コラム

中小企業の経営者・ビジネスパーソンに向けたコラム記事をまとめています。経営戦略やビジネスモデル、人材・組織づくり、マーケティング、財務、法務など、日々の意思決定に役立つ実践的な知見と、経営者自身の言葉による気づきをお届けします。

M&Aによる事業承継|社長交代の2割が選ぶ道で後悔しない5つの判断

M&Aによる事業承継|社長交代の2割が選ぶ道で後悔しない5つの判断

M&Aによる事業承継とは、親族や社内に後継者がいないときに、社外の会社や個人へ株式や事業を譲り、会社を残す方法です。「子どもは継がない。社員にも任せられる人がいない。でも、廃業はしたくない」。そんな迷いを抱えたまま、日々の仕事に追われている経営者の方は多いのではないでしょうか。

いま、M&Aは特別な選択ではなくなりました。帝国データバンクの2025年調査では、社長交代の約5社に1社(20.6%)が「M&Aほか」でした。一方で2024年には、会社を買ったあとに経営者保証の解除に応じないなど、悪質な買い手によるトラブルも表面化しています。

譲る側が後悔しないための判断は5つです。承継ルートの選択、株式譲渡か事業譲渡か、経営者保証の解除、手数料の確認。そして、何を残したいかを言葉にすることです。

本記事では、仕組み、メリットとデメリット、成約までの流れを順に見ていきます。そのうえで、悪質な買い手を避ける確認ポイントと相談先の選び方をまとめました。最後に、コントリ編集部が承継の当事者に話を聴くなかで見えた「譲る側が先に決めること」をお伝えします。会社の行き先を考える材料になれば幸いです。

M&Aによる事業承継とは|親族・社内・第三者の3つのルートの違い

M&Aによる事業承継とは、親族でも社内の役員・社員でもない第三者に、会社や事業を引き継いでもらう方法です。事業承継のルートは大きく3つあり、親族内承継、従業員承継(内部昇格)、そしてM&A(第三者承継)に分かれます。どのルートを選ぶかで、準備の中身も、手元に残るお金も変わります。

親族内承継・従業員承継・M&Aの比較

3つのルートは、「誰が継ぐか」だけでなく、準備にかかる時間や株の渡し方が違います。親族内承継は、相続や贈与で株を渡せるため、まとまった買取資金がいりません。その代わり、後継者を育てる時間が5年、10年と必要です。

従業員承継は、会社をよく知る人が継ぐので、社員や取引先の安心感が大きい方法です。ただし、後継者が株を買い取る資金を用意できないという壁にぶつかりがちです。M&Aは、社外に後継者を求めるため、身近に人がいなくても会社を残せます。売り手の経営者は、株を売った代金を受け取れる点も特徴です。

3つのルートの違いを、表にまとめました。

項目親族内承継従業員承継(内部昇格)M&A(第三者承継)
継ぐ人子どもなどの親族社内の役員・社員社外の会社・個人
株の渡し方相続・贈与が中心売買(後継者の買取資金が必要)株式譲渡または事業譲渡
準備期間の目安5〜10年(後継者の育成)3〜5年相談から成約まで半年〜1年以上
経営者が受け取るお金贈与の場合は原則なし株の売却代金(後継者の資金次第)株や事業の売却代金
主な課題後継者の意思と育成買取資金と経営者保証の引き継ぎ買い手探しと社風の変化
社長交代に占める割合(2025年速報)32.3%36.1%20.6%(M&Aほか)

※準備期間は一般的な目安です。割合の出典:帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」2025年11月

株式譲渡と事業譲渡の違い

M&Aによる事業承継の手法は、主に「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つです。株式譲渡とは、経営者が持っている会社の株を買い手に売り、会社の持ち主を替える方法です。会社そのものはそのまま残るため、社員の雇用契約や取引先との契約、許認可も原則として引き継がれます。中小企業のM&Aでは、手続きが比較的シンプルなこの方法がよく選ばれます。

事業譲渡とは、会社が持っている事業の一部または全部を、買い手に売る方法です。たとえば、飲食店と不動産賃貸を営む会社が、飲食店の事業だけを売るケースが当てはまります。契約や社員の雇用は一つずつ移す必要があり、社員本人の同意も欠かせません。売却代金は経営者個人ではなく会社に入る点も、株式譲渡との大きな違いです。

