上がったのです。

休みにした火・水の予約は月曜と木曜に分散し、売上への影響は大きくなかったそうです。浮いた利益はスタッフの正社員化にも使われました。

単価を上げる|値引き競争から降りる判断

営業日を減らしても売上が伸びた背景には、単価の見直しがあります。ITmedia(2018年10月)は、2009年から続けてきた単価の向上が功を奏したと伝えました。ブライダル事業の伸びも、要因のひとつです。

2018年時点の宿泊料金は35,000円からで、客単価は5万円と紹介されています(GLOBIS知見録 2018年8月)。最低価格9,800円まで下がっていた時期と比べると、値引きで稼働を埋める戦い方から、明確に降りたことがわかります。

休館日を設けると、営業日には女将・料理長・接客スタッフがそろった体制で迎えられます。サービスの質がそろうこと自体が、単価を支える力です。

休館後も売上は伸びた|2016年4.5億円から6.1億円へ

2016年の売上は4億4,860万円でした(Forbes JAPAN 2017年8月)。2018年時点の直近1年では、6億1,300万円に達しています(ITmedia 2018年10月)。底を打った時期の約2億9,000万円と比べ、2倍以上です。

利益面では、EBITDA率30%と紹介されています(GLOBIS知見録 2018年8月)。EBITDAとは、利払い・税金・減価償却費を差し引く前の利益のことで、本業が生む現金の目安です。休みを増やす判断と、稼ぐ力の回復が同時に進んだことになります。

一方、2024年の取材では、宿泊の売上は休館日を作る前とほぼ同水準とのことでした(賢者の選択サクセッション)。数字は時点と範囲で変わるため、「休めば増収する」という単純な話ではありません。低稼働日を閉じても稼ぐ力は落ちなかった、と読むのが正確です。

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自社の困りごとを商品にする|陣屋コネクト外販という第2の事業

陣屋コネクトの外販は、黒字転換から間もない2012年に始まりました。2018年8月期の売上は約2億円です(ITmedia 2018年10月)。グループ売上の4分の1にあたる規模です。現在、公式サイトに掲げられた導入実績は600施設以上です。飲食店が自社の来客予測の仕組みを同業に外販した近い例は、ゑびやのビジネスモデルで解説しています。

陣屋コネクトの改善サイクル
導入600施設以上(陣屋コネクト公式 2024年)
1自社旅館で使う館内版はパイロット版。2週間ごとに更新
2現場の課題を見つけるスタッフの使いにくさを拾う
3機能を直すエンジニア18人(2018年時点)
4同業へ提供外販版は年3回のバージョンアップ
5導入先から意見が集まる導入600施設以上の声が次の改善へ
5 の意見が 1 の自社旅館での改善に戻り、サイクルが続く

※出典:ITmedia エンタープライズ 2018年10月(開発体制・更新頻度)、陣屋コネクト公式サイト(導入数)

外販のきっかけは「現場から改善要望が出なくなった」こと

外販を始めた理由は、少し意外なものでした。必要な機能がそろい、現場が回るようになりました(ITmedia 2018年10月)。その結果、従業員から改善要望が出なくなったのです。

きっかけは、陣屋の取り組みに声を掛けてくれた人とのご縁でした。宮崎知子氏はITmedia(2018年10月)の取材でこう語っています。

「主人としては、いろんな方に使ってもらい、意見をもらいたいと考えていたこともあり、システムの外販を始めることになりました」

最初の導入は4社でした。100施設が導入するまでは、富夫氏がキャンピングカーで全国を営業して回りました。2018年には導入施設が全国で300を超えました(ITmedia 2018年10月)。

私たちコントリ編集部がこの話で注目したのは、外販が「売上のため」より「改善を続けるため」に始まった点です。「同じことで潰れかけた旅館」が売っているという当事者性が、そのまま営業の説得力になりました。

自社旅館をパイロット版にする開発サイクル

2018年時点で、陣屋コネクトの開発陣は総勢18人のエンジニアでした(ITmedia 2018年10月)。外販版のバージョンアップは年3回です。陣屋の館内で使うシステムは「パイロット版」と位置づけ、2週間ごとに細かく更新しているそうです。

自社の旅館が、そのまま試験場になっている構造です。新しい機能は、まず自分たちの現場で使われ、問題があればすぐ直されます。外部のベンダーには、この速さと現場感を真似するのが難しいといえます。

2018年の報道では、価格は1ライセンス3,500円(初期費用は別途)でした(ITmedia)。現在も、基本の「フル」プランは1ユーザー月額3,500円です(公式料金ページ 2026年9月閲覧)。

フルプランには、予約・顧客・会計・シフト・勤怠・清掃の管理や社内SNSなどが含まれます。フルとサポートプランが必須です。社内SNS・シフト・勤怠に絞った「ライト」(月額600円)や外部連携は、任意で追加します。料金を1ユーザー単位にしている点は、少人数の旅館でも始めやすい設計です。

