
ゑびやのビジネスモデル|食堂の来客予測AIが外販事業に
売上はある。けれど、手元にお金が残らない。そんな状態のまま、忙しさだけが続いている経営者の方は少なくないのではないでしょうか。
伊勢神宮・内宮前のおはらい町で食堂と土産店を営む「ゑびや」は、まさにその状態から出発しました。ゑびやのビジネスモデルは、二階建てです。
1階は、来客予測と店舗データで仕入れ・仕込み・人員配置を決める食堂と土産店。2階は、その仕組みを株式会社EBILABとして同業に販売するSaaS事業です。SaaSとは、インターネット経由で月額などで使うソフトウェアのことを指します。
2012年の年商は約1億円で、経常利益はほぼゼロでした(関西経済連合会 2023年)。来客予測の的中率は年間平均90%以上とされています(J-Net21)。
本記事の主な材料は、コントリ編集部がまとめたビジネスモデル研究ノートです。そろばんの食堂が何から測り始め、どう外販にたどり着いたのかを順にたどります。最後に、真似されにくい理由と、中小企業が持ち帰れる問いを整理しました。自社の数字を見直すきっかけになれば嬉しく思います。
ゑびやのビジネスモデルとは|食堂とEBILABの二階建て
ゑびやは、1912年に食堂として創業した伊勢の老舗です(中小企業庁)。2018年6月、社内のシステム部門を株式会社EBILABとして分社化しました。自分の店のために作った来客予測の仕組みが、そのまま2本目の事業になっています。
有限会社ゑびやと株式会社EBILABの関係
有限会社ゑびやは、食堂「ゑびや大食堂」や土産物の「ゑびや商店」を営む会社です。店の前は、伊勢神宮・内宮へ向かう参道にあたります。伊勢神宮には年間約850万人の観光客が訪れるとされています(エヌエヌ生命 2019年11月)。
株式会社EBILABの設立は、2018年6月4日です(EBILAB公式 会社情報)。社員数は出向者を含めて15名で、飲食・小売などサービス業向けのクラウドサービスを開発・販売しています。クラウドとは、社内にサーバーを置かず、インターネット経由で使う仕組みのこと。例えば、店長が自宅のスマートフォンから当日の来客予測を確認できます。
改革を率いてきたのは、1985年生まれの小田島春樹氏です。現在の肩書は、株式会社EBILABの代表取締役です。食堂が「実験場」、EBILABが「商品化の工房」。この役割分担が、ゑびやのビジネスモデルの骨格です。
一般的な飲食店とゑびやの違いを比較表で見る
多くの飲食店で当たり前とされる運営と並べると、ゑびやが何を変えたのかが見えてきます。
| 項目 | 飲食店で一般的な考え方 | ゑびや | 出典 |
|---|---|---|---|
| 仕込みの量 | 店長の経験と勘で決める | 翌日の来客予測から決める | 中小企業庁 2018年 |
| 見ている数字 | 売れた後の売上・客数 | 店前の通行量と入店率まで | データのじかん 2022年8月 |
| 炊く米の量 | 足りないよりは余らせる | 日に6升から2升へ | J-Net21 |
| 業務システム | 外部から買って使う | 自社で作り、外にも売る | EBILAB公式サイト |
| 休み | 月6日ほど(ゑびやの以前) | 完全週休2日制 | 関西経済連合会 2023年 |
違いの中心は、道具の新しさではありません。「売れる前」の数字を取り、それで翌日の段取りを決めている点にあります。
経営者の挑戦と決断のストーリーを、インタビューでお届けしています。
2012年の出発点|年商約1億円・経常利益ほぼゼロの食堂
ゑびやの改革は、売上を伸ばす話から始まったのではありません。2012年当時、年商は約1億円ありましたが、経常利益はほとんどプラスマイナスゼロでした(関西経済連合会 2023年)。最初の課題は「どこで損をしているかが見えない」ことでした。
経常利益とは、本業のもうけに利息の支払いなどを足し引きした、会社の普段の稼ぐ力を示す利益のことです。例えば、1億円売っても経常利益がゼロなら、1年働いて手元に何も残らない計算です。
当時まだ見えていなかったのは、売上がどの段階で目減りしているかでした。後にゑびやが置いた指標を、先に図で示します。