税金のかかり方も変わります。個人が株を売った利益には、所得税と住民税などで20.315%の税がかかります(国税庁「株式等を譲渡したときの課税」)。事業譲渡では、会社の利益として法人税の対象です。手元に残る金額は手法で大きく変わるため、税理士を早めに巻き込んでおくと判断が速くなります。税理士の関わり方は事業承継における税理士の役割で詳しく解説しています。

社長交代の約2割がM&Aほかで行われている

M&Aは、すでに事業承継の主要なルートの一つです。帝国データバンクの2025年調査(速報値)では、社長交代のうち「M&Aほか」が20.6%でした。ここでの「M&Aほか」は、買収・出向・分社化の合計を指します。

注目したいのは、親族が継ぐ「同族承継」(32.3%)を、社内から登用する「内部昇格」(36.1%)が上回ったことです。同社はこの変化を「脱ファミリー化」と表現しています。子どもが継ぐのが当たり前だった時代から、会社を継ぐ人を家族の外に広く求める時代へ移りつつあるわけです。M&Aは、その流れの延長線上にある選択肢と捉えると見え方が変わります。

なぜM&Aで会社を継がせる経営者が増えているのか

M&Aを選ぶ経営者が増えている一番の理由は、後継者が見つからない会社が、いまも全体の半数にのぼることです。そのうえで、公的な相談窓口や民間の支援会社が増え、中小企業でもM&Aを相談しやすくなりました。廃業すれば失われるものを、M&Aなら残せるという点も大きな理由です。

後継者不在率50.1%、小規模企業は57.3%

帝国データバンクが約27万社を調べた2025年調査では、後継者が「いない」か「未定」の会社は13.8万社でした。後継者不在率は50.1%で、前年から2.0ポイント下がりました。7年連続の改善です(帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」、2025年11月)。

数字は改善していますが、規模で見ると差がはっきりしています。大企業の不在率が24.9%なのに対し、中小企業は51.2%、小規模企業は57.3%です。会社が小さいほど、後継者が決まっていないという現実。地域差も大きく、最も低い三重県の33.9%に対し、最も高い秋田県は73.7%でした。

企業規模別の後継者不在率(2025年)
大企業
24.9%
中小企業
51.2%
小規模企業
57.3%
全体
50.1%

出典:帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」2025年11月。後継者が「いない」または「未定」の企業の割合

公的窓口の第三者承継の成約は2,265件で過去最多

国が全国47都道府県に置く「事業承継・引継ぎ支援センター」でも、M&Aの成約は増えています。事業承継・引継ぎ支援センターとは、事業承継の相談に無料で応じ、買い手探しまで支援する公的な窓口です。令和7年度(2025年度)の第三者承継(M&A)の成約件数は2,265件で、過去最多を更新しました(J-Net21)。

前年の令和6年度も2,132件で、当時の過去最高でした(J-Net21)。令和7年度の新規相談者数も2万4,030者と、過去最多です。国の審議会にも「中小M&A・事業承継小委員会」が置かれ、制度づくりの議論が続いています(経済産業省の審議会動画)。M&Aは、国が後押しする事業承継の手段になったと言えます。

買い手の顔ぶれも広がっています。YouTubeでは、会社員が数百万円で小さな会社を買い、経営者として独立する「個人M&A」を解説する動画も見られます(アントレ|個人M&A/事業承継とは)。買い手は大企業だけではありません。年商数千万円の会社でも、引き継ぎたいと手を挙げる人がいるということです。

事業承継・引継ぎ支援センターの実績
第三者承継(M&A)の成約件数2,265件令和7年度・過去最多
新規相談者数2万4,030者令和7年度・過去最多
第三者承継の成約件数2,132件令和6年度

出典:J-Net21(中小企業基盤整備機構)。令和7年度=2025年度、令和6年度=2024年度

廃業すると失うもの、M&Aなら残せるもの

廃業とM&Aを比べると、残せるものの差がはっきりします。廃業すれば、社員は職を失い、取引先は仕入れ先や外注先を探し直すことになります。設備や在庫は、帳簿の価値より安く処分されることがほとんどです。