自社で「本当に必要な機能だけをそろえる」という考え方が、中小規模の旅館にも届く価格につながりました。陣屋コネクトは、日本サービス大賞の総務大臣賞も受けています(ITmedia 2018年10月)。

旅館再生・M&Aへ広がるグループの現在地

現在の陣屋グループは、旅館の事業承継やコンサルティングへも領域を広げています(中小機構 100億宣言資料)。グループには湯村温泉や別所温泉の旅館を運営する会社も加わりました。

2016年4月には、石破茂大臣(当時)が陣屋コネクトを視察しました。その様子は同社の公式YouTubeで公開されています(2016年4月)。2023年には、BSテレ東「グロースの翼」でも紹介されています。業界の外からも、地方旅館の再生モデルとして見られていることがうかがえます。

自社の困りごとを解いた道具が、同業の困りごとを解く商品になり、さらに後継者のいない旅館を引き継ぐ力にもなる。1つの打ち手から事業が枝分かれしていく流れは、中小企業にとっても示唆に富むものです。

なぜ元湯陣屋のモデルは真似されにくいのか

打ち手そのものは、書籍・講演・メディアで広く公開済みです。それでも同じ形が業界に広がりにくいのは、順番と前提条件に再現の難しさがあるからです。コントリの研究ノートでは、これを4つの壁として整理しています。

元湯陣屋のモデルが真似されにくい4つの壁
壁1順番を逆にできない情報の一元化→多能工化→休館日。休館日は結果であって出発点ではない
壁2人員削減を起点にしていない仕組みを変えた結果として人数が減った。浮いた利益は正社員化へ
壁3直し続ける内製力館内版を2週間ごとに更新。現場の声が数週間で画面に反映される
壁4危機を経験した当事者同じことで潰れかけた旅館が売る。その歴史が信頼の源になる

※コントリ編集部のビジネスモデル研究ノートによる整理

壁1|情報の一元化→多能工化→休館日という順番を逆にできない

陣屋の打ち手は、情報の一元化、多能工化、休館日の設定という順で積み上がりました。休館日は結果であって、出発点ではありません。多くの旅館が「まず休館日」から入ろうとすると、営業日に人が足りず、現場が崩れてしまいます。

見えやすい「週休3日」だけを切り取ると、その下にある土台が抜け落ちます。陣屋でも、2010年のシステム開発から2014年の休館日導入までは約4年です。週休3日制の施行までは、約10年です(ITmedia 2018年10月、リクルートワークス研究所 2022年8月)。

外から見えるのは最後の一手だけです。その手前にある情報の共有と仕事の組み替えに、同じだけの時間をかけられるかどうか。ここに最初の壁があります。

壁2|人員削減を起点にしていない

約120名から約40名への縮小を、Forbes JAPAN(2017年8月)はシステム導入の成果として紹介しました。人を減らすことが目的ではなく、仕組みを変えた結果として人数が減ったという順序です。

もし人を減らすことから始めていたら、残った人に負担が集中し、離職が増えていたはずです。実際に陣屋でも、効率化が進んだ時期に離職率が3割を切れませんでした。女将自身も消耗していたと語られています(ITmedia 2018年10月)。

そこで陣屋は、休館で浮いた利益をスタッフの正社員化に回しました。削るより先に、一人ひとりの仕事の幅と給与を広げた。この順序こそ、少人数でも回る組織の支えです。

壁3|業務に合わせてシステムを直し続ける内製力

社長がエンジニア出身で、社内に開発チームを持てたことは、陣屋ならではの条件です。内製とは、外部に任せず自社の人員で開発することを指します。外注のシステムは、業務のほうを合わせにいく必要があります。内製なら、業務に合わせてシステムを直し続けられます。

陣屋では、館内で使う版を2週間ごとに更新してきました(ITmedia 2018年10月)。現場の「ここが使いにくい」が、数週間で画面に反映される。この速さは、外注ではなかなか得られません。

他社がそのまま再現するのは難しい部分です。ただし今は、ノーコードツールやクラウドサービスの選択肢も増えました。ノーコードツールとは、プログラムを書かずに画面操作で業務アプリを作れる道具のことです。「全部を作る」ではなく「現場で直せる範囲を持つ」という発想なら、中小企業にも手が届きます。

壁4|危機を経験した当事者であること

「うちも同じことで潰れかけました」と言えるシステム会社は、多くありません。後から参入したベンダーは、危機を経験した旅館にはなれないのです。

導入を検討する旅館の経営者にとって、同じ現場の苦労を知る相手から買えることは大きな安心材料です。宮崎知子氏が講演やメディアで、負債や離職の話まで具体的に語り続けてきたことも、その信頼を積み上げてきました。