婿として老舗を継いだ小田島春樹氏
小田島氏はソフトバンクを退職し、2012年に妻の実家であるゑびやに入社しました(エヌエヌ生命 2019年11月)。27歳での入社で、飲食業の経験がない状態からの出発です(データのじかん 2022年8月)。
家業を継ぐのは、多くの場合その家に生まれた子どもです。婿として入る立場には、古参の従業員との関係や、先代への遠慮もつきまといます。小田島氏が最初に選んだのは、声高に改革を唱えることではありませんでした。
関西経済連合会の紹介によると、まず屋台を出して社長自ら販売に立ち、資金を蓄えることから始めました。
同時に、紙で管理していた店舗のデータを蓄積し始めました。会計の仕組みも見直し、オンラインバンクを入れるなど、足元の事務から効率化しています。現場に立つ人として数字を集める。この順番に、後のすべてがつながっています。
食券とそろばんの店で「どこで損しているか」が見えなかった
当時のゑびやでは、手切りの食券を使い、売上は手書きの台帳に記録していました。計算はそろばんです。食品サンプルは日に焼けたまま、店頭に並んでいたといいます(ゑびや 2024年12月)。記帳だけで月に十数時間かかっていたそうです(関西経済連合会 2023年)。
こうした状態では、売上の合計は分かっても、その中身が見えません。どのメニューがどの時間帯に売れたのか、何人が店の前を通り、そのうち何人が入ったのか。数字がないと、打ち手はどうしても勘に頼ることになります。
従業員の働き方にも余裕はありませんでした。休みは月に6日ほどで、時給は県の最低水準だったと紹介されています(関西経済連合会 2023年)。売上1億円の店で利益が残らず、人にも還元できない。多くの中小企業が一度は経験する、苦しい構図です。
通行量は多いのに入店しない参道立地の難しさ
おはらい町は、参拝客が絶えず行き交う通りです。店の前を通る人は多い一方で、その人たちが店に入るとは限りません。参拝の前後に立ち寄るか、素通りするかは、天気や時間帯、店先の見え方で変わります。
通行量の多い立地には、「人通りが多いから大丈夫」という油断が生まれやすいものです。ゑびやが後に取り組んだのは、この油断を数字で崩すことでした。通る人のうち何割が入るのか。その比率が見えて初めて、店先で何を変えるべきかが決まります。
勘を数字に翻訳する|来客予測AIを内製した順番
ゑびやの来客予測は、ある日突然導入されたものではありません。手書きの帳簿からExcel、POSレジ、集計の自動化、機械学習へ。一段ずつ積み上げた結果です(データのじかん 2022年8月)。発明は道具ではなく、店の流れを分解して数字を置いたことにあります。
そろばんからExcel、POS、画像解析AIへ
最初の一歩は、そろばんで計算していた数字をExcelに移すことでした。次にPOSレジを入れ、何がいつ売れたかが自動で残るようにしています。POSレジとは、会計のたびに商品・時刻・金額を記録するレジのことです。例えば「雨の日の11時台に何が何食出たか」を後から調べられます。
そのうえで、集計作業を自動化し、最後に機械学習による予測へ進みました。機械学習とは、過去のデータから規則性を見つけ、次の数字を推定する技術のことです。中小企業庁の研究会資料(2019年)にも、同じ順番が載っています。そろばんからExcelへ、POSレジ導入、そして画像解析AIです。
店先にはWebカメラを置き、店の前を通った人数と、実際に入った人数を数えています(データのじかん 2022年8月)。そこから入店率を出しています。入店率とは、店の前を通った人のうち、実際に店に入った人の割合のことです。例えば1,000人が通り、30人が入れば入店率は3%です。
ゑびやはさらに、「1日の交通量が1,500人を下回ると赤字」という損益の分かれ目まで把握しました。勘で感じていたことを、確かめられる数字に翻訳したわけです。
天気・宿泊予測・過去の売上から翌日の客数を読む
来客予測に使っているのは、天気、過去の売上、曜日、周辺の宿泊予測といったデータです。中小企業庁の事例集によると、宿泊予測などの公開データと自社データを組み合わせた仕組みです(2018年)。予測の土台には、観光予報プラットフォームの宿泊予測が使われています。分析に使う項目は400近くにのぼるそうです(飲食店ドットコム 2018年7月)。