M&Aなら、社員の雇用、取引先との関係、屋号やのれんを残せます。のれんとは、ブランド力や顧客との信頼関係など、帳簿に載らない会社の価値のことです。長年築いてきた技術や顧客との関係は、買い手にとっても魅力です。黒字の会社であれば、なおさら廃業はもったいない選択になります。

M&Aによる事業承継のメリット・デメリット

M&Aによる事業承継の最大のメリットは、後継者がいなくても会社と社員の雇用を残し、経営者が売却代金を受け取れることです。一方で、買い手が見つからない、社風や方針が変わる、手数料がかかるといったデメリットもあります。良い面と手放すものの両方を見たうえで判断しましょう。

メリット:雇用と取引先を残せる・創業者利益を得られる・経営者保証を外せる

一つ目のメリットは、社員の雇用と取引先との関係を守れることです。株式譲渡なら、会社そのものが残るため、社員の雇用契約は原則としてそのまま続きます。

二つ目は、経営者が創業者利益を得られることです。創業者利益とは、会社を売ったときに経営者が受け取る売却代金のことで、引退後の生活資金になります。

三つ目は、経営者保証を外せる見込みがあることです。経営者保証とは、会社が銀行から借りたお金を、社長個人も返す約束をする仕組みを指します。買い手が保証を引き継ぐか、金融機関と解除を交渉すれば、個人の重荷から解放されます。

さらに、買い手の資金や販路を使って、会社が自力より速く成長することもあります。大手グループの一員になり、採用や設備投資の余力が生まれた例も珍しくありません。

デメリット:買い手が見つかるとは限らない・社風が変わる・手数料がかかる

最大のデメリットは、希望する条件で買ってくれる相手が見つかるとは限らないことです。赤字が続いている、社長がいないと仕事が回らない、といった会社は買い手探しに時間がかかります。

二つ目は、成約後に社風や経営方針が変わることです。買い手のやり方に合わず、古くからの社員が辞めてしまう例もあります。三つ目は、仲介会社などへの手数料がかかることです。成功報酬は取引金額に応じて決まり、手元に残る金額を左右します。計算例は、後半の「相談先の選び方」で紹介します。

メリットとデメリットを並べると、次のようになります。

M&Aによる事業承継のメリットとデメリット
メリット

○雇用と取引先との関係を残せる

○創業者利益(売却代金)を得られる

○経営者保証を外せる見込みがある

○買い手の資金や販路で成長できる

デメリット

△希望条件の買い手が見つかるとは限らない

△社風や経営方針が変わる

△仲介・FAの手数料がかかる

△社員や取引先への伝え方を誤ると離反を招く

親族内承継と比べたときの向き不向き

M&Aが向いているのは、親族にも社内にも継ぐ人がいないが、事業そのものには価値がある会社です。安定した顧客や独自の技術があり、黒字が続いていれば、買い手は見つかりやすくなります。

反対に、創業家の名前や想いを何より大切にしたい場合は、親族内承継や従業員承継を先に探るほうが納得しやすいでしょう。M&Aでは、成約後の経営判断は買い手に移ります。どちらが正しいかではなく、何を残したいかで選ぶルートは変わります。自社株の評価や税負担が気になる場合は、事業承継税制のデメリットもあわせて確認してください。

M&Aによる事業承継の流れ|相談から成約後までの7ステップ

M&Aによる事業承継は、相談から成約まで半年から1年以上かかるのが一般的です。流れは、相談、仲介会社やFAとの契約、買い手探し、トップ面談、基本合意、買収監査、最終契約の7ステップです。FAとは、売り手か買い手の一方だけを支援する専門家のことです。さらに、成約後の引き継ぎ期間まで見込んで計画を立てましょう。

M&Aによる事業承継の7ステップ
相談から成約まで半年〜1年以上が一般的
1相談・自社の棚卸し
2仲介・FAと契約手数料を書面で確認
3買い手探し社名を伏せた概要書で打診
4トップ面談相手の人柄を見極める
5基本合意価格と条件の大枠
6買収監査デューデリジェンス
7最終契約・クロージング保証解除の方法と期限も明記
成約後:引き継ぎ期間(PMI=統合作業)へ