経営者が自分の失敗と立て直しを語れること自体が、陣屋コネクトの信頼の源です。事業の歴史が、そのまま差別化の資産になっている例といえるでしょう。

仕組みの噛み合わせで利益を生む点は、コントリの「キーエンスのビジネスモデル」でも整理しました。業種は違っても、単独の施策ではなく全体の設計で真似されにくさが生まれる点は共通です。

中小企業が元湯陣屋から持ち帰れる学び|自社に置き換える4つの問い

旅館の話ですが、学びの多くは業種を問いません。稼働を落として利益を上げる選択肢、情報を人から切り離す順番、業務ツールを資産に変える発想。弱点や限界もふまえて、自社に置き換える4つの問いを整理します。

元湯陣屋から学ぶ 自社点検チェックリスト

※チェックはこのページ上でのみ有効です(再読み込みでリセットされます)

問い①|営業日を減らすと本当に儲からないのか

「営業日を減らす=売上が減る」は、確かめないまま信じている前提ではないか、という問いです。曜日別・時間帯別に、売上とその日にかかる人件費・光熱費を並べるところから始めます。

限界利益で人件費と光熱費を払えていない日や時間帯があれば、閉めたほうが利益は残ります。陣屋の2014年がそうでした(ITmedia 2018年10月)。飲食店なら仕込みの少ない曜日、製造業なら稼働の低いラインや時間帯が対象です。

集計に手が回らない場合は、会計ソフトやPOSから書き出したデータを生成AIに整理させる方法もあります。次のような指示文を、そのまま使えます。

添付したのは、直近12か月の日別売上と、日別の人件費・光熱費のデータです。
曜日ごとに、平均売上・平均の人件費と光熱費・その差額を表にしてください。
差額がマイナスの曜日があれば、上から順に並べ、その曜日の予約や来店を
前後の曜日に移した場合の影響も、仮定を明記したうえで試算してください。

出てきた表は、あくまで判断の材料です。常連のお客様が特定の曜日に来ている場合など、数字に出ない事情もあわせて確かめてください。

問い②|属人化したまま多能工化を進めていないか

属人化とは、仕事のやり方や情報が特定の人にしかわからない状態のことです。例えば「あのお客様の好みは○○さんしか知らない」という状態を指します。ここで「みんなで何でもやろう」と進めると、担当者に確認が集中し、かえって現場が混乱します。

先にやるのは、誰でも見られる場所に情報を置くことです。顧客の好み、案件の進み具合、作業の手順を共有できてはじめて、持ち場を越えた協力が回り出します。

最初から立派なシステムは要りません。共有のスプレッドシートやクラウドの顧客台帳でも、情報の置き場所は作れます。手順の整え方は、コントリの「業務マニュアルの作り方|属人化を解消する5ステップ」も参考になります。

問い③|自社の業務ツールは売り物になり得るか

自社の困りごとを解くために作った仕組みは、同じ困りごとを抱える同業の役にも立ち得ます。陣屋コネクトは、まさにその形で生まれた事業でした。

システムに限りません。見積もりのテンプレート、教育の手順書、検品のチェックリストなども対象です。「同業から『それ、どうやっているの』と聞かれたもの」を書き出すと、候補が見えてきます。

売り物にするかどうかは、その後の判断で構いません。人に説明できる形に整えるだけでも、社内の引き継ぎや新人教育に役立ちます。DXの入口に迷っている方は、「中小企業のDXは何から始める」で業務の棚卸しから整理できます。

問い④|人を減らす前に、一人当たりの生産性を測っているか

陣屋は、人を減らすことと給料を上げることを両立させています。その鍵は、一人当たりの売上(生産性)でした。売上を従業員数で割った数字を、まず3年分並べてみることをおすすめします。

数字が上向いていれば、給与を上げる原資が生まれつつあります。横ばいなら、情報の共有や仕事の分け方に改善の余地があるというサインです。

4つの問いを書き出すワークシート

4つの問いを、そのまま書き込めるワークシートの形にまとめています。記入例は、架空の町の工務店を想定したものです。

問い書き出すこと記入例(架空の工務店)
①営業日曜日別の売上と人件費・光熱費水曜のショールームは来場が少なく、予約制に変える
②情報の共有特定の人しか知らない情報施主の要望は社長の手帳だけにある
③業務ツール同業から聞かれる自社の仕組み現場写真つきの工程表
④生産性一人当たり売上の3年推移2,100万円→2,300万円→2,250万円