気象データは、ウェザーニューズとの連携で取り込む形です。1kmメッシュ・1時間単位の細かい予報を取り込んでいるとのことです(ウェザーニューズ WxTech 導入事例)。同じ事例では、ゑびや大食堂の予測的中率を95.7%と紹介しています。
J-Net21の取材では、ある月の予測9,322人に対し、実際の来店は8,903人でした。的中率は約96%で、年間平均でも90%以上です。
ICC KYOTO 2022の登壇動画も、EBILABのサービスを紹介する内容でした。題は「来客予測的中率は90%以上」です。媒体によって数字に幅はありますが、9割を超える精度で翌日の客数を読めている点は共通しています。
炊く米は6升から2升へ|仕入れと仕込みが変わった
予測が当たるようになると、仕込みの量が変わります。J-Net21によると、以前は日に6升炊いて余らせていた米が、2升で足りるようになりました。1升は約1.5kgの米にあたるため、1日あたり約6kgを炊かずに済んだ計算です。
ウェザーニューズの事例によると、廃棄ロスは2016年からの3年間で72.8%減りました。廃棄ロスとは、仕込んだのに売れずに捨てる食材のことです。店内の動きも変わりました。接客スタッフは卓上の端末で注文を入れるようになり、厨房とテーブルの往復が6回から2回になったそうです(J-Net21)。
ここで大切なのは、売上を増やす前に、捨てていたお金と歩いていた時間を減らした順番です。売上が同じでも、ロスと工数が減れば利益は残ります。利益構造を直してから、売上を伸ばしにいく。中小企業にとって再現しやすい順番ではないでしょうか。
あなたの会社の強みを、
伝わる言葉にしませんか。
想いや現場知がうまく伝わらない——そんな経営者の言語化から発信までを、取材ベースで伴走支援しています。
数字で見る変化|「5倍・8倍・12倍」は何を比べた数字か
ゑびやの成長は、媒体によって「売上5倍」「約8倍」「12倍」と、異なる倍率で紹介されてきました。いずれも誤りではなく、ゑびや単体かグループ全体か、どの年と比べたかが違います。出典と時点を並べると、成長の段階が見えてきます。
出典・時点別の売上と利益の推移
まず、主な出典の数字を時点順に並べました。倍率の起点は、いずれも2012年の約1億円です。
| 時点 | 範囲 | 売上・利益 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2012年 | ゑびや | 年商 約1億円、経常利益ほぼゼロ | 関西経済連合会 2023年 |
| 2018年 | ゑびや | 売上 4.8億円(約4.8倍) | エヌエヌ生命 2019年11月 |
| 2019年 | ゑびや | 売上 5億円(約5倍)、収益 約10倍 | クックビズ総研 2020年2月 |
| 2023年公表 | グループ全体 | 売上 約8億5千万円、経常利益 約1億円 | 関西経済連合会 2023年 |
| 2024年12月公表 | ゑびや・EBILAB新規事業を含む | 売上 約8倍、2024年度は12倍の見込み | 有限会社ゑびや 2024年12月 |
「5倍」はゑびや単体の2019年時点、「8倍」はEBILABなど新規事業を含むグループ全体の数字です。「12倍」は2024年度の見込みとして発信されたもので、確定した実績ではありません。事例として引用するときは、倍率だけでなく範囲と時点をセットで確かめることをおすすめします。
従業員一人あたり売上は約400万円から約1,100万円へ
売上の伸びと同じくらい注目したいのが、一人あたりの数字です。エヌエヌ生命の取材(2019年11月)では、従業員一人あたり売上が紹介されています。2012年の約400万円が、2018年には約1,100万円です。J-Net21の数字は、396万円から1,073万円です。
ウェザーニューズの事例は、2012年から2018年まで従業員数はほぼ変わっていないとしています。つまり、人を大きく増やさずに売上を伸ばしたことになります。中小企業庁の2018年の事例集では、従業員数は50人でした。