相談・自社の棚卸し・仲介やFAとの契約

最初のステップは、相談と自社の棚卸しです。棚卸しとは、決算書や主な取引先、社員の構成、強みなどを書き出し、会社の状態を見える形にすることです。数字だけでなく、「社長がいないと回らない仕事」がどこにあるかも洗い出しておきましょう。買い手が最も気にするのは、社長が抜けたあとも会社が回るかどうかだからです。

相談先が決まったら、仲介会社やFAと契約を結びます。このとき、手数料の内訳を書面で確かめてから署名することが欠かせません。確かめ方は、後半の「相談先の選び方」で紹介しています。

買い手探し・トップ面談・基本合意

次のステップは、買い手探しです。最初は会社名を伏せた簡単な概要書で候補に打診し、関心を示した相手とだけ秘密保持契約を結びます。秘密保持契約とは、受け取った情報を外に漏らさないと約束する契約です。詳しい資料は、そのあとに渡します。社員や取引先に話が漏れると動揺が広がるため、この段階の情報管理は慎重に進めましょう。

候補が絞れたら、売り手と買い手の経営者が直接会う「トップ面談」を行います。条件より先に、相手が社員を大切にしてくれる人かどうかを見極める場です。互いに前向きなら、価格や条件の大枠を決めた「基本合意」を結びます。

買収監査(デューデリジェンス)・最終契約・クロージング

基本合意のあと、買い手は「買収監査」を行います。買収監査(デューデリジェンス)とは、買い手が専門家を使い、会社の財務や契約、労務を詳しく調べることです。たとえば、未払いの残業代や、帳簿に載っていない借入金がないかを確かめます。

問題がなければ、最終契約を結び、株や代金の受け渡し(クロージング)に進みます。最終契約には「表明保証」という項目が入ります。表明保証とは、売り手が「会社の状態は説明した通りです」と約束し、違っていたら責任を負う取り決めです。わからない点は署名前に弁護士へ確認しましょう。

成約後の引き継ぎ期間

成約はゴールではありません。成約後は、元の経営者が一定期間会社に残り、買い手へ仕事や取引先を引き継ぐのが一般的です。成約後に会社をなじませる取り組みはPMIと呼ばれます。PMIとは、M&A後に売り手と買い手の会社を一つにまとめていく統合作業のことです。

中小企業庁は2022年3月に「中小PMIガイドライン」をまとめ、中小企業のM&A後の統合の進め方を示しました(中小企業庁)。引き継ぎ期間の長さや、元の経営者の役割は、最終契約で決めておきましょう。ここが曖昧なままだと、成約後に「話が違う」というすれ違いが起きやすくなります。

2024年に表面化した悪質な買い手の問題|成約前に確かめる3つのこと

M&Aによる事業承継で譲る側が最も警戒すべきなのは、会社を買ったあとに約束を守らない「悪質な買い手」です。2024年には、買い手が経営者保証の解除や借入金の引き受けに応じないトラブルが相次ぎました。買った会社の税金を納めない例も表面化しています(帝国データバンク)。売り手の経営者が自分で確かめられる3つのポイントを押さえておきましょう。

帝国データバンクの調査では、2024年の「M&Aほか」による承継は19.2%で、前年を0.2ポイント下回りました。前年を下回るのは2020年以来4年ぶりです。同社は、悪質な買い手のトラブルを受けてM&Aへの警戒感が広がった可能性を指摘しています(帝国データバンク、2025年11月)。

経営者保証の解除を最終契約にどう書き込むか

一つ目は、経営者保証の扱いを最終契約に具体的に書くことです。株を売っても、元の社長の個人保証が自動で外れるわけではありません。買い手が保証を引き継ぐのか、借入金を返して保証を外すのか、その方法と期限を契約に明記しておきます。

あわせて、解除が期限までに進まなかった場合の取り決めも入れておくと安心です。たとえば、株の代金の一部を、保証が外れたことを確かめてから受け取る形にする方法があります。取引銀行にも早めに相談し、保証を外す手続きの段取りを一緒に確認しておきましょう。