書き出す順番は②からがおすすめです。情報が共有できると、①の営業日の見直しも④の生産性の改善も進めやすくなります。陣屋が情報の一元化から始めたのと同じ順番です。

このモデルの弱点と限界|高単価・少客室という前提と事業の両立

陣屋のモデルにも弱点はあります。研究ノートが挙げる限界は、次の4点です。

  • 高単価・少客室の旅館が前提で、大型旅館やビジネスホテルにはそのまま移せない
  • 旅館運営とシステム開発は求める人材も時間軸も違い、資源配分に常に判断が要る
  • 宿泊施設向けシステムの市場は競合が多く、開発体制を保ち続ける必要がある
  • 宮崎夫妻の存在感が大きく、次の世代への承継の設計が今後の論点になる

加えて、売上の伸びには単価の見直しやブライダル事業の伸長も寄与しています(ITmedia 2018年10月)。「週休3日にすれば増収する」と単純化せず、組み合わせで読む必要があります。

まとめ|元湯陣屋のビジネスモデルは「順番」と「当事者性」の設計

元湯陣屋のビジネスモデルの核は、情報の一元化、多能工化、休館日の設定という順番です。その順番で、少人数・高単価の旅館運営をつくりました。約120名から約40名へ人を減らしながら、平均年収は約4割増え、売上は2倍以上に。

そして、自分たちのために作った陣屋コネクトを同業へ販売し、第2の事業に育てています。危機を経験した当事者が売るという事実こそ、商品の説得力の源です。

数字で振り返る元湯陣屋のビジネスモデル
従業員約120名 → 約40名Forbes JAPAN 2017年8月
社員の平均年収288万円 → 約400万円2008年→2017年/ITmedia 2018年10月
売上約2.9億円 → 6.13億円底→2018年時点の直近1年/ITmedia 2018年10月
陣屋コネクト導入600施設以上陣屋コネクト公式 2024年

※各数値は出典ごとに時点・範囲が異なります

まず取り組むなら、問い②の「特定の人しか知らない情報」を3つ書き出すことです。情報の置き場所が決まると、仕事の分け方と営業日の見直しが順に見えてきます。

ほかの企業の型と並べて考えたい方は、「ビジネスモデル一覧」で30種の型と見比べてみてください。「セブンイレブンのビジネスモデル」も参考になります。本部の情報の仕組みが、現場の強さを生む例です。

編集部コメント

印象に残ったのは、休館日を決めたきっかけが、女将ご自身の体調の悪化だったと率直に語られていたことでした。戦略として語られがちな「週休3日」の出発点に、限界まで働いた一人の経営者の実感がありました。自分たちの困りごとを隠さずに言葉にしてきたからこそ、同じ悩みを抱える旅館に届く商品が生まれたのだと感じます。コントリはこれからも、経営者の方が自分の言葉で語る一次情報を大切に届けていきます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 元湯陣屋のビジネスモデルを一言でいうと何ですか?

A. 老舗旅館の再生のために内製した業務システムで生産性を上げ、休館日を増やしても利益が出る体制をつくったモデルです。さらにそのシステムを同業へ販売し、旅館運営とシステム事業の二本柱を築きました。

Q2. 週休3日にしても売上は減らなかったのですか?

A. 2014年2月に火・水を休館日にした年の売上は、前年比8%程度下がりました。ただしコスト減の効果が上回り、利益は増えたと報じられています。その後は単価の見直しなどで、売上は伸びています。2016年の約4.5億円から、2018年時点の直近1年で約6.1億円です(Forbes JAPAN、ITmedia)。

Q3. 陣屋コネクトとはどんなシステムですか?

A. 予約・顧客情報・料理・勤怠・日報などを一元管理する、旅館・ホテル向けのクラウドシステムです。元湯陣屋がSalesforce上で自社開発し、2012年に外販を始めました。公式サイトに掲げられた導入実績は600施設以上です(2024年)。

Q4. 元湯陣屋のやり方は他の旅館や業種でも使えますか?

A. 高単価・少客室という前提があるため、稼働率で稼ぐ大型施設にそのまま移すのは簡単ではありません。一方で、考え方は多くの業種で応用できます。「情報の一元化を先にする」「低稼働日の損益を確かめる」「業務ツールを資産として見る」の3つです。

Q5. 元湯陣屋の休館日はいつですか?

A. 公式サイトでは、原則として火曜日から木曜日が休館日と案内されています。最新の営業日は公式サイトでご確認ください。

Q6. 従業員を減らしてサービスは落ちなかったのですか?

A. 情報を全員で共有し、一人が通しで接客する形に変えたことで、少人数でも対応が途切れない体制をつくりました。離職率は3割前後から約3%まで下がったと報じられています(ITmedia 2018年10月)。

参考資料

本記事の土台は、コントリ編集部のビジネスモデル研究ノートです。2026年9月時点で確認できた公式情報・報道と照合しました。数字は出典ごとに時点と範囲が異なるため、年月を併記しています。

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、100社以上の経営者を取材。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

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