人手不足が続くなか、人を増やせない前提はどの会社にも共通するものではないでしょうか。人数ではなく、一人あたりの生産性を上げる道がある。ゑびやの数字が示すのは、その可能性です。
休みと給与も同時に改善した
数字の改善は、働く人の側にも及びました。月に6日ほどだった休みは完全週休2日制になり、時給は1.5倍近くに上がりました(関西経済連合会 2023年)。社員の年収は、男女に関係なく日本の平均年収を確保できているとされています。
エヌエヌ生命の取材でも、基本給は近隣エリアの1.5倍以上と紹介されていました。売上を増やしてから待遇を上げたのではありません。ロスと工数を減らして生まれた余力を、休みと給与に回しています。
飲食業は、長時間労働と低賃金になりやすい業界です。データのじかんの取材で小田島氏は、飲食業を儲かる仕事に変えることが、地域と働く人の幸せにつながると語っています。数字の話の奥にある、この想いを見落とさないようにしたいところです。
- 休みは月6日ほど
- 時給は県の最低水準
- 記帳だけで月十数時間
- 手切りの食券とそろばん
- 完全週休2日制
- 時給は1.5倍近くに
- 社員の年収は日本の平均年収を確保
- POSレジと来客予測で運営
自社の困りごとを商品にする|EBILABとTOUCH POINT BI
EBILABの主力サービス「TOUCH POINT BI」は、ゑびやで使ってきた来客予測と店舗分析の仕組みが原型です。BIとは、ビジネスインテリジェンスの略で、社内のデータを集めてグラフなどで見える化する道具のこと。公式サイトによると、100社以上に利用されています(2026年9月時点)。旅館が自社の業務システムを同業に外販した近い例は、元湯陣屋のビジネスモデルで解説しています。
売れた後の数字だけでなく、売れる前の数字を取る
一般的なPOS分析が扱うのは、会計が終わった「売れた後」の数字です。ゑびやはそこに、店の前を通った人数や入店率といった「売れる前」の数字を加えました。EBILABのサービスも、来客予測、店舗分析、画像解析、アンケートを柱にしています(EBILAB公式 会社情報)。
売れる前の数字があると、売上が落ちた理由を切り分けられます。客が来なかったのか、来たのに入らなかったのか、入ったのに買わなかったのか。原因によって、打つ手はまったく違います。
土産店では、客層に合わせた商品を並べ直したことで、売上が前年比2倍になった月もありました(J-Net21)。コロナ禍では、入店率が4%台から2%台に落ちる日が出たことをデータで捉えています(データのじかん 2022年8月)。客層の中心が40代以上から20代以下へ移ったことも数字で読み取りました。そのうえで、若い層に届くメニューへと素早く切り替えています。
キリンシティ直営26店舗への導入と資金調達
EBILABの外販は、同じ規模の小さな店だけにとどまりません。導入先には、ビアレストラン「キリンシティ」もあります。直営26店舗への導入は2022年10月に完了しました。本格稼働は2023年3月1日です(PR TIMES 2023年3月)。
資金面では、2020年6月に約1億円の第三者割当増資を実施しました(EBILAB公式ニュース)。第三者割当増資とは、特定の相手に新しい株を引き受けてもらい、資金を集める方法のことです。引受先は、総合人材サービス・パーソルグループのパーソルイノベーションでした。
伊勢の食堂から生まれた仕組みが、チェーン店や人材大手と組むところまで広がったことになります。自社の困りごとを解いた道具には、同じ困りごとを抱える会社という買い手がいる。ゑびやの外販は、そのことを示す事例です。
二階建てが効く理由|現役のショーケースが常にある
二階建ての強みは、2階の商品に、1階という現役のショーケースが常についてくることです。ショーケースとは、商品を実際に見せる陳列棚のことです。「うちの店で実際に使っていて、こう変わりました」と言える営業材料は、ソフトウェア専業の会社には持てません。