買い手の実績と資金の出どころを確かめる

二つ目は、買い手がどんな会社かを自分の目で確かめることです。仲介会社が紹介した相手でも、過去にどんな会社を買い、買ったあとどう運営しているかは、売り手側でも調べられます。

確かめたいのは、次のような点です。買い手のこれまでの買収実績と、買った会社がいまも続いているか。買収資金を自己資金でまかなうのか、借入れに頼るのか。会社の預金を、成約直後に買い手側へ移す計画がないか。不安が残る場合は、買い手が過去に買った会社の元経営者に話を聞かせてもらうのも有効です。

成約前に確かめたい項目を、チェックリストにまとめました。

悪質な買い手を避ける成約前チェックリスト

□経営者保証の解除方法と期限が、最終契約に書かれている

□保証が外れなかった場合の取り決め(代金の分割受け取りなど)がある

□買い手の過去の買収実績と、買った会社の現状を確認した

□買収資金の出どころ(自己資金か借入か)を確認した

□成約直後に会社の預金を移す計画がないか確認した

□仲介・FAから、手数料と利益相反について書面で説明を受けた

□M&A支援機関登録制度の登録状況を確認した

中小M&Aガイドライン第3版で何が変わったか

三つ目は、国のルールを知っておくことです。中小企業庁は2024年8月、「中小M&Aガイドライン」の第3版を公表しました(経済産業省)。改訂の狙いは、不適切な買い手への対応、経営者保証をめぐるトラブル、M&A支援会社の行き過ぎた営業や広告への対策です。

契約前に重要な事項を書面で説明することは、2023年9月の第2版から仲介会社やFAに求められています。第3版では、手数料の計算方法など、説明すべき中身がさらに具体的になりました。説明が書面で出てこない支援会社とは、契約を急がないという判断。このルールを知っているだけで、売り手は自分を守りやすくなります。

相談先の選び方|仲介・FA・公的窓口の違いと手数料の見方

M&Aの相談先は、民間の仲介会社、売り手だけの味方になるFA、公的な事業承継・引継ぎ支援センターの3つが中心です。どこに相談するかで、費用も、相手が誰の利益を優先するかも変わります。契約前に手数料の内訳を書面で確かめることが、後悔しないための第一歩です。

仲介とFAは誰の味方かが違う

仲介とは、売り手と買い手の間に立ち、両者から手数料を受け取って成約をまとめる支援の形です。中立の立場で話を進めるため、成約までが比較的スムーズに進みます。ただし、双方から報酬を受け取るため、売り手の希望より成約そのものを優先しかねないという利益相反の構造があります。利益相反とは、一方の得がもう一方の損になる関係のことです。

FA(ファイナンシャル・アドバイザー)とは、売り手か買い手の一方とだけ契約し、その側の利益のために動く専門家です。売り手側のFAなら、売却価格や条件の交渉を、売り手の立場で進めてくれます。価格交渉を重視するならFA、成約までの手間を減らしたいなら仲介と、目的で使い分けましょう。

手数料は報酬率・最低手数料・中間金を契約前に書面で確認する

M&Aの手数料は、着手金、月額報酬、中間金、成功報酬などの組み合わせで決まります。着手金は契約時に払うお金で、中間金は基本合意などの節目で払うお金です。成功報酬は、成約したときに払う報酬を指します。

成功報酬の計算には、取引金額が大きいほど料率が下がる「レーマン方式」が一般に使われます。よく見られる料率は、5億円以下の部分が5%、5億円超10億円以下の部分が4%といった段階です。たとえば取引金額が3億円なら、3億円×5%で1,500万円が成功報酬の目安になります。

注意したいのは、何を基準に料率をかけるかです。株の売却価格を基準にする会社もあれば、借入金を含めた会社全体の資産額を基準にする会社もあります。基準が違えば、同じ取引でも手数料は大きく変わります。

もう一つの落とし穴が最低手数料です。最低手数料とは、取引金額が小さくても払う下限の報酬のことです。下限が計算上の報酬を上回れば、払うのは下限の金額になります。中小M&Aガイドラインも、手数料に納得できない場合は、別の支援会社に意見を聞くセカンドオピニオンを勧めています(経済産業省)。