1階の店は、新しい機能を試す実験場にもなります。現場で使いにくい部分が見つかれば、同じグループ内ですぐに直せます。売る側が一番のユーザーでもある。この関係が、商品の手触りを現場に近いものにしています。
コントリの研究ノートでは、この形を「現場発SaaS型」と分類しました。同じ型の事例として、休館日を増やしながら自社システムを外販した旅館の例も調べています。業種は違っても、自分の困りごとを先に解いた会社だけが、この形にたどり着いています。
なぜゑびやのモデルは真似されにくいのか
カメラ、POSレジ、気象データといった道具は、今ではどの店でも手に入ります。それでもゑびやと同じ形が広がりにくいのは、道具ではなく「何を測るか」と「測った後に誰が決めるか」に独自性があるからです。私たちコントリ編集部は、研究ノートでこれを3つの壁に整理しました。
壁1|何を測るべきかは、現場に立つ人にしか分からない
通行量、入店率、注文の組み合わせ、廃棄量。ゑびやが選んだ指標は、どれも飲食店の毎日の流れそのものです。この分け方ができたのは、小田島氏が毎日店に立つ当事者だったからだと考えています。
外部のコンサルタントやシステム会社は、分析の技術は持っていても、何を測るべきかまでは分かりません。「1日の交通量が1,500人を下回ると赤字」という線は、その店で毎日数字を見続けた人にしか引けない線です。
強い会社ほど「自社の数字を自分の言葉で説明できる」という点は、ゑびやの歩みからも読み取れます。指標の選び方には、その会社の現場理解がそのまま表れます。
数字は、経営者が自社の現場を言語化するための言葉でもあります。言葉になった数字は社員と共有でき、取引先や同業とのご縁にもつながっていきます。ゑびやの仕組みが同業に届いたのも、その言葉が同じ悩みを持つ人に通じたからではないでしょうか。
壁2|予測を翌日の仕入れと人員配置に変える決裁権
予測が出ても、それを使って動けなければ意味がありません。ゑびやでは、翌日の予測をもとに仕込みの量やスタッフの配置をその場で変えています。この速さを支えるのは、数字を見る人と決める人の近さです。
データのじかんの取材での、小田島氏の言葉です。
「日々データを取り続けることによって、ちょっとした数値の変化があれば違和感を感じ取って、すぐ施策に落とします」
常に3〜5つほどの改善を並行して回しているそうです。大きな組織では、データは出ても会議と承認に時間がかかりがちです。小さな会社だからこそ、測ってから動くまでの距離を短くできる。ここに中小企業ならではの強みがあります。
壁3|小さな店が試して残った手順そのものが商品
EBILABが売っているのは、機能の一覧ではありません。伊勢の小さな食堂が実際に試し、うまくいかなかった部分を直しながら残した手順そのものです。
どのデータから集め始め、どの順番で道具を足し、どこで損益の線を引くのか。この手順は、机の上で設計しても作れません。10年あまりの試行錯誤が、そのまま後発には越えにくい壁になっています。
データのじかんの取材では、「売れない」経験こそが工夫を生むとも語られていました。データだけで答えが出るわけではない。そのことを知っている作り手だからこそ、現場で使われる道具になっているのだと感じます。
中小企業がゑびやから持ち帰れる学び|自社に置き換える4つの問い
伊勢の食堂の話ですが、学びの多くは業種を問いません。売上を追う前に損を測る順番、プロセスを分解してから指標を置く考え方、社内の仕組みを資産として見る発想の3つです。弱点やリスクもふまえ、自社に置き換えるための問いを整理します。
問い1|売上を増やす前に、どこで損しているかを測っているか
年商1億円で利益がほぼゼロなら、課題は集客より先にロスと工数にあることが多いものです。ゑびやが最初に減らしたのは、余らせていた米と、厨房とテーブルの往復でした。
自社に置き換えるなら、まず「捨てているもの」と「待っている時間」を1週間だけ記録してみてください。
道具は、ノートかExcelの表1枚で足ります。ゑびやも、紙の数字をExcelに移すところから始めました。廃棄した材料、値引きした金額、手待ちになった時間。数が見えると、手をつける順番が決まります。
問い2|「売上」をプロセスに分解してから指標を置いているか
「売上」という1つの数字を見ていても、打ち手は出てきません。ゑびやは、通行量、入店率、注文、廃棄と、店の流れを段階に分けて数字を置きました。どこで数字が落ちているかが分かれば、直す場所は1つに絞れます。
製造業なら、問い合わせ、見積もり、受注、納品に分けられます。工務店なら、来場、商談、契約、着工でしょうか。自社の流れを4つほどの段階に分け、それぞれの数を月に1回書き出すだけでも、見える景色は変わってきます。
データ活用の全体像を整理したい方は、「DXとは?をわかりやすく解説」もあわせてご覧ください。中小企業のAI導入の現状は「中小企業のAI導入率は約10%」でまとめています。
問い3|自社のために作った仕組みは、同業の困りごとを解けないか
ゑびやの来客予測は、もともと自分の店のための道具でした。同じ業界の同じ規模の会社は、たいてい同じことで困っています。自社の困りごとを解いた仕組みは、そのまま売り物になり得ます。
社内で使っているExcelの管理表、手順書、チェック表を見直してみてください。「これがあって助かった」と言われたことのあるものが、商品の種になります。手元の情報を事業に変える進め方は、「データビジネスを中小企業が始める方法」で詳しく扱っています。
そのうえで、4つめの問いとして、このモデルの弱点も見ておきたいところです。
このモデルの弱点とリスク|立地依存・属人性・SaaSの競争環境
ゑびやのモデルにも、弱点はあります。1つめは立地への依存です。本業の売上は伊勢神宮の参拝客数に大きく左右され、予測の精度を上げても、参拝客そのものが減れば効きません。コロナ禍では客足が9割減った時期もありました(データのじかん 2022年8月)。
2つめは属人性です。指標の選び方や仕組みの設計は、小田島氏個人の力に負うところが大きいと考えられます。次の担い手をどう育てるかは、今後の大きな課題でしょう。
3つめは、SaaS事業の競争環境です。店舗分析の機能は、大手のPOSベンダーやレジアプリも標準機能として取り込みつつあります。100社以上という導入規模は、国内のSaaSとしてはまだこれからの段階です。関西経済連合会の紹介では、事業を分散して不測の事態に備える方針も示されています。
学びを持ち帰るときは、成功の部分だけでなく、こうした前提条件もあわせて見ておくと判断を誤りにくくなります。
まとめ|ゑびやのビジネスモデルは「測る順番」の物語
ゑびやのビジネスモデルは、二階建てです。自分の店のために作った来客予測の仕組みで利益構造を直し、その仕組みを外販しています。2012年に年商約1億円・経常利益ほぼゼロだった食堂です。それがグループ売上約8億5千万円・経常利益約1億円まで成長しました(関西経済連合会 2023年)。
その出発点は、高価なAIではありませんでした。そろばんの数字をExcelに移し、POSレジを入れ、店先の通行量を数えるところから始まっています。発明は道具ではなく、店の流れを分解する仕方にあったといえます。
自社の数字を、今日どこまで分解できているでしょうか。まずは1週間、捨てているものと待っている時間を書き出すところから始めてみませんか。
ほかの企業の仕組みと比べてみたい方は、「ビジネスモデル一覧」もご覧ください。現場の情報を本部の意思決定につなげる例としては、「セブンイレブンのビジネスモデル」が参考になります。データと現場の近さで高い付加価値を生む例として、「キーエンスのビジネスモデル」もあわせてお読みいただけます。
よくある質問(FAQ)
Q1. ゑびやのビジネスモデルを一言でいうと何ですか?
A. 伊勢の老舗食堂が、自社のロスと工数を減らすために内製した来客予測・店舗分析の仕組みで本業を立て直したモデルです。さらにその仕組みを株式会社EBILABとして同業に販売し、食堂・土産店とSaaS事業の二本柱を築きました。
Q2. ゑびやの来客予測AIはどのくらい当たるのですか?
A. J-Net21では年間平均で90%以上、ウェザーニューズの導入事例では予測的中率95.7%です。天気、宿泊予測、過去の売上、曜日などのデータから翌日の来客数を予測し、仕込みや人員配置に使っています。
Q3. 売上は5倍、8倍、12倍とどれが正しいのですか?