相談先ごとの違いを、表で比べてみましょう。

M&Aの相談先3つの違い
相談先立場費用向いている会社注意点
仲介会社売り手と買い手の間に立つ着手金・成功報酬など(双方から受け取る)成約までの手間を減らしたい会社利益相反の構造があるため、説明を書面で確認
FA(売り手側)売り手だけの味方着手金・月額報酬・成功報酬など価格や条件の交渉を重視する会社費用が仲介より高くなる場合がある
事業承継・引継ぎ支援センター国が47都道府県に置く公的窓口相談は無料何から始めるか整理したい会社・小規模な会社成約までの支援は民間機関の紹介になる場合がある

M&A支援機関登録制度と公的窓口を使い分ける

民間の支援会社を選ぶときの手がかりが、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」です。2021年に始まった制度で、中小M&Aガイドラインを守ると宣言した仲介会社やFAが登録されています(M&A支援機関登録制度)。登録の有無は、相手を選ぶ最低限の確認項目と考えてください。

「まだ売ると決めたわけではない」という段階なら、まずは事業承継・引継ぎ支援センターに相談するのが近道です。相談は無料で、親族内承継や従業員承継も含めて、どのルートが合うかを一緒に整理してくれます(事業承継・引継ぎポータル)。顧問税理士や取引銀行に声をかけておくと、数字の確認もスムーズに進みます。

取材した承継当事者14人から見えた、譲る側の経営者が先に決めること

譲る側の経営者が先に決めておくべきなのは、「誰に譲るか」より前に、「何を残したいか」です。コントリ編集部が承継の当事者14人の話を読み直すと、うまく運んだ承継には先代の側に共通点がありました(事業承継した経営者14人に聞いた)。

14人のうち13社は親族内承継で、残る1社も社内からの承継です。M&Aで会社を引き継いだ例は含まれていません。それでも、私は先代の振る舞いが承継の成否を分けるという点は、相手が親族でも第三者でも変わらないと考えています。

誰に譲るかより先に、何を残したいかを言葉にする

M&Aでは、価格や条件の交渉が先に立ちがちです。しかし最初に決めたいのは、雇用、屋号、取引先、地域での役割のうち、どれを最後まで守りたいかです。言葉になっていれば、買い手を選ぶ物差しになります。

茨城県つくば市の株式会社磯田オートは、血のつながらない社員の登坂耕也氏が会社を継ぎました。先代の磯田洋氏は、他社から好条件の誘いを受けていた登坂氏に、こう告げています。

「君はいろいろ動けて、仕事もできるようになった。たくさんの選択肢はあると思う。君の人生だから、君が生きたいような選択をしなさい」

引き止めなかったことが、かえって登坂氏の決意を固めました。登坂氏は社名を変えずに残しています。譲る側が自分の都合より相手の人生を優先したとき、受け取る側に「この会社を守りたい」という想いが生まれた例です。M&Aでも同じことが言えます。価格だけで相手を選ばず、社員と取引先を託せるかで選んだ売り手の想いは、買い手にも伝わります。

引き継いだ後に口を出さない覚悟

もう一つの共通点は、継いだあとに干渉しないことでした。北星鉛筆株式会社の5代目は、会長として在籍する先代について、こう語っています。

「任せる勇気というのは必要だと思いますし、そこは先代の素晴らしい力だと感じています」

M&Aでは、成約後の引き継ぎ期間に元の経営者が会社に残ります。この期間に、以前のやり方を通そうとすれば、新しい経営者と社員の間で板挟みが起きます。譲ると決めたら、経営判断は相手に渡す覚悟。私はそこまで含めて、事業承継だと捉えています。

従業員にいつ、どう伝えるか

最後に決めておきたいのは、社員に伝えるタイミングと言葉です。M&Aでは、情報が漏れると社員の動揺や取引先の離反につながるため、成約の直前まで伏せるのが一般的です。だからこそ、伝える日の言葉を前もって用意しておく必要があります。

伝えるときは、「なぜこの相手を選んだのか」「雇用と待遇はどうなるのか」を、社長自身の言葉で話しましょう。買い手の経営者と一緒に社員の前に立つ場をつくると、不安は和らぎます。社員にとって、会社の持ち主が替わる理由を社長本人から聞けるかどうかは、その後の働き方を左右します。

譲る側の経営者が先に決める3つのこと
1何を残したいかを言葉にする雇用・屋号・取引先・地域での役割の優先順位を決める
2引き継いだ後に口を出さない引き継ぎ期間の役割と期限を、最終契約で決めておく
3社員への伝え方を用意する選んだ理由と雇用・待遇を、社長自身の言葉で話す

よくある質問

M&Aによる事業承継と、普通の事業承継は何が違いますか?