A. 比較の範囲と時点が異なるためです。2012年の約1億円に対し、ゑびや単体の2019年の約5億円が「5倍」です(クックビズ総研 2020年)。EBILABなど新規事業を含むグループ全体では「約8倍」です。2024年度の見込みは「12倍」とされています(ゑびや 2024年12月)。引用するときは、範囲と時点をセットで確認するのが安全です。
Q4. TOUCH POINT BIとはどんなサービスですか?
A. EBILABが提供する、飲食・小売向けの店舗分析サービスです。来客予測、カメラ画像の解析による入店者数などの把握、POSや気象データとの連携、アンケート分析などを扱います。公式サイトでは、100社以上に利用されているとされています(2026年9月時点)。
Q5. 小さな会社でもゑびやのようなデータ活用はできますか?
A. ゑびやも最初は、そろばんの数字をExcelに移し、POSレジを入れるところから始めました。高価なシステムより先に、自社の売上をどんな段階に分けられるか、どこで損が出ているかを決めることが出発点です。業種や規模によって効果は異なるため、小さく試して確かめる進め方が現実的です。
Q6. EBILABはいつ設立されたのですか?
A. 株式会社EBILABは、2018年6月4日に設立されました(EBILAB公式 会社情報)。ゑびやのシステム部門を分社化した会社です。2020年6月には、パーソルイノベーションを引受先に約1億円を調達しました。
参考資料
本記事の土台は、コントリ編集部のビジネスモデル研究ノートです。2026年9月時点で確認できた公式情報・公的機関の資料・報道と照合しました。数字は出典ごとに時点と範囲が異なるため、年月を併記しています。
- 関西経済連合会|KANSAI DX AWARD 2023 グランプリ 有限会社ゑびや
- J-Net21(中小機構)|「ゑびや(伊勢市)」データ活用で業務効率化、自社の成功モデル提供
- 中小企業庁|はばたく中小企業・小規模事業者300社 有限会社ゑびや(2018年)
- 中小企業庁|伊勢の老舗食堂「ゑびや」が「EBILAB」に変化できた理由(2019年6月 研究会資料)
- 有限会社ゑびや|ゑびや大食堂の再生ストーリー(PR TIMES STORY 2024年12月)
- データのじかん|データを活用して10年で売上5倍、利益10倍にした 伊勢の老舗食堂「ゑびや」(2022年8月)
- エヌエヌ生命|大正期創業の食堂を継ぎ、ITをフル活用した経営で売上を5倍増に(2019年11月)
- クックビズ総研|小さな店こそ「データ」経営でイノベーションを巻き起こせ(2020年2月)
- 飲食店ドットコム ジャーナル|老舗飲食店が「来客予測システム」で業務効率化(2018年7月)
- ウェザーニューズ WxTech|EBILAB 導入事例
- EBILAB公式サイト/会社情報
- EBILAB|約1億円の資金調達を実施(2020年6月)
- PR TIMES|キリンシティ直営26店舗が「TOUCH POINT BI」を導入(2023年3月)
- ICC KYOTO 2022|来客予測的中率は90%以上!データドリブンな店舗経営を実現する「TOUCH POINT BI」
あなたの経営の歩みを、
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判断の背景や試行錯誤こそ、同じ立場の経営者に届く価値があります。取材から記事化まで編集チームが伴走します。
- 取材・構成・執筆をまるごと支援
- 経営者の言葉を活かした記事化
- 掲載後の発信・活用まで相談可能


編集部コメント
印象に残ったのは、改革の最初の一歩が、屋台を出して自ら売りながら紙の数字を集めることだったという事実でした。AIの話として語られがちなゑびやですが、その土台には、現場に立ち、紙の数字を一つずつ集めた時間があります。「売れない」経験こそが工夫を生むという言葉にも、その実感がにじんでいました。自社の困りごとを自分たちの言葉で説明できたからこそ、同じ悩みを抱える店に届く商品が生まれたのだと感じます。コントリはこれからも、経営者の方が自分の言葉で語る一次情報を大切に届けていきます。