普通の事業承継は、親族や社内の役員・社員に経営を引き継ぎます。M&Aによる事業承継は、社外の会社や個人に株式や事業を譲って引き継いでもらう方法です。後継者が身近にいなくても会社を残せる点が、大きな違いです。

小さな会社でもM&Aで事業承継できますか?

できます。事業承継・引継ぎ支援センターは小規模な会社の相談も受け付けています。令和7年度の第三者承継の成約は2,265件で、過去最多でした。ただし、希望の条件で買い手が見つかるとは限りません。早めに相談し、自社の強みを書き出しておくと話が進みやすくなります。

M&Aによる事業承継にはどのくらいの期間がかかりますか?

相談から成約まで、半年から1年以上かかるのが一般的です。買い手探しに時間がかかる場合や、成約後の引き継ぎ期間を含めると、さらに長くなります。

M&Aで会社を売ったら、経営者保証は外れますか?

株を売っただけでは、個人保証は自動では外れません。買い手が保証を引き継ぐ、または借入金を返して解除する方法と期限を、最終契約に書いておきましょう。2024年には解除に応じない買い手とのトラブルも表面化しています。

M&Aの相談はどこにすればよいですか?

まだ売ると決めていない段階なら、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターに無料で相談できます。民間の仲介会社やFAに頼む場合は、M&A支援機関登録制度への登録と、手数料の内訳を契約前に書面で確かめましょう。

まとめ|M&Aによる事業承継は「何を残したいか」から始まる

M&Aによる事業承継は、後継者がいなくても社員の雇用や取引先との関係を残せる方法です。2025年には社長交代の約5社に1社が「M&Aほか」によるもので、公的窓口での成約も過去最多になりました。一方で、悪質な買い手のトラブルも表面化しており、譲る側にも見極める目が求められます。

後悔しないための判断は、次の5つです。

  1. 親族内・従業員・M&Aの3つのルートを比べ、自社に合う道を選ぶ
  2. 株式譲渡か事業譲渡か、手元に残る金額を税理士と試算する
  3. 経営者保証の解除方法と期限を、最終契約に書き込む
  4. 支援会社の手数料の内訳と登録状況を、契約前に書面で確かめる
  5. 価格交渉の前に、何を残したいかを言葉にしておく

まずは、自社の強みと「社長がいないと回らない仕事」を一枚の紙に書き出してみてください。書き出せた時点で、相談先に何を聞けばよいかが見えてきます。

編集部より

承継当事者14人の記録を読み直して、印象に残ったことがあります。うまくいった承継を語るとき、後継者の多くが自分の努力より先代の振る舞いを話していたことでした。「任せる勇気」という言葉は、親族に譲る場合だけのものではありません。M&Aで会社を譲る経営者にとっても、価格より先に考えたい問いだと受け止めています。

会社を譲る決断は、一人で抱え込むほど重くなります。コントリは、事業を継いだ方、譲った方の本音を、これからも経営者インタビューで聴き続けます。その言葉が、次に決断する経営者とのご縁につながれば嬉しく思います。

参考資料

飯塚昭博

この記事の著者

飯塚 昭博

Akihiro Iitsuka

コントリ株式会社 代表取締役

青山学院大学卒業後、自動車会社にて年間180億円規模の設備調達を担当。中小企業経営者の想いに触れる中でその価値を伝えることに使命を感じ、2023年独立。経営者インタビューメディア「コントリ」を運営し、経営者の方々への取材を重ねている。SEO・AI活用・発信設計を通じて中小企業の「伝わる発信」を支援している。

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